「愛することはない」と言った夫について語る会
愛しい恋人がいる、と平気でのたもう夫登場!
これはもう、完璧なテンプレートでしょう!
「……ミュー、わくわくが溢れてるから少し抑えなさい」
「無理ですわお義母様!」
「不謹慎じゃない?」
「ごめんなさいオリビア様!でも無理です!」
「……いえ、お気になさらず」
オリビア様は微苦笑だった。
わくわくが抑えられないうちは質問はやめておこう。
なのでマリーに手振りで進めて、と示す。
「まず確認したいのだけど、オリビア様達は政略結婚なの?」
大前提の確認から始まった。
「はいそうです。婚約して初めてお顔を拝見しました」
「それはどういう繋がり?」
「ヤミルス伯爵領はわたくしの実家から王都へ向かう途中に位置しております。特産品の原料がかの地で産出されていることと、販路の関係から手を組むことになりました」
「経済的な繋がりね。そこに婚姻を組み込む意図は?」
「その特産品と原料に関する事業をゆくゆくは両家の共同経営にしたい方針で、両家の血を継ぐ後継者を旗頭に、と」
「旗頭?」
「はい」
「……白い結婚じゃ駄目じゃない?」
「……そうですね」
「跡継ぎについて、伯爵はなんと?」
「その……恋人との間に生まれた子を、跡継ぎとして育てるつもりだと」
「……詐欺じゃない?」
「…………そうですね」
オリビア様も今気付いたようだった。
伯爵の恋人がオリビア様の親族でない以上、旗頭になる資格はない。
まずお義母様が確認する。
「念の為確認するけど、伯爵の恋人……恋人じゃないわよ、愛人よね。愛人はオリビア様の家門の方?」
うん、誤魔化してるけど既婚者なんだから愛人だ。
「いいえ、我が家とはなんの関係もありません。お会いしたことはないのですが、平民だと言うことです」
「ですよねー」
はい詐欺確定。次。マリー。
「オリビア様は、例えば社交なんかはしてらっしゃるの?『愛することはない』と言われた他に不遇の身だったりはしない?」
「わたくし達の白い結婚だったり主人の恋人のことは屋敷の者も知っておりますが、それ以外に辛く当たられたことはありません。使用人達もきちんと接してますし、家政も任されております。もちろん、社交もしてますわ」
「つまり、軟禁も冷遇もしてない。オリビア様が身篭ってないのに子どもが生まれたら、ヤミルス家だけで隠蔽出来る訳ではないのね?」
「……そうですね」
「なら、伯爵の契約不履行はすぐ露見するじゃないの。何を考えてるのかしら」
「確かに……」
ここでお義姉様が「はい」と手を挙げる。
「一度言いたかったことがあるのだけど、良いかしら?」
「「どうぞどうぞ」」
「お願いします」
「ありがとう。マリアベル様にもお話してなかったと思うんだけど、わたくし自分が結婚する時に父のやらかしを思い浮かべて、同じように言われたらどう返してやろうかと色々シミュレーションしてたの」
「あら。言われる想定ですか?」
「夫婦がどうなるかなんてわからないじゃない?結局うちの旦那様は『愛することはない』どころか『生涯愛し抜くことを誓う』と叫んでいたのだけど」
「「まぁ……!」」
「お義兄様、やりますよね」
「うちの家系と比べたら駄目ね……」
「シオンに期待してよお母様。それで、そのシミュレーションのひとつめがオリビア様の状況よ。父の言ったこともあるし、まずは考えるじゃない?」
「『自分には他に好きな人がいる』系ですね」
「物語でも定番よね」
「わたくしも正直、本当に言う人がいるんだ……と驚きました」
「そう言われたら、こう返そうと思ったのよ」
「「どうぞ!」」
「契約にも親にも身分差にも貧乏にも勝てず、愛する人を裏切ってまで結婚して保身に走った腑抜けが、何を吐かすか」
「「「「……確かに!」」」」
思わず皆で拍手しちゃったよ。
「そうね、政略結婚に抗えてない時点で敗北者だわ」
「貴族子息の結婚なんて、ほぼ親の命令ですもんね。それに逆らえなかっただけ」
「身分差を覆すか、それでも恋人を取るなら離籍して平民よね。そんな度胸はない、と」
「挙句、恋人を裏切って妻を迎えるんですもんね。それでも付き合い続けるってどういう思考?しかもまだ恋人呼ばわりとか」
「ね。何を偉そうにしてるんだ、と言いたいな〜と思ってたのよ。なのでオリビア様にこの気持ちを聞いていただけて良かったわ」
お義姉様がニッコリ笑うと、オリビア様は放心していた。
「オリビア様、大丈夫?お茶飲みます?」
私が話し掛けると、オリビア様はぎこちなくこちらを向いた。
「ミュリエル様……どうしましょう」
「ん?」
そこで一度俯くと、勢い良く顔を上げた。
「わたくし……わたくし、なぜあの夫に唯唯諾諾と従っていたのか、まったく分からなくなりました!」
一同、大爆笑。
淑女らしからぬ光景だけど、密室だしセーフと言うことで!
