妻の訴えに対しての、夫の模範解答
「ルシウス様、実は……私、メリッサにひどいことを言われてて……!」
渾身の潤目訴えで隣に座るルシウス様を見上げる。
ほとんどやってこなかった、むしろ夫からされることの方がメインだが、いつもの感じを真似してみた。
……サリー、無表情なくせに吹き出すとかなんなの。
他の使用人たちも、表情を変えない上で肩が震えてるとか。プロか。
そんな中、私の大根演技に笑い出さないのは私達を見守るエリーゼ様、その膝にいるシオン、そして訴えを間近で聞いたルシウス様。
さぁ、どう出る??
ルシウス様は目を丸くした後、ひとつ頷いた。
「ひどいこと……うん、分かった。何かの行き違いかもしれないけど、話を聞いてみるよ。ミューも辛いことを思い出させるのは心苦しいのだけど、その時の状況を教えてくれる?確認して、しかるべき処置を取るよ」
おお、ルシウス様さすが!ばっちりです!
と、ここまでで良かったのに、夫はさらに私の両手を取ってギュッと握り締めた。
「……ミューが辛い思いをしてたのに、気付かなくてごめんね。不甲斐ない夫で申し訳ない……。でも、ミューの勇気にはきちんと報いるよ!これからちゃんとするから……僕を見限らないでくれる……?」
涙目で逆に訴えてきた。
うん、パーフェクト!!
感動のあまり抱き着いてしまった。
周りの使用人たちからもエリーゼ様からも、盛大な拍手が起きる。
ルシウス様が「え、え??」と戸惑う中、きゃいきゃい喜ぶシオンの笑い声が響いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「模範解答……ですか?」
私の言葉に、エリーゼ様がまた首を傾げた。
「ラン、メリッサを呼んでくれる?」
指示すると早速連れてきてくれた。
「メリッサ、悪いわね忙しいのに」
「若奥様のご用命より優先する事項はございません」
何を言われるかもわかってないのに、淡々と受け入れてる。
さすがキングオブメイド長。
「エリーゼ様。この者は我が家のメイド長・メリッサです。長く仕えお義母様からの信頼も厚く、何よりルシウス様が第二の母として慕っています」
私の賛辞にも礼をするだけだ。
「立ち位置としては、先程のイリスと同じ」
「それは……はい。そのように見受けられますが、一体……?」
まだピンと来てないエリーゼ様へ、さらに説明を続ける。
「今からルシウス様をお呼びして、私がメリッサからひどいことを言われた、と訴えてみます。エリーゼ様と条件を揃えるために、メリッサは姿を隠してもらうわ。濡れ衣を着せる訳だから……お詫びは、シオンローテーションの一枠を希望の所で取ってあげる」
「謹んでお受けいたします」
心なし、メリッサのメイド長スマイルがいつもより深いかも。さすが我らのシオン。
「その……ルシウス様のご対応が、模範解答ですか?」
エリーゼ様が私とメリッサを見比べながら確認する。
「ルシウス様はね、今王宮一の愛妻家で通ってるの。その彼が、妻から不遇を訴えられた時にどう反応するのか?それを基にレイモンド様の反応を確認しましょう」
「でも……、もしルシウス様の反応が予想と違ってたりしたら?」
「それはもちろん」
私もメリッサも、それぞれのスマイルを貼り付けた。
「愛妻家の称号を剥奪、不甲斐ない夫として接触禁止にします。私で一週間か、シオンで一週間か、二人まとめて三日か。好きなのを選ばせてあげる」
「うわぁ……」
「いつも通りのルシウス様でいてくだされば問題ないもの。さて、メリッサは悪いけどそちらの部屋に隠れててね。誰かルシウス様だけお呼びして。シオンは……エリーゼ様、少し預かってくださる?」
