跡継ぎ詣で 〜王家の嵐〜
シオンが無事に生まれた。可愛い。
ミューもだいぶ調子を取り戻してきた。可愛い。
子ども部屋は僕らの部屋の隣にあるから、何かあったらすぐ駆け付けられるようにはしてるけど。
必要以上に乳母と侍女とメイドの世話が手厚いため、夜泣きくらいじゃ呼び出しもされない。
シオンはあまり泣き声が大きくないので、最初の「ぴ」を聞き逃すと気付けないのだ。
なので、接する機会が少ないと感じる。
そうミューに言ったら呆れ果ててたけど、ならばと出勤のお見送りにシオンも連れてきてくれるようになった。
「起きたらすぐ様子見て、朝食後にも様子見て、出勤する前まで子ども部屋に入り浸ってるのに、まだ足りないんですか……」
ノアが何か言ってるけど気にしない。
愛しの妻と愛しい息子が立ってるだけで満足なのだが、ここにも新たな罠が。
シオンが寝ている時は、起こさないように静かに出発出来る。
だけど、機嫌良く起きてるシオンに目をパッチリ開いて見詰められると、足が動き出せない。
「ルシウス様、馬車が待ってますよ」
「うん……」
「シオンが見てますよ」
「うん……わかってるんだけど……」
そういう時に限って、シオンは熱心に僕を見続け、まったく目を逸らしてくれない。
周囲の人を見詰め続けるな!とノアに言い聞かされたことがようやく理解出来た。これは困る。
そしたら、ミューがノアに提案した。
「馬車が遅れる時間分、帰りの馬車の出発も遅らせてちょうだい」
「承知しました」
「そんな!」
「ここでグズグズしてたら、その分帰りも遅くなりますよー。あら大変、シオンが起きてる間に帰って来れるといいんだけど」
「行って!きます!」
シオンの視線を振り切って、馬車に駆け込むことになった。
◇◇◇◇◇◇◇
出産翌日に職場で無事に生まれたことを報告した。
先日ミュー本人が出向いてるから思うところがあるらしく、皆我が事のように喜んでくれる。
特にミューの旧友であるワルローは、ちょっと涙ぐんでた。
「先輩、おめでとうございます……!ミュリエル様はお元気ですか?」
「ありがとう。元気だよ。毎日シオンを眺めては、自分に似てるところを探してるみたい」
「……そんなに先輩に似てるんですか?」
「似てるねぇ。一瞬、私を産んだかと思ったらしいから」
「……それは、だいぶ可愛いんでしょうね……」
「私に似てるけど、私より可愛いよ?」
「先輩に似てて先輩より可愛いとか、もはや人外じゃないですか……!」
「人の子を人外とか言わないでほしいんだけど」
「天使とか妖精とか」
「あぁ……そうかも?」
「そのうちシャーロットと共にお目に掛かりたいです」
「いつでも歓迎、と言いたいところなんだけど、当分難しいかな……」
「お忙しいんですか?」
「いや、シオンを見に来たいと王家が」
「王家?!」
「なんでかバラバラに打診してくるんだよね。一斉には来れないから、ずらして来るんだと思う。被って良いなら一緒に来る?」
「謹んで!ご辞退申し上げます!」
「そう?ユーリウス様達となら知り合いなんだからいいかも?」
「無理です!職場でお会いするより高貴な方々と、プライベートで会いたくありません!」
「全力で拒否だね」
「むしろ先輩が高位貴族なんだと、つくづく思い知らされました……」
脱力された。そうかな。
◇◇◇◇◇◇◇◇
そんなやり取りがあり、シオン詣で第一号は、予てから計画立てしていた姉親子と、国王陛下・王妃陛下・第三王子殿下の御一行を同時にお招きすることになった。
陛下と義兄上は従兄弟にあたるので、カトリーヌまで含めて広く身内認定と言うことにしたらしい。
姉夫婦はカトリーヌと一緒に、祖父になった前公爵閣下もついてきた。
