テンプレートな夫に求める報い:お仕事編
恋人がいるからと、白い結婚を強いられた。
結婚生活において、一番腹立たしいのは何?
お義母様からの問い掛けに、しばらく考え込んだオリビア様は毅然と言い放った。
わたくしが白い結婚について悩んでいる間、あの人は家政を担う妻と愛を語り合う恋人を持ち、順風満帆な生活をしていました。
王宮役人としての評価、伯爵としての評判、それらは全て悩みながら支えたわたくしと、何も知らない実家の援助があって勝ち得たものです。
自分に瑕疵はないと思い込み、華やかな人生を当然のものとして享受している。
そのことが一番許せません。
それを聞いて私は頷いた。
ならば、全部『なかったこと』にしてやりましょう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
これは、アサトからの報告書に記されていた記述。
その日、アサトとルシウス様は連れ立って昼食を取っていたそうだ。
食堂内は満席と言う訳ではなく、かと言って座る場所を探すには少しキョロキョロと見渡さないと見付からない。
そんな混み具合だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「もうすぐ式だよね。準備は終わった?」
「なんとか。大変ですね結婚式の準備って……」
「そうなんだ?」
「なぜ疑問なんですか?先輩だって派手に挙げてたじゃないですか」
「超スピード政略結婚だからね。準備は全て周りが整えてて、私が参加したのは衣装合わせくらい」
「あぁ……」
「だからミューのドレス姿もあの日一日しか見てないんだよね……それだけが心残り」
「シャーロットのドレスはミュリエル様のドレスとお揃いにしてますよ。まぁ着てる人物は違いますが、思い出すくらいにはなりますよきっと」
「……シャーロット嬢もか」
「も?」
「サリーもお揃いなんだ」
「サリー嬢ですか。え、結婚の予定が?」
「うん、まあそのうち。ワルローはサリーとも顔見知りだよね」
「ええ、学生時代にミュリエル様達との交流で何回か。お強いですよね」
「……なんかやったの?」
「ミュリエル様のご指示で、スリなどを押さえ込んでましたね」
「なにやってんの……」
昼食を終えて雑談をしていると、不意に「アイゼンバーグ。ここいいか?」と声を掛けられた。
顔を見上げ、先輩の表情がスッと冷める。
「ヤミルス。久しぶり」
「あぁ、夜会以来だな」
顔を見て当たりは付けていたが、やはりヤミルス伯爵。
先輩の同期でありーー水面下で渦中の人だ。
「先日は奥様にうちの妻が呼んでいただけたそうで。粗相をしてないか心配だったんだが、夫人の印象はどうだった?」
お茶会をした、とは聞いた。ご婦人方が何について語っていたのかも。
いつかシャーロットが同じような茶会に呼ばれた時、少しでも肩身の狭い思いをさせないように頑張らねば、と心に誓いたくなる内容だった。
妻が茶会に参加したことは知っていても、ヤミルス伯爵は内容までは把握してないらしい。
まあ、知っていたらこんなにフラットに話し掛けられないだろうが。
「楽しい時間を過ごせた、と言っていたよ。細君とも仲良くなった、と」
話題がミュリエル様のことだからか、幾分柔らかな口調で先輩は語る。
ヤミルス伯爵は満面の笑みになった。
「それは良かった!取り柄のない妻だが、君の夫人と仲良くなれたなら大金星だ。うまく振る舞うよう言い聞かせておくので、夫人にもよろしく伝えてくれ」
先輩の目が細まる。そして自分も。
妻に対する言い方が、見下しているようにしか聞こえない。
「……取り柄のない?」
「あぁ、実家は子爵家で大して力もないし、本人の容姿も普通だ。家政や社交は一通りこなせるが、それも伯爵夫人としては当たり前だしな。随分面白みのない女と結婚したと当時は嘆いたもんだが、ここに来てようやく役に立ちそうだ」
普通のことのように妻を貶している。
これから結婚する身としては、こんな言い方をするような夫にどうやったらなれるのだろうといっそ不思議に思えてくる。
先輩は……あぁ、キレてらっしゃる。
内心、ヤミルス伯爵に合掌した。
「……妻は、これからもオリビア様と付き合いを続けていくと言っていたよ」
「そうか、良かった」
「ただし、ヤミルス家からは切り離して」
「ん?」
「ヤミルス、君と会えたら聞いてみたいことがあったんだ」
ヤミルス伯爵の戸惑った顔に、先輩は思い切り冷えた笑みを向ける。
「妻以外の女性に対して尽くしたり愛を捧げたりしたところで、一体君に何の利点があるんだ?」
それなりの賑わいがあった食堂に、何故か先輩の声が響き渡る。
全員が一瞬にしてヤミルス伯爵へ注目した。
そのことを感じ取った彼は、一気に赤くなった。
「な?!アイゼンバーグ、なにを!」
「君の話を妻から聞いてね、夫人ではない女性と結婚当初から関係を持ってるらしいと。私には理解できないから、意見を聞きたかった」
「何を言ってるんだ、そんなことは!」
「そんなことはない?嘘を吐いても仕方ないだろうヤミルス。君の夫人が言ったことだぞ」
「オリビアが?!いや、それにしたっておかしいだろう、なんでこんなところで!」
「ここで会ったから聞いただけだよ。なんだ、隠したかったのか?それなら堂々と街に行くのは控えたらいいのに。目撃情報が多数あるとも言ってたな」
「な!」
「隠してるのなら答えられないか。残念だな、疑問のままだ。ワルロー、君は分かるか?」
こっちに振るな!
