禁断の質問:あなたの夫または婚約者が浮気をしたらどうしますか?
「は……?」
話題の最初でルシウス様が固まってしまった。
こうなると硬直が解けるまでは言葉を聞いてないので、夫にもたれ掛かって夜食を摘むことにした。
ハードタイプのチーズはルシウス様の好物だから、今のうちに食べておかないとあっという間になくなる。
ちびちびとお酒を飲みつつ堪能してると、ようやく旦那様が再起動した。
「……、ごめん停止した。えと、そういう話題が出たの?」
恐る恐る質問されたので、口の中の物を飲みこんでから会話を再開だ。
「話題自体は先週のお茶会で出たんですけど、結果を確認してからお話した方が良いかなと思って」
「結果?お茶会って、シャーロット嬢達としたやつ?」
「そうです。そこでトレイシーが話題にしたんです。なんでも従姉妹の旦那様が浮気をしたらしく、従姉妹が今実家に帰ってるんですって。そこからあなたの夫または婚約者が浮気をしたらどうする?って話になっ……ぐえ」
ぐえになっちゃったよ。ルシウス様が急に力を込めるから!
腕をちょっと叩けば緩むけど、食べた後にそれはやめて。
「実例があるから仕方ないけど、なんて不穏な話題なんだ……!」
「ちなみにルシウス様はどうします?」
「ミューが浮気をしたら?」
「そう」
「……泣く」
言いながら涙目になった。予想を外さない。
「まあルシウス様はそうなるでしょうけど、浮気をした私には?」
「ミューが決めたことをどうこう出来るとは思えないから、泣くしかない」
「……そこはちょっと頑張っても良いのでは?」
「じゃあ泣いて縋る」
「責めないんですか?」
「だって、僕が不甲斐ないから浮気するんでしょう?頑張るから捨てないで……」
あぁ泣いた。よしよし。
「ルシウス様に泣かれたら捨てられないですよ」
「本当?」
そこで喜ぶのはどうなんだ夫よ。
「なら、ルシウス様は泣き落としって感じですね」
「それでミューが傍にいてくれるなら、いっぱい泣くよ」
「水分は取りましょうね……」
想像で泣かせてしまったお詫びに、ルシウス様の気分が持ち直すまでキスすることにした。
……けっこう掛かったぞ。おかげでかなりのご機嫌に戻ったけど。
「私がどうするかから聞きたいですか?」
「……心の準備がいるから、最後がいい」
「わかりました。じゃあ、お茶会のメンバーの回答から話しますね」
◇◇◇◇◇◇◇◇
《シャーロット・ターレス伯爵令嬢と婚約者の場合》
「関わるのを避けます」
「え、完全拒否?」
「シャーリーがそんなに初っ端から怒るとは意外ね」
「いえ、怒るとかではなく……私の気持ちが固まるまでにお会いすると、丸め込まれる気がして」
「「「あぁ〜」」」
「会話でも手紙でもなんでも、一度アサト様と接したらもう考える隙がないように思えたんです。なので、自分でどうしたいか決めるまでは接触しません」
「アサト相手ならそれが一番ね」
「でもあんまり時間を掛けると、しびれを切らして周りから囲い始めるわよ」
「ですよね……」
◆◆◆◆◆◆◆◆
「なんだろう、シャーロット嬢らしいと言うより、ワルローらしい?」
「腹黒対策だけは身についてますから」
◆◆◆◆◆◆◆◆
《サラ・フローディル侯爵令嬢と婚約者の場合》
「それはもう、浮気相手と直接対決よ!」
「おお、ヤル気満々」
「サラ様、婚約者様のことをそんなに……!」
「シャーリー、感動するのは早いわ」
「え?」
「サラ、浮気相手と何を対決するの?」
「どちらがより彼を罵倒出来るか!ね!」
「ええぇぇぇ……」
「そこ?」
「むしろそこ以外で、何が良くてよろめかれるのか分からないわ!」
「そんな無邪気な顔で言うことじゃないわね」
◆◆◆◆◆◆◆◆
「……」
「ルシウス様、無理に理解しようとしなくて良いですよ」
「うん……ごめんね」
「人の趣味です。」
「うん……」
◆◆◆◆◆◆◆◆
《トレイシー・ジュースト伯爵令嬢と婚約者の場合》
「別にどうともしないわ」
「「さすが」」
「え、トレイシー様、どうともとは……」
「どうとも思わないししないから好きにしたらいいわ。子どもが出来たりしたら対処するけど」
「割り切り方が半端ないわー」
「これで婚約者を嫌いな訳ではないのが不思議」
「ええぇぇぇ……」
「シャーリーが受け入れられてない」
「政略結婚なんてこんなもんではなくて?」
「うちも政略結婚ですが」
「うちもですが」
「そうね……じゃあ情熱の差?」
「差って言うか、トレイシーに熱がない」
「冷血過ぎる」
