アイゼンバーグ訪問 〜彼はどうやって乗り込んで来たのか〜
ルシウス様のお顔がようやくソフィア様を見れるようになったので、皆でぞろぞろとサロンへ移動する。
……城内広過ぎて、自分の生活圏しか把握してないからこっち側はわかんない。
はぐれたら絶対迷う……!とルシウス様と繋いでる手をギュッと握ると、少し目を瞠って嬉しそうにした。
「……どうしたの?」
「絶対!手を離さないでくださいね!ここで放置されたら完全に迷いますから!」
「放置はしないけど……迷うほど?」
「城ですよ?!迷うに決まってるじゃないですか!」
「……自分は平気で旦那を放置しようとしたくせに」
後ろでボソッとクラストが呟いた。
手を離さないようにしつつ、ジト目でクラストを睨む。
「うっさいクラスト。さっさとグリフィスに帰りなさいよ」
「本日昼のシオン坊っちゃま観察日記が埋まってませんので」
「観察日記になったんだ……」
「本当は体温とか体重も記録したいんですがね。アイゼンバーグの使用人は口が堅い」
「サリー、不審者よやっちゃって」
「承知しました」
「承知すんな!おいやめろ廊下で暴れんな!お嬢様止めろ!」
「止めてください寛大なるミュリエル様」
「止めてください寛大なるミュリエルお嬢様ー!」
「ふーん。サリーもういいわ」
「承知しました」
しれっと襲撃をやめるサリーと、ゼェハァ息をついてるクラストが対照的ねー。
「ミュー……いきなり嗾けるのは、良くないと思うよ?」
「前もって言ってたら襲撃にならないじゃないですか」
「うん、だからしゅうげ……やっぱいい」
ルシウス様が何か言い掛けて諦めたみたい。
「若旦那様……そこは諌めていただきたい……!」
「ごめん無理」
クラストの懇願もあっさり断ってる。
前方でシオンを抱っこしながら歩いていたソフィア様が、振り返って愉快そうに笑ってる。
「君らがいると賑やかだな」
「それは否定できません」
「遊びに来てくれてるんだ、こんな時があっても良いさ。さあ、あともう少しだぞシオン」
「わた、ぱ?」
「うん分からん」
喃語ですから。私もわかんない。
◇◇◇◇◇◇◇
サロンにたどり着き、ソフィア様のお膝でもなんの問題もないシオンはお願いして、私とルシウス様も着席する。
距離の近さは苦笑されたが、もはや「そーいうもん」と認識されてるので指摘はなかった。
……どうせ指摘されても、眉を下げるルシウス様に皆が絆されるので意味がない。
「では、始めようか。先日は三人とも、お披露目ご苦労であった」
ソフィア様の労いの言葉から始まる。
「お祖母様も、手配いただきありがとうございました」
「感謝申し上げます、ソフィア様」
「久々だから少し張り切ってしまったな。次はもう少し落ち着いた感じにしようか?」
「次、ですか?」
「シオンの誕生日を祝うか、第二子の妊娠を祝うか、どちらが先かな?」
「……さすがに第二子はまだですきっと……」
「たぶん……」
「二人して言い切れないのか!」
ソフィア様は愉快そうに笑うが、私達は顔を見合わせる。
そりゃだって、わからないじゃない?
「それと、ルシウスに令嬢を引き合わせようとしていた奴らは全員釘を刺しておいた。二度目はないと言ってあるし、上長共に監視を命じてる」
さらっと付け加えられたが、仕事が早いなソフィア様。
「ありがとうございます、お祖母様。なんでしょうねあれは、妻子がいるのに……」
ルシウス様が遠い目をしていたのでよしよししておく。
「久々のルシウスにテンションが上がったんだな。お前はまた輝きが増したし、ミュリエルには優しくしてたからこれはイケる!と勘違いしたんだろう」
「みゅあ!」
「なんですか輝きって。あとシオン、今ミューって言った?」
「ルシウス様、喃語です喃語。偶然ですよ」
さすがに肩を叩いて止める。
まさか本気で許す気がないとは……。
「まあ目一杯凄んだし、披露目が終わったなら会わせる理由がないからな。もし外出先などで絡んできたら、遠慮なく絶ち切っていい」
「ソフィア様、すみませんサリーの前でそれを言うと武力に走るんですが」
「サリー、ほどほどにな」
「わかりました師匠」
師匠?!