「先輩、私は二週間後に結婚を控えてる身なんですが?」
「うん、そうだね。でもヤミルスは婚約期間中から関係があったらしいから、結婚を控えてても分かるかもしれないし」
「一緒にしないでください。変な疑惑がシャーロットに芽生えたりしたら、ミュリエル様に告訴しますからね」
「ごめんなさい」
素直に謝られた。ミュリエル様最強説。
「先輩、もう戻りましょう」
「うん」
促すとこれまた素直に席を立つ。
固まっていたヤミルス伯爵は、先輩が背を向けて歩き出すと慌てて立ち上がった。
「待てアイゼンバーグ!撤回していけ!」
焦燥に駆られて叫んでいる。
しかし興味をなくした先輩は聞く耳を持たず、そのまま歩いている。
相変わらず、都合のいい耳をお持ちで。
代わりに振り向き、忠告してやった。
「先輩が撤回したところで、もう調査は済んでますよ」
「……は?」
ポカンとした顔はだいぶ滑稽で、こき下ろされていた夫人に見せて差し上げたいと思えた。
「なぜ先輩がここで尋ねたかと言えば、もう隠す意味がないからです。あなたの行末は確定してるんですよ、伯爵」
◆◆◆◆◆◆◆◆
偶然の出来事だけど、結果は上々。
アサト曰く、「瞬く間に噂が駆け巡った」と言うことのなので、彼の結婚生活については多くの人に知られた。
その発端であるルシウス様はこの日微妙に機嫌が悪く、シオンの元で癒やされてもすぐ眉間にシワを寄せてしまっていた。
話したくはないようだったので理由は聞かず、本人が一番気に入ってる膝枕体勢で30分頭を撫で続けた。
妻に対する嫌な言い方とか、オリビア様への敬意のなさとか、そう言った内容を私に聞かせたくなかったんだろうな。
膝枕が終わる頃にはだいぶ持ち直し、「もう一度シオンの顔を見に行ってくる」といそいそ子ども部屋に行ってたので、妻としての任務は完了である。
◇◇◇◇◇◇◇
次の報告書は、ヴィンセント様の第一補佐・リニ様が送ってきた分。
ヤミルス伯爵は王宮の法務室所属の役人だ。
そして、法務は現在ヴィンセント王太子殿下の指揮下に属している。
本来であれば第三補佐以下の役人の処罰について王族が関わることはないのだが、少し前に外務で起きた『不始末』のせいで、王宮全体で風紀について過敏になっている時期である。
その中での処分対象なこともあり、殿下直々に言い渡すことにし、リニ様も同席したとのこと。
職権乱用と言われるギリ手前の報告は、やはり事を始めたのが私達のお茶会だからだろう。
気遣いに感謝しつつ、綺麗に整った字を追い始める。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「キース・ヤミルス第五補佐、こちらへ」
私が声を掛けると、ヤミルス伯爵はぎこちない動きでヴィンセント様の前に立った。
殿下は手にした書類を読んでおり、彼には目を向けない。当然、演出だが。
たっぷり10秒数えた後、ヴィンセント様が目を上げた。
ヤミルス伯爵の体に緊張が走る。
「ヤミルス第五補佐。なぜ呼ばれたか、理解しているか?」
「……出回っている噂に関して、のことかと」
「わかっているなら話が早い。貴殿の処罰が決定したので言い渡す」
「王太子殿下、お待ちください!あれはアイゼンバーグ卿の発言が原因であり、事実無根の」
ヤミルス伯爵が弁解しようとするのを見て取り、ヴィンセント様から合図が来る。
私は彼の前に、殿下が目を通していた分の複写を差し出した。
「……?!これは!」
「調査済みだ、とワルローも言っていただろう?アイゼンバーグ卿が発言をする前に、裏取りは終わっている」
げんなり、と言った感じでヴィンセント様が言い捨てた。
