騎士科の入学式
【電子書籍化決定】「女に嫌われる女」について、もう少し考えた方がいい
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参照です。
「話題がてんこ盛りですね。ヒムロの入学、騎士に追われる第三王子、オマケに妃殿下達の懐妊ですか」
「入学式、どうする?」
「行きますよ。うちの子のためなんだし」
ミューがチラと見る方を僕も見やる。
ハイハイを習得したシオンが、物凄い勢いで這いずり回ってる。
侍女もメイドも彼がどこかにぶつからないよう用心しつつ、「シオン様〜」とハートが付きそうな声で呼び掛けていた。
「……早くない?」
「どちらの意味で?時期?速度?」
「両方」
「時期については相応です。速度はめちゃ速いです」
やっぱり。
シオンのハイハイを見るのは初めてではないが、ここまで早く移動出来るようになってるとは思わなかった。
たまにメイドが対応し切れず慌ててる。
「自分の好きなように動けるのが楽しいんでしょうね」
「これ、歩き出したらもっと凄いんじゃ?」
「たぶん」
警護を厚くせねば。
「昼寝が遅かったので遊ばせてましたが、そろそろお終いにしますかね」
「お終い……出来るの?あの勢いを?」
抱き上げればいいのだろうけど、勢いが強いから怪我をさせそうで怖い。
後ろから追い掛けても捕まえづらそうだけど?
「ではここでひとつ、私の仕込みをお見せしましょう。シオンくん〜」
「たい!」
ミューが呼び掛けた途端、シオンはハイハイをやめてお座りをしながら右手を挙げた。
おお……。
「あの瞬間に捕まえます」
「……仕込んだの?」
「便利ですよ?」
「そうだけど……あ、また動き出した」
「効くのは3秒ほどなので、普段は用意してから呼び掛けます」
「なるほど」
「たぶんルシウス様も出来ますよ」
「え?」
「シオンはルシウス様が大好きなので」
頬を突かれる。嬉しいことを言われたけど、僕は仕込んでないぞ?
でもミューに言われたのだから試しに。
「……シオン?」
呼び掛けるとこっちを向き……パアッと笑顔になって、高速ハイハイでやってきた。
おお!
足元まで来たのでそのまま抱き上げる。
「凄い、シオンが来た……!」
「お父様が大好きですから」
「僕も大好きだ!」
「ぷあ!ぱ!」
感動でギュッと抱き締めると、キャイキャイ笑ってた。天使だ。
「でももう寝かしつけますよ?」
ミューの言葉に眉が下がる。
ぷはっと笑われた。
「ルシウス様が寝かしつけます?」
「…………ジュリアにお願いする」
だいぶ迷った後にそう決め、乳母に託した。
ゴネるかなと思ったシオンは素直に抱っこされてる。
この辺が小悪魔なんだよな……誰でもいいの?!て思う。
「泣きつかれても困るくせに」
「そうなんだけど……ちょっと淋しい」
「はいはい」
シオンが子ども部屋に去ったあと、今度は妻に抱きついた。
ミューが頭を撫でてくれるので気分を持ち直す。
「妃殿下方を早くお祝いしたいですね」
「僕は殿下方を揶揄いたい」
「返り討ちにならないように気を付けてくださいね」
「頑張る」
◇◇◇◇◇◇◇◇
相変わらず父が外出しようと母が離れようと、まったく平気そうなシオンに玄関ホールで別れを告げる。
ついでにミューにいつものキスをしようとしたら、「一緒に出掛けますが?」と言われた。
「一緒に出掛ける時はしちゃダメ?」
「ダメじゃないですけど」
呆れ顔のミューも可愛い、と頬にキスしてお返しももらう。
「変なルシウス様」
笑ってくれるので良かった。
馬車に乗り込み、久しぶりに学園へ向かう。
「ルシウス様は卒業以来?」
「うん。学園に用ないし、出向くほど親しい後輩もいなかったしね」
「それ聞いたら後輩達泣きますよ」
「泣かれても」
「ルシウス様の後輩って私の先輩ですもんね。なんか変な感じ」
「……!もしかして学園に出向いてたら、学生時代のミューに会えた?!」
「ん?まあそうですね、その可能性はあります」
「会いたかった……!」
今より若い、制服姿のミューを見たかった。
ガッカリして肩に頭を寄せると、ミューが頬ずりしてくれる。
「私もモテ囃されてる時代のルシウス様を見たかったです」
「面白くも何ともないよ」
「スカした感じだったらしいじゃないですか?」
「……誰情報?」
「誰って、皆です。マリー、ユーリ様、ヴィンセント様、リニ様。あとお義姉様とノアも」
「何を吹き込んでるの……」
「ふふ、スカしたルシウス様、見てみたい」
「今は無理。ミューといて表情固定とか出来ない」
「表情固定の塩対応、口数少ないルシウス様?」
「……間違ってはない」
「そうね、そんなルシウス様にお会いしても面白くも何ともないかも」
「……」
「ねえ、自分で『面白くも何ともない』って言ったのに、私が繰り返したら涙目になるのなんで?」
「……ミューが言うと、なんか痛い……」
「変なルシウス様」
本日二回目の変認定だったけど、頭を撫でてくれたからそれでもいいや。
たとえ学生時代に会ったとしても、ミューと話したら表情なんてすぐに崩れるんだろうな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
指定の場所で降り、久々の学園を見渡す。
あぁこんな感じだったっけな?
