アイゼンバーグ訪問 〜彼はいかにして耐性を付けたのか〜
響いた声にシオンが目を丸くしてたが、泣き出すことなくむしろ「にゃは!」とノッて来た。
うむ、ありがたいが母は恥ずかしいよシオン。
「ソフィーちゃん、ですか……」
「可愛いだろう?偶然にもロベルト様が陰で呼んでいた愛称と同じでな、嬉しくなったよ」
若干引き気味で尋ねるルシウス様に、ソフィア様は嬉しそうに答える。
ロベルト様?
「お祖父様が、ですか?そのように呼ばれているところなど見たことがありませんが」
ルシウス様が目を丸くして尋ねると、ソフィア様はニヤリと笑った。
「だから、陰で、だ。人前では『ソフィア』と呼ぶのが精一杯だったんだ。見栄っ張りだったからな、辺境への態度は改めたとは言え、妻に甘えるような振る舞いはプライドが邪魔したらしい」
へえ。
「お祖父様は、見栄っ張りだったんですか?」
「んー、公爵家当主らしい方だったよ。僕や姉は可愛がってもらったけど、父上には厳しそうだった」
「息子には厳しくしていたな。当主の教えもそうだが、リカルドはやらかしたから」
「「ああ……」」
思い至ってしまった。
そこはお義父様、フォローできません。
しかし、プライドが邪魔して人前では甘えられない夫が、二人だけの時に呼ぶ愛称……。
「……可愛いですね」
「え?!」
「そうだろう?ロベルト様はあれでも可愛かったんだよ」
ボソッと呟いた言葉にルシウス様が反応し、ソフィア様は惚気る。
「でも一番可愛いのは、私の夫ですけどね!」
「ミュー……!」
「どうあっても仲良しだな君たちは」
「シオンはルシウス様にくっつけます」
「つあ?」
「僕の可愛さはシオン付?」
「だって、ランキングのどこに載せろと?」
「どこにって……わかんないけど、ミューの一番ならそれでいいよ」
可愛いと言われることにももはやなんの抵抗もないルシウス様の、ご機嫌が直って良かった。
「……とまあ、呼称が決まったところで正式に招くことにしてな。魅了された者共はそのうち我に返って羞恥で苦悩し始めるが、身体に影響は残らないから放っておいていい、と言われ、その通りに放置しておいた。後で見ていた者達の報告によると、体調不良などはいなかったのだが、その後壁に頭を打ち付けたり冷水を浴びに行ったり、いつもの五倍の量の鍛錬に励んだらしい」
「うわぁ……」
「ま、そんなもんでしょうな」
アイゼンバーグ城の惨事、と言いたい光景だけど。
グリフィス領では日常的な風景だったので、クラストも平然と頷く。
「……ヴィンス殿の、その、魅了?は、防ぐ方法はないの?」
「と聞かれても、行動としては単に笑い掛けてるだけですよ?それがなぜあんなにも影響があるのか、本人にもわかってないんで」
「なるほど……」
魅了対策でも立てたいのか、ルシウス様に聞かれた。
「とは言え、本人がその気になって笑うかどうかで効き目も変わることは確かなので。ヴィンスが企まないように誘導するのが一番です」
「なる、ほど?」
「若旦那様、ヴィンス様を誘導するとか一番無茶振りですから」
「だよね……」
せっかくアドバイスしたのに。
そう思ってふん、とそっぽを向いた先で思いついた。
「たぶんノアは魅了耐性ありますから、彼に聞いてみては?」
「うえ?!」
私の突然の振りにノアが妙な声をあげ、全員がノアに注目する。
「確かに、ノアはルシウスが泣いてても平然としているな……。私でも内心慌てると言うのに」
「え、お祖母様そうなんですか?」
「あぁ、そう言えばハリーと似てましたね。何か特別な対策が?」
「たい、対策?!いやそんな」
ノアがめっちゃ首を振る。ついでに手も振る。その動作が面白いらしく、シオンがキャッキャと笑った。
「ノアは、ルシウス様が涙目になっても平気よね?」
「はい」
「そう言えば以前、頭をはたいてなかった?」
「えぇ、まあ。必要とあらば」
「必要じゃなかったよ……」
「ウォルターもルシウス様の鍛錬は出来たのに、ヴィンス耐性はなかったのね」
