『わかった。任せろ』
固まってしまったのは、しかし僕だけのようで。
サリーはもちろん、ミューも内容は知っていただろうし、ヴィンス殿は予想していたようだ。
「まあ、サリーが俺に改めて相談するとなったらその辺りの話だろうなー。シオンも生まれたことだし、自分の子どもをシオンに付けたいんだろ?」
「そうです」
「確かに、それならあと二三年が限度だろうな」
なんでもないことのように話が進んで行く。
腕の中のミューを見ると、気付いてこちらを見上げた。
「前から『サリーの気持ちが固まったら』進める話でしたし」
「そうだけど……」
「サリーはいつでも私の傍に付くつもりなので、出産前後でいられない時のための後釜が必要だったんです。アイゼンバーグの使用人で探すかと思ってたけど、意外なところで拾えましたしね」
「意外過ぎるよ……」
僕らの話が聞こえたらしい。
「さっきも言ってたな後釜。サリーのお眼鏡にかなう根性の持ち主がいたか?」
「根性見せて生きるしかない境遇に落とされた令嬢を見付けたのよ」
「没落貴族か。よく見付けたなぁ」
「見付けたと言うか……」
没落させた、と言うべきか。これは黙ってた方が良いのかな?
ミューが言わないなら口にはしないでおこう。
「父に預けました。一年もしたら少なくともミュリエル様に向かってくる暴漢は撃退できるかと。なので、その時期に合わせて実行したいです」
淡々と言うサリーが話してる実行とは、ヴィンス殿と夫婦になるということで合ってるのか?
全然そんな風に見えないんだけど……。
対するヴィンス殿も、いつも通り飄々としてる。
「マシュルトが一年見るなら、それなりにはなるな。そうすると来年には動き出さないとなー」
「留学はどうされますか」
「一年あればなんとでも理由は付けられるだろ。それよかあの王子どもをどうするかだ」
「そうねー」
普通に計画が進んでる……!
これがグリフィスの普通なのか??
やはり戸惑っている僕に対して、ヴィンス殿が笑い掛ける。
「ルシウス、せっかく同席してもらってるんだ。遠慮なく意見を述べていいぞ?」
意見……。
ミューも見上げて微笑むので、根本的なことを聞くことにした。
「えっと、これってサリーとヴィンス殿が……その、夫婦になる、という話をしてるんだよね?」
「そうだな」
「じゃあ、サリーは伯爵夫人になるんだ?」
僕の言葉を聞いた瞬間、サリーがピシリと固まった。
◇◇◇◇◇◇◇
固まったサリーを見て、ヴィンス殿が大笑いする。
「なんだサリー、子作りのことばっか考えてて伯爵夫人になることは考えてなかったのか?スケベだな!」
言われた直後、ヴィンス殿の顔にシオンのぬいぐるみがぶつけられた。
うん、デリカシーが一切ない。
「……サリー、危ないだろシオンがいるのに」
「シオン様には当てません」
「そうかい」
淡々としてるが、耳が赤い。
「……サリー、そのことは考えてなかったんだ」
「……………はい」
「あら。出産後は侍女に復帰するものかと思ってたけど、グリフィスで伯爵夫人やるの?」
「、それは……」
サリーが口ごもってしまった。
ヴィンス殿が膝に座らせていたシオンをそっと下に置いたので、「シオン」と呼び掛ける。
笑顔でハイハイしてきた息子はミューの膝に乗ったので、改めて二人とも抱きかかえた。
「サリー。別にグリフィスに帰ってこなくてもいいぞ」
ヴィンス殿の言葉に僕はギョッとし、サリーも目を見開く。
動じないのは妻と息子だけだ。
「伯爵夫人はまだ母上がいるし、俺が伯爵を継いだとしても別に役割はサリーが担う必要はない。社交なんかには同伴してもらうだろうが、家政とかはやれる奴がやったらいいんだ」
「……」
「ミューとシオンの傍にいたくて子どもを作るのに、そのせいでグリフィスに帰るとか本末転倒だろ?」
「……はい」
ヴィンス殿の言葉に、サリーの雰囲気はホッとしたようだった。
それでいいのか?とも思うが、グリフィス伯爵家が回るのなら確かに問題ないか。
あれ、でも?