「懐かしい〜」
ミューも似たようなことを言ってるけど……。
「……何年ぶり?」
「二年?」
うん、懐かしむほどじゃないだろうけど、いっか。
「ヒムロ様の保護者は控室が「ルー兄!ミュー!」」
……控室集合って書いてあったのに。
王族自ら出迎えに来てるし。
「よく来てくれた!ありがとう!俺の門出を祝ってくれるんだな!」
「……おめでとうございます」
「シオンの騎士になるための第一歩だものね。落ち着いて踏みしめなさいヒムロ」
「わかった!」
大変ご機嫌なヒムロ様の背後には、先日見た騎士たちがいた。
目礼されたので顎を引くと、ヒムロ様も気が付いたようだ。
「今日の護衛だ!ジェットとセネカ」
「ジェット・スィルギルスと申します」
「セネカ・スィルギルスです。先日はご挨拶もせず失礼いたしました、アイゼンバーグ卿」
「凄く足が早いんだぞ!見つかったらすぐ捕まるんだ」
得意げなヒムロ様に、そもそも逃げるなとは誰も言えない。
「そもそも逃げる方がおかしいのよ」
訂正。僕の妻は言えた。
「逃げてる訳じゃないぞ!行きたい方向に進んでるだけだ!」
「何その本能」
「殿下、今日はなしです」
「騎士の第一歩を踏みしめてください、殿下」
「わかった!」
二人の騎士の言葉には素直に頷いてる。
信じて良いものなのか……。
「スィルギルス、ね。二人とも近衛になったのね」
ミューが感心したように言う。
「ミュー、知ってるの?」
「同級生ですもの」
「あぁ、ワルローも言ってたね」
「有名ですよ、騎士科再興の立役者たち」
「グリフィス嬢、失礼、アイゼンバーグ夫人ほどではありません」
「ミュリエルでいいわ。アイゼンバーグ夫人はまだお義母様のことよ」
「……ミュリエル様ほど有名ではありません」
黒髪の方の騎士が言う。
うちの妻はそれほど有名なのか?
「スィルギルス卿ーーって呼んでも、二人ともそうか」
「よろしければ名前でお呼びください。私はセネカと」
茶髪の騎士に言われたので、ありがたく受け入れる。
「セネカ卿も、妻を知ってるのかい?」
「我々の学年で、ミュリエル様を知らないものなどおりません」
「……それは、婚約破棄のせい?」
「それもありますが「セネカ」」
相方のジェット卿に呼ばれ、セネカ卿は口を噤んだ。
ミューを見下ろすとあらぬ方向を向いている。
「……ミュー、何をしたの?」
「特段何もしていませんわ旦那様」
「嘘だ、絶対してる」
「嘘だなんて、疑われるなんてわたくし悲しい〜」
笑ってるじゃないか。
疑いの目で見ていると、ヒムロ様が騎士たちに話し掛けた。
「騎士科の再興ってなんだ?潰れたことがあるのか?」
「いえ……その、我々が学生時代に騎士科の評判が悪くなった事件がありまして。その際、私どもで名誉挽回を図りました」
「事件?」
「ええ、まあ」
ジェット卿がチラリとミューを見る。
素知らぬ顔をしてるけど……口元が笑ってるな?
「……ミュー、事件だって」
「そうなんですねー」
「そう言えば、学園の幹部達が集まってなんだか騒いでた時期があったな。僕が王宮勤めをし出して二、三年めくらいに」
「そうなんですねー」
「ミュー?」
「私じゃないですよ、シャーリーですぅ」
ついにシャーロット嬢へ擦り付け出したぞ。
「シャーロット嬢だけ?」
「マリーもいたかな?」
「ミューはどこにいたの?」
「シャーリーの向かいに座ってましたね」
「当事者じゃないか!」
「そうとも言いますね〜」
やっぱり関わってた……!
「なんだ、ミューが関わってたのか。なら騎士科は潰れたんだな」
ヒムロ様が平然と言い放つ。その認識もどうなんだ。
「潰されてないわよ。ねえ、セネカ卿?」
「そうですね、潰れる一歩手前でした」
「大差ないよ……」
「大違いですよルシウス様。ゼロの状態とイチ残ってる状態とでは、復興に掛かる時間が違いますー」
「そうなのか?ジェット」
「ゼロにはなってなかったですからね、残ってるものから始めました」
「すっっっごく、苛酷な鍛錬を課したんですってルシウス様」
「えー……」
「それほどでもないですよ」
「笑顔で言われるのは怖いよ……」
「いえ、本当に。アイゼンバーグ卿なら余裕で熟せます」
ん?
