アイゼンバーグ訪問 〜お忍びの陰で暗躍する若奥様〜
ミューが次に選んだ店は、時間帯のせいなのか他に客はいなかった。
中には店長である女性……たぶん女性、と仕入れ担当の初老の男性がいるのみ。
ミューが商品の説明を希望すると男性が付いたため、僕らの傍には店長が残った。
「……領主様のご子息でいらっしゃる?」
「こちらお忍びですので」
店長の問い掛けにはノアが答えた。
接待は希望しない、そちらも便宜を図ってもらおうとは考えるな。そういう釘刺しだ。
そこで彼女(推定)は「承知しました」と頷いたが、先程の店主は声に出すことなくこちらの希望する待遇をしてくれてたな。
そんなことを考えつつ、商品を見て回る。
品は悪くないけど、これと言って興味を引かれない。
シオンも興味ないのか、大人しく……いやこれ寝そうだな?
「すみません、子どもを下ろしたいのですがスペースをお借りしても?」
「はい、こちらへどうぞ」
奥の応接スペースへ案内してくれる。
話し込んでるミューには、騎士が伝えていた。
◇◇◇◇◇◇
シオンを支えながら抱っこ紐からいったん出し、向きを変えてこちらに寄りかかれるように抱き寄せながら抱っこ紐にしまう。
少しムズがったが、背中をポンポンと叩くとすぐに寝入ってくれた。
うちの息子は、他の子と比べても寝付きが格段に良いそうだ。ついでに、寝起きも良い。
眠たくなったら泣きもせず寝てくれる、起きたらすぐ笑顔になる、なんと羨ましい……!と歴代の母親経験者たちが嘆息してた。
さすがシオン、アイゼンバーグ家の天使。
「お可愛らしいですわね。お父様にとても似てらっしゃって」
「よく言われます」
「その上お子様の面倒を見てくださる旦那様なんて、本当に素敵だわ……」
対面のソファに座っていた店長が悲しげに微笑んだ。
……これは、どうしたのか聞いてほしい感じ?
でも興味ないしなぁ……わざわざ聞き出したところで「そうなんですか、へー」で終わらせるのも駄目だろう?
チラ、とノアに目をやると眉間に皺を寄せて『やめとけ』の意を示してる。やりたくないから話題を逸らすことにした。
「……日中は妻が世話をしてくれてますからね。休みの時くらい相手をしていないと、息子に忘れられます」
ミューのことを立てながら好きでやってるんだアピールをしてみる。
視界の端でノアが頷いてる。良かった。
「まぁ。でも、奥様は母親ですし当然のことではなくて?」
……この発言は、店長が彼だから出るのか?それとも彼女でも出るのか?
んー、やっぱりわからないな……さっきの店主の印象が後を引いてる。
なんてことを考えていたら、店長が頬を染めた。
……またやってしまった、3秒ルール。
いつもならノアが突いてくれたり声を掛けたりしてくれるのに、今回は立ち位置が悪かったな。
誤魔化すためにシオンの顔を覗き込む。
うん、ほっぺたが丸い。鼻が可愛い。天使だな。
「……奥様はお話に夢中のようですけど。旦那様、お寂しくありませんこと?」
「は?」
「いえ、あちらで当店の者とお話が盛り上がっているようですので」
あちら、の言葉にミューの方を振り返る。
だいぶ熱心に商品の仕組みを聞いてるな……盛り上がってるのは間違いない。
「そうですね、妻が構ってくれないのは寂しいです」
「ーーっ、そうですわね……!」
心の内をそのままに伝えると、我が意を得たり!と言わんばかりに笑顔になられた。
なぜこの人が笑顔になるんだ?訳がわからない。
「旦那様、少々よろしいでしょうか」
声を潜めたノアが近寄り話し掛けて来る。
「?なに?」
そのまま二人して小声で話した内容とはーー。
「あのさぁ、妻が構ってくれなくて寂しいってのはお前の超本音だろうけど。他の女からしてみたら、火遊びのお誘いだぞ?」
「?!なんで?!」
「声が大きい、坊っちゃまが起きるだろ!……普通の夫なら相手してくれない妻の代わりに別の女になるんだよ。お前とは違うの」
「別の女って、他の人はミューじゃないんだからいらないし」
「だからそれが一見してわからないだろ?大体さっきなんで見つめた?若奥様以外の女に興味持ったの?」
「ちがっ!この人は本当に女性なのか、って考えただけで!」
「はぁ??」
否定の勢いで普通の音量で話してしまったので、店長にも聞かれてしまった。
まさか僕が自分の性別を疑ってたとはカケラも思わなかったのだろう。……そりゃそうだ。
「あ、いやごめんなさい。さっきあっちの通りの店を見てきたんだけど、そこの店主が女装をした男性だったもので……」
「!ミカル、アイツまた余計なことを……!」
店長が憎々しげに呟いてる。
ミカル?どこかで聞いたことがあるような。
僕の視線を感じたのか、店長は咳払いをしてニコリと顔を戻した。
「私は正真正銘女性ですわ。お望みとあらば確かめていただいても良いのですけれど」
確かめる?