そこにあるのはヤミルス伯爵の素行調査、通っている愛人の身辺調査、ヤミルス伯爵家の財政調査、加えて伯爵夫人の純潔の証明書と証言録である。
調査を行ったのは総務の役人と諜報部の影で半々だったが、全くもって不倫を隠すことのない言動を目の当たりにし、調査員全員がやさぐれていた。
「事実無根ではないな、ヤミルス」
「こんな……なぜ?!」
「なぜって、違反だからに決まっているだろう」
「ぷ、プライベートの話ではないですか!これは当家で話し合うべきであり、王城の調査など!」
ぐしゃ、と紙を握り締めて伯爵が叫ぶ。
どうにかしろ、との目線がヴィンセント様より飛ばされ、私も嘆息する。
「あなた個人の不倫のみならば、王城もここまで調査しません。問題は、あなたが伯爵家当主であり夫人とは政略結婚だと言うことです」
「え?」
「あなたのヤミルス伯爵家と夫人のご実家であるゲイシュルト子爵家は、婚姻に際し契約を結んでいますね。両家の携わる事業を共同経営とし、お二人の間に生まれたお子をその長とする」
「……はい」
「なのになぜ、夫人の純潔証明書が発行されるのです?」
「!」
ここまで伝えてようやくか。理解の遅さに呆れてしまう。
ヴィンセント様が話を引き取られる。
「そういうことだヤミルス。子が出来る出来ない以前に、貴殿に契約を行使する意欲がない。ましてや、夫人の証言からは『愛人の子を跡継ぎに据えると言われた』と出た。明らかな契約不履行、その子どもを夫人の血筋と偽るつもりだったなら詐欺行為だな」
「殿下!違うのです、これには訳が!オリビア、そうオリビアが嫌がったのです!」
「見苦しい言い訳をするな。ならばなぜ貴殿に婚約以前からの恋人なんてものがいる?ご丁寧に毎週決まった曜日に通って、資金援助もしているじゃないか。百歩譲って夫人が嫌がったのだとしても、当たり前だろうそんな男。私が妻だったとしても嫌だ」
「ですが……!」
「この上何を言い訳しようと処罰は変わらん。契約を扱う法務室の人間、伯爵家当主と言う立場にありながら一番身近な契約を蔑ろにしている者を、王宮に置く訳にはいかない。今日付で降格、王宮外分室へ左遷だ」
殿下の言い渡しに合わせ、辞令書を伯爵の前に掲げる。
呆然と見詰める目は、字を追っているようで理解できていないようでもあった。
「ひとつ忠告しておく。このことで夫人やルシウスを恨むんじゃないぞ。全ては我が身可愛さに不誠実な振る舞いをした、お前自身の報いだ」
◆◆◆◆◆◆◆◆
まあ、ルシウス様のことまで伝えてくださるなんて。
なんだかんだ言っても仲良しねぇ〜。
あの二人はどちらかと言うとルシウス様がツン傾向にあるから、今度会う時には少し優しくしてあげてって言うべきかしら?
それともシオンで何かのお礼にした方が喜ぶかしらね?
色々考えてると、背後霊化していた夫が「……なんか僕以外のことを考えてる気がする」と、恨みがましく呟いてきた。
人が書類を読んでる時に張り付いて来たのは、あなたでしょうに。
ぺい、と書類を目の高さに掲げてやる。
「……リニからの手紙?」
「手紙じゃないですよ、報告書。例の伯爵の処分についてです」
「あぁ、あれか」
以前の食堂でのことはもういいらしい。
こういうのはあとを引かない旦那様なのだ。
「もう異動になったとはワルローから聞いた」
「ええ、ヴィンセント様がすぐ動いてくださったので。半分は完了しましたね」
「半分?」
不思議そうな夫に、ふふ、と笑い掛ける。
「王宮役人としての評価、伯爵としての評判。これらは処罰によって『なかったこと』になりました。ならば後は、彼の私生活においても『なかったこと』にしましょう?」




