跡継ぎ詣で 〜グリフィスの嵐〜
「来やがった……」
ミューの口から出た荒い言葉に、ビクつきつつも気持ちは分かる、と思った。
「おいおい、母親になったと言うのに言葉遣いが雑だぞ?妹よ。まったく、親の顔が見てみたいな!」
「左右見なさいよ隣に立ってるじゃないの」
諦観の表情を浮かべる義父母に挟まれ、背後の騎士たちから疲労と非難の視線を受けつつ、予定外に訪れたヴィンス殿は軽やかに笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
王家の訪問は、シオン生誕から一ヶ月後にユーリウス様とマリアベル様、さらにその二週間後にヴィンセント様達が公式に訪れる、と言うスケジュールになった。
ヴィンセント様の周りには僕の学生時代の仲間が多いから、リニを筆頭に「見たい!」と騒いでるのだ。
それならもう、ヴィンセント様は公的な訪問にしようと計画が立てられた。
アイゼンバーグ家跡継ぎへの表敬訪問、と言うべきだろうか。
生後一ヶ月半で表敬訪問をされるシオン、大物。
「陛下がなー、事ある毎に自慢するんだよ。シオン見てきた、可愛いって。母上もだ」
部署回りついでにヴィンセント様へ来訪の打ち合わせを申し出ると、先に愚痴られた。
「ヒムロもお前の家に行った後、なんでか『騎士になる!』と張り切ってるし。次の学年から騎士科への転入を狙ってる」
「本気ですか……」
「シオンの騎士になるんだってな。そんなに可愛いのか?お前の息子は」
「控えめに言って、天使としか思えません」
「何を真面目に……」
ヴィンセント様はため息をついたが、大真面目だ。
日々プクプクと育つシオンが可愛過ぎて、様子を見たがる人の群れで子ども部屋の人口密度がヤバイ。
狭苦しい!と怒ったミューが、セザールとメリッサに命じて使用人たちの訪問ローテーションを組ませてた。
もちろんセザール達本人もローテーションの一部だし、なんなら父母も入れた。
例外なのは僕とミューと、僕達についてくるノアやサリーたちだけ。
その彼らも僕らがいない時にはローテーション通りで訪問する、それくらいうちの天使は可愛らしい。
「陛下が、チャンスがあったら王宮で育てられるよう交渉して来いと」
「公的な人攫いは、アイゼンバーグ家には入れません」
「という冗談をよく言ってくるんだ、と報告してるんだ。ムキになるな」
「ヴィンセント様。それを冗談と捉えられるのは、単にシオンをその目で見てないからです。」
「……そんなにか……」
「育て方次第では、ヴィンス殿くらいになるかも」
「そんなにか!」
「そんなにですか……」
リニも驚愕の顔をした。
周りの側近達も顔を上げて話を聞いている。
「なので、注意事項です。まず、シオンの抱っこは基本的にヴィンセント様と妃殿下のみとします。シオンが泣いて嫌がったらなしです。シオンが興味を惹かれた方にはお願いするかもしれません。それから、殿下方も騎士をお連れになるとは思いますが、当家の騎士達も配置致します。贈り物はお一人につき一点のみお受けしますので、それ以上持ち込まれた分については送り返させていただきます」
淡々と告げたのは、前回の訪問から出来た注意事項。
陛下たちやレスター家の贈り物攻撃が、ようやく止んだ所なのだ。
義兄上がカトリーヌの誕生前に買った男の子用の玩具や服などは、そのまま丸っとシオンに譲るつもりらしい。
次の子どものために取っておいたら……と控えめに断ったのだが、次の子にはまた別に買うだろう、お前ならそうするだろう?と聞かれた。
確かに、と思ったら断れなかったので、半分は受け取り残りは孤児院などに寄付となった。
「……厳重過ぎやしないか?」
「ヴィンセント様。うちにいる天使は、未来のヴィンス殿予備軍です」
「そうか……」
悟った目をされた。
オッドアイじゃなくて本当に良かった。
◇◇◇◇◇◇◇
シオンが「あー」とか「うー」とか言うたびに周りの大人が狂喜乱舞し、顔を動かす度に見られてる……!と固まってしまう、生後一ヶ月。
ユーリウス様とマリアベル様が、こちらはお忍びと言う体でいらっしゃった。