「いや結構です。その、女性にはあまり近付かないようにしてますので」
ばっさりと拒否をすると、「まあ……」と痛ましげな表情をされた。
?
「奥様に制限されてますの?あんなにお若いのに、嫉妬深いだなんて……。旦那様もお若いのです、奥様だけが女性ではないと知った方がよろしいわ。現にここにもおりますもの、世界を広げられた方が人生は楽しめますわよ?」
自分の表情が抜け落ちたのが分かった。
奥様のことを語られるのも世界を広げるだの人生を楽しむだの、言われた言葉が全て気に食わない。
僕の顔を見て、店長は眉を顰めた。
一転、貴族スマイルを貼り付ける。
「……それは、なんのお誘いかな?」
笑顔になったことで好印象を与えたと思ったらしい。
再度頬を染め、上機嫌な笑顔になった。
「ふふ、大人の遊びのお誘いです。旦那様がご存知のない快楽と興奮を、私が教えて差し上げますよ」
「快楽と興奮、ね」
「ええ。失礼ながら、奥様はあのようにお若く少女のようですもの。手練手管はもっと年上から学んだ方がよろしいわ」
手練手管を学んで何に活かせと言うのか。
ノアとウォルターにそれぞれ視線をやると、二人とも一礼した。
「失礼ながら、とは言ってるが、本当に礼を失しているのはわかってないようだな」
一段と低い声音で告げると、店長は笑顔を貼り付けたまま固まった。
「……え?」
「私の妻を侮るとは、私を侮ることと同じだ。領主一族の嫁であることを忘れているようだが」
「ーーっ!いえ、あのそのようなつもりは決して!その、お忍びでいらしているとのことでしたので、お客様としてお話させていただいたのです!」
「そうか。客ね」
僕の笑顔に一瞬ホッとしたようだった。
「ではあなたは、子どものいる前で客であるその父親に色目を使う店長と言うことかな」
今度こそ、疑いようもなく固まった。
「息子が赤ん坊だろうが寝ていようが関係ない。そのように品性のない者が店長をやっている店など、我がアイゼンバーグの地には必要ないな。風紀を乱す。そう父に進言しよう」
「そんな!」
「声を荒らげるな、息子が起きるだろう?父は孫に甘い。加えて泣かせた、などと情報を付けたら店どころかあなたの一族が領から追い出されるぞ」
とは言え、話の途中からシオンの耳は覆ってたんだけど。
理解出来ないとしても、天使の耳に入れるような内容じゃない。
ソファから立ち上がると隣にノア、背後にウォルターがついた。
「沙汰は追って下される。それまでに身の周りを整えておくといい。……それと、思い違いを訂正しよう。私はこれでも『王宮一の愛妻家』と呼ばれている。寂しくとも、妻以外は興味がない。女性は妻一人で充分だ」
そのまま店の中へ戻り、「ミュー、ここは出よう」と声を掛ける。
振り向いたミューはシオンを見て微笑み、店員へ「ではそれで」と告げて僕のところに寄ってきた。
「……どうしたの?」
「秘密ー」
なんだそれ可愛いな!
追及は諦め、ミューの手を繋ぎながらーーさっきの店に戻った。
??