「え、わ」
無意味に手足をバタつかせるシオンを渡し、安定する抱き方で固定。
うちのシオンは天使なので……と言うよりもしや細かいことは気にしない?ので、多少不慣れな人に抱っこされてもお構いなしだ。
「……元気ですね、シオン様」
「ねー。これからもっと重くなるのよ?ついてけるかしら」
先々のことを思って嘆息してると、早々にルシウス様が戻ってきた。
「ミュー!場所決めたよ。すごいんだ、木馬は白くて滑らかでね、かなり大きいんだよ。あとブランコも」
「ルシウス様。こちらにいらして」
興奮して目を輝かせてる夫も可愛いけど、先にやることやらにゃ。
キョトン顔で隣に座るルシウス様に、早速切り出す。
……結果、冒頭の通りの模範解答を超えた満点対応に、アイゼンバーグ家の夫婦仲は安泰だ……!と使用人達が安堵していた。
扉の陰から覗いていたメリッサも、うんうんと頷いている。良かった。
◇◇◇◇◇◇◇
驚きのあまり硬直するルシウス様の頬にキスをし、盛大に褒めてあげる。
「さすがルシウス様!素晴らしい、文句の付けようがありません。感動しました、後でもっとキスしてあげますね!」
「えあ?!え、何、嬉しいけどなんで拍手??」
顔を真っ赤にするが、条件反射で抱き返し頬擦りしながら聞かれた。ここまでが反射って……。
「ごめんなさい、今の話は作り話なんです。メリッサにひどいことは言われてませんよ。私がこう訴えたら、ルシウス様はなんて仰るのかなって。微塵も私を疑わずに味方してくれたこと、本当に嬉しいです」
「……?それはだって、僕はミューの夫だもの」
「ふふ、そうですね。良かった、これで接触禁止はしなくて済みます」
「えぇ!何それ、僕はそんな危機にいたの?!」
驚いて少し体を引いていた。
「私と一週間かシオンと一週間か、はたまた二人まとめて三日のどれがいいですかね?ちなみにまとめてならこの機会にお義姉様のところにでも行って「どれも嫌だ!僕も行く!」……それじゃ禁止にならないですよ」
一転、涙目になってくっついてきた。
エリーゼ様達の方に目を向けると、二人してキラキラした目になってる。
「……シオンー、間に入る?」
「だぁ!」
わかる筈もないのに良い返事をするシオンに、皆して笑ってしまった。
間に挟まったシオンのポヨポヨな金髪を撫で、ルシウス様はしみじみと呟く。
「シオンと離れ離れなんて耐えられない……仕事に行くだけでも嫌なのに」
「じゃあ私と一週間にします?」
「もっと嫌だ!そんなことになったら、僕は今度こそ倒れるからね!」
涙目で睨まれても。どんな脅しだ。
シオンを潰さない程度に寄ってきた夫の頭を撫で、エリーゼ様に話し掛ける。
「さぁエリーゼ様、今度はそちらの番ですよ。ルシウス様ほどとはさすがに高望みですけど、両者の意見を平等に聞く姿勢くらいは見せてほしいですね」
「ミュー様……ええ、そうですね」
「これで変にあちらの肩を持つようなら、当主としても夫としても不合格です。その時は、エリーゼ様はレスター家に戻らずうちに滞在してください。説教はあちらでお義兄様夫婦にお願いしましょう」
「説教……。ふふ、そうですね。その時はよろしくお願いします」
「ルシウス様、それでいいですか?」
訳がわかってないだろうけど許可を取る。
「よくわかんないけど……エリーゼ様がうちに滞在するってこと?客室は準備されてるだろうから、料理長に伝えなきゃね」
わかってないけど手配してる。さすがは公爵家嫡男。
「では、本命のレイモンド様をお呼びしてちょうだい。信頼の厚い侍女と自分の妻、どちらの味方になるのか見極めましょう」