それと同時に、グリフィス家のご両親も抱えていた仕事に区切りをつけ、一週間の滞在予定でやってきた。
間にヴィンス殿を挟んで。
「なんで今……」
「なんでとはなんでだ。妹が子どもを産んだんだぞ?見たいだろそりゃ」
「トラキオンはどうしたのよ!」
「どうしたも何も、普通に『妹の子ども見てくる』とだけ言って出てきたが?」
「追手は?!襲撃してきたりしないの?!」
「何の心配をしてるんだ?襲撃なんてする訳ないだろう、俺がいるのに」
「じゃあバカ王子は?!いきなりやって来たりしない?!」
「ミュー、バカって付けたらダメ……」
「アイツは国外に出ることを禁止されてるから大丈夫だ」
「禁止されてるの?」
「国の恥扱いされてるからな」
ごもっとも、と思ってしまった。
それでようやくミューは落ち着いたが、ご両親に非難の目を向けてる。
「私達だって今朝会ったのよ?出発の準備してたら、『ヴィンス様が現れました!』って。誰かが寝呆けてるのかと思ったくらいよ」
「『父上、母上、おはよう。アイゼンバーグに行くんだろう?便乗させてくれ』って普通に言うんだ……。誰から漏れた情報なんだろうな……」
「俺に情報を齎す奴なんて、そこら中にいるぞ?突き止めたって意味ないだろう」
本人のこの調子に、親子が脱力してる。
そんなやり取りを玄関ホールでしていると、門番から「王家の馬車が着きました」と報告が入る。
このタイミングで……!
「お、来たな。マリーと旦那だろ?挨拶しようと思ってたんだ」
その言葉に、全員一瞬固まった。
ヴィンス殿と……ユーリウス様を、会わせる??
それってどうなの……?とミューを見ると、諦めた目をしてた。
「ルシウス様。いつかは会う日が来るのです。王宮で騒がなくて良かった、と思いましょう」
「あ、騒ぐことは決定?」
「ヴィンスに会って騒がない人間を見たことがありません」
そう言われると、僕も「ミューと同じ顔?!」って騒いだな。
仕方ない、何かあったら騎士達に取り押さえてもらおう。
そう思って騎士を見ると揃って頷き、そのままグリフィス家の騎士達とも頷き合ってた。
……連携が取れて何より。
お二人の登場を前に、僕らは礼をして待つ。
チラと横目で見ると、ヴィンス殿も礼をしてた。
良かった、一応空気は読めるんだ……と思ってたら、「顔を上げた時の騒ぎが好きなんですよアイツ」とミューに囁かれた。
そうか……。
扉が開き、殿下方が屋敷に足を踏み入れるーー。
「ヴィンス?!なんでいるのよ!」
開口一番、マリアベル様が叫んだ。
ヴィンス殿、肩揺れてるよ。
「ヴィンス?」
ユーリウス様が怪訝そうに尋ね、ヴィンス殿がゆっくりと顔を上げる。
「ミューと同じ顔?!」
僕とまったく同じ叫びだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「信じられない、あんたってどうしてそう意地が悪いのよ!何も同じ日に合わせることないでしょう?!」
マリアベル様は応接室へ移動してからも、ヴィンス殿への文句が止まない。
誰か止めるかと思ったが、ミューの両親も一緒についてきたグリフィス家の使用人たちも、全員素知らぬ顔をしている。
ミューはシオンを迎えに行き、両親は今回顔を出さない。ミューのご両親とは後で面会するが。
僕とユーリウス様は居たたまれずにジッとするばかりで、残りの一人、張本人であるヴィンス殿はやはり飄々としていた。
「意地が悪いとは失礼な。俺の妹に会いに来るのに、なぜお前に気を遣わねばならない?いつ来ようと俺の勝手だろう」
「アイゼンバーグ家に失礼でしょ!」
「なら怒るのはお前ではなくルシウスだな。それなら聞いてやる。お前に文句を言われる筋合いはない」
「〜〜不敬よ、ヴィンス!」
「今更王族の権力を振り翳すのか?嫌な女になったなぁ、マリアベル」
ユーリウス様の顔色がどんどん悪くなってる。たぶん僕も。
はぁ、と義母上がため息をついた。
「ヴィンス、あなたも本当にミューそっくりね。マリーを揶揄ってついでに殿下とルゥくんの反応を楽しむなんて、なんて質の悪い……」
なぬ?!