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ミカさん、ただいまー」
「あらやだミュリエルちゃんお帰り。早くない??」
先程と同じく女装中の店主は、時間をおかずに戻ってきた僕らを見て笑い、奥へ通してくれた。
「だって、ミカさんの狙いがど真ん中命中したの。なんの策略もなく、ルシウス様怒らせるんだもの」
ソファに座るとシオンの頭を撫でながらミューが報告する。
「あらぁ、そんなに読み通り行くもの?怖いわねぇ」
店員の出してくれたお茶を飲みながら店主は楽しそうに笑う。
「ルシウス様、お茶危ないしシオン下ろしましょう」
「ん、でも気持ち良さそうだよ?」
「寝てればいつでも気持ち良さそうですよ、シオンは」
ごちゃごちゃ言いながらシオンを空いたソファに寝かせ、見張りと言いながら愛で続ける侍女と騎士に任せていると、店主がこちらを見てため息をついた。
「本当に父親をしてるのねぇ。あの小ちゃかったルシウス様が……私も年を取るわけよ」
どこかで聞いたセリフだな?
いや待て、小ちゃかったってなんだ?
店主の言葉に首をひねってると、ノアが呆れたように教えてくれた。
「ルシウス様、マジですか?ミカル殿ですよ、昔一緒に鍛錬したじゃないですか」
「元アイゼンバーグ騎士団部隊長ですよ、ルシウス様」
ウォルターも補足してくれるけどーー部隊長?ミカル?
またもやマジマジと店主を見つめてしまうと、それまでの女性らしさからは一変して豪快に笑われた。
「なんだよルシウス様、本気でわかってないんだな!てっきり見てみぬ振りをされてるのかと思ってたのに」
その笑い方に、昔の記憶が呼び起こされた。
ウォルターの元でノアと受けてた鍛錬、その隣で野次を飛ばしながら同じ鍛錬を受ける騎士ーー……
「ミカルっ?!」
「そうだってばー。ルシウス様ったら、全然気付かないんですもの」
女性っぽく振る舞われても、もはや元騎士の顔にしか見えない。
「うえぇえぇぇ……」
「なんですかルシウス様、その呻き声」
ミューが笑うけど、全然知らない人が女装してるのとかつての知り合いが女装してるのとでは、反応が違うだろう??
「え、ミカル、確か婿養子に行くって退団したよね?」
「ええ。このお店の跡継ぎ。仕入れの方が好きだから、店は私に任せて飛び回ってるの」
「……女装は、奥様はなんて……?」
「なんても何も、このお化粧も着付けも妻がやってくれてるのよ?抵抗がないどころか嬉々として飾り付けてくるわ」
少し苦笑して髪を弄る。
なるほど、妻公認……。
ふと見ると、ミューがこちらを見ていた。
「……ルシウス様も、じょそ「しません!」」
なんてことを言い出すんだ。しない!
「「絶対似合うのに」」
ミューとミカルが声を揃えるが、似合えばいいってもんじゃない!
周りの侍女や騎士も、ミューと同意見な者は頷き僕の気持ちがわかる者は微妙な顔をしてた。
「……前から趣味が?」
「違うわよ。騎士団員だった頃はしたことなかったし、興味もなかったの。ただこの辺りの商会組合の宴会があって、余興でやってたのよね女装。私は当時妻の婚約者だったから、飛び入り参加で加わったの。そしたら、妻は楽しそうにキラキラ目を輝かせて、対象的にイザベラはすごく嫌そうな顔をしたから、これだ!てなった訳」
「イザベラ?」
「さっきの店長さんですって」
「あぁ」
先程のことを思い出して顔を顰めてしまった。
隣のミューをギュッと抱き寄せる。
僕達を見てミカルはまた笑った。
「イザベラはあの店の跡継ぎなんだけど、商売に興味がないから婿を取ってそちらに任せるって話だったの。それで幼なじみである妻の婿養子が元騎士と知って、やたらアプローチしてきてね。いい加減鬱陶しかったのよね」
「アプローチ、ですか?でもミカさんだって元騎士なら、商売のことは分からなかったでしょう?興味ない人に分からない人が添っても、店のためにならないのでは?」
ミューが首を傾げる。僕も同感。
「当たり前じゃない。私だって嫌よ、そんな泥舟に乗り込みたくないわ。でもあの女は変に自分に自信を持ってるから、『ミカルとあの子じゃ釣り合わない』とか『私の方がお似合いだわ』とか言ってくる訳。余計なお世話よねー。お似合いとか誰が言ってんの、それだけで商売保てる訳ないでしょって感じ」