「そうしたら、子どもはどこで育つの?サリーはシオンに付けたいんだろうけど、グリフィス伯爵家の跡継ぎだよね?」
またしてもサリーが固まる。
……サリー、ちょっと未来予測足りな過ぎる。
「勢いだけだったのね、サリー」
ミューが可笑しそうに笑うと、サリーは余計に耳を赤くした。
これは、恥ずかしいのかな。
「まぁその辺含めて、もうひとつサリーに覚悟を問おうか」
ヴィンス殿がサリーに向き直る。
いつもの微笑みを消して、ひどく真面目な顔をした。
「なぁサリー。お前はシオンに付けるために、ミューの傍にいるために子どもを作りたいのだな?」
「……はい」
「その子どもが、『シオンの付き人になどなりたくない』と言っても、お前は我が子を愛せるか?」
サリーは沈黙した。
ミューがシオンを抱き締めたことが分かったので、僕も腕の力を強める。
「我が子だって人間だ。お前の一族ならグリフィスには絶対服従だろうが、それでも気が合わなかったりそもそも仕えることに向いてなかったりするかもしれないだろう?ミューに忠誠を誓えない子を、お前は母として愛せるか?その覚悟はあるか?」
「……」
「よく考えろ。人を一人この世に送り出すということは、送り出して終わりじゃないんだ。そして子どもは親の言うことばかり聞いて生きていく訳じゃない。俺がいい見本だな!」
最後のところで誇らしげに笑う。
いい見本……まあ確かに、言うことはあんまり聞いてなさそう。
「そこ、誇らしげに言うこと?」
ミューの呆れた声。そして少し体の力が抜けたらしい。
「お前だって聞いてないじゃないか」
「ヴィンスが聞かないなら私が聞いたってしょうがないじゃない」
「どっちもだよ……」
僕も呆れた声が出る。
ミューの肩越しにシオンを覗き込むと、目が合ってニッコリ笑った。
うん、なんでも言うことを聞け!とは思わないけど。
双子の悪いところは極力見習わないでね。
しばらくサリーは考え込んでいたが、顔を上げてヴィンス殿へ向いた。
「ヴィンス様は」
「うん」
「我が子がどのように生きても愛せますか?」
「俺はお前が産んでくれる子どもならなんだっていいぞ。シオンの付き人になろうと伯爵家を継ごうと、他の何になろうと好きにしたらいい。なんだってカバーしてやるさ」
「そうですか」
「だからさ、正直サリーがどうしても子どもを愛せないと言うなら、グリフィスで父上と母上とマシュルトと共に子育てするのでもいいんだよ。母親のいない淋しさがあっても、補うほど構い倒してやる」
「「「え……」」」
僕もミューもサリーと声が重なった。
さっき、覚悟って言わなかった?
ヴィンス殿を凝視すると、不意にこちらを向いた。
とても優しい、労る目で。
「でも、それじゃあミューが悲しむだろ?」
「ーー!」
「自分のせいで俺とサリーの子どもが淋しい思いをしたら、ミューともしかしたらシオンも気に病む。それは俺も嫌だし、お前の望むことでもないな」
「……はい」
「だから考えろと言ってるんだ」
兄の目だった。
僕も時々姉上から送られる、ヴィンセント様がヒムロ殿下を思う時にしている目。
ヴィンス殿は、紛れもなくミューの兄だった。
ミューの頭が僕にもたれ掛かったので、頬を寄せた。
「……私は、ミュリエル様にお仕えすることが一番の使命です」
「うん」
「ですので、子どもを産んだとしても侍女を辞する気はありません。それは子どもが淋しがったとしても、どうにか説得します」
「そうしろ」
「……それはヴィンス様の子だからと言う訳でなく、誰の子だとしても同じです」
「うん」
「ですから」
そこでサリーは少し俯いた。
「……誰の子でも同じなら、子どもの父親はヴィンス様が良いです」
小さく呟かれた声は、それでも室内の全員に届いた。
ヴィンス殿は嬉しそうに「そうか」と笑う。
僕らは一緒に、いつの間にかこもってた体の力を抜いた。
「ぷあ?」
それまで大人しくしてたシオンが顔を上げる。
「シオン、空気を読めるなんてすごいね」
「貴族の心得ばっちりですよ」
ミューも嬉しそうにシオンを褒める。可愛い。
「わかった。ならそれで動こう。マシュルトに鍛錬の予定を厳守で頼んでおかないとなー」
……例の生徒、大丈夫かな。だいぶ厳しくされそうだけど。
「一年後に結婚なら、式とかドレスとかの準備が必要じゃない?間に合う?」
予定を心配して聞くと、三人ともにキョトンとされた。ん?
「ドレス、ありますよ?」
「ん?結婚式のドレスだよ?」
「作ってあるぞ」
「んえ?」
「ミュリエル様のドレス製作時に、一緒に作ってもらいました」
「なんで?!」
「どうせそのうちサリーも着るだろってな。最初は嫌がったが、今作ればミューとお揃いだ!と言ったら大人しく従ったぞ」
「ええぇぇ……」
それ、お針子倍の作業になってない?
