アイゼンバーグ訪問 〜出発前の確認〜
シオン詣でをどうにか終え、うちへ来いのラブコールを捌き切り、ルシウス様たちの仕事の区切りが付きそうなので、いよいよアイゼンバーグ領に訪問!
……本当は、婚約期間中だとか新婚旅行だとかで行くべきなのよね、夫の実家。
超スピード政略結婚ではお互いの王都別邸へ行くのが精一杯だったし、新婚旅行を画策する間もなく妊娠・出産・育児の流れになったから、後回しになってしまった。
親戚の方々は式に参列してくださった人のみご挨拶したけど、不肖の嫁扱いされたら嫌だな。
「ミュー?眉顰めてるけど、何かあった??」
今日も至近距離から離れない旦那様が、顔を覗き込む。
「ぶあ?」とシオンも見上げてきた。
別角度から同じ顔が向いてるわー。
「いえ。アイゼンバーグ領へは初めて伺うので、粗相のないようにせねば、と」
「ミューが粗相?するの?」
「どんな聞き方ですかルシウス様」
自主的に粗相しそうな言い方やめれ。
不満の表現で口を尖らせると、「可愛いからやめて」と突かれた。なんで。
「ミューの所作に不安なんてないのだから、心配無用だと思うわよ?アイゼンバーグは作法にそれほど厳しい土地ではないの」
「そうだな。公爵家直下だが、元は平民上がりの者が多いから、あまり口煩くしないんだ。気楽に過ごせるだろう」
お義母様もお義父様も、向かいのソファからフォローしてくれた。
お二人が言うなら、まあそうなのかな?
領主夫妻の許可が降りたのだと思おう。
「わかりました。ありがとうございます、お義母様、お義父様。シオンが御礼申し上げます」
「とぅあ!」
足腰がしっかりし出したシオンを膝に立たせて、右腕を上げさせる。
それに合わせて声を出す動作は私の仕込み……もとい、教え込んだ技だ。
義父母メロメロ、二人の背後に立っていた使用人達もデレッとする。威力が凄い。
「シオン、上手だね」「ぱ!」
尊い親子のやり取りは追い打ちだな。
コホン、とセザールが咳払いをした。
「話を戻します。馬車の道程、休憩場所の選出とタイミングはこちらの旅程表をご覧ください。シオン坊っちゃま、若奥様の体調次第では急遽変更になる場合もございますので、連携を各馬車で密に取り合う手順でございます」
そう資料を示される。
そう、ただいまアイゼンバーグ領へ向かう馬車の打合せ中。
一日掛かりな上に乳児連れなので、大変大きな集団で向かう。
私とシオンの体調、と言ってるのは単に遠出初の二人だからだ。……別にまた妊娠しました!とかはない。
「シオンはもちろんだけれど、ミューも遠慮せず言いなさいね?慣れない人には厳しいの」
「わかりました。無理しないようにします」
「ミュー、ちゃんと言ってね?我慢しちゃ駄目だよ?」
「……ルシウス様、馬車の中で私の隣にずっといる気ですよね?」
「そうだけど?」
「なら、私が具合悪かったら分かるんじゃないですか?」
「……そうだね」
「あと、その手のことはサリーの目を誤魔化せないです」
話を振ると、サリーが礼をした。
本当、ちょっとくらいお目溢ししてもいいのでは?と言うくらい、サリーの体調不良判定は厳しい。
「そっか。サリーも同じ馬車に乗るから安心だね。あ、でもサリーも初めて行くのに大丈夫なの?」
「ルシウス様、サリーの三半規管は半端ない性能ですので。心配とかいらんのです」
「そうか……」
なんでちょっと羨ましげに見るのかな?
「……馬車の仕様はこちらの資料になります。奥様の指揮の下、最小限に揺れを抑えた外装と残る揺れを吸収する内装で設計されております。また、シオン坊っちゃまが退屈なさった時のために、床でお座りになられることが可能なスペースもございます。こちら、若奥様にも出発前までにご確認いただきたく」
「わかったわ。確認の時、実際にシオンを置いてみてもいい?」
「承知しました。その際には直しを入れられるよう、設計者と技術者を同席させていただいても?」
「大丈夫よ」
「僕も行きたい」
「えー……ルシウス様がお仕事中に見るんですが?」
「そんな!」
実際に乗る時見たらいいではないか……。
悲壮な顔の夫に呆れていると、お義父様もお義母様も使用人達も、何か言いたそうな顔をしていた。
「……設計者と技術者、あといつものお世話係以外の同席者は、セザールの取りまとめで良い?」
「承知しました。後ほど募ります」
募らなくていいんだけど。シオンが馬車の中でずり這いする姿を、そんなに見たいか?
