恋は意外な所に落ちていた
「ミュリエル様、その節は本当にお世話になりました」
深々と頭を下げるオリビア様にちょっと苦笑。
まあ、本人の気が収まるなら受け入れよう。
「気にしないでください。こちらにも利があってのことですから。暮らしは落ち着きまして?」
「はい、ようやく。それとミュリエル様、わたくしに丁寧な話し方はなさらずとも。爵位に差があるのですし」
「んー、爵位だけで話し方を変えるのはちょっと……」
「でしたら、その、お友達のようにお話しいただけた方が嬉しいので」
もじもじとしながら少し頬を赤くしてる。
可愛いな!
「わかりました。オリビア様も、ゆっくりでいいので寛いでくださいね。お友達に身分の差はありませんから」
「ええ……はい、あの、努力いたします……」
先は長そうだ。
ヤミルス伯爵家の騒動から一ヶ月。
契約の締結が完了し、仕事の引き上げも終わり、オリビア様はグリフィス領の商会との窓口を担当しつつ婚活に励みます!と報告をしに来た。
初めてお会いした時の悲しげな様子は、まったく見られず。
むしろだいぶお元気だ。
「今は王都のお屋敷にお一人なの?」
「いえ、学園に通う弟と暮らしてます。領地の事業は両親に任せて、王都関連の商売と跡継ぎである弟の監視と、あとはまぁ、自分のためのことを……」
照れくさそうに言うが、前向きなのはいいことだ。
「弟さんは、年が離れていらっしゃるのね」
「ええ、遅くに出来た跡継ぎなのでどうしても甘やかしがちになってしまいます。これまでは気にしてなかったのですが、あの事件以来『跡継ぎの教育は大事!』となって。両親はそれでも甘くなるので、わたくしが憎まれ役を担ってますの」
憎まれ役か。まあでも、あの伯爵にビシッ!と言えた後のオリビア様なら問題はないだろう。
「私にも『弟のようなもの』がいますけど、割と強く言わないと聞かないですよね?」
「そうなんです!ちょっとでも柔らかく言おうものなら、すぐ調子に乗って。こちらが真剣に話していることを伝えようと思ったら、かなり声を低くしないと真面目に聞かないんですよ」
困ったものです、と笑う顔はそれでも弟が可愛いと言う姉の表情だった。
「オリビア様は、そうすると男性も年下の甘え上手の方が付き合いやすいでしょうか?」
当たりを付けて聞くと、「え?!」と一気に真っ赤になった。
「な、なんですか急に!」
「急ってほどでもなくないですか?いえ、単に旦那様候補をご紹介しようと思ったのですが、せっかくならオリビア様のお好きなタイプの男性を、と。割と人脈は持ってますから、どのような方でもご紹介出来ますよ?」
さすがに王族!とか言われたら聞き流すけど。
騎士でも文官でも、探すことは可能だ。
先程よりももっともじもじしてる。
可愛いなぁ!と眺めていると、上目遣いでこちらを見た。
「……あの、笑わないで聞いてくださいます?」
「もちろん」
「なかなか人には言い出せなかったのですが……、実はわたくし、男性の好みがどうやら……その、父と重なるようでして……」
「お父様?」
「昔から母よりも父に懐いていたとか言われてるんです。今でも尊敬してますし、ですので……あの、格好いい方は素直に格好いいと思うんですけど。好ましいと感じる方は、かなりの年上の方で……」
消え入るような声になる。
なるほどー。
「そうすると、好みの男性はほぼ既婚者になりますもんね。それは言い出しづらい」
「そうなんです!奪いたいとかそういう訳では決してないんですけど、いいなと思う方は皆様奥様がいらっしゃいますので。軽い話でなら言えますが、それ以上は誰にも言えなくて……」
パッと明るくなったあと、しょんぼりしてしまった。
うんうん、それもまた悩んでたのね。
ふむ、と考える。
「なら、奥様を亡くされた方とかの後妻でも問題ない?」
「はい。もちろんどなたでも、と言うことではないですけど、その点だけで何かを思うと言うことはないです」
良かった、これで「かなり年上の初婚の方!」とか言われたら、結構な確率で問題を抱えてる男性達を揃えることになる。
「わかりました。それなら何人かご紹介出来るかと。ついでですから、もうちょっと条件を追加しても良いですよ?容姿とか職業とか身分とか」
奥様のいない年上の方、では範囲が広い。
現にパッと思い浮かんだのはカトリーヌ様のお祖父様だし。
もう少し絞りたいなぁ、と思って確認すると、さらに赤くなった。
「……笑わないで聞いてくださいます?」
二度目。
「もちろん」
こちらも二度目。
オリビア様は深く息を吸って、自分を落ち着けていた。
「……父が影響してまして、目の細い方が好みなんです!」
……え。
思わずサリーを見た。頷かれる。え。
かなりの年上で、目の細い男?
