第三王子殿下、襲来
「全員在室されてて助かりましたね」
「だね。タイミングが良かったのかな」
渡す資料が分厚いため、ワルローと二人で部署回りを終えた帰り道。
肩の荷が下りたので、雑談をしながら総務室へと戻る。
「そう言えば気になってたんですが、先輩はなぜ総務室勤務を希望されたんですか?」
「ん?」
「公爵家の嫡男でいらっしゃるのですから、もっと地位の高い役職も望みのままだったのでは?」
「……そういう君は?ワルロー。優秀と前評判が高かったし、能力を活かす場は他にもあったんじゃないか?」
「私は先輩がいるからですが」
「え”」
「待った!引かないでくださいそういう意味じゃありません!ミュリエル様のご夫君がいらっしゃる職場に興味があったんですよ!」
思わず一歩後ずさると、ワルローが慌てて弁明してきた。
「ミュー?」
「私が在学中一度も試験で勝てなかったミュリエル様が見初めた先輩が、どれほど優秀なのかこの目で見てみたかったんです」
「見初めるって……政略結婚だよ?」
「それは重々承知ですが、いくら政略結婚だろうと能力の足りない男に、ミュリエル様が嫁ぐ訳がありません」
ワルローに力強く断言されてしまった。
そうなのかな?そうだと嬉しいけど。
「それで?先輩はなぜ総務室に?」
「一番地味だったから?」
「は?」
「今でも多少あるけど、進路を決める頃割と人間不信でね。公爵家嫡男としての付き合いならまだしも、仕事関係で社交をしたくなかったんだ。役人は目指してたけど特に職場の希望がなくて、でも研修後の配属決めの時に部署の勧誘が凄まじくて。一回も言ってこなかった総務にした」
「そんな理由ですか……」
「そんな理由だけど、この仕事は私に合ってると思ってる。上司も同僚も普通に接してくれるし、余計な人間入って来ないし。人の出入りの多い職場だったら、今の比じゃなく声が掛けられて一年保たずに辞してるんじゃないかな」
「確かに、言われてみればそうですね。部署回りさえ無事に終われば、あとは外部の人と関わり少ないですし」
「そういうこと」
ワルローは納得したようだが、「あ、でも」と続けた。
「王太子殿下と在学中から交流がありましたよね?側近のお誘いはなかったんですか?」
「あったよ」
「あったんですか?」
「断った」
「断ったんですか!」
「むしろ一番ないって言い切った」
「強気!」
「だって王族だよ?側近として補佐に付いたら、それこそ殿下へのお目通りとか言って、うじゃうじゃ貴族が寄ってくる。下手したら他国の王族まで」
「あぁ……」
「わざわざ見世物になりに行くようなものじゃないか。絶対嫌だ、とそれは初めて誘われた時から言い続けたよ」
「ちなみに初回はおいくつ……」
「学園の一年生かな」
「側近の大本命じゃないですか!よく断れましたね?」
「口で言っても伝わらないなら体に叩き込む」
「うわぁ……。先輩って、思考の根っこは野蛮ですね……」
野蛮、とは初めて言われたな。
うん、たぶん間違ってない。
内心頷いてると、背後で声がした。
「いた!見付けた!」
それとともに駆け寄ってくる気配。
咄嗟にワルローが前へ出て庇われる。
「ルー兄!」
ここにはいないはずの、第三王子殿下・ヒムロ様だった。
「え?」
ワルローが驚きの声をあげる中、ヒムロ様が満面の笑みで目の前へやってきた。
「ルー兄!会えて良かった、この辺にいる気がしたんだ!」
「ヒムロ様、なぜこ「ルー兄!」……ヒムロくん、どうしてここに?」
呼び方を変えるとさらに嬉しそうに笑い、上着の内ポケットから何やら封筒を取り出す。
「これを直接渡したかったんだ!ルー兄とミューにだ、読んでくれ!」
招待状のような縁取りをされている封筒を受け取ると、また後方から「いたぞ!」と声がする。
「おっと見付かった、早いな!じゃあなルー兄、またな!」
「でん……」
呼び止めようとしたがまったく聞いてない。
そのまま前方へ走り去ってしまわれた。
手にした封筒を呆然と眺めていると、二人の騎士が走ってやってきた。
「セネカ、先行け!俺は説明していく」
「了解〜」
一人の騎士はそのまま僕らの横を抜け、たぶんヒムロ様を追っていく。
残った騎士は僕とワルローの前で立ち止まり、騎士の礼を執った。
「アイゼンバーグ卿、ワルロー卿。お騒がせしました。我々は第三王子殿下の近衛、ただいま行方をくらました殿下の後を追っているところです」
「あぁ……行っちゃったけど、いいの?」
「姿は捉えたので、このまま追い掛ければ捕獲出来るかと」
「捕獲……」
「そちらの招待状につきましては、本来王太子殿下よりお渡しする予定であったと聞き及んでおります。それがヒムロ殿下の目に留まり、このような事態を引き起こしました」
これが?
