アイゼンバーグ訪問 〜到着したのはいいけれど、あれ?〜
天気は快晴、気温もそこまで暑くも寒くもなく。
絶好の馬車日和である。
うん、一日乗ってることになるんだから、雨は滅入るし暑いのも嫌よね。
「シオン、おばあちゃまのお膝にいらっしゃいな」
「お祖父様のお隣だぞシオン。ミモザ、休憩場所に着いたら交代してくれ」
皆のアイドル・シオンくんは、今日も大変持て囃されてます。
今日の服装は、なんと言ってもルシウス様とお揃い!
『公爵家の跡継ぎ』を視覚に訴える、ミニミニ公爵様スタイル!です!
もちろんルシウス様もシオンとお揃いで浮かれてる。
「シオンは父上と母上が見てるから、ミューは僕の膝に乗る?」
「何言ってんですか」
なぜ狭い馬車の密室の中、義父母の目の前で夫の膝に乗らなきゃならんのだ?
ガッカリしたのはこちらだよルシウス様、そんな目しても駄目!
ルシウス様に冷たい目を向けてからさっさと馬車に乗り込むと、置いていかれることを殊の外嫌う夫が慌てて追い掛けて来て、隣からギュウギュウ抱き着いてきた。
うむ、平常運行。
◇◇◇◇◇◇◇◇
咲き誇る花畑、木陰の下。
少し飽きてきたシオンのご機嫌取りに、景色の良い丘を通り掛かったので簡易的なピクニックになった。
初めてのお外、きゃいきゃいはしゃぐ愛息子ーー。
「ルシウス様」
「うん」
「薄々思ってたことなんですけど」
「うん」
「……シオンって、構ってくれれば誰でも良くないですか……?」
「……そうかも」
敷物の上で寛ぎ、背後霊のような夫のバックハグの中、目の前の光景を見て感じたこと。
……シオン、あなたの父母はここにいるんだけど。
まったく気にも留めてないよね??
広めに敷かれた敷物の上、ずり這いで縦横無尽に動く我が子。
「シオン様ー」「シオン、こっちよ」と声が掛かるたび、笑顔で声の主まで這いよる。
最低限の護衛や馬の世話をする係以外、使用人と義父母がシオンを取り囲んでデレデレしてるのだ。
うちの天使が、老若男女一切問わないハーレムを形成しとる……!
「……ルシウス様も、あれくらいの頃は愛想振りまいてたんでしょうか??」
「どうだろう……」
「少なくとも今のルシウス様よりは愛想ありますね」
「それは認める」
「八方美人バージョンのルシウス様って、どう制御したら良いのかしら……」
「どちらかと言うと、ヴィンス殿に近いんじゃないの?」
「ヴィンスはアレでも人を選びます。基本が笑顔なんで分かりにくいんですけど」
「あぁ、なるほど。……じゃあ、どうしよう?」
「どうしましょう……」
振り仰いで夫を見上げるも、困った顔をしてるだけだった。
未知の存在になりかねないわー。
「まあ、お母様じゃないと嫌!とか張り付かれても困るんですけど」
「そうなの?ちょっと可愛いと思うけど」
「既に一人張り付いてるので」
「うぐ」
「さすがに二人を捌くのは大変ですよ」
「そうだね……うん、シオンが社交上手で良かったよ」
「あれ、社交と見做すんですか?」
「いい表現にしようかと」
目下メリッサへずり這い中のシオンをジッと見る。
声を掛けられたら平等に、合間の空白は祖父母に寄ってく。
確かに中々の社交上手かもしれない。
だがしかし、親の存在は上位に置け!シオン!
