テンプレートな侍女の登場、もしくは姐御の心得
テンプレートな王女殿下を見てから、数カ月。
里帰りをして出産して、なんだかんだ忙しくしていたので、すっかり忘れていたのだ。
世の中には『テンプレート』を地で行く人たちが、数多く存在することを……!
「エリーゼ様、そちらは不要ですわ。ご当主様に長くお仕えしていたわたくしの判断に間違いはないのですから、手出しは無用ですよ」
これはもう、テンプレホイホイと呼ぶべきだろうか?
辺境伯夫人・エリーゼ様に絡む、テンプレートな侍女が目の前にいる。
シュンとするエリーゼ様を放置して、侍女はシオンに捧げられる贈り物を運び入れるよう指示していた。
私とシオンの前で。
こりゃ、私のことも舐めてるなこの侍女。
表面上はニコニコと、内心さてどうしてやろうか?と考えながら、侍女の発言について思った。
判断を間違えてない、と自負してるみたいだけど。
自分の立場を履き間違えてる。
◇◇◇◇◇◇◇
王家のシオン詣では、ヴィンセント様・ホノカ様の王太子ご夫妻による表敬訪問で終了した。
ルシウス様が事前に注意事項を伝えたらしいんだけど、やっぱりシオンの可愛さに手を伸ばす人続出だったし、後から贈り物を追加したい申し出も多数あった。全部断ったけど。
あとやっぱり第一声は「ルシウス?!」です。
でもって、やっぱりヴィンセント様もシオンを持って帰りたがった。
段々熱を帯びて具体化してくる交渉に、ルシウス様が笑顔でキレた。
「殿下。今すぐ諦めて申し出を撤回するか、私が王宮を辞して領地に妻子共々引き篭もる方が良いか、もしくはヴィンス殿に王家を落としてもらうか。どれにしますか?」
この目で王族の土下座を見る日が来るとはな……。
ヴィンスの選択肢がある辺り、本気。
ちなみにホノカ様は夫の土下座にまったく動じず、シオンをあやしながら「そのお姿、絵師に描かせましょうか?」と追撃してきた。大物。
王家の訪問の後は、親戚や友達の詣でが続く。
ヴィンセント様の一件ですっかり警戒心の強まったルシウス様は、誰に強請られようとシオンを渡そうとしなかった。まるで母猫。
おかげで皆、同じ顔が並んでいるのを拝むばかりだ。
……本格的にシオン専属の護衛を探さないと、ルシウス様が手放せなくなりそう。
おまけにシオンといる時に気を張ってる反動なのか、夫婦二人の時は余計に甘ったれになってきてる。
努力して元の体型に戻したお腹を触るのがやめられない。
「ルシウス様、そこにシオンはもういませんが」
「?そうだね」
「……」
「??」
妊婦でもない女性のお腹を触り続けたら、夫婦でもセクハラじゃないか?
いや妊婦でも駄目なもんは駄目だったか……?
ジッと夫を見詰めるも、大変嬉しそうにはにかむだけだ。
……まあ、これで日々働いてくれるなら良しとしよう。王宮を辞するとか言い出さないだけマシ。
いつものように頭を撫でると、よりいっそう擦り寄って来る。
父親になったと言うのにここまで可愛いとは、ルシウス様は何になろうと言うのか……。
息子と一緒に周囲から人外認定されてることに気付かない夫は、今日も妻にだけ眩しい笑顔を振り撒いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
王都周辺の貴族の詣でが終わると、次は遠い地からわざわざやってくる人達の応対だ。
グリフィス領は比較的近場なので、割と頻繁に用を作っては見に来る。
タスクも来たから思いっ切りシオンにタスクへの恩を言い聞かせるところを見せ付け、社会的微笑を始めたシオンの尊さにタスクが号泣し、それに驚いたシオンが泣き出すと言うカオス。
ヴィンスはあれ以来帰国してないけど、手紙と贈り物が増えた。
さすが双子、私の好みを熟知してる……と唸っていると、後ろからルシウス様が抱き着いてくる。
「……ヴィンス殿には勝てないから、教えを乞うよ」
「何がです?」
「ミューが何を好きなのか」
「一番はルシウス様で、二番がシオンですよ」
「ミュー……!」
こまめに機嫌を取らないと急に寂しがるからね、うちの旦那様。
アイゼンバーグ領は離れていて、移動に一日掛かる。
親戚も領民も見たい!てなってるから、こちらから出向くことになった。
シオンの首が座った頃に向かうので、それまでにお義父様が移動の護衛を厳選して万全の態勢を整え、お義母様が乳児に優しい仕様の馬車を製造させている。
もちろん母親である私もその恩恵に預かるので、「ありがとうございますー。おじいさま、おばあさま、大好きー」とシオンにアテレコしてエールを送った。
うきゃうきゃ喜ぶシオンに、お二人もデレデレだ。
ようやくアイゼンバーグへ!ソフィア様にご対面を!