「私のことを知ってるのか?」
「私の次兄が卿と同じ学年でして。帰省のたびに卿のお話を」
「……アイツか」
渋面になってしまう。先日思い出したばかりだ。
「ルシウス様もお知り合いなの?」
「まぁ一応?」
「騎士科ではないのにかなりお強いと聞いておりました」
「私も従兄弟から話を聞き、いつか手合わせをと」
「しないよ?!」
「では戦略談義の方でも。そちらもお詳しいと」
「だからしない!」
脳筋の親族も脳筋か。
げんなりしてると、ミューがあらぬ方向を見ていた。
目を向けると、他の新入生達が式の会場へ歩いている光景が広がる。
「ミュー?」
呼び掛けるとハッとし、こちらを見上げーー眉を顰めた。
?
僕らを順番に見たあと、ミューが選んだのはーーセネカ卿だった。
「セネカ卿。あちらを歩く学生、わかる?あの栗色の長髪を一本にまとめた。あの方、連れてきてほしいの」
ミューの指示に、全員が彼女の示す人物を注目する。
言った通り、長髪をまとめたスラリとした学生だ。
格好からするに騎士科に入るのだろう。
「あの方、ですか?」
「そう。抵抗するなら多少力ずくでも構わないけど、騒ぎにはしたくないの。『バレると困るのは誰?』と言っておけば大人しくすると思うわ」
「ミュー、脅し……?」
「……承知しました」
ミューの不穏な言葉にセネカ卿が頷き、ジェット卿にヒムロ様の警護を任せて歩き出す。
「ミュー、なんだ?」
「王族の保護者控室なら、他に人はいませんよね?」
「いないと思うけど……」
「騒ぎにしたくないんです」
いつになく神妙な顔をしてる妻を、なんとなく抱き寄せる。
全員が見守る中、セネカ卿が件の人物に話し掛けた。
少しのやり取りのうち、相手が逃げ出そうとしたのをセネカ卿が腕を掴みーー一瞬硬直した。
それでも持ち直し、何やら囁くのはミューの言葉だろう。
力なく項垂れた生徒を、セネカ卿がそのまま連れてくる。
その間にミューが僕にだけ呟いた。
「あの方、騎士科の男子生徒の格好をしたーー女性ですよ」
……またそれ?
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ヒムロさーー、ヒムロ、くんの、護衛は足の速さで決まるって本当?」
「そうなのか?」
「そうですよ」
「王族の近衛の配属の最初に決まります」
「じゃあ二人とも、足は速いんだ?」
「まあそうですね」
「配属前に全員が短距離を測って、上位の者が今度は障害物競走を。そちらのタイムも合わせて選考されます」
「そうなのか!道理で足の速い奴ばかり護衛になると思った!」
「ヒムロのせいでしょうが……」
「鍛錬にもなりますがね。一定のタイムを切れなくなると配置換えです」
「そうなのか!」
「一番体力を使う仕事なんだね……」
「それって伝統なの?」
「伝統と言いますか、必要に駆られての措置かと」
「……そう言えば、昔はずっと護衛騎士が固定してなかった?ヒムロ」
「うん?」
「なんかずっと同じ騎士を見てた気がする」
「同じ騎士?変わらないってことか?」
「そうよ」
「それはサンレイクじゃないか?アイツは長いこと俺に付いてたぞ」
「サンレイク……あぁ、ユーリウス様の護衛の」
「サラの婚約者よ。そっか、髪が伸びてるからわからなかったけど確かにあの顔はそうね」
「サンレイク殿は、殿下の護衛の間でも伝説となってます」
「「「伝説?」」」
「木登りをした殿下を捕らえに、壁を駆け登って枝まで到達したとか」
「壁を」
「茂みの陰で蹲って隠れる殿下を上から見付け、3階から飛び降りたとか」
「3階から」
「あったなーそんなこと。サンレイクは足も速いし身軽だから、すぐ見付かるんだ」
「今でも速いんですよサンレイク殿は。たまに鍛錬でご一緒するんですが、障害物競走は不動の一位です」
「速いのに、交替したの?」
「それは……」
「サンレイクが笑ってるからだ!」
「は?」
「サンレイクが笑って俺を追い掛けるから、目撃者が『王子が不審者に追い掛けられてる!』と騎士団に通報してしまうんだ。俺を追うサンレイクを追う騎士達、と悪評が立ってしまってな!」
「ええ……」
「……そうなんです。殿下もテンション上がって笑って逃げていたそうですが、それを上回って高笑いして追い掛けるサンレイク殿がよろしくないと……」
「それは怖いわね」
「うん……うちの子にはやめてほしい。あ、サンレイク殿が笑わなければ良かったんじゃ?」
「それが……」
「調書によると、『王宮内で獲物を追い詰める快感がたまらないので笑ってしまう』と言っていたそうです」
「完全にアウトだ!」
「護衛対象を獲物って言ってるじゃないよ……」
「楽しかったけどなー?」
「あんたはそうでしょうよ……」
「結局、走り回るのが良くないと言うことで配置換えになったと聞いております。行動だけ見たら笑って走っていただけであり、実力もあるのでそのまま近衛に」
「……ユーリ様が彼の前で逃げ出したりしたら、どうなるのかしら……」
「実験しちゃダメだよ?!」