「シオンー、お父様とお母様はここよー」
声を張って呼ぶと、シオンがクルッとこちらを見て「た!んにゃ!」とはしゃぎ出した。
そのままずり這いだけで近寄ろうと頑張るので、乳母が笑って抱き上げる。
「ミューの声掛けですぐこっちに来たよ。さすが母親だね」
ルシウス様が感心したように言うが、母親と言うだけで反応したかどうか。
「あれ、たぶんお腹減ってます」
「……あぁ……」
「後ろにいてもいいですけど、覗いちゃ駄目ですよ」
「はい」
サリーが授乳用のケープを掛けてくれたので、ルシウス様は肩に顔を埋める。
いくらなんでも夫に授乳の様子を凝視されるのは落ち着かない!と主張した結果の取り決めだ。
「んば!にゃ!」
「たくさん動いたのでお腹が空いてますね、シオン様。授乳が終わりましたらお眠りになられるかと」
「そうねー。いい運動してたわね、シオン」
「わたくしどもは出立の準備を始めますので、何かございましたらお呼びください」
乳母が一礼して使用人たちの元に戻る。
授乳が終わったらと言うか……これ、飲んでるうちに寝そうだな?
どうにかゲップまでさせなければ、と準備をしつつ睡魔との攻防戦を始めた。
◇◇◇◇◇◇◇
授乳後のゲップをなんとかクリアーし、シオンはすやすや夢の中へ突入。
今のうちに距離を稼げ!との指示が飛び、到着予定時刻よりも早めにアイゼンバーグ領に入った。
馬車から見る街並みは、王都ともグリフィスとも違い全てが大きい造りだった。
「話には聞いてましたが、本当に大きいですね」
「建物?道?」
「全てです」
「土地だけは広いからなぁ。余らせても仕方ない、整備出来るなら使えと代々の当主が領民に下賜した結果だ」
「こちらの大きさに慣れると、王都の家が小さく感じてしまうのよね……」
なんと。あの公爵邸を、小さく感じる??
それは一体どれほどの大きさの家なのか……。
イメージが湧かずに首を捻ってると、ルシウス様が「ミュー、見えたよアレ」と指を差して教えてくれた。
「……城ですが」
「城だね」
「お城住まいなんですか?」
「アイゼンバーグ城」
なんでもないように言うけど、城住まいて!
グリフィスの家に先に行っておいて良かった……この城を見た後に、実家の屋敷なんて絶対見せられない。
確かにこれでは、王都の屋敷は小さく感じるよね……。
と言うより、比べること自体おかしい。
城は少し小高い丘の上にそびえ立ち、手前に門がいくつもある。
もっとも手前の門前には、お出迎えの騎士が騎乗したまま待ち構えている。
「……?」
騎士の中に妙なモノを見た。
いや、これはきっと見間違えてるだけだ。
もしくは偶然の産物であり、決して厄介事の気配なんかはないのだ!
そう結論付け、隣のルシウス様へ必要以上に明るく振る舞う。
「アイゼンバーグ騎士団のメンバーには、グリフィスの騎士とよく似たお顔でよく似た服を着た方がいらっしゃるんですね!」
「ミュー、それ現実逃避。どう見てもグリフィス騎士団の制服を着たクラスト殿でしょう」
私の希望的観測も、ルシウス様の一言でばっさりだった。
うぐっ、……まさか夫に言い切られるとは。
「まあ、そうですね……。でもなんで、クラストがアイゼンバーグに」
「それも現実逃避?グリフィスの人が何かを起こす原因なんて、ミューかヴィンス殿しかないでしょう?」
またしても夫に言い切られた!
向かいでサリーもコクコク頷いてる。
ぐぬぬ……正論だしその通りなのだが、ルシウス様に平然と言われると腹が立つ!