シオンフィーバーがまったく終わらない。
◇◇◇◇◇◇◇
ひと通りの打合せを終え、うにゃむにゃ言って眠そうなシオンをルシウス様に預け、尊い姿を鑑賞しながらアイゼンバーグ領についての雑談を続ける。
「ルシウス様って、学園入学前まではアイゼンバーグ領にいたのでしょう?」
「そう。生まれは王都なんだけど、物心ついた時にはあっちにいたな」
「何かの意図でも?」
私も割と領地で暮らしていたが、理由の大半はヴィンスに寄るものだ。
嫡男がほぼ領地で過ごすというのは、ちょっと珍しいことだから気になる。
顔を向けると、義父母はなんでもないことのように言った。
「鍛えるためよ」
「あと、自然を満喫したいローズに引き摺られて行ったな」
……珍しい理由だな?
「ローズ様はともかく、鍛えたんですか?」
「辺境とまではいかないけど、割と」
「えーっと、理由をさらにお聞きしても?」
「危ないから?」
「危ないから……」
首を傾げて返事をするルシウス様は、本人も分かってないらしかった。
お義母様が補足してくださる。
「わたくしの顔に似てアイゼンバーグの色を持ったら、思いの外派手な子どもになってしまったからよ。ローズはまだ父親に似たところがあるけれど、ルシウスは皆無だから。正直、これほどになるとは思わなかったの……」
「ルシウスが生まれた時、今回のシオンのように会いたがる貴族が殺到してな。面倒なので王宮でお披露目をしたら、乳児だと言うのに婚約の申込みがまた殺到して……。既に学園に通っている令嬢からもあったんだ。それで、これはこのまま王都に置いておいたら大変なことになると思って、領地へ避難させたんだよ」
お義父様も当時のことを話してくださった。
セザールもメリッサもウンウン頷いてる。
「学園の生徒……、13歳上ですか?!」
ルシウス様は初耳らしく、物凄く驚いてる。
もっと上の可能性もあるけど、教えるのはやめておこう。しかし、乳児と婚約とか花の十代をどうやって過ごすつもりなんだ?婚約者を無視して遊ぶとかしても、相手は公爵家嫡男だぞ?
「それで、領地の騎士団長にお願いして自衛が出来るように鍛えてもらったのよ。おかげで学園にも心配せずに通わせられたわ」
「自衛は出来ますけど……集団で来られたら、やはり怖かったですよ?」
今度はルシウス様が口を尖らせた。
嫌な思い出があるのねー、とお返しに突いてやると途端にニッコリした。
「自衛、ですか。ルシウス様が学んだならシオンも必要ですよね。シオンもアイゼンバーグ領に引き篭もるー?」
眠たげなシオンのほっぺにも触れつつ聞いてみると、ルシウス様とサリー以外の人達が固まった。
お義父様とお義母様も。セザールも。
なぜなら!シオンが領地に引き篭もったら、王都担当の使用人とは離れ離れになるからです。
そして、嫡男夫婦が領地で過ごすなら王都担当は義父母となり、これまたシオンと離れ離れになる。
グリフィスほど近ければそれでも会う機会は頻度を増やせるけど、アイゼンバーグは微妙だ。
「ルシウス様がアイゼンバーグにいた頃は、やはり王都はお祖父様お祖母様にお任せしたんですか?」
「そうだと思うよ。父も母も月に数度は王都で社交をしてたけど、基本は領地にいたからね」
王宮勤めの旦那様、私達と離れ離れになるとは欠片も思ってない。
こりゃ、シオンのアイゼンバーグ篭りが決定したらすぐ辞めてくるつもりだな。
変なところ潔い。
そしてサリーは当然のごとくついてくる気でいる。
なんなら横のナンシーもそうだな、あんまり動揺してないし。
「……若奥様。シオン坊っちゃまの専属護衛となる者を、現在選出中ですので、今しばらくお待ちを」
若干震える声でセザールが告げた。
「専属護衛?」
「ハリー殿のようにシオン坊っちゃまの美貌に魅了されず、ノアのように坊っちゃまのことを最大限に理解し、サリーのように御身を守れる者です。そしてアイゼンバーグ家へ最大限の忠誠を誓える護衛を、坊っちゃまの社交が始まる前には配置致します」
「凄い、三人を合わせたような人だ……」
ルシウス様が感嘆の声を上げたが、サリーは不満そうだ。
単にハリーと並べられるのが嫌なんだろう。
「まぁ。それだけ揃ってれば、シオンは自衛手段を持たなくても平気かしら?」
生まれてこの方ずっと天使呼ばわり、多少成長しても天使であることには変わらないだろうし、隣の夫を見たら成人しても「天使か!」と言われること間違いなしの息子だ。
襲い掛かるであろう困難を、防げる手段があるならいくつでも持たせたい。
「多少の自衛手段は教えた方が良いと思うけど、アイゼンバーグに引き篭もるまではしなくても良いわ。なんならセザールが教えます」
「え?セザールが?」
「セザールは強いんだって、ミュー」
そうなの?
