幕間3 リカルドの脱稿
念の為ですが、リカルド様はルシウス様のお父様です。
ノックをし、返事を聞いてから部屋に入ると、父がすでにソファで始めていた。
「父上、もう始めてたんですか?」
「一杯だけだ。もう少し遅くなるかと思ってたんだが」
「ミューがシオンの寝かし付けに行ったので、一緒に出てきたんです」
「そうか、悪いな付き合ってもらって」
父の向かいに座ると、セザールと城の執事長であるハンスが僕の分をセットしてくれた。
準備が終わると二人とも一礼して退室する。
「それじゃあ、始めようか」
「父上、酒に付き合うのは構わないのですが理由を聞いてませんよ?」
ひとまず乾杯のためグラスを掲げはするが、肝心の何に乾杯するかがわからない。
クイッとワインを一口飲んだ後、父は機嫌良く笑った。
「ついに脱稿したんだ」
「だっこう……?」
「母上の記録がな」
なるほど、あんなに書いてはダメ出しされ催促されていた原稿が完成したのか。
「それはおめでとうございます。肩の荷が降りましたか?」
「あぁ、すっかり軽い。それに原稿の素材を考えていると、身悶えするようなことが思い出されてな……」
「……お疲れ様でした」
身悶えする一番の思い出は、初夜に母へ言ってしまったアレなんだろうなぁ。
僕も同じくーーと言いたいが、その後もっとやらかしたのでそこまでではない。嬉しくないけど。
「今夜祝いと言うことは、今日完成したのですか?」
「うん。もう手元にはない」
「あぁ、郵送の手配までされたのですね」
「いや、手渡した」
ん?
「手渡した?誰に?」
「例の爺にだ。昼間、ミモザと訪れた街にいたんだ」
平然と言われたが、話についていけない。
「父上、お待ちください。その方は、レイモンドに遣いを命じた方ですよね?」
「そうだな」
「辺境の分家の補佐だったはずですが」
「まだ補佐のままだ」
「……なぜアイゼンバーグに?」
「母上の支持者だからな。政務の隙間を作っては、単身やって来てるらしい」
「……おいくつの方ですか」
「母よりは年上だな」
「そんな方が、辺境からアイゼンバーグまで単身?!」
「馬で単身駆けるなら、五日で来れるらしいぞ。着いた時にはボロボロのドロドロらしいが。到着するなり川に飛び込んで全身を洗い、身なりを整えないと不審者として門前払いされるんだと」
「そりゃしますよ……」
驚異的な人だった。そして、その人が支持する祖母も凄い。
「ミモザと歩いてたらな、『リク坊!こんなとこで油売ってないで、さっさと文章書きやがれ!』と怒鳴られたんだ。見るとアイツが仁王立ちしてて、面倒なことになったーーと思っていたら、ミモザが一言『弁えなさい』と言ってな。その声音の冷たさたるや、周りの者が一様に頭を下げたぞ。私も下げそうになった」
母も凄かった。
「母上の冷たい声音、ですか。子どもの頃に叱られて、体が固まった覚えがあります」
「そうだろ?アレ怖いんだ。爺も仁王立ちからそうっと姿勢を戻してた。ここじゃ目立つからと爺を連れて馬車に戻り、そこから正座で説教だ」
「説教?聞いたんですか、そのご老人は」
「馬車に上がらせた時点で座席に座らず、自ら床に正座してたぞ。私も爺の横に並ぼうかと思ったが、『リカルド様はまだです』とミモザが言うから、指示があるまではと座席に座ってた」
「指示があったんですか??」
「今回はなかった。そこからまず、公爵家当主を街中で怒鳴るとは何事だ、アイゼンバーグの威厳が損なわれたらどうするのだと怒られ。いくら旧知の仲でも最低限の礼儀は保てと。それから街中を歩くぐらいで油を売ってると見做されるのは心外だとミモザが言ったら、そこだけ反論してきてな」
「あの母上に反論とは、さすがに胆力のある方ですね」
「本当にな。爺曰く、催促してるのに原稿が届かない、奥方の許可が出ないと聞いたので早く出してほしいと言いに自らが赴いた、と。そうしたらミモザが冷笑して、馬車内の温度がまた下がった……」
母上の冷笑。怖い。想像するだけで怖い。
少し気を落ち着かせたくて、ワインを口にした。
「アイゼンバーグの評判を下げるような文章を許可出来ないのは当たり前であって、それは母をも貶めることになるのがわからないのか、それでも忠臣かーーと嘲笑うんだ。いやこの爺の忠誠は辺境伯に捧げないとおかしいんだが、と思ってもさすがに言えなかった」
「そこは言ったら命取りになりますよ父上」
「それぐらいの空気は読めたぞ。で、大体公爵家に嫁いでからの母は公爵夫人であり、辺境の英雄ではない。なら、母が嫁いでからの話は英雄伝説に無用か、あっても概要のみで良いのではないかと言ってな。爺がポカンとしてから、すっごくキラキラした目でミモザを見るんだ。やめてほしかった」