楽しみでニマニマしていると夫が擦り寄ってきたので、膝枕で寝かし付けた。
遠方からいらしたお客様の中に、辺境伯家のレイモンド様とエリーゼ様の姿もあった。
シオン詣でとカトリーヌ様詣でに来たのかと思ったら、王都に辺境伯家の別邸を用意するらしい。
元々は王都に持っていたそうなのだが、あまりに王都へ寄らないのでいったん手放したとのこと。
それがエリーゼ様との婚姻で王都住まいの侯爵家と縁戚になり、私やお義姉様とも仲良くなったから、再度良さそうな屋敷を探して整え始めたのだそうだ。
今はまだ住める状況にないらしく、今回もレスター公爵家に滞在してるお二人は、たくさんの贈り物と共にシオン詣でにやってきた。
「ルシウスだな……」
「レイモンド、そろそろ聞き飽きたよ」
「でもそっくりです……!」
「そうでしょうそうでしょう。この芸術は私の偉業よ」
シオンを抱っこしたルシウス様を見て、皆なんだか眩しそうな顔をしてる。
うきゃうきゃなシオンといると、普段あまり表情が変わらないと言われるルシウス様が、緩んだ顔をするかららしい。
緩んだ顔ばかり見てる身としてはよく分からん。
「本当に……可愛い、しか浮かばないです……」
エリーゼ様がホウッと息を漏らす。
「うん、大体皆そんな感じ」
「あぶ」
「シオンも知ってるよねー、僕可愛い!って」
「うあうあ」
「可愛い……!!」
会話っぽくすると身悶えしだした。
レイモンド様も、なんだか口元がむずむずしてるな?
いいよ、心置きなく「可愛い!」と叫んでくれ。
「っ、コホン、ルシウス、シオンくんに祝の贈り物を持ってきたんだが少々嵩張るんだ。置き場所を教えてくれるか?」
「嵩張る?何を持ってきたの?」
「辺境の家では割とポピュラーなんだが。家の中で乗る木馬とかだな。それと庭に置くブランコ」
「木馬……!」
ルシウス様の目がキラキラ輝く。
「ルシウス様は乗れませんよね?」
「乗らないよ!シオンを乗せたいんだ!」
「そうだな、大人が乗るのは無理だろう。だがブランコの方は一緒に乗れるぞ」
「本当?!」
今度は笑顔が輝いた。
「ルシウス様、レイモンド様と一緒に置き場所を決めてきてください。庭園は庭師を交えて相談してくださいね」
「わかった!」
シオンをそっと私に渡し、二人それぞれの額にキスをしてから、意気揚々とレイモンド様と出て行った。
「シオン、楽しみねー」
「あどぅ」
男性陣がいなくなり、エリーゼ様と二人、シオンも入れて三人でお茶を楽しむことにする。
「玩具以外も持ってきたんです。喜んでいただけるといいのですが」
少し伏し目がちにエリーゼ様が呟く。
「まぁ、本来ならたくさんの贈り物はお断りしてるんですけどね。キリがないから。レイモンド様は親戚ですし、エリーゼ様は友人なので特別枠です」
「良かった」
少し茶化して言えばまた笑顔が戻った。
「……ミュー様は、こんなにお早く懐妊なされて。ローズ様もカトリーヌ様をお産みになられて、安泰ですよね……」
またしてもポツリと呟かれたのは、貴族女性達から散々呟かれた独り言だった。
半年で懐妊した私と比べて、未だ子のいない我が身を至らないと感じてしまう。
その気持ちは充分わかるが、誰のせいでもない。
「……私はまあ、巡りあわせですね。でもお義姉様もご結婚されてからは長かったですよ?たまたまタイミングが被っただけですし」
「……そうですね」
「エリーゼ様も結婚してからまだ二年くらいじゃないですか。どう考えてもこれからでしょう?焦らなくていいと思いますよ」
「そう、ですね……」
「とは言え、焦るな!と言われても焦る気持ちも分かります。ここはひとつ、姐御の心得を伝授しましょう!」
私がピシッ!と指を一本立てると、エリーゼ様は目をパチクリさせた。
ついでにシオンが指にじゃれてくる。やめれ。
「あねご……?」
「先日詣でにいらした王太子妃殿下です。私はホノカ様のことを姐さんと呼ぶことに決めました」
「あね……さん、ですか?」
「気性がさっぱりし過ぎててもはや漢前の域に達していたので。アニキ、と呼ぶ訳にはいかないので姐さんです」
「???」
訳がわからない、と言う顔をされたので、指にシオンをじゃれつかせたまま説明を始める。
