テンプレートな夫に求める報い:私生活編
「お茶会、お茶会、これは晩餐会……おっと、ポルカ商会の新作発表会……後で見る。ミカさんのも後で。これは」
手紙の仕分け中、可憐な封筒に手が止まった。
見覚えのない筆跡に裏を返すと、差出人に「オリビア・ゲイシュルト」とあった。
どうやら無事に離縁出来たらしい。
さらに別仕分けとし、残りを高速で仕分けた後、それだけを手にしてルシウス様の元へ向かう。
少し早いがお茶休憩も兼ねての訪問にしよう。
ノックをして入ると、以前本人が言ってた通り気配でわかったらしく、当然のように「ミュー」と微笑まれた。
「お仕事の切りが良くなったら、一緒にこのお手紙を読んでいただきたいの。良いですか?」
「もちろん。もうちょっとだから、座ってて」
ソファに座り、いつもよりは凛々しくしているお顔を眺めて堪能すること数分。
書類をノアに渡し切った夫は、表情を緩めて隣に座った。
「さっきのお顔は少しお仕事モードでしたよ」
「そう?自分ではわかんないな」
「フライングでお邪魔するのもありですね」
「僕は見られながら仕事をするの、少し落ち着かない」
「……年がら年中人に見られてるのに?」
「他の人とミューは違うよ」
ギュッと抱き着かれる。そんなもんか?
「誰からの手紙?」
「オリビア様ですよ。たぶん、事の顛末を先にお知らせしてくださるのだと」
封蝋を割って便箋を取り出す。
出だしは時候の挨拶、首尾よく離縁できたこと、本当は訪問して報告したいが後始末がなかなか終わらないので、先に手紙での報告となる非礼を詫びた文章が綴られていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ーー夫は処分を言い渡された日、憔悴した様子で馬車を降りて参りました。
いつものように玄関ホールで出迎えたわたくしを見るなり、激高した表情で掴み掛かってこようとしたのです。
ミュリエル様のアドバイスの通り、実家の騎士を控えさせておいて正解でした。
なおも喚き立てる夫に呆れましたが、ここで出来る話でもないので、組み伏せられた夫へ「お帰りなさいませキース様。わたくしの両親も、あなたのお義父様とお義母様も、皆様応接室でお待ちですよ」と見下ろしながら報告しました。
「は?父と母が?!いやその前にこれはなんだ、どういうつもりだオリビア!」
「どういうつもり、はこちらのセリフですわ。いきなり掴み掛かってくるなんて、気でも触れましたの?」
「違う!お前のせいで左遷だ!妻でありながら夫を売り渡すなんて、最低な女だなお前は!」
よくもまあ、自分のことを棚に上げて罵倒出来るものです。
付き合うつもりもないので騎士に命じて無理やり立たせ、応接室へと向かわせました。
まだこちらに向かって大声をあげる夫に、ため息が出るとともにひとつの真理を見付けました。
……わたくしは、ヤミルス家に嫁いで女主人を務め上げましたけど。
あなたの妻であったことなんて、式の誓い以来一秒たりともありませんでしたわキース様。
ーー応接室にて両家の父母が揃って冷たい目を向けると、さすがに夫も意気消沈しました。
隣に座るのも嫌なので一人掛けの椅子に座らせ、わたくしは実家の両親と共に座ります。
そこからは夫の吊し上げです。
最初からこうするつもりだったのか、と責め立てる父。
娘の幸せを願って送り出したのに、と悔しそうな母。
項垂れつつも息子を睨みつける義父。
申し訳なさそうに、でも信じられないとばかりに首を振る義母。
全員から責められ、顔を上げられない夫。
わたくしは全員を均等に、貴族の笑みで観察し続けました。
「……あの方とは別れると、あなたそう言ったじゃないのキース!だからわたくし達はその言葉を信じて話を進めたのに……!」
義母の嘆きに、夫はようやく顔を上げました。
「別れようとしたのです母上!ですが、彼女がどうしても諦めきれないと、愛人でもいいからと……!」
「愛人でもいいと言われたから、うちの娘と白い結婚で済ませようと?」
夫の弁明に、父から冷たい声で質問が入ります。
「いえ……、その、それはオリビアが……」
「娘のせいにするんですの?!」
今度は母が叫びました。
本当、保身のためにしか話さない男ね。
「『君を愛することはない。私には愛しい恋人がいるのだから』」
初夜に聞いたセリフを、そのまま披露してあげました。
応接室にいた全員が固まります。
