跡継ぎ詣で 〜グリフィスの嵐と羽口王子〜
皆で散々シオンを愛でた後、すやすや眠ったのを見て義父母はうちの両親に挨拶へ行った。
「ヴィンスも来るか?」と誘われていたが、「俺は後でいい」とヴィンス殿はシオンを見詰めたまま断った。
まぁ父も母も気にしないだろう。飛び入り参加に近いし。
ついてきたグリフィス家の騎士達は半分義父母について行き、もう半分は残ったままだ。
……これはたぶん、殿下を警戒してるんだろうな。本人には言えないけど。
シオンはヴィンス殿の指を握ったまま眠っているため、ヴィンス殿は僕と反対側のミューの隣に座り、優しい目でシオンを見ている。
……尊い!
たまにミューが僕とシオンを見て騒いでる気持ちがわかった。
これが尊いという気持ちなんだろう。
「……ミューとそっくりのヴィンスが並んで、ルシウス様とそっくりのシオンが並んでるから、なんか錯覚を起こすわね」
対面で僕らを見ていたマリアベル様が呟いた。
「神経衰弱でもやる?マリーのペアはお従兄様達の誰かにしてあげる」
「やめてよ」
ミューが揶揄い口調で言うと、マリアベル様は眉を顰めた。
「……つかぬ事を伺うが、ヴィンス殿はその……トラキオンの王子に、求婚されていると言う……?」
ユーリウス様がおずおずと言い出すと、ヴィンス殿はようやくシオンから目を離して「そうだ」と肯定した。
「国を越えて噂になってるから、さすがにこの国までは追ってこないぞ」
「あら?来年来るって言ってなかった?」
「変更して第二王子に代わった」
「本人よりはまだマシかしらね」
それを聞いて僕も少し安心した。
見当違いの思いとは言え、ミューに求婚したのは確かなんだ。そんな人に近付きたくないし、近寄ってほしくない。
ミューを見詰めるとにこっと笑い掛けられた。
「ルシウス様、少し腕が重いわ。替わってくれる?」
「いいよ」
ミューからそっとシオンを受け取り、ヴィンス殿と繋がってるので起こさないように位置も替える。
スピスピ眠るシオンは本当に天使。
「シオン、可愛いなぁ。そうだ、島の権利もシオンに譲るか。子どもは自然の中で遊ぶべきだろう?」
名案!とばかりにヴィンス殿が言う。
「島って、例の?」
「何よそれ。変なもの貰うな、って母上から言い聞かせられてたの忘れたの?」
「まだ貰ってない。ある男が死んだら俺に相続される島があってな」
「「「は?」」」
「だいぶ元気だし当分死なないと思うんだが、すでに俺が所有者になることを見越して整備され始めてるんだ」
「ちょ、ヴィンス待って。島?最初から説明して」
ヴィンス殿は、遊牧民の首長から求婚されて島を貰い受けるまでの経緯を説明した。
聞いたのは二度目だけど、やはり壮絶。
ミューも額を抑えてる。
「それで、いつか貰い受けるのなら様子を見に行こうってことになって、案内してもらったんだ。三日滞在してるうちに、島民が心酔してきた。あと俺が相続する話を聞きつけた俺の信奉者が移住し始めてて、道とか護岸の整備をやってるんだ」
「さすが……」
「一番見晴らしのいいところに俺の屋敷を建てたらしいから、その内ミュー達も遊びに来ないか?海の幸は色々採れるが、一番は海老だな。だいぶデカい。あと気候を活かして柑橘類の栽培を始めてるとかで、レモンやオレンジも収穫してるそうだ」
「リゾートだね」
「それを……シオンに?」
「収入源にもなるしちょうどいいじゃないか」
「0歳児に収入源はいらないわよ!あんた、貢ぎ方が信奉者どもと同レベルになってるわ!」
ミューが声を荒らげると、シオンが「ふえ」と言い出した。
ミューは慌てて口を閉じ、僕らも揺らしたり手を振ったりしてあやす。
「……ミューは海鮮好きだろう?採れたてだぞ?」
「海鮮は好きだけど、わざわざトラキオンまで行く必要はないわよ。グリフィスにだってあるんだから」
「それもそうだな。まぁ、気が向いたら遊びに来い」
鷹揚に笑うヴィンス殿を見て、ユーリウス様がマリアベル様に聞いた。
「……マリー。今の話、どこまでが本当だ?」
「ユーリ様。残念ながら、全部本当です」
「だって、島だぞ?いやその前に、遊牧民の首長たる男が、普通少年に求婚するか?!」
ユーリウス様も声を荒げそうだったので、ミューが睨む。慌てて声のトーンを落とした。
マリアベル様が憐れむようにユーリウス様へ語る。
「ユーリ様、信じられないこととは思いますが、ヴィンスの話す内容は全て真実ですわ。この男は冗談好きで軽薄でデリカシーなさ過ぎですけど、嘘だけは言わないんです。嘘をつく必要性がないんですよ」
「よく分かってるじゃないかー。さすが従姉」
笑ってるけど、その前に散々なこと言われてるよ?