「王太子ご夫妻もご結婚されてから四年ですが、いまだお子様はおられません。第二王子殿下ご夫妻もです。その中で結婚半年足らずに懐妊した公爵家の話題が出ると、必然的に『王家はまだか』となります」
「……はい」
「ホノカ様も不躾な方々に聞かれるそうなんですが、凄く訳がわからないんだそうです。『それ、人がどうこう言ってなんとかなる話?』って」
「それは……そうですね」
「でもやっぱり王太子ご夫妻にはお子様が、なんなら側室を……とか言ってくる輩もいるんですって。それも訳が分からない。『側室を用意してまで、ヴィンセント様がご自身の子どもを持つ必要あります?ユーリウス様もヒムロ様もいらっしゃいますし、陛下のご兄弟もいらっしゃるのに』と仰いました」
「えっと……血筋で言えば、確かに……?」
「そう、血筋で言えば何も側室を立ててまでヴィンセント様のお子様を誕生させる必要はないんです。『長男も次男も三男も、同父母なんだから変わりはないわよね?』てことです」
「そうですが……、でも王太子殿下がご自身のお子様をお望みになるなら……?」
エリーゼ様が首をコテンと傾げる。
そうね、それもわかる。
「ホノカ様に言わせると、それとこれとは別だそうです。『ヴィンセント様がご自身のお子を望み、わたくしとでは望めないとするなら、側室ではなく離縁なさいませ。自分の子がほしいのになぜその母親を日陰の身にするのです』だそうです」
「まぁ……」
「『大体、どっちが原因で子どもが出来ないかわからないのに、ヴィンセント様にだけチャンスが増えるとかズルいじゃないですか。わたくしだってそれで子どもが持てるなら、他の殿方と挑戦したいわ』とホノカ様が仰って、ヴィンセント様は泣きました」
「まぁ……………」
「側室、と言ってキレイに言い繕ったところで、結局は公的な不倫ですからね。それを王家の義務とするならば、初めからそのような取り決めをしておけば良いわけで。子どもを産むのと王妃になるのが別、と言うなら王妃にも愛人を寄越しなさい、とホノカ様は言い切りました。ヴィンセント様は泣いて嫌がりました」
「王太子殿下が……」
エリーゼ様が遠い目になった。
私はこの間ヴィンセント様の土下座を見てるから、泣かれるぐらいどうってことないけど。
「だからね、エリーゼ様。エリーゼ様も同じように考えてください。子どもが出来るかどうかは、誰かに言われたくらいじゃどうにもならない。血筋を重んじると言うなら、当主夫妻の実子でなくても構わない。レイモンド様がどうしても自分の子がほしいと言って愛人を作ろうとするなら、妻の座はさっさと明け渡して王都に来てください。私もお義姉様も歓迎します。新しい殿方をご紹介するでもいいし、結婚はコリゴリと思うなら安定した職場を斡旋しますよ。最有力候補はうちとレスター家の侍女ですが」
「まあ」
私の言葉に、エリーゼ様はようやく明るい笑顔になった。
「……姐御の心得、ですか?」
「そうです。無駄に思い詰めることなく、自分を責めることもなく。何か言ってくる奴は大体無責任なので気にしなくていい、です」
「ふふ、後半はミュー様の教えになってません?」
「私とお義姉様の教えですよ」
「承知しました。心得と教えをしっかり覚えます」
「そうしてください」
ふふ、と笑い合ってるとノックの音がして一人の侍女が入ってきた。
「エリーゼ様。公爵家への贈り物が待機しておりますが、まだでしょうか?」
??
聞き方がなんかおかしくない?
私は疑問に思ったけど、エリーゼ様はそのまま会話を続けた。
「ごめんなさいイリス。こちらに運んでくださる?ミュー様、小物やお洋服をお持ちしても良いでしょうか?」
「……ええ」
「ありがとうございます。イリス、こちらへお願い」
「承知しました」
イリス、と言う侍女はエリーゼ様と一緒に来たお付きの一人だ。
荷物を持った使用人達が贈り物を運び入れる中、別の侍女が恐る恐る顔を出す。
「あの、エリーゼ様……こちらはいかがされますか?」
「あぁ、それもこちらへ。来る途中で見掛けたから、ミュー様へ贈りたくて「エリーゼ様」」
声を掛けるエリーゼ様に、イリスが言い放った。
「エリーゼ様、そちらは不要ですわ。ご当主様に長くお仕えしていたわたくしの判断に間違いはないのですから、手出しは無用ですよ」
なんですと?