控えてる侍女もメイドも肩を震わせてるよ。うん、今は許そう!
さっきまで「夫に愛されない可哀想な夫人」だったのに、振り切れた途端「夫に愛想を尽かして見限った夫人」になってしまった。
「あぁもう、なんだってあんな人に愛されないことを嘆いてたのかしら。どうでもいいじゃないあんな情けない人。むしろ好かれたくないわ!」
「まあ元気になったわねオリビア様。その調子よ」
「状況からして、明らか用意したセリフですもんね。自分に酔ってると言うか、酔ってるけど方向性が間違ってると言うか」
「『君を愛することはない』って、そもそも自分は愛される前提で言ってません?応えられなくてごめんねー、みたいな。オリビア様、そうでしたの?」
「まさか!婚約時代だってそこまで親密にしてなかったですよ?なんでわたくしからは愛されると?」
「んー、すでに恋人がいたから?変な自信を持ってると言うか……」
「まあ伯爵家嫡男で王宮役人でしょう?ステータスは良いと思うけど、それを妻に誇示するってどうなのかしら」
「政略結婚の相手ですよ?!ステータスはあって当然ではないですか!妻として惚れるならステータス以外の中身が大事なのに、それが腐ってる時点で価値はないです!」
バン!と勢い良くテーブルを叩いてる。
周りの菓子が揺れて慌ててるけど、結婚生活を嘆いてるよりも断然こっちの方がいい。
「あぁどうしよう、早く別れたい。白い結婚は明白だし実家はいつでも受け入れてくれるでしょうけど、産業が……」
すでに離婚の算段を付け出してる。
「経営の話なら、ミューに託したら良いわよ」
「え?」
「この子の実家、あのグリフィス家だから」
「ーーあ!」
うちに思い至ったらしく、目を見開かれた。
「どうも、商機を逃さないことで有名なグリフィス一族でぇす。何やら面白いことが出来そうなら、すぐにでもご実家に人を派遣しますよ〜。もちろん、ヤミルス家にも文句を言わせないやり方で、共同経営権をいただいて参ります」
ニコリと笑い掛ける。これは貴族スマイルではなく営業スマイルですね。
「……本当に?」
「ええ。オリビア様は『君を愛することはない』同盟の同士ですから!助け合いは当たり前です」
「……ふふ、同盟」
「え、それわたくしとマリアベル様は入れないじゃないの」
「今から言ってもらって来ようかしら」
なんかマリーが不穏なことを言い出した。
それ、恨まれるのは絶対私でしょう?
◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、ひとしきり『君を愛することはない』と言う夫にどう思い知らせるかを五人で検討して盛り上がった。
喋りまくりで喉が渇くので、おかわりもたくさんしてしまったわ。メイドたち、ありがとう。
今後の計画がまとまったところでちょうど良い時間になったので、オリビア様も連れ立って今度はホノカ様のサロンへ向かう。
王太子妃殿下のサロンでは、天使が二匹お昼寝中だっだ。
「「可愛い〜〜」」
マリーとオリビア様の小さい賞賛が聞こえる中、母親と祖母はサロンでの様子をヒアリング。
うん、いつもどおりだった。
ホノカ様もニコニコしっぱなし。
特に気に入ったのは、シオンとカトリーヌ様が玩具を渡し合う光景だとか。
「どじょ!」「あーと!」受け渡し。
「じょ!」「ありゃーと!」受け渡し。
これを延々繰り返してたらしい。
家でもよくやってるやつ。一度始めるとずっとやらされるから、人数巻き込むのがポイント。
シオンが気に入った玩具とカトリーヌ様が興味を持った本を検分してると、またもや来訪者が。
「ミュー!」
まあそうでしょうね、仕事を最速で終わらせたのであろうルシウス様。
「カトリーヌ、ローザリア」
こちらはお迎えに来たお義兄様。
「シオン、シオンはどこに?」
「兄上……寝てます!」
「なに?!」
ちょっとは妃殿下達に声を掛けなさいよ王子殿下ども。
高位貴族と王族が一気に倍増したもんだから、オリビア様が再度固まってる。
「お茶会、楽しかった?」
「ええ、とても有意義でした」
「それは良かった」
「ルシウス様、お仕事は?」
「終わらせてきたから、一緒に帰るよ」
まったく躊躇わずに私の隣に座り、腰を抱いてくるルシウス様に、義母と義姉は呆れ顔・妃殿下方他女性陣は「さすが愛妻家!」と喜んでる。
固まってたオリビア様も赤面してるわ。
「ルシウス……だからお前は、王族の前でいちゃつくなと」
「これが普通ですが?」
「ハードルを上げないでくれルシウス……」
男性陣からは不評だ。まあ気持ちはわかる。
「シオンが起きたら帰ろうかと思ってたんですが、ルシウス様が一緒なら抱っこしてくれます?」
「いいよ。母上はどうされますか?」
「なぜ置いていこうとするの愚息」
「違います!姉上やカトリーヌと交流するのかと!」
「シオンとミューだけいればいいと、全面に出し過ぎだわ愚弟」
「姉上まで……」
どうあっても母と姉に勝てないようだ。
情けない顔で擦り寄る夫に、よしよしとしておいた。
王子殿下方は、もうこちらを見るのはやめたらしい。
寝ているシオンの手をつつき、握られると喜んでいた。
こちらも突きたい気持ちはわかるけどね。
「ヴィンセント様、ユーリ様。突き過ぎて起こしたらギャン泣きしますよ〜」
忠告してやると、ビク!と肩を跳ねさせそろりそろりと二歩下がった。ははは。
でもそろそろ起きるかな?
「ルシウス様、シオンに声を掛けてください」
「……泣かない?」
「そしたら持ってきてください」
「……わかった」
シオンの傍に近付いて殿下達をシッシ!と追い払い、シオンの頭を撫でながら「シオン」と呼び掛ける。
パチ!と目を覚ましたシオンは、目の前の父親を見て「ぷーあ」とにこやかに笑った。
天使が天使を抱き上げる尊い光景に、一同目が潰れたらしい。なんでか目を覆ってる。
一部、鼻を抑えてる人もいるけど大丈夫?
「本当に、可愛い……」
オリビア様が半ば呆然としながらうちの天使達を見詰めてる。
ルシウス様でなくシオンに見詰められて赤面するのは、何かしら……。
「シオン、おはよう。楽しく遊べたかしら?」
「ばちゃ!にゃ!」
「猫になってるわよシオン」
「たしゃ!たーしゃ!」
なにやらバタついてこちらに来ようとしてる。
どうやら「たしゃ」が私のことで、「ばちゃ」がお義母様らしい。
「たしゃ〜」
「はあいー」
「ぷあ!」
「なぁにシオン」
呼ばれて返事をしてもらえただけでご機嫌なんだから、コスパがいいわー。
オリビア様を手招きして隣に座らせ、シオンを膝に乗せる。
初対面の人の抱っこでもご機嫌のシオンに、オリビア様はメロメロになってた。
「旦那様が頑張った結果のシオンですよ」
「……まぁ」
「なので、オリビア様も早いところ次の旦那様を見付けて、頑張らせましょう?」
「ふふ、はい」
白い結婚のままでは、どう足掻こうと自分の子どもを持てないのだ。
強いられた分の賠償を請求しつつ、さっさとその結婚生活から脱出してください、オリビア様!