息を殺して控えていたメイドも、背後で見守っていた騎士も。
青褪める夫に、わたくしはにこやかに話し掛けました。
「結婚した日の初夜、あなたが最初で最後の訪問をした時に仰った言葉です。一言一句違わないでしょう?ねえキース様。わたくしこれでも、悩んでましたのよ?なぜ自分が白い結婚などに陥っているのか、どこに非があったのか、何が悪かったのか。家政をしても社交をしても変わらないあなたに、自分から出来ることを一生懸命探しました。でも、悪いのはわたくしではなくあなただったのですね。道理で何をしても変わらない訳です」
くだらない時間を過ごしたものです。
そう感じ、またため息が出ました。
「……オリビアは悪くない。そうだろう?ヤミルス前伯爵」
低い声で、父が義父へ問い掛けました。
「……もちろんですゲイシュルト子爵。悪いのは愚息ですし、諌められなかった我々です」
義父母が揃って深く頭を下げます。
下の爵位の者に対して、本来ならあり得ない深さです。
「父上、母上……!」
呆然としてますけど、あなたも下げなさいよ伯爵。
そう思って彼の背後の騎士を見ると、ひとつ頷いて無理やり頭を下げさせました。
「何をするんだ貴様!」
「黙れキース!この状況がまだわからないのか愚か者が!」
騎士に声を荒らげる夫へ、義父の叱責が飛びます。
義父母は大変優しい方々で、わたくしもお会いする時は良くしていただきました。
ただひとつ、息子の教育だけは間違ったようです。
「……本来ならば詐欺事件として、騎士団に訴えることも出来るんだぞ伯爵。それを慰謝料と賠償金で済ませるのは、前伯爵と奥方の人柄のおかげだと言うことを忘れるな」
相変わらず低い声の父がそう告げると、夫は驚いたようでした。
「詐欺事件?!そんな大袈裟な」
「なにが大袈裟だ。契約書に載せている項目、『両家の血を引く者を後継者と定め、共同経営の長とする』と言う契約に、余所の女との子を据えようとしたのはお前だろう?血筋の乗っ取り、偽り、さらに言えば遺産を掠めとる目的も窺える。犯罪行為そのものだろう」
「う、いやそれは……いえ!でしたらきちんと、オリビアとの間に子をもうけますから!そうすれば詐欺になんか「嫌ですわよ、あなたとの子をもうけるなんて」」
名案!とばかりに声を張り上げだしたので、遮って切り捨てました。
驚いた顔で見られるのが不快です。
「何を驚いてらっしゃるの?あなたみたいな不誠実な男との子どもなんて御免こうむりますわよ。その前に同じ空気を吸うのですら苦痛ですわ」
「お、オリビア?何を」
「ですから、何をそんなに驚かれるんです?まさか、この期に及んで自分はわたくしに愛されてるとでも思ってましたの?言っておきますけどね、白い結婚に悩んだのは貴族女性としての使命を果たせない点において、です。あなたを愛したことなんて一度もありません」
きっぱり言い切ると、なんだか絶望した顔になりました。
付き合ってられませんのて、父に話を進めるよう促します。
「……オリビアは離縁。慰謝料を請求。共同経営の計画も停止だ。この損害に対する賠償も別に請求する。これで両家の関係は打ち切りだ」
一気に負債がなだれ込みます。
義父母は力なく頷いたが、夫はしつこかったのです。
「待ってください!そんなことをしたら、ゲイシュルト家にも影響がありますよね?原料や販路はどうされるのです?!」
少し口元が上がってるのは、好機を見出したからでしょう。
つくづく救えない男です。
「ご心配なく。別の取引先がすでにおりますの」
「は?」
「誠意のない男の家と、商売上も付き合うのは嫌なので。原料も販路も別に確保してありますから、我が家に損はありませんよ?」
「なんだって?!」
「ですから、ヤミルス領で採れる原料は買い手をお探しなさいな。このままだと余らせるばかりですもの」
上がった口元が強張りました。
父が新たな契約書ーー請求書でもありますが、それと離婚届にサインを促します。
まだどこかに救いがないか、目をうろうろさせていた夫ですが、やがて義父母同様力なく項垂れて署名しました。
父が家令に書類の一式を渡したので、この件については完了です。
でもまだ、『なかったこと』にしないといけないものが。
「下町の食堂で給仕をしていたタマラさん、でしたかしら?」
「ーー?!なに?!」
「あなたの恋人。もうすでに行方を晦ましてますわよ」