もう一度手の中の招待状を見る。
……見たこと、ある?
「それでは。御前失礼いたします」
騎士は律儀に頭を下げると、ヒムロ様の後を追い出した。
足早っ。
「……先輩、ヒムロ殿下のお兄様だったんですか?」
「ミューの夫だから」
「ミュリエル様ですか、あぁはいわかりました」
ミューだから、で全てが納得される不思議。
「庇ってくれたんだねワルロー、でも君喧嘩強かったっけ?」
「強くないですよ。でも公爵家嫡男に怪我をさせる訳にはいかないじゃないですか!体が動いちゃったんです」
「うん、ありがとう」
礼を言うとちょっと居心地悪そうな顔になった。
なかなか見ない表情だな。
「……さっきの二人、スィルギルスですよ」
話題を変えられた。まあいいけど。
「スィルギルス?近衛騎士団長の?」
「騎士団には多くいる一族ですからね。今の二人は私の同級生です」
「そうなんだ?そう言えば私の代にもいたな」
今は遠い地の砦にいる同級生を思い出す。
一年生の頃に殴って沈めたのが逆に気に入られ、付き纏われて暑苦しかったな……。
「騎士科の友達から聞いたんですが、第三王子殿下の護衛は『近衛のなかでも足が早い奴』を配属させるんだそうですよ。なので彼らもそうなんでしょうね」
「足の早さで決めるの?」
「私もそう思ったんですが、今の光景を見てたら納得しました」
「あぁ……そう言えば、脱走の常習犯ってミューが言ってたかも」
ヒムロ様を追い掛けるためか。納得。
「そちら、どうされますか?」
招待状を覗き込んでワルローに問われる。
「王太子殿下から渡される予定ってことは、殿下がご存知だろうから聞いてくるよ。背景わからないままミューに見せられないし。先に戻ってて」
「付き添いますか?」
「いらない」
なんだ付き添いって。ワルロー、微妙に過保護な時あるな。
心配そうな顔をされるが見なかったことにして、ヴィンセント様の執務室へ向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
予定を確認していなかったが、ヴィンセント様は在室されていたし話をする時間も取ってもらえた。
招待状を見せると目を瞠っている。
「なぜすでにルシウスが持っているのだ?」
「ヒムロ様から渡されました」
「ヒムロ……」
パシッと額に手を当てて、天を仰ぐ姿。
前にも見たな。
「……ヒムロが?お前に渡しに、こちらの棟まで?立ち入る許可は下りたのか?」
「走って渡してきて、走って逃げました」
「だろうな……」
「騎士が二人追い掛けてたので、捕獲はしたと思います」
「だろうな!まったくあの弟は……」
ユーリウス様やヒムロ様の話になると、普段は見せない「兄」の顔をされる。
王族でも兄弟は変わらないな。
「……それは本来私かユーリが対応するものなのだが、二人とも事情があって出来なくてな。代わりにテオドールかルシウスに頼もうとしたら、ヒムロが『ルー兄がいい!』と言い出したので、折を見て声を掛けようと思っていたのだ。それを自分で頼みに来たのだな」
「なんです?これ」
「学園の入学式の招待状だ」
学園の入学式?
