『タイミングについて相談したいです』
それは唐突にやってきた。
……思い返したら唐突でなかったことがないので、いつも通り唐突にやってきた。
職場で書類の内容を検めていた時に、騎士から声を掛けられたのだ。
「アイゼンバーグ卿。ご自宅よりお手紙が届いてらっしゃいます」
「家から?」
もうあと半日足らずで帰ると言うのに手紙とは、帰宅まで待てない用件?
受け取った手紙を慌てて開封すると、愛しの妻からだった。
『サリーと話し合いをするためにヴィンスが来てます。もし可能なようでしたら、ルシウス様にも同席していただきたいとのことですが、いかがでしょうか?
お仕事が忙しいようでしたら、無理をしないでくださいね。
お茶の時間には話し合いを始めます。ミュリエル
追伸:ハリーも来てます。前回よりは近付けるようになりました』
妻に!男が!近付いてる!!
ザアッと血の気が引いた。
「おい、アイゼンバーグ?どうした??」
僕の顔色の悪さに同僚が話し掛けて来るが、こうしちゃいられない!
慌てて立ち上がり、手紙を握り締めーーそうになって、ミューから貰った手紙だと思い直し、きちんと封筒にしまって机に置く。
そこから急いで上司の前に立った。
何やらワルローと話していたが構ってられない。
「すみません!至急早退して良いでしょうか?!」
「早退?急ぎの案件はないからまぁ問題ないが、どうした?」
「妻に間男が近づいてるので!」
それだけ言って頭を下げ、机の上を片付けて荷物と共に部屋を飛び出す。
「先輩?!」と叫ぶワルローの声にも気付かなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
王宮内を最速で歩き、馬車に飛び乗り、最速で家に着く。近くて良かった。
馬車から飛び降り、慌てて開けられた玄関に飛び込むとセザールが待機してた。
「ミューは?!ミューは無事、ミューどこ?!ミューのところへ行く!」
「若奥様にはサリーとノアを付けてますのでご無事です。ルシウス様、一度落ち着かれてください」
肩を掴んで詰め寄ったが大変冷静に返されたので、興奮が少し治まった。
「ごめん……」
「いえ。若奥様の想定通りでございます。ヴィンス様とシオン坊っちゃまのお部屋にいらっしゃいますので、ルシウス様はお召し替えの後にいらしてくださいとの言付けでございます」
「わかった。……ノアはミューといるの?」
「その方がルシウス様もご安心されるでしょうと。お召し変えは私がお手伝いいたします」
「ありがとう……」
完全に掌の上で転がされてるが、安心したのは確かだ。
シオンの部屋と僕らの部屋は隣同士で並んでいる。
部屋に行くなら必然的にその前を通るのだが……。
「……ハリー?」
シオンの部屋の前でハリーが待機してた。
思わず呼び掛けると、こちらを見て頭を下げる。
僕からは特に何も返さないが……前回より近付いてるって、これ??
確かに前回は姿も見せてなかったんだから近付いてはいるけど……、部屋にすら入れてないじゃないか。
自分の部屋に着いたら脱力してしまった
「安堵されましたか?ルシウス様」
「した……」
「それはようございました」
さては手紙の文面を知っているな。
恨みがましい気持ちからわざと自分からは動かなかったけど、僕の動きなどまったく必要なくセザールに着せ替えられた。
それがいっそう不貞腐れた気持ちを刺激して、シオンの部屋の前に立った時にはハリーに何も言わなかった。
ハリーも特に何も言わず、ノックをしてから扉を開け僕を部屋に通す。
ますます気に食わない気持ちだ。
「おールシウス。仕事サボったのか?」
「おかえりなさいルシウス様」
「ぷあ!むや!」
ヴィンス殿の言い方にまた一瞬ムッとしたけど、ミューのニッコリと笑った顔に少し気が緩み、シオンが高速ハイハイでこちらに向かって来たので機嫌が治ってしまった。
「シオンー、ただいまー」
「ぷあ!」
抱き上げて頬擦りすると、シオンも抱き着いてくる。
あぁ幸せ……。
「すごいな、ルシウスにまっしぐらだ」
「相思相愛なのよ」
双子のやり取りに目をやると、同じ笑顔でこちらを見ている。
二人ともシオンの遊びに付き合ってか絨毯の上に座っていたので、僕もミューの隣に座った。
シオンを下に置くとまたハイハイで行ってしまう。
速いな……。
「……ただいまミュー」
「ふふ、おかえりなさい。帰ってきてくださってありがとう」
おかえりのキスをしてそのまま抱き着く。
ミューからもお返しをもらうと、先程の恨みがましい気持ちが少し蘇った。
「……ハリーが近付いてるって」
「近付いたでしょう?シオンを見ることまでは出来たんだから」
「そうだけど……」
「ルシウス様、お膝」
ポンポンと膝を叩かれたので少し腕を緩めると、ミューが自ら膝に乗ってくる。
少し上を向く姿勢でこちらを見てくるのが可愛い。
「お手紙、久しぶりに書きました」
「……そうだね、久しぶり……」
「たまにはいいでしょう?」
「うん……」
前回はやらかしの反省中だったから、手紙が命綱だった。過言ではなく。
あの頃の気持ちが思い出されて、またギュッとしてしまった。
「相変わらず仲良しだなぁ!シオン、お邪魔なようだから部屋を移動するか?」
「ここはシオン様のお部屋です」
ヴィンス殿の揶揄いに、サリーが突っ込む。
今日の会合の主役のはずだけど、ミューの背後に立ったままだ。
「シオンが邪魔になる訳ないでしょ?と言うより、別に誰も邪魔じゃないわよ。ルシウス様気にしてないし」
「ん?」
僕?