……あれ?
なんか、『該当あり!』て脳内で光ってる文字が。
「……お父様は、目の細い方なの?」
「はい。父の祖母に当たる方が他国出身で、その遺伝が受け継がれたとか。昔から見ているので、その顔が好ましくて……」
「そう……」
そうね、アレも移民の一族だったわ。
「……その、貴族だとか平民だとかに抵抗はある?」
「あぁ、伯爵の愛人の時のことですか?アレは伯爵を責めるために言っただけで、普段は気にしてません。領民とも距離の近い家で育ちましたし。完全な平民として暮らせるかはちょっとわからないですけど、何人かの使用人がいてくれれば大抵のことは出来ます」
ニッコリ笑ってくれた。
うん、大元平民なんだけど、商売拡げたから一代限りの男爵なんだよね……。
「……離婚歴があっても、気にしない、と」
「まあ!それこそ今更ですわ。わたくしにもありますもの、逆に気兼ねなく付き合えそうです」
確定!
これはもう、これしかないな。
サリーを見る。二度頷かれた。ですよねー。
そのタイミングでノックがあると、もはやこれは運命だよね!
「ミュー、会頭との話し合い終わったから、こちらに招いても良い?」
今の今まで奴と話をしてたルシウス様が顔を出す。
「わかりました。……オリビア様、良いですか?ひとまず気をしっかり保って!第一印象が大事なんですから!」
「え、えと?はい?」
戸惑うオリビア様にとにかく言い含めて、姿勢を保たせる。
これでどうにか誤魔化せるといいけど……。
ルシウス様に頷いてみせると、彼自ら扉を広く開けた。
「お嬢様、お久しぶりです。本日はご新規のお客様をご紹介いただけるとお伺いし、光栄の至りでございます」
かなり年上で目の細い男、タスク=ポルカの胡散臭いバージョン。
糸目がなくなるまで笑んでる様子に……オリビア様は真っ赤になった。先程までの比ではない。
オリビア様しっかり!正気のままでいて!
「ようこそタスク。こちら、オリビア・ゲイシュルト嬢よ。これからグリフィス領とのやり取りが増えるので、ひとまず貴方と引き合わせようと思ったの」
「これはこれは。お美しいお嬢様との最初の引き合わせに選んでいただけるとは、誠にありがたく。ご挨拶をしても?」
「ええどうぞ」
タスクは対貴族モードのままオリビア様の前に歩み寄り、片膝をついて礼を執った。
「初めましてオリビア嬢。ポルカ商会会頭、タスク=ポルカと申します。しがない商人ではございますが、お嬢様のお望みを叶えるために、この身を惜しまず励みます。末永く、ご贔屓いただきたく」
……よくわかんないけど。たぶん、オリビア様には輝いて見えるんだろうなぁ。
すごくどもって、「こちらこそよろしくお願いいたします」と返してる。
ーーなんかモヤモヤしたので、ルシウス様も手招きして、自分の前に跪かせてみた。
グリフィス家でやったように、金髪をワシャワシャとかき乱す。
「……?」
不思議そうかつ嬉しそうな夫を見て、これですよこれ!これが可愛いということです!と叫びたくなったけど、まあそこは我慢をしよう。
満足したので隣に座らせる。あちらはタスクが外面のままセールストークを始めていた。
「……タスク。オリビア様は私のお友達なの。胡散臭いバージョンやめていいわよ」
「え、そうなんだ?早く言ってくれよお嬢様、これけっこう頭使うんだから」
一気に態度を変えるタスクを見て……ああ、余計にポーッとしてる。これはもう決まりだ。
今度は砕けたまま雑談兼売り込みを始めた。
後で商品は確認しよう。
「……オリビア様、なんか呆けてない?大丈夫?」
さすがにルシウス様でもわかるか。
「恋に落ちました。」
「は?」
「たった今、オリビア様は恋に落ちました」
「……今?」
「ええ」
「……会頭に?」
「はい」
「…………えと、会頭は、その」
