テンプレートな男装少女に、現実を叩き込む
空気がピリっとひりつく。
さすが生粋の高位貴族、これくらいの威圧感はお手の物だ。
シオンにも身に付くかしら。……付くか?あの天使に?
しかし天使1号なルシウス様が習得するのだから、シオンも出来るだろうたぶん。
ツウィフト嬢もさすがに言葉を重ねられないらしく、硬直した。
「……なぜ、妻の言葉を無視する君を助けなければならない?私は妻の付き添いだ、君にはなんの興味も関心もない。話し掛けるな」
以前職場で見た凛々しいルシウス様?
いやこれは古巣で思い出される、スカしたルシウス様か。
無表情、塩対応。口数はこれから少なくするのかな?
マジマジと横顔を見てるとチラと横目で見返された。
……うん、表情崩れそう。
金髪に手を差し込んで頭をこちらへ引き寄せ、ツウィフト嬢から顔を背ける角度で肩に乗せる。
「……早く帰ろう、ミュー」
「そうですね。ルシウス様はもう喋らなくていいですよ、後は私がやります」
「ん」
少し頭を撫で、手を元の位置に戻すとすぐさま繋がれた。
……だいぶ密着してるな。家では普通のことだけど、他人の前でやるんだから相当警戒してる。
呆然とこちらを見てるツウィフト嬢に向けて、貴族スマイルで微笑みかけた。
「ツウィフト嬢。残念ながら、わたくしの夫はあなたを助けてくれるヒーローではないの。むしろあなたのような方には一切近付こうとしないのよ?頼ろうなんて思わないでね」
「……頼るだなんて、ただ……」
「助けてくれそうな顔をしてるから?夫に助けてほしいと願う人はごまんといるわ。あなただけに手を差し伸べてくれるヒーローだなんて、そんな都合の良い生き物ではないの」
「生き物……」
「生きているんだから生き物でしょう。それで?要はあなた、兄弟の身代わりでしょう?そのクオリティの低い男装はどこまで続けるつもりだったの?」
「……クオリティ……」
「男子生徒の制服を着ただけじゃない。髪型はそのまま、歩き方も体格もまったく男性に見えなくてよ?わたくしたちが取り押さえなくても、受付で不審がられるわよ。どれだけ世間を舐めてるのかしらね」
「……」
まただんまりだ。ため息が出る。
仕方ない、男装もののヒロインを夢見てしまった彼女に、現実と言うものを叩き込んであげよう。
如何に自分が周りを、世界を、そして自分自身を軽んじていたか。
イケる!と思ったあの時の自分を殴りたくなるような羞恥をもって、二度とこんな馬鹿げた騒ぎを起こさないように。
「それで。あなたがどこまで男装を続けるかと言う話。実際には学園に入り込める訳もなく、王族のいる場へ不法に潜り込もうとした謀反の疑いをもって取り調べ待ちなんだけど」
「!!」
「それでは物語にならないから、騎士科に入学出来たとしましょうか。その場合、入学を許可した学園の人事部も担任もクラスメイトも皆節穴よ。女生徒たちも人を見る目がないわね。同じ女なのに気付かないなんて、護衛が主な騎士になる資格がゼロ。あら、騎士科潰れるわね。あなた一人のせいで」
「え……」
「発覚した段階で前代未聞な不祥事よ。さて、節穴どもの学園生活をスタートさせましょうか?ジェット卿、騎士科の一年生って何から始めるの?」
扉脇で控える騎士に話を振る。