「若奥様、推測ではありますがウォルター様がルシウス様に鍛錬が出来たのは、お小さい頃から見知っていたのと、騎士団長としての責務があったからかと。突然お会いしたヴィンス様には、免疫がなかったのでは」
なるほどー。
「……クラストだって、子どもの頃から知ってるのにね」
「ですから、一瞬で済むんです。他の団員はもっと長く固まってますよ」
「付き合いの長さによるのかしらね?ノアは子どもの頃からルシウス様に付いてたのでしょう?」
「そうですね、5歳くらいからでしょうか」
「侍従候補の子どもたちを集めて一斉に遊ばせておいて、そこにルシウスを投入したんだ。固まる者、擦り寄る者、どうにか気を引きたくてちょっかい出す者など様々だったが、ノアだけは主家の子どもと判断して扱っていたのでね。次の日から付けた」
ソフィア様が歴史を語ってくれる。
いい話、と思ったけど、肝心の夫は覚えてないらしく「そうだったっけ?」と惚けてる。
「……当時母はルシウス様の乳母でしたが、私はお会いしていませんでした。ルシウス様を遠目でお見掛けした際、両親に主人としてお守りするよう言われましたので」
ノアが言うと「そうだったんだ」とこれまた知らなかったらしいルシウス様が感心してる。
……ノアの両親、シルクエン子爵夫妻は、あの事件の前までは分家をひとつ任されていたそうだ。
娘の不始末をいたく悔やみ、厳重注意で済んでいたところを自ら重く処罰されるよう嘆願したとか。
結果、爵位はそのままだが任されていた家は別の者に引き渡し、城内の中堅の使用人に戻った。
本来ならばすぐさま王都まで出向いて謝罪したかったそうだが、直後に私の妊娠が発覚したので、煩わせるのは良くないと自重していた。
今回の訪問にあたり、二日目には夫婦揃って頭を下げに来ている。
罰も受けてるし娘さんは商家に嫁いだし、これからも仕えてくれればそれでいい、と伝えたら二人して泣き笑いの顔になった。
「ルシウス様がお幸せそうで、本当に良かったです」と、そう親の顔で微笑んで。
「……ノアのご両親にも、耐性があったりするのかしらね?」
「どうだろう?その辺りはウォルターと区別つけにくいんじゃないかな」
「一族的に耐性があるなら、シオンにも付けられそうだけど」
「それで行くと、サリーたちのところも当て嵌まりますね」
クラストが言い、サリーを見ると頷いてた。
……サミュエルくんか。それはまぁ、生まれてからね。
「ヴィンスくんの話は中々に面白かったな。グリフィス領での話や、小さい頃のいたずらや、留学して知った他国の風習とか、話題に富んでいたよ。そうそう、その時に『お館様』の呼び名も教えてもらったんだ。『なんか偉い人の呼び方らしいぞ、格好良いだろう?』と、あまり詳しくはなさそうだったが。『前公爵夫人』は長いし、『ソフィア様』は威厳が足りないと思ってたので、即採用して広めたんだ」
適当な説明を……。
まあソフィア様が気に入ったのなら良いけど。
「小さい頃のいたずら、気になります」
ルシウス様がそこに食い付いた。
「私よりも本人たちに聞いたらどうだ?」
「いたずらなんてしましたっけ?」
「しましたよ!めちゃくちゃしました!兜並べた棚のネームプレート全部入れ替えたりしてました!あれ、急いで被る時にサイズが合わなくて大変だったんですから!」
「そんなことしたのサリー」
「言い出したのはミュリエル様です」
「やったのは四人でだろ!」
「……お祖母様、本人は覚えてないし自覚もないようです……」
「……ヴィンスくんはいたずらしたと覚えてたけどなぁ?」
「ヴィンスのやったいたずらなら覚えてます」
「お嬢様も!八割加わってるからな!」
クラストの絶叫、ルシウス様とソフィア様の呆れ顔。
シオンのキャキャッと喜ぶ笑い声の中、お茶会は優雅に過ぎて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ソフィア様、お呼びと伺いました」
「ああ、少々聞きたいことがあってな。先日は曽孫の披露目に出席ありがとう」