いや、気にしてないだけか。
「俺は嘘は言わない。嘘をつく利点がないからな。求める物は全て手に入る、今の所叶ってないのは嫁だけだが、それも気にならない。そうであれば嘘をつく理由がないだろう?」
「それはそうだが……」
「首長に求婚されたことも島の相続も本当だが、別に信じなくてもいいんだぞ、殿下」
「え?」
「俺はモテ自慢をしたい訳でも、ハーレムを作りたい訳でもないんだ。悪評がこうじて信奉者共が皆去って行ったって、痛痒を感じない。俺の生きる場所はグリフィスであって、俺の生きる目標はグリフィスを栄えさせることだからな。島はなくても構わない、そうだろう?」
「ヴィンス殿……」
「そして、信じさせることも簡単だぞ」
「え?」
「堕としてしまえばいい、それだけだ」
ヴィンス殿は、今までの話がなかったことになるくらい、妖艶に微笑んだ。
途端、ユーリウス様が顔を真っ赤にして口元を押さえる。
「ユーリ様!ヴィンス、あんた私の夫に何してるのよ!」
マリアベル様が激高した。
「笑い掛けただけだ、なぁ?殿下」
「う、あ、いや、その」
「追撃するな!」
その声に驚いたのか、シオンがパチッと目を覚ます。
幸いなことに泣かなかった。
「おぉシオンおはよう。よく眠れたか?ごめんなー、うるさいおばちゃんがいて」
「ヴィンスっ!」
「マリー、それ以上はやめて。シオンが驚くわ」
ミューがマリアベル様を窘める。
彼女は悔しそうな顔をしたが、シオンを見て深呼吸し直した。
「……ユーリ様。アレは男です。そしてあなたは既婚者です。誘惑されないでください」
「マリー、違うんださっき何か飛んできて」
「何か飛ぶ?それは初めて聞く表現だな」
ヴィンス殿が面白そうに声を掛けるが、耳を赤くしたユーリウス様は頑なにそちらを見なかった。
「この国の王家も割とチョロいな。何かあったら落としてやるからなー、シオン」
何か不穏なことを言い出した!