「あぁ、それね。私も相応しくないとか叫ばれたことありますよ、夜会で。コテンパンにしましたけど」
「……そうだね」
「まぁミュリエルちゃん、お強い」
「似合う似合わないで夫婦は出来ませんよ」
「……ミューに似合うのは、僕だけだよ?」
「ふふ、知ってますよ。ルゥに似合うのも私だけです」
ミューが笑ってくれたので一安心した。
向かいのミカルが楽しそうに見てる。
「本当に仲がいいわね、あなたたち。……まあ、それで女装したら付き纏われないことを知ったので積極的に始めたの。元騎士の体格から少しスリムにしてね。お客様も女性の方が多いから、威圧的じゃなくなって良い効果よ」
「確かに、この店の客層ならそちらの方が好印象ですね」
「あちらの店も商売がわかる婿を取って、ほどほどに付き合ってたんだけど。昨年、そのお婿さんが亡くなってしまって。以前仕入れを担当していた店員を再雇用してなんとか商売を維持していたのに、イザベラが欲をかきだしたの」
「欲?」
「自分が店長になったら、うちの妻と張り合いたくなったのよね。私は女装のままだから手を出してこないけど、どうにかうちの店より繁盛させたい。手腕がない自信過剰な女が安易に取る方法と言ったら」
「色仕掛け」
ミューの言葉に、ミカルが渋面になって頷いた。
「うちと取引のある商人や、付き合いのある店主たちにちょっかい出し始めたの。良識ある人からは筒抜けで取り合わないし、嵌まる馬鹿には奥様から鉄槌を下してもらってたんだけど、ついに客にまで手を出したからこれは止めないとと思って。領主様に繋ぎをと、ノアに連絡を取ったのよ」
「ノアに?」
「……ミカル殿には、身内がお世話になりまして」
そう言われて思い出す。
ノアの妹は、縁戚の商家に嫁いだ。そう聞いた。
でもそれ以上は思いを馳せないよう、ミューを抱き寄せる手に力を込める。
「まぁそう言ったことをノアとミカさんから聞いて。お義父様に報告する前に敵情視察を、と思って訪ねてみたら、一発で釣れちゃいました」
「釣り……?」
「そりゃめったにお目にかかれない極上の男ですもの。計略なんてなくても誘うでしょうよ」
ミカルがなんか言ってるけど、気にしてられない。
「ミュー、僕を囮にしたの??」
ミューはキョトンとした。
「私はルゥに何も言ってませんよね?あの店長さんにも話し掛けてないです。普通にお店の中を見てるだけだったのに、奥へ進んだのはルゥでしょ?」
「……そうだけど」
「連れて行くだけで囮になるのが嫌だと言うなら、別こうど「嫌だ!一緒に行く!!」……なら、勝手に引き寄せられるのは文句言わないでくださいよ。私だって夫が言い寄られていい気分はしないんですから」
「ごめんなさい……」
ミューの肩に頭を寄せると、撫でてくれた。
少しヤキモチを焼いてくれたみたいなので、嬉しかったのは内緒だ。
「そうそう。ミカさん、アトラさんに話付けときましたよ。近日中に相談しに来るそうです」
頭を撫でながらミューがミカルに話し掛ける。
「そう。了承の旨を送っておくわ、ありがとうねミュリエルちゃん」
「アトラさん?」
「あの店の仕入れ担当の店員さんです。先代の義理で復帰したものの、商売が分からないくせに口出ししてくる店長にも、見境なく男を口説くお嬢様にもほとほと疲れ切ってて。田舎でのんびり過ごしたいと言ってたので、これを機に培った人脈と商売上の付き合いをミカルさんにお渡ししては、とアドバイスしてきたんです」
「……なんと……」
「店長は碌でもないけど、アトラとお店の品物に罪はないものね。そこまでケアしてくれるなんて助かったわぁ」
「いえいえ。それでですね、手数料としてうちの実家から人をやるんで、アトラさんの遺産を共用にしてください。取り分は別途相談しますし、店構えはあの店をそのまま使いますんで」
「……本当、しっかりしてるお嫁さんだわぁ……」
ミカルの呆れ顔に、ミューは満足!と言った感じで笑った。
お忍びの陰で、しっかり暗躍していたらしい。
女装家の元騎士参入により、ただいまサリーの脳内が大変混雑しております。今しばらくお待ちください。




