近衛と王族の溜まり場
「はははははーーっっっ!」
甲高い剣戟を縫って響く、男の高笑い。
訓練場のど真ん中、やり合う二人以外は全員見物していたので尚の事反響する。
「これが噂の高笑い……」
「確かにこれで走って追い掛けてたら通報しますね」
腕の中のミューが感心したように言った。
「サンレイク、絶好調だな!」
「うま!」
シオンをあやしながらも試合に注目していたヒムロ様は、笑い声でサンレイク殿の調子が分かるらしい。
「久々に聞いたな、あの高笑い……」
「ユーリ様の警護を始めてからは聞かなかったですよね?」
並んで座るユーリウス様とマリアベル様は、以前の高笑いを聞いていたようだ。
ーーアイゼンバーグ邸の騎士団訓練場。
普段は待機組の騎士達がそこかしこで鍛錬をする姿が見えるのだが、本日は貸し切りだ。
誰の貸し切りかと言うとーー王族と近衛の。
いやホント、なんでうち?と思うが、きっかけが僕なので仕方ない。
ミューがモゾ、と動いたので少し腕を緩めた。
「暑い?」
「いいえ、ちょっと姿勢を変えたかっただけよ」
「ん」
お腹を撫でつつ頬擦りしてると、ユーリウス様が叫び出した。
「〜〜やっぱり気になる!なぜルシウスはミューを膝に乗せたまま、平気で私達と話が出来るんだ?!」
キョトンとしていると、代わりにミューが返事をしてくれた。
「ルシウス様なりの牽制ですよ」
「誰に?!」
「あなた方が連れてくる、近衛達ですねー」
「いるか?!牽制いるのか、お前に?!」
「だって、私より若かったり強い騎士がいるじゃないですか」
「ミューに言い寄る物好きなんて、ルシウス以外にいない!」
「羽口王子、今すぐサリーを嗾けて追い出しましょうか。私が呼べばすぐ来ますよ?」
「……………失礼したミュリエル夫人、伏して謝るのでここにいさせてください……」
相変わらずの失言だ。
「サリー、今いい勝負してるわよ?呼んじゃうの?」
夫が王族らしからぬ角度で頭を下げていると言うのに、マリアベル様は我関せずだ。さすが。
「サリーは強いなぁ!サンレイクと互角だぞ」
「はふわぁ〜」
ヒムロ様の感嘆にシオンの喃語が混じる。
意外に思ったが、ヒムロ様は赤ん坊の相手が上手い。
「身軽ですねサリー嬢……」
「審判、目で追うのに必死だぞ」
ヒムロ様の背後に立つジェット卿もセネカ卿も、試合に釘付けだった。
……元はと言えば、この二人にミューが「付き合わせたお礼に何か要望ある?」と聞いたのが始まり。
「「アイゼンバーグ卿とぜひ手合わせを」」と声を揃えて訴えられたが、現役の近衛と戦うなんてお断りだ。
僕は文官で、自衛の為に鍛錬してるに過ぎない。
食い下がる二人に対し、ミューが「ではまずうちの侍女と手合わせなさい。勝ったらルシウス様に挑戦出来るってことで」と提案した。
お仕着せのままお辞儀をするサリーに二人は困惑していたが、使っていない訓練場で軽く手合わせをさせた。
結果ーー騎士達の惨敗。
女性だからと手加減をするつもりだったようだが、サリーが体格の良い庭師を飛び蹴りで吹き飛ばす侍女だとは思ってなかったらしい。当たり前か。
呆然とした後我に返った二人が再戦を要求してきたが、僕らはもう帰ると断った。
馬車の中でお返しの続きをし、待っても泣いても探してもいなかったシオンと再会し、翌日親子三人で寛いでるところに『ヒムロ様の表敬訪問・近衛付』の打診が送られてきた、と言う訳だ。
そこから数えて三回目の表敬訪問に、今日は第二王子殿下夫妻とその近衛もやってきた。
うちは近衛と王族の溜まり場か?