驚いて振り向くと、やはり飄々としていた。
隣のルシウス様も、サリーの横のクラストも驚きの顔になってる。
「師弟になったんですか?」
「いい筋してるからな。女性の戦い方はやはりコツがいるんだ。組み合ってるうちに指導になってきたから、正式に弟子にした」
「……ありがとうございます?」
「なに、私の可愛い孫嫁と曽孫を守ってもらうためさ」
ソフィア様のウインクが飛ぶ。
私にルシウス様やヴィンスでの免疫がなかったら、顔を赤らめてたところだろう。
密かに窺うんでない、夫よ。
「ようやく落ち着いたので、初日に話せなかったヴィンスくんのことを聞きたいだろうと思ってな。ついでに美味い菓子ももらったから、一緒に食べよう」
ソフィア様が視線を向けると、メイドたちが菓子を並べ出す。
一緒に、とは言われたものの、ソフィア様の膝にいるシオンの手の届く範囲には置かれない。
「シオンはまだ食べられないだろう?」
「王都に戻ったら離乳食を始めようかと」
「そうか。食べられるようになったら、美味いものをたんと食わせてやるからなシオン。何が好物になるかな?」
「ミューは苺と海鮮が好きですよ」
「ルシウス様、その情報は今はいいんです」
「そうか、苺の菓子もあるから食べなさい」
「はい……」
ありがたくいただくけど、催促してるみたいで恥ずかしいからやめてくんないかな。
そう思って夫を睨むが、まったく伝わってない。
「食べさせようか?」
「やめてください」
だからなんでショックを受けるんだあなたは。
各々興味を引かれたお菓子を皿に取り、シオンには歯固めのおもちゃを渡して、お茶会開始である。
「すぐ話せなくて悪かったね。なにせ初日にあんなに盛り沢山の話題が出るとは思わなくて」
ソフィア様が詫びるけど、彼女のせいではない。
単に私達の新婚生活が話題豊富過ぎて、初日の時間を丸々使ってしまっただけだ。
その後改めて聞く機会が作れず、さわりだけ聞こうと思ったのにクラストたちは「ヴィンス様より『お館様から聞け』との命が降りてます」と拒否られた。
いつもはスーパー適当なくせに、一度命を受けると忠実に守り通すのがグリフィス騎士団の特色。
守り通すのは当たり前だが、普段のちゃらんぽらんさとのギャップが激しい。
「いえ、こちらこそ説明がまとまらず時間を取ってしまいまして」
「……あれは、説明をまとめたとしても時間の掛かる量だろう……」
そうですね。
「波瀾万丈だったからね」
他人事のように言いますけど、あなたの人生でもありますよ?旦那様。あと過去形じゃなく現在進行形で波瀾万丈だ。
コホン、咳払いをひとつ。
「それで、ヴィンスがアイゼンバーグに来た経緯からお聞きしても?」
改めてソフィア様に尋ねると、鷹揚に頷いた。
「君たちがやってくる予定の5日前だね。準備で慌ただしくしていたのに、何か違う騒ぎが起きてることに気付いたんだよ。同じく気にした侍従が様子を見に行ったが、いっこうに戻って来ない。首を傾げつつも作業を続行していたら、そこにいる侍女のミナが駆け込んで来たんだ」
そこにいる、で示された侍女が頭を下げる。
「ウォルター様がヤラれました!と」
「ミナ……」
「間違ってなかっただろう?」
思わず呟いたウォルターに、ソフィア様は楽しげに言った。
「これでも騎士団長だからね。そのウォルターがヤラれたなら一大事と思い、帯剣して騒ぎの元へと駆け出したんだ。人が集まっていたその廊下には、聞いた通りウォルターが床に蹲っていて、その隣にクラスト殿とハリーを従えたヴィンスくんが優雅に佇んでいた、とこう言う訳だ」
ヴィンス……!
聞き終わって頭を抱えた。
アイツ、やっぱりアポ無しの突撃訪問じゃないの!
自分の家だけならまだしも、私がいるアイゼンバーグ家だけならまだしも、妹婿の実家へ突撃ってなんなのよ……?!
「みゅ、ミュー、しっかり……」
「ルシウス様……どうしましょう、あんなに無法な男が兄だとか……」
「だ、大丈夫だよ!ヴィンス殿がどれだけ無法でも、ミューにもシオンにも関係ないよ!……たぶん」
「……その優しさだけ受け取っておきます」
「ミュー……!」
言い切れないルシウス様から目を逸らすと、両手を握って覗きこまれた。
「……ヴィンス殿がどれだけ無法でも、将来のシオンが輪を掛けて無法になっても、今ミューが無法な振る舞いをしたとしても。僕は君たちから絶対離れないから」
「ルゥ……!」
そこだけは言い切ってくれた。
感動してると、周囲から立て続けに咳払いされた。
いや、いくら盛り上がってもさすがにここまでが限度よ?