「ええ、それは見たくないです」
「で、結局ミモザの案を採用して、予め書いてあった公爵家での生活の概要を渡して、ミモザにも忠誠を誓って去っていった」
「最後のが余計です。と言うか、原稿を持ち歩いてたんですか?」
「私ではなくセザールがな。なぜか」
「……なぜでしょう」
有能過ぎるセザールの謎。
とにかく、父上の悩みが解決したなら喜ばしいことだ。
「やはりミモザは素晴らしいな。お前の母上は素晴らしいぞ、ルシウス」
上機嫌でほろ酔いな父が母を褒め称える。
その姿を見て、前から疑問に思っていたことを聞いてみた。
「父上、父上は母上のことお好きですよね?」
「うん?!」
「なぜ他の人のことなど持ち出したのですか?」
ミューから教えてもらった父のやらかし。
聞いた時はそのまま受け入れたけど、これまでの父を振り返って考えると、なんだか似つかわしくない行動だと思った。
父は公爵家の責務をきちんと理解しているし、多情な質でもない。
母といる時の振る舞いを見ても、どうしてそうなったかがわからないのだ。
純粋な疑問として聞くと、頬を赤らめた父が渋々話し出した。
「……女性陣には話さないと誓えるか?」
「誓います」
「ならここだけの話とするが……、要は思春期を拗らせたんだ」
「思春期?」
「私とミモザが婚約したのは、学園の二年生の時でな。その頃既にミモザは学園でも評判の美しさで、そのミモザと婚約した私は男子生徒からかなりやっかまれた」
「あぁ……」
「加えて、以前から意識していたが接点のない娘が急に婚約者として関わるようになったから、緊張のあまり上手く話せなくてな。密かに悩んでいたところにとある子爵令嬢がやってきて、『この本を参考に練習しましょう!私が付き合いますよ』と提案してきたんだ。試しに一度やってみたらミモザと上手く話せたので、そのまま練習を続行してたらいつの間にか『公爵家の跡継ぎと秘密の恋人』と呼ばれていたと言う」
「うわぁ……」
なんと言うか……全てが裏目に出てる。
でも気持ちは分かる。
「……練習だったと、母上には?」
「それが言えるようなら思春期の男は悩みはしない」
「ですね……。その令嬢は、何か企みはあったのでしょうか?」
「後から聞いたところによると、やはりそのまま愛人の座を狙ってたらしいな。私は気付かなかったが」
「……なにか、身につまされる気分になります」
「そうだな。私もお前の密会事件を聞かされた時、同じことを感じたよ。シオンにはよく教育せねばな」
「そうします。あれ、でも子爵令嬢が練習であるなら、初夜の時に母上に伝えた言葉は??」
「あれも本を参考にしたんだ」
「本?」
どこかで見たような聞いたような展開になってきたぞ?
「本、とは」
「新婚初夜もやはり緊張してたから、何かの本を参考にしようと思ってな。ミモザが好きだと言っていた小説の主人公たちは、初夜をあのようにしてすれ違ってからのハッピーエンドだったから、この通りにしたら良いのかと思ったんだが。結果母に殴られた」
「……」
どうしよう……気持ちがわかる!すごくわかる!
そして親子揃って同じ失敗を……!
「父上、シオンに読ませる本はとにかく吟味しましょう!」
「それは良いが、我々が吟味するのか?大丈夫か?」
「……自信がないので、ここはセザールで」
「だな」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「本と言えば、ミューは例の絵本を読んだのか?」
「………っ!!」
「それは酔いが回ったのか、羞恥なのか」
「……両方です」
「少し水も飲むといい。しかしその反応なら、読んだんだな」
「………ました」
「ん?」
「読み聞かせを、させられました……!」
「ーーなんと」
「せっかくだからと言われて渋々読み始めたんですが、姫のセリフのところになったら『ここは私が!』と言って、ミューが読み出して……!」
「……うん」
「しかも、途中から騎士の名前を『ルシウス!』て読み替え出したんです!」
「うわぁ……」
「最後は騎士のプロポーズだったので……もうどうしていいかわからずにいたら、頭を撫でて終わりにしてくれました……」
「……お疲れ様だな」
「あの本は、ミューの目の届かないところに封印します!!」
「そうしなさい(あの本だけ隠しても、その気になったら本屋で見つけられるけどな……)」
突然ですが、次回予告です。
タイトル「禁断の質問:あなたの夫または婚約者が浮気をしたらどうしますか?」
ミューが作中の女性陣+αに聞き回ります。
誰がどのような対応をするのか?予測を立ててお待ちくださいm(_ _)m
7月25日投稿です。