「うむ、セザールの強さは母の折り紙付きだ。教え方も問題ないし、安心するといい」
「お任せください」
親子と執事が揃って保証する。
チラ、とサリーを見ると頷いてたから、間違いはなさそうだ。
それにしても……。
「……意外」「ね」
同感だとルシウス様が頷く。
とにかく、皆必死なのでシオンとルシウス様とアイゼンバーグ領に篭もろう!計画は取り止めにする。
私だってヴィンスだって体は鍛えてないのだ、どうにかなるだろう。
ひとつだけ懸念点を忠告しておく。
「サリー、サミュエルくんをシオンに付けたいなら、いいとこ三歳差くらいが限度よ?」
「……検討します」
「「サミュエル?」」
他の人たちからは疑問の声が上がったが、さてどうなることやら。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ルシウス様ってば、生後まもなく求婚されてるんですね。むしろされてない時期があったのでしょうか?」
「知らないよ、僕はひとつも受けてないし」
「まあ、ずっと止むことはなかったわね」
「恒例行事にしてるのか?と言うくらい、決まった時期に送り付けて来る家もあったな……」
「お受けにならなかったのは、やはり条件が合わないからでしょうか?」
「そうね。周囲の家や領地の関係を見ても、これと言って決め手になる条件がなかったのよ」
「持参金ばかり釣り上げられてもなぁ。そんなにいらない、と一度面と向かって言ってしまったこともある」
「うわぁ……いくらなんだろう」
「ミュー、シオンはいくら積まれても駄目だよ」
「ルシウス様はわたくしをなんだと思ってらっしゃるのかしらね?」
「ごめんなさい、今のはなしでお願いします、ミュー謝るから怒らないで!」
「次言ったら寝室を出入り禁止にしますよ」
「絶対言わない……!」
「コホン。シオンはすでにカトリーヌから言われてるものね……。あちらの孫も可愛いけど、やっぱりまだちょっと決めるのは早いと思うの」
「シオンの意思が一番だしな……」
「うっ、ぐす…………あ、そう言えば、ヴィンセント様にお願いされてた」
「お願い?」
「『シオンの嫁候補枠に王家の子どもを残しておいてほしい』って」
「……?」
「ミュー、まだどなたもお生まれになってないよ。聞いてない訳でも忘れた訳でもないから」
「あぁ、良かった。すっぽ抜けたのかと」
「これから頑張るのかしら……?」
「一応三年から五年は猶予がほしいと言ってました」
「シオンを義息子にしたいんだな……」
「まぁ、そう言うのなら別に良いけど。三年後には、シオンの弟か妹が生まれてる気がしない?」
「「確かに」」
「否定できませんね……」
「その子達を見てもまだシオンを!と言うのなら、それは候補に入れてあげましょう」
「シオンの嫁は、お義母様とルシウス様の判定にお任せします。」
「ルシウスの嫁をミモザとローズが決めたみたいにか」
「ふふ、そうですね。伝統行事になりそう」
「頑張るよ」
「わたくしも頑張るわ。でもその前の選定は、リカルド様お願いしますね」
「わかった……」
「選定?なんです?」
「……婚約自体難しい申込みも来るのだ……」
「???」
「あ、分かりました。それをお義父様がふるい落とすのですね?」
「ミュー、なんのことか分かったの?」
「グリフィスにも来ましたから。以前お話しましたよね?」
「えっと……?」
「第三王子のように、同性から来る」
「!」
「既婚者なのに寄越す」
「!?」
「なんなら、結婚したのにまだ来る」
「?!!」
「ミュー、凄いな当たりだ」
「最後のは当てずっぽうですけどね。アイゼンバーグ家では返却されるんですか?グリフィスでは全部燃やしましたが」
「もや……コホン、さすがに付き合いと言うものがあるからな。一度目は懇切丁寧に返却、二度目が来たらこの申込み書を世間に晒すぞと脅してる」
「父上……ありがとうございます!」
「シオンにも来ますかねー?……来るんでしょうね。お義父様、私もたまに見たいです」
「あぁ、声を掛けよう」
「ミュー、その……ヴィンス殿宛に申込みが来たのはわかったけど、ミュー宛には……?」
「ありましたよ一応」
「え?!」
「『ヴィンス様が無理なようでしたら、妹様で手を打ちます』とか書いてある追記が。なんで手を打ってもらわなきゃならんのだ、と腹が立って申込み書原文を領内の商会組合で回し読みさせたら、その家から商売関係が全部手を引きました」
「あらまぁ、過激」
「……もしや、某子爵家の没落の話か……?」
「どんな家だったかは忘れましたー」
「うん、不快な話だからミューは忘れていいよ」