◇◇◇◇◇◇◇
何も知らないレイモンド様は、警戒心もなく戻ってきた。
「エリーゼ、待たせた。贈り物は渡せたか?」
「それが……ミュー様の不興を買ってしまい、ほとんど持ち帰ることになったのです」
「不興?」
不思議そうに言いながらエリーゼ様の隣に座る。
エリーゼ様がこちらを見たので、『今よ!』と念を込めて頷いた。
「レイモンド様……実は、イリスから私の手出しは無用だと言われました。以前からたびたびあったのですが、私はイリスに侮られていたのです」
意を決して訴えたエリーゼ様に対して、レイモンド様は。
「……何かの間違いじゃないか?イリスはそんなことしないさ。アイツはよくやってくれている。エリーゼ、変に捻じ曲げて捉えては良くないぞ」
……うん。
ルシウス様を見た。うん。
使用人も見た。うん。
エリーゼ様を見た。…………よし。
「レイモンド様、アウトーーー!!」
ビシ、と下に親指を向けてやった。
ハンドサインはわからないかも知れないが、何かを降されたことを察したレイモンド様がビクッとなる。
「え、え?」
慌てるレイモンド様にこれ以上ないほど冷たい視線を送ると、エリーゼ様はソファを立ってこちらにいらした。
少し詰めて隣に座らせてあげる。
「エリーゼ、ミュリエル夫人?」
「レイモンド……なぜエリーゼ様じゃなくて侍女の肩を持つの?意味がわからないんだけど……」
ルシウス様が首を傾げて尋ねる。本当にわからないんだろうな。
「いや、肩を持つとかではなくて、侮るなんてことはきっと誤解だろうから俺は」
「それが肩を持つ、と言ってるんです。侮られた、と訴えるエリーゼ様に『そんなことはない』と言い切った時点で、あなたはエリーゼ様より侍女の味方をしたの。サイテー」
「味方?!いやそんなつもりはなくて、俺はエリーゼの味方だが、イリスはエリーゼを侮るような人間ではなく」
「イリスのことをよくご存知なのね、レイモンド様」
エリーゼ様の冷ややかな声が響き、レイモンド様は動きを止めた。
「イリスはそんなことをする訳がない。そう、ならそれをされたと言い張る私は?嘘をついてるとでも?」
「違う、嘘なんて思ってない、ただ行き違いがあるなら」
「行き違いですか。でもレイモンド様は仰ったわ、捻じ曲げて捉えるのはよくないって。私の解釈がイリスの言葉を捻じ曲げてる、そう思ったんでしょう?」
「それはっっ……」
「イリスがどんな言葉を私に掛けたかご存知ですの?私が侮られたと感じる言葉を承知の上で、私が捻じ曲げて解釈したと、そう仰るのかしら。ミュー様の言われる通り、最低ですね」
「エリーゼ!そうじゃないんだ、ただ俺は君よりもイリスとの付き合いが長いから、それで」
「ねえレイモンド様。言ってることが浮気男よ」
またもや動きが固まる。
「あなたとイリスに男女の仲はない、使用人たちはそのように伝えてきたけど。妻より他の女の方が付き合いが長いって主張はなんの潔白を証明するのかしら?と言うか、付き合いが長いからなんなの。それだけの他人じゃないの。妻が不遇を訴えたなら、何を置いてもまずはちゃんと聞きなさいよ。何も聞かずに諭そうとするとか馬鹿じゃないの、妻を庇おうともせず辺境伯夫人よりも侍女の肩を持つとか、それでよく辺境伯当主を名乗れますね。エリーゼ様が受けてる仕打ちにも気付かなかったくせに」
腹が立ったので、貴族スマイルのまま使用人たちに指示を出した。
「自称辺境伯様がお帰りよ。丁重にレスター公爵家までお送りして、お義兄様方に説教してもらってちょうだい。エリーゼ様は当家でお預かりしますわ。もっとも、戻られるかどうかもこの先わかりませんけど」