サリーへの手合わせは近衛達の予選を制した者が挑戦権を得るのだが、本日の覇者はサンレイク殿だった。
「これ、サンレイク様が勝ったらルシウス様とやるのかしら?」
「ええ……やだ……」
「じゃあサリーをしっかり応援しましょ?」
「僕の応援よりシオンの姿を見せる方が絶対効くよ」
「ふふ、それもそうね。シオンー、サリーに頑張れーしてー」
「ふわおわ!」
ミューの呼び掛けが伝わったのか、シオンが声を上げる。
それが聞こえたらしいサリーが、剣を振るう速度を増した。
周囲の騎士達から野太い歓声が上がる。
……僕でさえ一瞬驚くのに、シオンは動じないな……。
「サリーは相変わらず強いわね」
マリアベル様が嘆息する気持ちもわかる。
サリー強過ぎ。
「あんなに強いなんて知らなかったな」
「ユリ兄も知らなかったのか?俺は昔よく遊んだが、手合わせはしなかったな!」
「王族相手に子爵令嬢が手合わせする訳ないでしょう?しかもサリーは手加減出来ないんだから」
ミューがヒムロ様に呆れて言った。
「王族相手にも手加減しないのか?」
「しないんじゃなくて出来ないんですよ。そういう教育を受けたので」
「教育……」
どんな教育だそれ。
思わずミューを覗き込む。
「グリフィス伯爵家に害為す者を、一人残らず駆除する躾です」
「……それ、躾?」
「躾の一環ですね。おかげで手綱を持つ者が必要です」
「……ハリーも?」
「ハリーはヤバいですよルシウス様」
つい聞いてみたが、答えてくれたのはマリアベル様だった。
「ハリー?」
「あら、ユーリ様はお会いしてませんでしたっけ?そう言えば先日ヴィンスが来た時には珍しくいなかったわねぇ」
「失恋したから」
「ん?」
「失恋が癒えてないのに、私が子どもを産んだ姿が見れそうにないと言って、客間で待機してたわ。グリフィスの騎士達とサリーがいるから多分平気だろうって」
それは僕も後から聞いた。
うちには来てたらしいが、姿を見せることはなかったのだ。
「……失恋?ミューに?失恋??」
「サリー、羽口王子がおかえりに「なんでもない!なんでもないですミュリエル様!」」
……うん、王族相手でも手加減出来ないって聞いたのに嗾けられたらたまらないな。
「ハリーはヴィンスの従者で、サリーの兄です。ハリーがいるからヴィンスは留学が出来るんですよ」
「そんなに?」
「そんなに。」
「サリーは過激なんですけどね、ハリーはえげつないんですよ。なので、ヴィンスがどこにいようと誰と会おうと、ハリーさえいれば連れて戻ってくるだろうと言うのが、叔父様とマシュルト、サリー達の父親の見解です」
マリアベル様が教えてくれたけど……えげつない?
ユーリウス様も不思議そうだ。
「サリーが過激なのはわかるが、えげつないとは?」
「わたくしが見たのは、他家の令息がヴィンスに惚れて、その家の騎士に彼を捕らえろと命じた場面なんですが」
「既にあり得ない状況だな?!」
「残念ながら日常茶飯事でした。ミューとヴィンスの護衛をサリーに託した後、その騎士の横をすり抜けて令息を組み伏せ、出した短剣で右目を刺そうとしてーー」
「刺したのか?!」
「寸前で止めました。『命令を撤回してください』と物凄く平坦な声で。令息が恐怖で声を出せなかったことに痺れを切らして、少しだけ突いてました」
「「うわぁ!」」