「確かに気にしてないな」
「気にする?何を?」
「いーえ、それこそ気にしなくていいわ旦那様」
手を伸ばして頬を撫でてくれるから、気にしないでおこう。
「……ヴィンス殿は、こんなに帰国しててトラキオンから何も言われない?」
シオンと楽しそうに遊ぶヴィンス殿に、前から気になってたことを聞いてみた。
僕らの結婚式前後一年は姿を見てなかったが、その後はなんだか頻繁に帰って来てる気がする。
執着しているらしい第三王子やその他の信奉者達は、何か言ってきたりしないのだろうか?
ヴィンス殿は鷹揚に笑う。
「そもそも俺はトラキオンに私費留学している身だ。トラキオンの誰とも繋がってる訳ではない。今でこそ衣食住を王宮で世話になってるが、それも国内を混乱させない為であって俺が希望したものではないしな。行きたい所に行くだけだ」
「前はトラキオンの遣いって言ってたけど」
「あれも体面上、遣いにしたら旅費が出せると言われたからだ。むしろ出させてくださいお願いします、と経理のおっさんが平伏するから乗ってやった、が正しい」
「平伏……それなら第三王子は?うるさく言ってこない?」
「アイツはどこにだろうと行ける所は付いてくるし、付いてこれなきゃうるさいから行き先がどこだろうと変わらん。今朝もうるさかったが、不在中は俺の部屋を使っていいと許可したら渋々引き下がったぞ」
「うわぁ……」
その部屋大丈夫か?え、戻ったらまた使うの??
ヴィンス殿の肝の太さに驚いていると、ミューが見上げてきた。
「ルシウス様もそれならお留守番出来ます?」
「出来ない!絶対無理!!」
腕に力が篭もる。ついでに目に涙が溜まる。妻の肩に顔を埋める。
お留守番という言葉がこんなに不安を掻き立てるものだとは……!
「やっぱり駄目かぁ」
クスクス笑ってミューは頭を撫でてくれた。
「僕だって、どこでも付いてくんだから……!」
「そうね、しっかり付いてきてくださいな」
「若奥様、その際は警護の計画を立てるんで早めに共有していただきたいです」
扉付近に立っていたノアからも注意が飛ぶ。
「了解。ね、やっぱりノアには耐性があるわね?」
アイゼンバーグで話してたこと?
顔を上げてノアを見ると、戸惑った表情をしている。
「耐性、ですか?ええと……」
チラ、とそちらを見た時にヴィンス殿と目が合ったらしい。
ひく、と口元が引き攣った。
「おぉ、確かに耐性ありそうだな!ルシウスで慣れてるのか?」
「一族的な性質なら活用出来そうなんだけど。ノア、どう?」
「どう、と聞かれますと……。正直、若奥様と同じ顔をされてるので混乱します」
魅了はされないけど、そっちで遠慮が出るらしい。
それは僕も分かるかも。
以前、微笑まれて赤面したことは忘れたい。
「さて。じゃあ本題を始めましょうか。悪いけど、サリー以外の人は退出してくれる?」
ミューがそう指示をすると、使用人達は一礼して退室した。
ノアがこちらを見たので頷いておく。
たぶん、ハリーの隣で部屋前待機をするのだろう。
「サリーはここ。一人だけ立ってても話しづらいし、座りなさい」
ミューが示したのは向かい合わせで座る僕らとヴィンス殿の中間、三角形の頂点にあたる位置だ。
「……失礼します」
サリーは示された場所で正座した。
うん、まあいいけど……痺れないのか?
「進行は私がした方がいい?」
ミューが言うと、ヴィンス殿はシオンを僕らのように膝に乗せた。
「そうしてくれ。話し合いとは言ったが、正直具体的な内容は何一つ知らん」
え?
「ヴィンス殿は、話し合いに来たのではないの?」
「サリーに呼び出されたんだ。『タイミングについて相談したいです』とだけ書かれた手紙が、クラストからの報告書に紛れててな」
「それはーーサリーが?」
サリーは当然のごとく頷いた。
「アイゼンバーグ領で騎士団長に託しました」
「郵便料金をケチるなよ」
「節約できる物をしないのは、グリフィス領民の名折れです」
「そうねー」
「名折れ……」
グリフィス領民の矜持は、特殊だと思う。
「んで?サリー、タイミングとはなんのことで相談したいんだ?」
なんだかニヤニヤしてるヴィンス殿が、分かってるような口振りで尋ねる。
サリーは一瞬眉間に皺を寄せたが、ハァとため息をついて顔を戻した。
「子どもを作るタイミングです。私の後釜候補が出来ましたので、本格的に計画を立てようと思いまして」
……本気だった。