「!彼女に会ったのか?!」
「まあ、なぜわたくしが平民の愛人と顔を合わせなければならないのです?代理人をやったに決まってるでしょう。手切れ金を渡して、街を出て行くなら不問に処すと伝えたまでです」
「タマラ!オリビア、タマラに罪はないだろう!?」
あぁ、本当に本当に、おめでたい頭の男だこと。
出来うる限りの冷笑を浮かべてやりました。
「既婚者の貴族に手を出す平民女に罪がないと、本気で仰ってるの?伯爵」
「ーー!」
「秘密裏に消しても良かったんですのよ?ただ、わたくしが憎いのも恨みを持つのも地に伏させたいと思うのも、全てはあなたが対象ですもの。彼女が土下座しようとなんとも思いませんわ。実際したらしいですけど」
「オリ……ビア……」
「ある意味、彼女を救ってあげたようなものですしね。伯爵家がこれから負う様々な負債や困難に、平民の愛人一人が巻き込まれても、何も出来ずに終わるだけです」
それ以上なにも言葉にならないようですので、父母と共に席を立ちました。
これでこの家とはもうおしまい。二度と関わることはありません。
と、ここで。お茶会でのお話を思い出したのです。
「キース様」
わざと明るく呼び掛けると、元夫はノロノロと顔を上げました。
……一度、言ってみたかったのよね。
「『契約にも親にも身分差にも貧乏にも勝てず、愛する人を裏切ってまで結婚して保身に走った腑抜けが、何を吐かすか』」
◆◆◆◆◆◆◆◆
「ちゃんと『なかったこと』にして、言いたいことも言えたようで良かったです」
「最後のセリフはなんかカッコイイね」
「原作はお義姉様ですよ」
「……そうか」
背後でルシウス様が項垂れた。
一緒に手紙を読むならと膝に乗せられているけど、横から覗き込めばいいのでは?と今気付いたな。
別にこの姿勢でも文句はないけど。
「ルシウス様も、一歩間違えてたらヤミルス伯爵と同じ運命だったかもしれませんよね〜」
「いや間違えすぎでしょ。僕は他に好きな人なんていなかったよ?」
「そうなんですよね。学園にだって王宮にだって、婚約の申込みにだって、黒髪に青目の令嬢なんて他にもいたでしょう?」
「……ミューは、僕が見た目だけで好きになったとでも?」
「少なくとも、篩の一助にはなるかと」
「篩……」
「あなたに目を掛けてほしい令嬢なんて、昔も今もこれからもわんさかいるんです。今とこれからは私がさせませんけど、昔に気になった令嬢がいたとしても不思議じゃないでしょう?」
目を見て話をしたかったので、横向きに姿勢を変えた。
すかさず額に口付けてくる夫は、少しだけ考えた。
「……思い起こしてみたけど、やっぱり記憶に残るほどの女性はいない」
「そんなに?」
「学園時代は構ってくるヴィンセント様達で手一杯だったから、令嬢に気を向ける暇がなかった。たまに話し掛けられても、女生徒の制服を認識しただけで断ってたから、髪とか目の色とかまで見てなかったな」
「そんなに……。え、必要事項の連絡とかは?」
「だから、ヴィンセント様達が全部請け負ってた」
「王族に何をやらせてるんですか……」
「一年生の頃、誰が僕に伝えるかで大揉めした結果、僕に伝わらなかったことがあったから。以来、連絡係は固定された」
「わぁお。ルシウス様のモテはやされた時期ですね!」
「これがモテはやされる弊害なら、迷惑でしかないでしょ」
「確かに。ちなみにヴィンスは『全員で報告しに来い!聞いてやる』って叫んだから、人が殺到して押し潰されそうになってましたよ」
「……結果がアレだけど、器の大きさを思い知らされる……」
また項垂れてしまった。器の大きさと言うより、考え無しなだけだと思う。
しょぼくれた夫の頬にキスして、ニッコリ笑ってあげる。
「王宮にはいないんですか?黒髪青目の女性」
「……知らない。知ってる人以外の女性とは、極力話さないようにしてるから」
「それでお仕事が成立するんだから、不思議ですよね」
「それは同感」
ふふ、と笑い合った。
天使な美貌をお持ちなのに、絶対浮気をしない保証の付いてる旦那様がここにいる。
「オリビア様にも、素敵な旦那様が見付かるといいんですけど」
「そうだね。誰か紹介してあげるの?」
「本人が希望すれば、ですけど。どんな方がタイプなのか、じっくり聞いてみます」
王都一のいい男は、売約済だけどね。
内心で呟きつつ、オリビア様に似合うタイプについて二人でお茶をしながら推測した。