「とんでもございません!こちらこそお招きいただき、光栄でございました」
「久々に大きな宴をしたからな。皆にも手間を掛けさせた」
「ルシウス様は以前にも増して凛々しくなられておりましたし、曽孫様もルシウス様によく似ておられました。アイゼンバーグは安泰でございますな」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。それで、その席の話なんだが。君、令嬢を連れてきていたらしいじゃないか?」
「……っ!はい、姪を伴いました!妻の縁戚ですが、美しく育っておりますのでお目に掛けていただければと思いまして!」
「そうかそうか、美しくね」
「身内の欲目ではありますが、大変麗しく。ぜひルシウス様のお目に留まることが出来たらと」
「ーーそのルシウスの隣に妻がいたのだが、見えなかったか?」
「は?」
「ルシウスの嫁も居たはずだが、貴殿には見えなかったのか?」
「お嫁様、でございますか?いえ、ご挨拶させていただきましたが……」
「その嫁のいる前で、貴殿は姪御をルシウスに引きあわせたそうだな?『お気に召していただけましたら、いつでも声をお掛けください』と」
「は、あの、はい確かに、ご挨拶の一環として……」
「妻の目の前で愛人候補を薦めるとは、どういう神経をしているんだ?」
「ソフィア様!いえ、決してそのようなつもりでは!」
「そのようなつもりで言ってないなら、貴殿は言葉が不自由なのだな。役職は重荷か?」
「いえ!いえ、申し訳ございません!その、万が一にでもルシウス様の目に掛けていただければと!」
「本当に節穴なのだな……あの様子を見なかったのか?ずっと妻子に付き添っていただろうに」
「それは……、はい、そのようで……」
「それでもまだ姪御に目を向けると?」
「いや、あの……その、お嫁様だけでは不足になった場合に、思い出していただければと」
「不足?曽孫が生まれたばかりなのに、何が不足?」
「いえ……その……」
「ミュリエルはグリフィス伯爵の娘だよ。我が領でもあの地の商会に関わりのある者は多いだろう。後見に不足が?」
「いえ……」
「ついでに、従姉妹は第二王子妃殿下だ」
「え?!」
「王家の縁戚がいる嫁に対して不足か。その不足を埋められるのであれば、姪御は大した者だが」
「〜〜〜〜ソフィア様、申し訳ございませんでした!お嫁様に大変失礼な真似を致しました!!」
「……そのまま、頭を動かすなよ」
「え?」
カッ!
「〜〜〜〜〜!」
「今のはミュリエルに対しての非礼の分だ。加えて、妻子の前での無礼な発言、夫婦の様子を正確に捉える観察眼のなさ、状況判断の悪さ。ああ、情報収集力の不足も追加だな。合わせて降格だ。次の監査で挽回出来なければ、配置換えも視野に入れるからそのつもりでな」
「……承知しました……」
「それと、姪御をうちの孫達に近付けさせるな。護衛に言ってあるからな。もし不用意に近付いてくるようなら一族諸共処罰する、そう皆に伝えておけ」
「はい……」
「ご苦労。職場に戻れ」
「ふぅ、ヴィンスくんの言うところの貴族スマイルは、本当に腹立たしい時に維持するのは難しいな」
「お館様、お疲れ様でございます。的とナイフを交換しますので少々お待ちください。お飲み物をどうぞ」
「あぁ、ありがとう。しかし、これで折り返しかー。あと何人だった?」
「それが、先程護衛に確認しまして、あと二人ほど諌めておいた方が良い者がおりました」
「……あと何人?」
「残り6人です」
「ーー多くないか?」
「多いです」
「……これ終わったら、シオンの顔を見に行ってもいいか?」
「ルシウス様と若奥様にお伝え致します」
ヴィンスの贈り物は、トラキオンからアイゼンバーグへ手配を済ませてきました。
「どんなに唐突だろうと突撃訪問だろうと、俺を受け入れない家などある訳がない」と豪語してます。
一家の初顔合わせを邪魔しないよう、ミューたちの訪問直前に帰りました。これでも気を遣ってます。これでも。




