テンプレートを言われたご婦人と出会った
「……は?」
私の言った言葉に、コーデリア嬢から令嬢らしからぬ声が出た。
まあ私もよく言うが、令嬢らしくないのは仕様と言うことで!
隣のシャーリーから『なるほど!』という気配がする。
「わたくしの夫はね、元から女性を倦厭していたのだけど。領地に帰った際にとある女性に言い寄られたせいで、『好意を向けてくる女性』だけでなく、『女性らしさを全面的にアピールしてくる女性』も苦手になってしまったのよ。総務室は男性のみだし、侍女たちの間ではすでにルールが存在しているから問題ないけど、さすがに他部署まで夫に合わせてもらう訳にはいかないでしょう?でも外務のトップは義姉の義父だから、配慮していただけたようね」
段々と彼女の顔が赤くなる。
羞恥と怒りだろうなー。まあそうでしょ。
調子に乗って妻にマウント取ったら、「女として見られてないよ?」と言われたんだもの。それは恥ずかしい。
「そんなこと!」
「あら、何かご不満?仕事上の話じゃないの。それともあなた、女性であることを利用してお仕事されてるの?それなら外務ではなく諜報にでも属したらいかが?」
「わたくしは、能力を認められて外務にいるのです!」
「そう。なら良かったわね。わたくしもあなたに能力がないとは申してないわ。ただ、わたくしの夫があなたに気楽に接してると言うのなら、それはあなたに女性性を感じないからよ、と教えてあげただけ。何か不満でも?」
「不満に決まってるじゃないですか!わ、わたくしに魅力が乏しいと?!」
「あくまでルシウス様にとって、ですから。一般的には存じませんわ。興味ないもの。ですから、あなたの仕事自慢はきちんと聞いてあげました。ご満足された?」
「〜〜〜〜、そんな訳!」
「でももう、その仕事自慢も出来なくなるわね」
「ーーーーえ?」
私は最上級に微笑み、彼女に突き付ける。
「少し気安くしてもらっただけで、相手の妻に優越感を見せ付ける。そんな女、王宮役人として失格よ。そう思わない?」
「ーーーー!」
一転、コーデリア嬢は青褪めた。
もちろん、私がこのことを上司に報告すると察したからだ。
「あの、アイゼンバーグ夫人!」
「ねえシャーリー、どう思う?ちょっと荷物持ってもらったくらいで『ワルロー様に優しくしてもらったんですぅ〜』とか言いに来るメイドがいたら」
「……メイド長に言います。人の婚約者に手を出すつもりのようだ、と」
「そうね。ついでに身分も弁えずに話に来るとか、王宮で働く資格がないわよね〜」
「ターレス嬢!待ってください、わたくしはそんなつもりじゃ!」
「あなたがどんなつもりかなんて関係ないわよ?コーデリア嬢」
弁明しようとするコーデリア嬢の発言をぶった切った。
「悲しいことに、ここは身分が全ての王宮なの。あなたもご存知のはずよ?シャーリーに伝えたとおり、メイドが『そんなつもりじゃなかったんです〜』と泣きついたって、伯爵令嬢に無礼を働いたのは変わらないでしょう。今のあなたは、公爵家に無礼を働いたの。それで充分」
言い訳は何も聞く気がない、と告げると彼女は体を震わせて俯いた。
ここでひとつだけ気になる。
「ねえコーデリア嬢。あなた、わたくしがどのように返したら満足するのだった?ルシウス様を取られそう、と顔色を変えたら良かったのかしら。それはあまりに思考停止過ぎると思うんだけど」
なにせあの夫は、王女殿下ですら袖にするのだ。
一介の王宮役人に靡くとは、到底思えないだろうに。
そこだけ不思議で首を傾げてると、「…………のくせに」と呟かれた。
「なぁに?」
「わたくしの方が優秀だったのに!王宮で勤められれば、アイゼンバーグ卿にいつか見初めてもらえると思ってたのに!あなたなんて、ただ運良くグリフィス家に生まれただけのくせに!」
憎々しげな視線とともに叫ばれた。
うん、もうここまで騒いだら撤回なんて出来ないんだから、最後に言いたいことを叫ぼうってことかな?