「20代の頃に押せ押せな女性に負けて結婚しましたが、商売を拡げることに集中し過ぎて、支店長と一緒に逃げられました。それ以来恋愛面では自信をなくしたままのバツイチです。子どもがいないのは諦めてるようで、養子を検討してると」
「詳しいね……」
「グリフィスの商人の情報なんて、全員晒されてますよ」
「怖い土地だ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇
後日。
マリーとお義姉様に、それぞれ別の場で『オリビア様の好みはかなり年上で目の細い方』と報告した。
マリーは目を見開いた。
「え、タスク会頭のこと?知り合いだったの?」
まったく知らない仲だったので、この間引き合わせたと教えたら、深く頷いた。
お義姉様は目を丸くした。
「あら、ポルカ商会の会頭のこと?あの方、独身で子どもはなしと聞いたけど。でも年はそんなに離れていないかしら」
若作り激しいだけでお義兄様より年上です、と教えたら納得してた。
これより、『君を愛することはない』同盟を改め『オリビア様に最愛の旦那様を作る会』とし、対象をタスク=ポルカに絞って包囲網を縮めていく所存です!
◇◇◇◇◇◇◇
「オリビア様、落ち着きまして?」
「……っ、みゅ、ミュリエル様……、あ、あれ……あの方……」
「落ち着いてから話しましょうか」
「……、…………、……、…………。ミュリエル様!あの方どうなさったんですか、なぜあんなにわたくしの好みど真ん中の方がこちらにいらっしゃるの?!ミュリエル様は魔法使いなのですか?!」
「落ち着いてませんよねー。まあ無理もないですけど。偶然過ぎる偶然ですよ。アレは本当にグリフィス領の商会の会頭で、商売上の接点を持たせようと呼んでたんです。決してオリビア様の婿候補に考えてた訳ではありません。つか無理でしょどう考えても」
「だって!ここまで好みで理想的で、しかもお話を聞いたら奥様もいらっしゃらないなんて、生涯で初めてこんな稀少な方に出会いましたわ!」
「……苦労なさってたのねオリビア様……」
「丁寧な口調もざっくばらんな態度も、どちらも格好いいってなんですか!」
「なんですかとはなんですか……」
「商売の知識も凄いし、わたくしの拙い話にも笑って付き合ってくださるなんて、タスク様は神様ですか?!」
「あんな糸目の神様じゃ、迷える民は見落とされますよー。テンション上がり切ってますねオリビア様……」
「あ、でもタスク様はおいくつかしら?年上だとは思うのですけど、そこまで年が離れてるようには……。でも落ち着いてる方でしたし包容力もありましたし、そこは少しくらいの年齢差でも目を瞑って」
「タスクは今年40になりますよ。オリビア様とは20弱離れてます」
「え」
「若作り甚だしいんです。自分で狙ってやってる訳じゃないらしいですから、一族の形質なのかしら。若く見られるのと舐められるのがワンセットと言ってました」
「……ミュリエル様」
「意外と年上過ぎてガッカリしました?」
「…………あの方しかいません……!!」
「ですよねー」
「あぁどうしよう、こんな幸運が降ってくるものなんですか?わたくし明日息絶えたりしません?」
「絶えませんから落ち着きましょうか」
「だってあの夫の後に、ここまで理想的な方に巡り合えるなんて!神様はいたのかしら……いえ、もしやミュリエル様が神様……?」
「オリビア様落ち着いて!私は神様ではないです!」
「では女神様??」
「余計にやめて!そんな称号いらないから!」
「僭越ながらオリビア様、ミュリエル様には『幸運の女神』がふさわしいかと」
「何言ってんのサリー?!」
「あぁそうですね、その方が素敵です!今度ミュリエル様をどなたかにご紹介する時は、そのようにお伝えします!」
「本気でやめて!今すぐ友達やめるよ?!」