驚いてヴィンス殿を見ると、すごくいい笑顔をしてた。
ユーリウス様も同じようにヴィンス殿を見てる。
「ははっ、すまないなルシウス。あっちの国ではイエスマンばかりで、誰かと言い合いなんてしないんだ。殿下も驚かせた、申し訳ない」
とても軽く謝られた。
そして殿下に対する礼儀もほぼない。
「私にも謝りなさいよヴィンス!」
「いやマリーに言った事は本音だから。特に謝るようなことはない」
「なんですって?!」
「ま、マリー、落ち着いてくれ……」
ぎこちなく宥めようとするユーリウス様を見て、マリアベル様はいったん勢いを収めてくれた。
「なんか廊下にまで声が聞こえるんだけど。うちの子の前で大声は禁止よ、マリー」
ミューがシオンを連れて入ってきた。
寝起きなのか、目が潤んでる。可愛い!!
「「ルシウス?!」」「「ルゥくん?!」」
「ルシウス様!」
一斉に声が上がった。だから違うって。
ミューはもう隠しもせず笑ってる。
「ルシウス様そっくりでしょ?私の産み出した最高傑作、シオン・フォン・アイゼンバーグよ。ひれ伏すがいいわ」
なぜひれ伏せさせる気なのかわからないけど、ミューはシオンを連れて僕の隣に座った。
つんつん、とプクプクのほっぺを突くと「あー」と言われる。可愛い。
「「「「「可愛い……」」」」」
そうだろうそうだろう。そこに異議は認めない。
「すごい、可愛い……ルシウス様がちっちゃいわ」
「マリアベル様、違います」
「これか、父上たちが力説してたのは……。気持ちが分かるな、私も兄上に自慢せねば」
「ユーリ様、人の子を自慢するんですか?」
「シオンを見た、と言う自慢だ。陛下もしてるぞ」
「ユーリウス様、その不満は巡って私にやってくるんですが」
「ミュー、すごいわね。ルゥくんそっくりじゃないの。うちの遺伝子はどこに?と思うけど、これは下手に混ぜない方が良いわね」
「母上、同感ですが混ぜるとか言わないでください」
「……なんか、ヴィンスのことを見詰めてないか?」
義父上に言われてシオンの視線の先を見ると、確かにヴィンス殿を見ている。
「先日もヒムロを見詰めてたのよ。私と同じ色合いを気にするみたい」
ねー?と声を掛けると、やはり一瞬ミューを見たあとまたヴィンス殿に視線を戻す。
ミューの色合いが好きなのか?……さすが僕の子、と言うべきだろうか。
ヴィンス殿が近付いて、先日のヒムロ様と同じくシオンの前に跪く。
手足を動かすようになったシオンは、偶然なのかヴィンス殿の目の辺りに触れた。
「シオン、こら。ヴィンス、目に当たってない?」
「大丈夫だ。しかしそうか、シオンはこの目が気に入ったか?」
ヴィンス殿はこれ以上ないほど柔らかく笑った。
「ならばこの目の権利はシオンにくれてやろう。誰かを見詰めるのも目を逸らすのも、シオンの望みのままに」
ヴィンス殿は何かすごいことを言い出したが、ミューは呆れただけだった。
「またそれ?いらないって言ってるのに」
「ミューには昔断られたがな。シオンはいるって言うかもしれないだろう?本人の意思決定が出来るまで取っておけ」
シオンの差し出した手に指を近付け、握手のように握られてる。
「俺の瞳の権利があるとなれば、一定数の輩は黙らせられる。シオンを守る盾があるのは、悪いことじゃないだろう?なぁ、シオン」
騎士に続き、盾も出来た。
うちの子はどこかのお姫様なのか……?と遠い目になってしまった。