思わずミューを抱き締める腕に力が篭る。
すぐさま緩めたけど、ミューは腕を撫でてくれた。
「泣きわめいた令息が撤回したので騎士は離れ、拘束も解いたんですけど。その後騎士団に訴えるとわめき散らす令息に対して、不思議そうな顔で言ったんです。『あなたの両目は同じ色でしょう?ひとつ減っても問題ないかと』って」
「ヤバいぞ?!」
「だからハリーはヤバいんですって」
「ミュー……ハリーが怖いよ……」
やっぱり腕に力が篭ってしまう。
今度は腕を伸ばして頭を撫でてくれた。
「大丈夫ですよ。ルシウス様は私の夫、ハリーが守るべきグリフィス家の縁者です。危害を加えることはありません」
……ミューが言うなら大丈夫、かな。
でももうひとつ気になる。
「……強い人の方が好き?」
「強さで夫を選ぶなら、とっくの昔にハリーの手を取ってますよ。私の夫は可愛い方がいいです」
そう言って頬にキスしてくれる。
うん、それなら負けない。
僕にシオンも付けたら、たぶん可愛さで敵う人はいないだろうし。
「私もこの間の話を聞いて気になったんですけど」
「この間の?」
「ヴィンスが島を相続した、遊牧民の話。壊滅しそうになったあの騒動、何人がハリーの手に掛かったんでしょうね?」
「「「!!」」」
「んー、なんだなんだ、ユリ兄もマリ姉もルー兄も、皆顔色悪いぞ?」
「むあ?」
◇◇◇◇◇◇◇◇
結局、サリーとサンレイク殿の勝負は引き分けだった。
サンレイク殿は大変清々しい顔をして笑い、サリーはいつもの無表情で戻ってきた。
「ミュリエル様。追い出しますか?」
「聞こえてたのか!」
「まだいいわ」
「承知しました」
「まだって!」
ユーリウス様は一人で騒がしい。
まぁ気楽に過ごしていただけているのは、良いこと?
と思うことにしよう。
「サリー嬢は、お仕着せの姿でよくあれほど動けますね」
セネカ卿が感心した様子で声を掛ける。
サリーは一礼してるが、ちょっとドヤ顔だ。
「そういう訓練を受けてるからね」
「そういう訓練?」
「ただの護衛より侍女の方が、付き添える場が多いでしょう?なので侍女の格好のまま、本来の力を発揮出来るよう鍛えられてるのよ」
「なるほど」
「ちなみにハリーも出来ますよ」
「「え?」」
「お仕着せを着たまま、いつも通りに動けます」
平然と言われたけど、なんのことだかわからない。
「……ハリーが、お仕着せ?」
「はい」
「……ハリーとはサリーの兄ではなかったか?姉だったか?」
「兄です」
「なぜお仕着せを??」
「ヴィンスが私と入れ替わるから」
「「あぁ……」」
納得した。それか。
「私とヴィンスが入れ替わってるのに二人がそのままだと、身長差が際立っちゃうんですよ。だから『ハリーも女装だ!動けるか?!』ってヴィンスが指示して、『鍛えます』ってマシュルトが答えちゃったんです」
「マシュルト……父親か……」
「私にも大概そうですが、グリフィスの後継に対してはどうかと思うほどのイエスマンなんです」
「それはどうなの?」
「ねー」
「……ハリー、と、サリーも入れ替わるのか?」
「あぁ、ユーリ様は見てないものね。双子じゃないのにそっくりなんですよ。年子なのよね?」
マリアベル様の言葉に、サリーは嫌そうな顔をした。
そんな表情されても、嘘でも『似てませんよね』とは言えないよ?