「失敬な。熱ぐらいあるわ、婚約者に対してじゃないだけで」
「「ですよねー」」
「ええぇぇぇぇぇぇ……」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……」
「ですからルシウス様、無理に理解しようとしなくて良いんですよホントに」
「うん……トレイシー嬢の婚約者って、確か王宮の経理部にいたよね?」
「います。私達の2個上で、学生時代はよくお茶会に差し入れをいただきました」
「関係は悪くない……」
「と言うより一方通行過ぎて泣けます」
「それは泣ける……」
「トレイシーは、妹激ラブなので他はどうでもいいんですよ」
「妹」
「可愛いですよ?1個下で。トレイシーと違い普通の令嬢で、義兄になる婚約者をよく慰めてます」
「それは勘違いされないの?」
「同じ場でトレイシーが妹を眺めてニコニコしてますから」
「本当に泣ける……!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「お茶会メンバーの回答は以上です。聞いてみていかがですか?」
チーズをひとつ口元に運び、あーんと食べさせると幸せそうに目を細める。
不穏な話題だが、機嫌は維持出来てて良かった。
「っ、うん、三者三様って感じだね」
「比べるとルシウス様が一番女々しい」
「……わかってるよ」
「まあそこが可愛いのですよ旦那様」
「ミューがそう思うならそれでいい」
うん、まだお腹撫でるのね。癖になったのねこれ。
「心の準備はできまして?」
「……まだ」
「じゃあ他の人の話を聞きます?」
「他の人?」
ルシウス様はキョトンと目を丸くした。
私は少し楽しくなりふふ、と笑う。
ほろ酔い気分で気持ちいい。
「皆が皆違う対応でした。私も違ったし、これはもっと色んな人の意見を聞きたいな〜と思って、リサーチしてきました」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《ティオラ・フォン・ジークハイド王妃陛下と夫の場合》
◆◆◆◆◆◆◆◆
「待った!!王妃陛下に聞いたの?!」
「わざわざ聞きに行った訳ではないですよ?マリーの話を聞こうと思ったら、ついでだからって集まったんです」
「ええぇぇぇ……」
「シャーリーみたいになってますよ」
「……王宮に来たの?僕会ってないけど」
「聞いたら部署回り中でいなかったんですよ」
「待っててよ……」
「シオンを屋敷に待たせて?」
「……………それなら仕方ない……」
「今度シオンと会いに行きましょうか?」
「え?!う、どうしよ、嬉しいけど仕事にならない」
「ルシウス様だけでなく皆さん仕事にならないでしょうね」
「間違いなくね」
「ではいいですか?続きを話しますよ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《ティオラ・フォン・ジークハイド王妃陛下と夫の場合》
「退位して北の離宮に愛人ともども幽閉……じゃない、療養していただくわ」
「ばっさり切り捨てますね陛下」
「やっていいことと悪いことの区別が付かなくなったら、権力持たせてられないわよ。危なっかしくて仕方ないわ」
「愛人も入れちゃいます?」
「今更王位継承権で揉めたくないじゃない?なら二人の愛の巣に篭ってていただくのが一番楽……もとい、国の安泰に繋がるわよね」
「……お義母様、扉の隙間から国王陛下が恨めしげに覗いてるんですが」
「いつかの未来のために、よぉく覚えておいてくださいな陛下」
「……そんな未来は来ないぞ、ティオラ」
「だといいですわねあなた」
◇◇◇◇◇◇◇
「……ミュー、ちょっと寒気がするからくっついていい?」
へにょりと眉を下げたルシウス様がよりくっついてきた。
さっきからくっついてたけど、まあ気持ちは分かるから私も抱き締めてあげよう。
「……王妃陛下は、豪胆な方だよね……知ってたけど」
「国を支えなきゃいけない地位にいるからには、夫の浮気ごときで乱れる訳にはいかないんでしょうね」
「それにしても退位とは……」
「ヴィンセント様もいいお年ですし、次男三男までいるとなるとまったく躊躇わないもんですかね」
「お相手の方もいきなり幽閉されるとは思わないだろうね」
「国王陛下の愛人、となったら贅沢をし放題な気がしますが、一瞬で離宮に監禁ですよ。付いてくるのはいい年して恋にトチ狂ったおじじのみ」
「ミュー……、どうしてそんなに不敬な表現ができるの……?!」
「私じゃないですよ、ホノカ様が言ったんです」