不思議そうなルシウス様から顔を背け、少し目をギュッと瞑る。
潤目の完成だ。
満を持して、振り返る。
「ルシウス様、ひどい……『もっと優しくして』!」
「〜〜〜〜っっ?!」
言葉を理解した瞬間、顔を真っ赤にして口元を抑えてる。してやったり。
まぁアレですよ、夫婦の時間に暴走しそうなルシウス様に言ってる台詞ですハイ。
なんなら一昨日くらいに言った。
当然彼もシチュエーションを思い出し、余裕なんて吹っ飛ぶ。
「みゅ、い、今それ、ダメでしょ!こんなところで……!」
大変慌てて抱き締めて来るけど、言葉自体には問題ないし。
向かい側の座席、サリーは無反応だが義父母は呆れ顔だ。
「ルシウス……何を考えてるのよ」
「シオンもいるんだぞ、まったく」
「ちが!だってミューが!」
え〜、何かありました〜?ミュー、わかんなぁい。
などと惚けてやろうかと思ったが、想像以上に恥ずかしかったのでこれで溜飲を下げることにしよう。
肉を切らせて骨を断つ、と言うかちょっと肉切れ過ぎ……。
「……後で覚えておいてよね」
耳元で囁かれる不穏な言葉も、とりあえず流しておこう。
◇◇◇◇◇◇◇
門の前、待ち構えていたアイゼンバーグ騎士団が一斉に礼を執る。
「公爵閣下、奥方様、無事のご到着何よりです。遠路遥々、お疲れのことと存じますので、まずはご休憩いただくようお館様より申し付けられております」
お館様……!
「あぁ、出迎えご苦労。ウォルター、ルシウスの妻のミュリエルと息子のシオンだ」
お義父様が私達を紹介する。
馬車が停まる少し前に起きたばかりのシオンは、珍しくもぐずったので潤目マックスで騎士団長を見る。
「うぶぁ……」
「ルシウス様?!あ、いえ、失礼しました取り乱しました……お久しぶりです若奥様、お初にお目に掛かります坊っちゃま、ウォルターと申します」
もはやお約束だ。
アイゼンバーグの騎士たちは皆肩を震わせる。
騎士団長の取り乱し方がツボだったのだろう。
王都組はやり取りに慣れたので、一様に笑顔を浮かべてやり過ごす。
「ウォルターさんは、式に来ていただいてたわね」
「ウォルターと。式の期間は警護に当たっていましたので、ご挨拶のみさせていただきました。改めてよろしくお願いいたします」
「ええ、よろしくね。お世話になります。それで……」
まったく表情を変えないイケオジにジト目を向ける。
「……なぜここにいるのクラスト」
「なぜとはまた遠回しな質問ですなミュリエル様。若様に連れて来られたに決まってます」
「いるの?!」
「昨日発ちました」
「いたの?!いや、それは後で聞くけどじゃあなんで貴方達……達よね?は残ってるの?」
「若様のお言い付けにより、シオン坊っちゃまをお守りせよと」
「他領で?騎士団がいるじゃない」
「ついでに現在のご様子とお好きな物を調査して報告、それとお渡しする贈り物の喜び方と嗜好の傾向を書き記せと」
「ついでが多い!」
「それ、騎士団がやること?」
「若旦那様、若様が言い出したことを止められるのはミュリエル様しかいないのです」
「私だってそんなに出来ないわよ。ただひとつ大事なのは、注意や叱る時に感情を混じえたら絶対聞かないわ。理路整然と、どうしてそうなるのか・そうしたらどんな利益と不利益が生じるのかを語るの」
「感情が入ったら駄目なの?」
「ヴィンスが世の中で一番信じてないのが、恋愛感情ですから」
「あぁ……」
「それで行くと、今回も止められませんでしたな。何せ我々はお嬢様と坊っちゃまにお会い出来ることを、楽しみにしてましたので」
クラストがシオンに向けてウインクをする。
よく出来るな……さすが酒場一人気のイケオジ騎士。
シオンは目を丸くした後、キャッキャッと喜んだ。
「シオン……男性のウインクが効くってどうなの……」
「珍しかったのでは?」
「そうだといいけど……」
どこか不安そうにシオンを見てるけど、気にしない方がいいと思う。
「ルシウス様、若奥様、坊っちゃま。城内へご案内致しますので、今一度馬車へご乗車お願いいたします」
ウォルターさん改めウォルターの指示に、なるほど城までは歩く距離ではないのだな……と納得する。
「ミュリエル様、よろしければ馬に乗りますか?」
「よろしくないからいらない」
「それはつれない。では坊っちゃまは?」
「余計によろしくないでしょうが!」
ここにも人攫いモドキがいた。
ルシウス様が慌てて私からシオンを受け取って抱え、私の手を引いて走り出す。
シオンは疾走する父に大はしゃぎだった。