「……ミュリエル様。正確には彼女は編入生ですので、編入した学年の者と同じ鍛錬を行います。ただしいくらかメニューは減らしますが?」
「例えば?」
「我々が訓練場周りを10周走るとしたら、半分の5周にするとかですね」
「!」
「まぁ苛酷。ツウィフト嬢、フラフラになっても倒れたら駄目よ?体に触ったら性別がバレますから。ねえ?セネカ卿」
「体、と言う表現はいささか悪意を感じます。私が触ったのは腕だけです」
セネカ卿の声は苦々しそうに聞こえた。
「そうね、腕だけ。それだけでわかってしまうのよツウィフト嬢。いかにあなたが周りを侮ってるかよね」
「侮ってなんか……」
弱々しく反論しようとしてるけど、説得力ないよねー。
「あなた男爵家よね。しかも王都では聞いたことない、地方貴族。まさか寮生活を?」
「……いえ、そこは親戚を頼って……」
「あぁ良かった。学生寮なんて同室が基本だもの、意図せず異性と同居してたなんて知ったら闇討ちしたくなるわ」
「闇討ち……」
「そこだけ反応しなくていいんですよ旦那様。同性だと思って話すことや触れることがたくさんあるんです。後から相手が異性だと知ったら、全てが黒歴史になりますよ?相手ごと闇に葬るしかないじゃないですか」
「……そうか」
「そうですよ。ただツウィフト嬢、現実問題あなたの男装を知りながら学園に送り出したなら、その親戚も罰を与えるわよ?」
「叔父様は関係ありません!私が普通に編入したと思って送り出してくれたんです!」
「あなたがそう主張しても、証明出来るのかしら?謀反の手助けをしたと決めつけられるかも知れないわね」
「私は謀反なんて企んでません!」
「でもやってることは性別詐称に身分詐称でしょう?それだけで容疑を掛けられるには充分よ」
「そんな……!」
彼女の「そんな……!」も聞き飽きてきたな。
大した反論も出来ないのにちっちゃい抵抗だけ止まない。
もうちょっと叩きのめさないと駄目かな?
「さて。どうにかこうにか学園生活を終了させたとしましょう。その後のあなたとご兄弟は、どう生きていくつもりかしら?学園で知り合った生徒達の前に、どういう口上で立つのかしら。『そっくりですけど妹です』?『学園時代のことは全部忘れました』?ふふ、どんな社交になるのか見てみたいわー」
「……」
「あなた、この生活を経てまだ令嬢に戻れると思ってた?誰かが後から入れ替わりに気付くかもしれないのに。そうなったら脅迫かしら、それとも社交界に全てが晒されるのかしらね」
「……脅迫」
「ご令嬢が性別を偽って男性達の集まりの中で過ごしてたなんて、醜聞でしかないじゃないの。純潔を疑われても証明なんて出来る?」
「……」
「そしてこれは騎士科の生徒達にも当て嵌まるわよ。ねえ?ジェット卿」
「え?!」
突然話を振られて、ジェット卿が驚きの声をあげる。
「彼女が同級生に紛れ込んでいたとして。後日、あなたの家族の前でそのことを打ち明けたら?潔白なんて証明出来る?」
「それは……!」
「ましてや『鍛錬の最中に傷を付けられたのです』とか傷跡を見せられちゃったりしてね?責任問題よねー」
「……そうなったら、責任は、取ります……」
「ジェット!馬鹿な事を言うな、キサラはどうするんだ!お前が責任を取るくらいなら俺が取る!」
苦渋の決断をするジェット卿に、相方のセネカ卿が待ったを掛けた。
麗しい親族愛?