ならば私も、後腐れなく終わらせることにしよう。
「順序が逆になるけど、別にルシウス様はグリフィス家と繋がりたいから結婚した訳ではなくてよ?偶々条件とタイミングが合ったのがわたくしだったのだから、それは運が良いとは言えるけど」
「だから!」
「ならあなたが選ばれなかったのは、運悪くニーズ家に生まれたからね。ご両親を非難なさったらいかが?」
「…………」
「それとね、あなたの方が優秀って仰ったけど。あなた、総務室のワルロー卿より優秀だと言いたいの?」
「なん、今はワルロー卿は関係ないです!」
「そう?わたくし、学生時代はワルロー卿より成績が良かったのだけど」
「ーーーー!あ!」
「ご存知でしょう?ニーズ先輩」
「ーー!」
自分の失言に思い至ったらしい。
絶望的な表情になった彼女を見てると、シャーリーが聞いてきた。
「ミュー様、コーデリア嬢をご存知なのですか?」
「わたくし達のひとつ上の学年にいたわよ」
「え、そうなんですか?」
驚いてコーデリア嬢を見ている。
本人も私が知ってることに驚いていた。
「なんで……」
「成績結果が張り出されると、いつも五番か六番にいたわ。優秀な人は目を付けているのよ、当然でしょう?」
ニッコリ笑ってやる。
使える人材は少ないのだ、目星をつけておくに越したことはない。
学園時代のコーデリア嬢は目立つ存在ではなかった。
性格も大人しく、首席と言う訳ではないから他学年のシャーリーが知らないのは当たり前。
王宮役人になり才女と呼ばれるほどには努力したのだろう。
ふふ、惜しいことをするわね。
「これでもあなたのことを買っていたのよニーズ先輩。お話する機会がこれで最後になるとは、惜しいけど仕方ないわね」
「最後って……」
「だって、わたくしに突っ掛かってきた女性になんてルシウス様は友好的になれないわ。外務に行くことすら拒みそうだもの。そうなったら職歴二年目の子爵令嬢と六年目の次期公爵、どちらを慮るのかなんて明確でしょう?」
「そんな……!」
「わたくしもね、昔少し目を掛けてただけの知り合いでもない令嬢なんて、旦那様の心の安寧のためならどうなったって構わないわ。ルシウス様が一番だもの」
ね、と振り返りアサトとサンレイク様が押さえ込んでいたルシウス様を解放するよう促す。
「ミュー!」
一目散に駆けてきた旦那様が抱き着き、そのまま彼女から隠すように背を向けられる。
「ミュー、なんだってこんなことに巻き込まれてるんだ……!夜会なんて、もう出るのやめよう?」
「嫌ですー」
「ミュー……!」
へにょり眉の旦那様の背中を撫でてあげる。
落ち着こうねー、怖いところじゃないよー。
「先輩、落ち着いてください。しかるべき処罰を取らせますし、ミュリエル様の安全は警護に伝えますから。お願い出来ますか?サンレイク殿」
「承知しました」
うわ、護衛が付きそう。王族でもないのに。
不満げな顔をしたのが見えたらしく、ルシウス様は眉間に唇を落とす。
「……王族方も心配してるよ」
「え?」
「あちらから見てらっしゃる」
あちら、は見えないけど。見られたか……そうか。
「ワルロー、処罰って?警護に突き出す以外に何かあるのか?」
「彼女の上司に報告しますよ。先輩も顔を合わせたくはないでしょう?」
「上司?」
ワルローの言葉に改めてコーデリア嬢を見ても、ルシウス様の怪訝そうな顔は変わらない。
……これはもしや、またか。
「ルシウス様、彼女外務に所属してるコーデリア嬢ですよ」
「コーデリア?」
「ニーズ嬢ですよ先輩」
言われてようやく合点がいったらしい。
やはり、王女殿下ほどではないにせよ制服姿で覚えてたな。しかも名前は未把握。
どれだけ興味ないんだ……。
これも一応職責に基づいてるからであって、公爵家として関わったなら覚えるのだろう。たぶん。
ルシウス様に認識されてないことが判明し、コーデリア嬢はさらに顔色が悪くなった。
「……そうだね。妻に害なす者とは関わりたくない。君が辞めるか、私が辞めるかだ」
「渡りに船とばかりに退職しようとしないでください」
アサトが呆れた声で窘めた。
うん、いつでも辞する考えをお持ちなんだよねルシウス様って。
「ルシウス様、社交は終わりましたの?」
「……終わったよ」
「なら次は私と社交してください。一緒に苺のデザートを食べましょう?」
「……わかった」
この場は第三者のアサトに任せる。
シャーリーも証言者兼今度はアサトに不貞疑惑が生まれないよう、付き添ってくれるらしい。
頬を撫でた手にキスをもらい、少しご機嫌を直した夫との交渉に赴いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ルシウス様のご機嫌を取るなら、とにかく甘えるに限る!