と思ってたが、ニッコリ笑うとルシウス様が安心したらしく額にキスしてきた。
夫の限度は私と違うらしい。
「……クラストと、ハリーだけだったんですか?他の騎士たちは?」
「城外で待機していたな。そうだろう?」
「はい。ヴィンス様のご命令通り、我々もしくは使いの者が来るまで待機させていました」
「クラスト。そもそもなんでヴィンスが来ることに?」
「『ルシウスの実家を見てなかったことに気付いたからな、行くぞー』と早朝に帰国されまして。30分で編成を組んで、出立しました」
「30分……」
クラストの説明にウォルターが驚きの声を上げてる様子から、かなりの早業らしい。
「グリフィス騎士団はなんでも早いのよ」
「誰のせいですか誰の」
「ヴィンス」
「ミュリエル様、ご自分を除外するのはお辞めください」
「だって。ねえ?サリー」
「ご自分を除外するのはお辞めください」
「ほら!」「えー」
ウォルター、肩震えてない?室内にいるメイドたちも。
王都組が平然としてるところを見ると、踏んだ場数の違いかな。
「それで、ここまで来たの?」
「ええ、てっきり先触れくらいは出しているかと思ったのにまったくの突撃でしたので、到着してから愕然としました。道行く人に城の場所を聞いたところで、ヴィンス様より『クラストとハリーだけついて来い。あとは待機な』とご命令があり。対応している間に二人でどんどん進むので、慌てて追い掛けました」
「行き当たりばったりだね」
「そんなもんです。でもそこから、どうしてウォルターがヤラれることに?」
「それは……」
「作戦その一、とヴィンス様が仰いました」
「そのいち」
「『ルシウスの実家だからな、まずはその一、穏便に行こう。これは俺だけでやる』とヴィンス様より賜り、『ちなみにその二は?』とお伺いすると『武力行使。これはお前らの出番』だと……」
「ええ?!」
その二の存在を知らなかったらしいウォルターが、驚愕の声を上げた後恥じらった。
たぶん、護衛中にこんな声出したことなかったんだろう。
グリフィス騎士団は平気で話に割って入るし、基本ゆるゆるなんだけどねー(他人事)。
「これまたハリーが『承知しました』とか言いやがるので言い聞かせてるうちに、門番の前に並びまして。誰何されたところでヴィンス様がニコリと笑い、『入れて?』と言いました。一瞬でボウッとなった門番たちが止めることもなく、ヴィンス様が扉を示すとフラフラとしながら開き、そのまま同じことを繰り返し続け、お館様がいらっしゃった、とこう言う訳です」
奇妙な沈黙が降りた。
「……つまり、作戦その一って……」
「色仕掛けです。」
「ウォルターがヤラれたのは?」
「色仕掛けです。」
きっぱり言い切るクラストに対し、ウォルターは前を向きつつも真っ赤になってる。
……うん。
「ソフィア様、ウォルターをいったん退出させても?」
「構わんよ。ウォルター、顔色戻して来い」
「…………失礼いたします」
もの凄い早歩きで去っていった。
ルシウス様、なんか同情した目になってるよ?
「そんなに気にしなくてもいいのに」
「気にしないのは無理だよミュー……」
「だってヴィンスに微笑まれて反応しない人なんて、滅多にいないですよ?慣れてるはずのグリフィス騎士団団長だって、一瞬固まるんですから」
「お嬢様、それは言わなくていいんですが」
「説得力あるね」
「若旦那様まで……」
「でも聞いて分かりました。確かにヴィンスにしては穏便な方法ですね」
「そう……?」
「武力行使でもなく薬品でもなく恐喝でもない、微笑んで動きを止めるだけで言いなりにもしてないなら、穏便では?」
「ミュリエル、被害者達の自尊心が粉々なんだが」
「目に見えない被害は知りません。」
きっぱり言い切っておいた。
その辺は各自自分でどうにかしてくれ。
「……うん、まあ、そう言う訳でヴィンスくんが乗り込んで来てたんだよ。私を見付けるとまた微笑んで、自己紹介をしたんだ。『お初にお目にかかる。ルシウス殿のお祖母様、ソフィア様かな?俺はヴィンス・グリフィス。ミュリエル・フォン・アイゼンバーグの双子の兄だ』、そう言って礼をした後、顔を上げたら何やら考えていてな」
「何を……?」
「『お祖母様、と呼ぶのはなんだか合わないな。ソフィア様、ならソフィーちゃんでいいか?俺のことはヴィンスくんとでも呼んでくれ』と言うので、笑って了承してしまった」
「何してくれてんだヴィンスーーー!!」
間髪入れず絶叫してしまった。