「やめてください」
「シオンを巻き込まないでよ」
「反逆罪で捕らえるわよヴィンス!」
マリアベル様が叫ぶが、ヴィンス殿は気にしてない。
「それは大変だ。俺が捕らえられたら、物見高い貴族連中が牢にわんさか訪れるぞ。あとトラキオンがうるさい」
「貴族の手を借りて脱獄する気満々じゃないの」
「なんか牢でも待遇良さそうだよね……」
「そうだな。トラキオンで一度投獄されたことがあったが、牢番がせっせと差し入れしてくれたし、ハリーと個室?みたいな扱いだった」
「経験済?!」
投獄経験のある義兄だった。
「半日で釈放された後、騎士団のトップと画策した家の当主が捕縛のち処刑されてたな」
「また怖い話になってる……」
「マリー、ヴィンスを投獄するのはオススメしないわ」
ミューが同情的に言うが、マリアベル様もムキになってる。
「投獄しないですぐ処刑するわよ!」
「それもオススメしないな。処刑は民衆の前でやるんだろう?俺を解放しようと暴動が起きるぞ」
「それも経験談?」
「さすがに処刑された経験はないが、舞台に上げられたことがある。あわや国外追放、となるところだったんだが信奉者共が大暴れした」
「マリー…………、勝ち目がないわ……」
「どうして……こんなフザケた男……」
マリアベル様が額を抑えた。
やり取りの間、ユーリウス様はひたすら下を向いて耐えていた。
ヴィンセント様には「未来のヴィンス殿予備軍」と言ったけど。
シオンには平穏な日々を歩んでほしい、と切に思った。
◇◇◇◇◇◇
「兄上……報告を、よろしいでしょうか?出来ればリニにも聞いてほしい」
「あぁユーリ。ルシウスの家に行ったんだろう?どうだった?」
「シオンは……大変愛らしく、ルシウスそっくりでした」
「父上の自慢通りだな」
「ユーリウス様、お顔の色が優れないようですが、アイゼンバーグ家で何かありましたか?」
「その……陛下には報告されていると思うのですが、アイゼンバーグ家にミューの兄が……」
「ヴィンス殿?!帰ってたのか!」
「それで顔色が悪いのですか?どうされました?……まさか」
「ヴィンス殿の話を聞いて、大袈裟に言っているのかと疑ってしまったのです。一度は『信じなくてもいい』と言われたのですが、その後『堕とせばいい』と微笑まれて」
「「あぁ……」」
「私は……既婚者でありながら、妻のマリーの隣で不覚にもときめいてしまったのです……!ましてやヴィンス殿は同性なのに……。王族としても夫としても不甲斐なく……!」
「ユーリ、そんなに思い詰めるな。あれは仕方ない、ヴィンス殿が手練なのだ」
「一国の王子を10年も夢中にさせ続けるお方です。ユーリウス様のせいではございません」
「でも、『この国の王家も割とチョロい』と言われてしまい」
「ぐはっ!」
「ヴィンセント様、お気を確かに」
「何かあったら落としてやる、とシオンに言ってて」
「ごほっ!ごほ、ごほ、ぐっ」
「ヴィンセント様、いったんお水を飲んでください」
「私のせいでこの国に何かあったらと思うと……!」
「ユーリウス様、ヴィンセント様が落ち着かれるまで私がお話させていただきますが、そのような事態は起こり得ません。この国にはグリフィス家があり、ミュリエル嬢やルシウスがいるのです。万が一ヴィンス殿がその気になっても、きっと二人が止めてくれます」
「リニ……」
「あ〜苦しかった。コホン、リニの言うとおりだユーリ。それに、ヴィンス殿は『何かあったら』と言っていたのだろう?ならば何も起こらないよう、王族として責務を果たしていけばいいんだ」
「兄上……そうですね、分かりました。これから精進して参ります」
「あぁ、私もユーリと同じくらい精進するよ。……ところで、これは興味本位なんだが」
「はい?」
「ヴィンス殿に微笑まれて、どうだった……?」
「ーーマリーには絶対言わないでほしいのですが」
「誓うぞ」「誓います」
「あの瞬間、『このまま死んでも構わない』と思うくらい幸せでした……」
「……言えないな!」
「三人だけの秘密として、墓場まで持っていきましょう」
島の情報
・以前は特に制限がなかったが、近年移住希望者が増加したので入島審査を実施。一定の理由以外はオススメしない
・近々島の改名を検討
・ヴィンス様のお好きなスイーツを作れる方、妹様のお好きな海鮮を採れる漁業関係者は優遇
・ヴィンス様御殿での就職希望者には苛烈な採用試験あり
・高所得者が増えてるので税収入がヤバイ