と言うことで、半個室のような仕切られたスペースにて二人、お膝に乗ってデザートの食べさせ合いである。
こんなこともあろうかと、ドレスの仕立て時に「抱き上げられても膝に乗せられても支障のない造り」を依頼してある。こんなこともあろうかと。
王宮の苺も美味しいよね〜、と差し出されたケーキをパクリといただく。
「……ミューはさ、僕の機嫌を取るには甘えればいいと思ってる?」
ご機嫌が悪い、というよりも拗ねてる目付きでルシウス様が見てくる。
ゴクリと飲み込んだ後、ニッコリと笑ってみせた。
「思ってますよ」
「……やっぱり」
「ルシウス様が嫌ならやめますけど」
「嫌じゃないけど……」
なんだ煮え切らない。嫌じゃないのか。
「逆に、ルシウス様は私の機嫌を取るなら何します?」
私の問に、こちらが差し出した苺を食べながら夫は考えた。
「……苺を食べさせる?」
「ルゥの方が物で釣ってるじゃないの」
「そうだね」
「似た者夫婦ね」
「褒め言葉だ」
ギウ、と抱き締められた。解決したかな?
「……夜会には「出ますよ」」
キッパリ言い切ると、ため息をつかれた。
「……分かってるよ。でももう変な人には関わらないでほしいから、僕が離れる時は護衛を付けるからね」
「…………まぁ仕方ないですね」
了承の意を込めて頬にキスをすると、ルシウス様もお返しをしてきた。
よし、軟禁生活回避!
持ってきたケーキを食べ終え、心配していたと言う王族方の元へ行こうとスペースを出ると、入り口手前で一人のご婦人が待っていた。
「アイゼンバーグ卿、夫人、先程は大丈夫だったでしょうか?」
心配げな様子にひとまず頷くと、彼女は安堵したようだった。
「良かったです。わたくし、騒ぎの時に夫人の近くにおりましたの。不穏な様子でしたのに何も出来ず、不甲斐ない思いで……」
お、なんだかいい人?
「ご心配お掛けしました婦人。妻にも特に何もなかったので、ご安心ください」
ルシウス様もいい人認定したのか、いつもよりも気持ちにこやかに接する。
私も見られたので笑顔にしといた。
「申し遅れました。わたくし、オリビア・ヤミルスと申します。アイゼンバーグ卿には、主人が大変お世話になっております」
優雅なカーテシーと共に自己紹介を受けたので、こちらも名乗る。
ルシウス様の同期、別部署の役人らしい。
ヤミルス伯爵家は羽振りのいい家だ。グリフィスの商会ももちろん関わりのある領地で、私達の結婚のすぐあとに同じく結婚してたはず。
……ん?ここに夫人だけ?
「ヤミルスは一緒ではないのですか?広間では見掛けたと思いましたが」
ルシウス様も疑問に思ったらしく、オリビア夫人に問い掛ける。
夫人は悲しげな笑顔を見せた。
「広間にはまだいると思います。わたくしは主人と別行動を」
「別行動?」
その言葉が嫌いな夫が、つい反応してしまったらしい。
夫人の表情に諦観も加わった。
「お恥ずかしい話ですが……わたくしは主人に妻として認められておりません。『愛することはない』と言われましたから」
ルシウス様硬直。
テンプレートを言われた人、ここにもいたーーー!!