「妃殿下……!」
がっくり、と言った感じで項垂れてしまった。
「じゃあ次は妃殿下方の意見にしましょうか」
「ううっ、お手柔らかに頼む……」
ホノカ様とマリーがお手柔らかとか、出来るわけ無いのにね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
《ホノカ・フォン・ジークハイド王太子妃殿下と夫の場合》
「とりあえず話を聞くわ。ヴィンセント様と浮気相手の方と、それから側近たちや侍女や配下の者たちから事情や経緯を聞いて、その後それらをまとめて報告して、今後の動きを検討するの」
「今後の動き、ですか?」
「離縁して実家に戻るか、離縁してもこの国に留まるか。離縁しないならお相手を側室にするか、愛妾とするか。ヴィンセント様と彼女の仲が国政の流れの邪魔をするとなったら、仲を引き裂くのか丸っと葬るのか。色々考えなきゃね」
「なんだか怖目な意見がありましたが、物凄く客観的に動くんですね」
「もはや業務の一環ね」
「あら。王族の婚姻なんて、お仕事のうちではなくて?」
「……もう少し私に情を見せてもいいと思うぞホノカ……」
「見せてますよ?この話は浮気したことが前提ですからね、その場合は情がなくなるので仕事面のことしか考えなくなるってことですわヴィンセント様」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「て言うか、ヴィンセント様もいたの?」
「陛下が話を聞いたのは偶然だったらしいんですが、わざわざ息子たちに忠告しに行ったみたいですよ。『話を聞いとかないとヤバいことになるぞ!』って」
「うん、陛下はヤバいとか言わないと思うけど、聞かないとヤバいね」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《マリアベル・フォン・ジークハイド第二王子妃殿下と夫の場合》
「んー、そうなったらハルフィン領に戻るわ」
「真っ先に私を捨てる気かマリー……!」
「捨てるかどうかの検討に時間が掛かるから、それならいっそ実家でゆっくり過ごしたいな、て話ですよ。第二王子妃としての仕事も、ユーリ様の浮気相手がきっとやってくれることでしょう」
「ぽっと出の浮気相手が王子妃の仕事なんて出来るわけないでしょう?マリー」
「あら?ユーリ様のお相手をしてくださるのって、そこまで含めてではないの?」
「仕事まで引き受ける愛人はいないわよ……」
「なんだ詰まらない。せっかくなら他領の観光とかいっそ他国へも行ってみたかったのに。どうせ浮気するなら、優秀な女性にしてくださいなユーリ様。そう言えば、外務に配属になった新人でかなりの才女がいると聞きましたわ」
「……」
「マリー、ユーリ様が涙ぐんでるのは見えないの?」
「涙ぐむ?なぜ?」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「なんで浮気相手の候補を勧めてくるの……」
ルシウス様が呆れたように言った。
「アレでも悪気はないですよ。ユーリ様のことも蔑ろにしてる訳でもないです。単に『浮気をした場合』の世界線を柔軟に考えただけで」
「柔軟過ぎるよ……」
「まあこれで、ユーリ様にも自分が浮気した時の未来が見えたことでしょう」
「嫌な未来……」
ガクッと頭をすり寄せてきた。
備えあれば憂いなしですよルシウス様。
「王家の方々は割り切りがすごいですよね」
「そもそも夫の目の前で話を続ける度胸が凄いよ」
「あれぐらい胆力のある方々でないと、王族にはなれないのかもしれませんね」
「……」
「なんですかその目は」
「……ミューの方が胆力はありそうだから、王族に取り込まれないか心配」
「ルシウス様、胆力だけで王家になれたら苦労はしないですよ」
「そうだけど」
「なる気もないです」
「うん」
少し安心したようだった。公爵家の嫁で子どもまで産んだと言うのに、ルシウス様の心配は尽きない。
「王族でも考え方は様々だね」
「ですね。類似してたらどの考えが主流なのか確認してみたかったんですけど」
「主流って……。でも、それならもっと意見を聞いてみなきゃじゃない?」
「そうですね、そう思ったから聞いてきました」
「うん?」
聞き返す夫の白い頬をツンツンと突き、話を続ける。
「アイゼンバーグ家に関わる女性たちにも聞いてみました。『あなたの夫または婚約者が浮気をしたらどうしますか?』って。皆さん、大変気前良く教えてくれましたよ」