「サリーの分は多少遅れても納期はありませんし、同じ作業を忘れないうちにやるだけなんで、皆やってくれましたよ」
「式もミューの時の段取りでいいしな。前回の警護はアイゼンバーグ家と半々だったから、今回は騎士団総出か」
「父に伝えます」
さくさくと話が進む三人についていけない。
これがグリフィス流か……。
なかば諦めてシオンをあやしてると、ミューが「それはそうと」と話を変える。
「ヴィンス、手紙の返事くらいはちゃんと書きなさいよ」
「ん?」
「サリーに見せてもらったけど、さすがにあれは返事としてどうなの?すぐあんたが来たから良かったけど、意図を読むのに悩むところだったわ」
ミューの抗議にもヴィンス殿は動じない。
「どう、と言われても。結局同じことだろう?」
「ん?」
「サリーが相談がある、と言うのだから、俺の返事は決まりきってる。サリーの悩みがなんであれ、全部解決するから他に言うことはない」
やり取りの意味がわからず首を傾げると、サリーがお仕着せのポケットから手紙を出して渡してきた。
封筒に入ってる紙には、ただ一文だけ。
『わかった。任せろ』
……二人揃って文字数の節約が過ぎる、と呆れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「サリー、お疲れ。少し気を抜いていいわよ」
「……失礼します」
「サリー、婚約おめでとう!」
「ありがとうございます」
「サリーが人妻かぁ!しかもヴィンス様の妻!うん、なんだか……ううん、えっと……大変そうね?」
「覚悟の上です」
「ふふ、そこの覚悟はしてたの?」
「長年言われ続けたことですから。ヴィンス様という人間を受け入れる覚悟だけは、前から」
「それなのに、伯爵夫人になる想定はしてなかったのね」
「……はい」
「普通そこからじゃない?」
「貴族の身分は大事よね?」
「……ヴィンス様は普通じゃありません」
「「「確かに」」」
「なので、あの方を受け入れることだけでいっぱいいっぱいでした」
「でしょうねー」
「ですよねー」
「ひとまず恋敵が他国の王子」
「ミュリエル様、色々あり得ないです」
「ね。だから伯爵夫人になるくらいなんてことはないのよ」
「そうですね」
「あと本人がノンデリの塊」
「それどうにかなりません?」
「「無理」です」
「声を揃えて……」
「正直、どちらかだけならまだ苦労は半減するのよね」
「三分の一に減ります」
「相乗効果?」
「この場合は追加効果と言うべきかと」
「そうね、物事が次から次へとやってくるものね」
「……」
「ミュリエル様、サリーの目が『他人事のように』と言ってます」
「サリーの気持ちを読めるようになったのねナンシー」
「一年以上の付き合いですから!」
「私も頑張ります!」
「ランも頑張って。サリーがヴィンスの妻になったら、サリーお義姉様と呼ぼうかしら?」
「……」
「あ、これはわかりますよ!嫌そうです!」
「あからさま過ぎよ」
「今までどおりでお願いします」
「はいはい。ふふ、サリーがついに陥落」
「……」
「また嫌そうですよミュリエル様」
「ついに、ですか?」
「ヴィンスは昔からサリーにしか求婚してないのよ」
「そんなに前からなんですか?」
「自分が求婚されるようになってから結婚とは何か、て考えるようになって。『俺だけ考えるのは不公平だから、お前らも考えろ!』って強要されたわ」
「不公平、ですか」
「それで出た結論が『ミューとは結婚出来ないから、俺はサリーと結婚する。そう決めた』だったから、そこが始まりね」
「え、ミュリエル様も対象に入れてたんですか?」
「ヴィンスの結婚相手に求めることはただひとつ、『自分が信頼出来るかどうか』だから」
「「なるほど」」
「その後も色々な女性とも男性とも会ったけど、掛け値なしに信頼を置ける人はなかなかいないものね」
「それは、はい」
「逆にサリーの結婚相手に求める条件はなんだったの?」
「……私は、ミュリエル様が一番ですから」
「「「知ってる」」」
「ですので、ミュリエル様を尊重できる方が第一条件です」
「サリーらしい」
「それだけ取り出したら割といるでしょうけど、サリーの言う『尊重』がそんじょそこらの尊重とはレベルが違いそう」
「ラン、鋭い。サリーの尊重は、私と結婚相手が同時に暴漢に襲われたら余裕で見捨てる尊重よ」
「それで言うと、別に護衛のいるヴィンス様は最適ですね」
「……それと」
「ん?」
「……ミュリエル様がいらっしゃらない状況に置かれて、関心を持てるのがヴィンス様だけですので……」
「「「…………」」」
「……」
「乙女!」
「やめてください。」
「いや乙女でしょ!良かった、ミュリエル様の付属品としてしかヴィンス様を見てないのかと!」
「心外です」
「いやそうとしか思えないわよ?!全然関心持ってなさそうに見えたから」
「ミュリエル様がいらっしゃる時は、主が一番ですから」
「侍女の鑑!」
「光栄です」
「でも散々逃げ回ってたのに決意するなんて、シオンは偉大よね〜」
「シオン様のこともありますが」
「うん?」
「ミュリエル様と若旦那様を見ていましたら、結婚するのも悪くないと思えましたので」
「…………そう」
「はい」
「………」
「「乙女!」」
「やめてよ。私じゃなくてルシウス様の方が乙女よ」
「「「確かに」」」