「……あぁ、年子で唐突に思い出した。例の騎士科の編入生、あの家が正式に取り潰し決定だ」
ユーリウス様が仰るのは、例の男装騎士の話だろう。
関わった僕らからしたら「ですよね」としかない。
「傍系に譲るでもなく、完膚なき取り潰しですか?」
「そもそも現当主自体、傍系から来てたらしい。本家が先細り養子に入れたものの才がなく、挙句嫡男を騎士科に入れてどうにか他家と縁を繋ごうとしたが、その嫡男が堕落し過ぎてとてもじゃないが騎士科に入れる状態じゃないと」
「妹が身代わりになった方がマシと思えるほどの堕落……?」
「あの体型じゃまず走れないな」
「そこまで?!え、ツウィフト嬢は兄に似ていたから身代わりになったのでは?」
「数年前まではそれこそ双子のように似ていたそうだ。その後兄の変貌が酷くなった。学園に5年在籍させられる資金もなく、かろうじて騎士科の編入枠がギリギリなのに当人が行けそうもない。そこで」
「妹が身代わりに、ですか。え、絶対他の案ありますよね?」
「だから取り潰しになったんだ。柔軟でもなく影響も未来の予測も考えられず、嫡男を窘めることもできず。かつ、自分たちの何が悪いのかも分からない貴族なんて何の役に立つんだ」
ユーリウス様の呆れた声に納得しかない。
「地方貴族ってそんなのがいるんだ……」
「アイゼンバーグ卿。お言葉ですが、我がスィルギルスは違います」
「ぜひその目でご確認を」
「さりげなく連れて行こうとしないで」
なんでそんなに僕を引き込みたいんだこの人たち。
うんざりした目で見ると、ミューが楽しそうな声を上げた。
「なら、あの令嬢はグリフィスでもらいますね!」
「あぁ、その方向で手配をしてる。本人も納得してるらしい」
「良かった!サリー、よろしくね」
「承知しました」
「ミュー、なんだかずっとサリーに付けたがるね?」
不思議に思って聞くと、妻はニコリと笑った。
「だって、サリーはこれから本格的にサミュエルくん誕生に励むんです!後釜がいないと困るでしょう?」
固まってしまった。
……本気?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「マリー、お腹少し膨らんできたわね」
「そうね、だいぶわかるようになってきたかしら」
「ユーリ様、口止め出来てます?」
「……頑張ってる」
「ここでうっかり口を滑らしたら、以後誰の懐妊も伝えないことになってるの」
「未来永劫と言われたのだ……!フォルスにはかろうじて話していいと言われたが、他は駄目だと」
「ジェイデン様は口が堅いと立証済みですものね。シオンの時に」
「とぅあ?」
「ルシウス……お前、よく他の者に喋らずにいられたな?私はその手の話題になるとどうしていいかわからず……」
「いえ、あの……」
「ルシウス様は喋りましたよ?」
「は?」
「総務室内までの範囲で早いうちに公表しました」
「なに?!」
「まぁ、思い切ったわね?」
「だって、ルシウス様妊娠わかってからずっと浮かれ続けてたもの。普段愛想なくても、子どもの話題になったら絶対顔緩めるわ」
「あぁ、それはそうね」
「だったらもう普段話す人たちには協力体制を願おう!ってお義父様とお義母様を説得したのよ」
「ずるいぞルシウス!」
「なんでですか」
「私がこんなに話したいのを耐えてると言うのに!お前は全然我慢しなかったのか?!」
「私は総務室のメンバー以外と話すことが少ないですから。部署回りも極力担当しないよう、周囲が協力してくれました」
「人徳よ?ユーリ様」
「くぅっ……」
「まあ、あとニヶ月くらいで公表するんでしょう?それまではまたここに来たら好きなだけ話せますよ」
「ミュー……!」
「そしてなんと!この家には乳児のための商品を掲載したカタログが!サリー、お見せして!」
「カタログ?」
「流れるように売り込むわね……」
「さすがに王宮には持って行けないからね!」
「あれミュー、これポルカ商会のじゃない?」
「タスクはもうお得意さんがいるからいいの!こちらはとある領地で提携を始めた二つの商会による、初めての共同経営であり!」
「……ミカルのとこ?」
「異国の商品も紹介できるのは強みですよね!」
「……ミュー、この玩具はどのようにして使うのだ?」
「実演させましょうか?シオンくん〜」
「たい!」
「「かわっ……」」
「念の為に付け加えますが、あの天使は売り物じゃありませんので。」
「……言い値で買うぞ?」
「サリー、人攫いよ〜」
「ミューごめ、冗談だごめん、うわサリー待て!冗談なんだ本当!ちょ、頼む待ってくれ!」
「殿下!楽しそうですなぁ!」
「サンレイク!ちょ、助けてくれ!違う追うな!助けてくれ!!」
「わぁやっぱりこうなるのね〜」
「ユーリウス様、足速いね……」
「近衛は助けに行かなくていいの?」
「……この場合、どう収拾を付けたら……?」
「さぁ?」
「みゃは!」
後日、登場人物紹介のサンレイク欄は修正します。
ギリギリアウト→完全にアウト