「セネカ……」
「いや待てよ?脅迫に屈するのはスィルギルスとしてどうなんだ?」
「……それはそうだな」
「どうせやるなら徹底的にだな」
「あぁ」
二人のスィルギルスの間で何かが決まったようだ。
背後の気配が一段と厳しくなり、ツウィフト嬢は青褪めた。
「と、言うのがあなたの夢見た物語の結末よ?満足?」
貴族スマイル・極みを向けてやる。
ツウィフト嬢はわなわなと震えた。
「だって!なら、どうしたら良かったんですか?!お父様もお兄様も、私の気持ちなんてちっとも考えないし!こうするしかないんだって!」
癇癪を起こして叫び出した。
まあそうでしょうね、娘一人の発想では身代わりなんて出てこないでしょうし。
「どうしたらも何も、何かしたの?」
「ですから!お父様もお兄様も話を聞いてくれなくて」
「説得以外には?」
「え?」
「説得して聞かなかった、それだけでやることはおしまい?」
「だって、そうしなきゃ家が……」
「そうしなきゃ続かない家なんて、必要?」
「は」
「どう考えても悪手じゃない。それしか挽回の手がないと言う時点で終了よ。あなたの家は潰した方が王国のためだわ」
「そんな、ひどい……!」
「あなた、そんな!しか言えない病気なの?ツウィフト家が続くとも思えないじゃないの、さっき話してあげたでしょう?」
「それは……でも……」
「あなたも貴族令嬢ではなくなるかもしれないわね。でも社交も出来ずいつ身代わりが発覚するかビクビクしてる未来、生きたい?」
「……いえ……」
「家族に逆らえずここまで来てしまったのは仕方ないとしましょう。でもわたくしたちが見た時、あなた一人だったわよね?その時点で全てを誰かに打ち明ける、そう言う道もあったはずよ。少なくとも通りすがりのルシウス様を頼るより、学園の教師に託す方がよほど安全ではなくて?」
名前が出たらピクリと動いた。
よしよし、と握る手に力をこめる。
「わたくしもね、貴族の女ですから。家のために何かをする、その大切さはもちろん知ってるわ。でもわたくしを犠牲にしてまで家を存続させるなら、せめて栄えていてくれないとやってられないわよ。悪手しか打てなくなった時点で、犠牲の意義さえ失うなら貴族でいる必要はないわ。そうでしょう?」
うん、ルシウス様、仮の話だから。
今貴族やめる気はないから、全身で力を込めるのは止めようか。
「貴族を、やめる……」
「言葉では簡単に言えるけど、いざやめるとなったら大変でしょうね。先程語った話とどちらがマシか、あなた自身が決めなさい。ただひとつ付け加えておくと、男装騎士生活はあなたがあなた自身を蔑ろにしてるのよ?令嬢としての自分、女性としての自分、本来普通の学生になれるはずだった自分。どれも台無しにした結果を嘆いても戻れないのだから、せめて少しでも光のある道を選んではいかが?」
まあ、ここまで言ったけど彼女の男装騎士生活は既に道を閉ざしてる。
謀反になるかどうかの岐路にいるよね。
彼女が考え込む中ノックが響き、ジェット卿が開くと学園の騎士達が改めてやって来た。
ちょうど潮時ね。
ルシウス様を軽く叩いて身を起こさせ、二人して立ち上がる。
「あ……」と何か言いたげなツウィフト嬢を笑顔で黙らせ、私達は控室を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇
「サリー、あの子鍛えられそう?」
私が話を振ると、男性陣がギョッとした気配がする。
サリーは淡々と返す。
「鍛えるとしたら体幹からになりますが」
「基本からってことね。根性で補ってくれるといいけど」
「まずは父の元に預けた方が効率が良いかと」
「それもそうね。マシュルトに託せるか、お父様に相談しましょう」
「待って!ミュー、鍛えるって何?!」
慌てたルシウス様に覗き込まれた。
「どっちみち後のない子であれば、サリーの下に付けて鍛えるのもありかなと」
「ええぇぇ……」
「他の道は全部塞がってて家もたぶん取り潰しですし。後腐れなく教育出来そうでしょう?ここで格を見せ付けておいたから、万が一にでもルシウス様に言い寄ることもないでしょうし。まあ、その万が一で言い寄ってきたらしっかり処分します」
「「処分……」」
なにかな?スィルギルス達。
「男性の振りまでして騎士科に編入する根性はある訳です。女性のサリーの下に付くくらい、楽な方でしょう?」
どのように育つか、ちょっと楽しみだわ。