あぁ、昔両親に届いたのを見たことがあったな。
「と言っても、編入した者達の分だが」
「編入……すると」
「あぁ、騎士科に編入する」
「本気でしたか……」
「本気だったな。『編入したければ学年末試験で首席になれ』と陛下が命じたら、本当に首席を取った。約束は守らないといけないからな」
「その、招待状?」
「保護者もしくは後見人が参列するための招待状だ。例外はあるが、基本は夫婦揃って見届ける。父と母はその日外交の行事があって参加できない。兄である私かユーリが行く話だったのだが……」
ヴィンセント様は、そこでちょっと顔を赤らめた。
?
「……ホノカもマリーも、懐妊したことがわかってな」
!!
「おめでとうございます!」
「ありがとう。まだ公には発表しないが……」
「お二人とも参列は難しい、と」
「そういうことだ。お前たちにもシオンがいるし夫婦揃って、とは難しいかと思ったが、シオンを預かればいいとホノカが言うものだから」
「王宮には預けませんよ。返してもらえなくなりそうだし」
「人聞きの悪い。せいぜい何日か滞在するくらいだろう」
「年単位になりそうだから嫌です。僕らが出掛けるとなったら、うちの両親が嬉々として構い倒しますからお気になさらず」
手で制して断る。
なにせ、僕らに外出予定が出来るとまず両親が「シオンは?シオンはどうするんだ?」と詰め寄ってくるし、なんなら「たまには二人で出掛けたら?わたくしたちがシオンの面倒を見るわよ」と追い出して来るのだ。
初めはシオンが泣き出さないか心配してたが、まったく平気そうな顔にミューと落胆した。
今は開き直って、月に二、三回デートに行くことにしてる。
とりあえず話はミューにしておくことを伝えて、その後は子どもが出来たことに浮かれるヴィンセント様の惚気を大人しく聞いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「しかし、本当にルシウスたちの真似をしたら懐妊するとはな……」
「真似?ですか?」
「頑張った。」
「〜〜〜〜〜!ヴィンセント様、やめてください!」
「今更照れるくらいなら、嫁が言うほど頑張るな!」
「嫁??ミュー?」
「ミューが子宝に恵まれた秘訣を聞かれるたびに『夫が頑張ったからです。』と答えるから、貴族女性達の間で『頑張ったら妊娠するのでは?』と噂に……!」
「えええぇぇ」
「私だって『えええぇぇ』と言ったさ!でもホノカが『頑張っても出来ないものは仕方ないですが、頑張らないのは職務放棄では?』と!職務って!」
「うわ……」
「ユーリウスも同じことを言われたらしい。結託したなアイツら」
「ヴィンセント様もユーリウス様も期間を決めて〝頑張る〟ことにされましたので、私達も協力しました」
「長期戦になるかと思ったら、案外すんなりと授かったから驚いた……」
「……お疲れ様です」
「本当にな!これでまた『夫の頑張り』次第で妊娠すると広まるぞ」
「まあ、実際の妊娠と出産は妻が頑張ってくれるのですから、その前に夫が頑張るのは当然では?」
「ぐう」
「おや、ルシウスにしては夫婦の機微を分かったようなことを」
「……リニは私をなんだと?」
「「恋愛お子ちゃま」」
「またそれ?!なんでミューと同じことを?!」
「なんでって、ミューが言ってたからだな」
「ミューが?いつ?!」
「ルシウスが浮気したから懲らしめたい、隣に寄り添って座ってくれないか?と提案してきた時」
「浮気は!してない!」
「アレを浮気じゃないと言い張るんだから、ルシウス様は恋愛お子ちゃまですよね〜と言ってました」
「ミュー……!」
「恋愛お子ちゃまだから許してやってくれ、ついでに私達も座れないから許してくれと頼み込んどいたぞ」
「ありがとう……ございました……!」
「ルシウス、泣かないでください。その顔じゃ総務へ戻せませんから。あとまたヴィンセント様と噂が立ってしまいますから」
「さすがに今噂されるのは嫌だぞ」
「私だって!いつでも嫌です!」
スィルギルスは電子書籍の追加章に登場します。
便利だったのでつい……。