陛下ご夫妻はいつもより落ち着いた服装で、第三王子殿下・ヒムロ様と共にいらっしゃった。
ヒムロ様は15歳、成人もしてないのであまり公式の場にもお出にならない。
遠目で見かけたことはあったが、会話をするのは初めてだった。
「会いたかったぞ、ミューの夫!夫だな?ミューの夫なら俺の兄だな!名前はルシウスだったか?じゃあルー兄だな!俺のことはなんて呼ぶ?ヒムロでもひー君でも好きなように呼んでいいぞ!」
「ヒ、ムロ、様?」
「ルー兄!弟に様を付けるのはおかしい!俺の兄なのだ、呼び捨てにしてくれ!」
「ヒ、ムロ、くん……」
「まあいいか!じゃあヒムロくんと呼んでくれ!ミューが子どもを産んだと聞いて楽しみにしてたんだ!ミューの子どもなら俺の弟になるからな!兄としてしっかりあそんでや「ヒムロ。きちんと挨拶出来ないなら帰りなさい」」
嵐のような勢いに戸惑ってると、ミューの声掛けにヒムロ様はピタリと止まった。
そのまま二歩下がり、騎士の礼を執る。
「お初にお目に掛かります。ヒムロ・フォン・ジークハイドと申します。お会い出来て光栄です、アイゼンバーグ小公爵」
めちゃくちゃちゃんと挨拶された。
あまりの変わりっぷりに「……どうも」としか言えなかった。
後ろで陛下夫婦がカラカラと笑う。
「やっぱりミュリエルの躾が一番効くわね。どうにかマニュアル化出来ないものかしら?」
「声を掛けるタイミングもあるだろうし、難しくないか?抑揚とか真似しづらいぞ」
「ヒムロ。今日は赤ちゃんが二人もいるのよ。大声で話してたら泣いてしまうわ。黙ってろ、とは言わないけど声量は抑えなさい」
「わかった!」
「大きい」
「わかった……」
「よろしい」
猛獣使いのように見えるのは錯覚だろうか?
しかしこうして並んでいると、黒髪にアイスブルーの瞳のヒムロ様は、色合いがミューによく似てる。
姉弟と言うのもわかる気がした。
先に来訪してた姉親子の待つ応接室へお通しすると、ヒムロ様は小さな声で歓声をあげた。
「テオ兄様!来てたのか!」
「あぁヒムロ。なんだ、声が小さいけど風邪か?」
「ミューに言われたのだ、大声は赤ん坊が泣くと」
「さすがだな……」
「ヒムロ様、ご機嫌よう」
「ローズ姉様、ご機嫌よう」
姉とヒムロ様は既に交流していた。
姉は「様」付けで良いのか?
「叔父上、来てたのですか」
「カトリーヌが初めて外出するんだぞ?私がついていかなくてどうする」
「どうする、と言われましても……」
陛下方も言葉を交わしている中、ヒムロ様がおずおずとカトリーヌに近付いた。
「テオ兄様の娘か?」
「カトリーヌだ。お前のハトコだよ」
「はとこ……?」
「従兄弟の子ども、と言うことだ。お前もヒムロ兄様になるんだな」
「ヒムロ兄様……!」
呼び名に感激している。目が輝いていた。
「カトリーヌも遊んでやろう。でも俺は、年下の女の子と遊んだことはないんだ。ミューやサリーと遊んだ時みたいに、木登りとか虫取りでいいか?」
やめろ。
全員が内心思ったに違いない。
シオンを迎えに行ったミューがいなかったのでサリーを見たら、見事に目を逸らされた。
「……最初は一緒にお散歩から始めましょうか、ヒムロ様。カトリーヌがお喋りするようになったら、何が好きか聞いてあげてくださいな」
「わかった」
小さな手を突きつつ、ヒムロ様が頷く。
陛下夫妻がホッとした表情をしていた。
そこにノックが響く。
父と母が入室してきた。
「王家の皆様、レスター公爵家の皆様、本日はアイゼンバーグ家の跡継ぎ・シオンのためにご来訪いただき、ありがとうございます」
「皆様よりお祝いのお言葉をいただけましたこと、アイゼンバーグ家一同御礼申し上げます。この機会に、我が孫シオンに祝福をもいただけましたら幸いに存じます」
深く礼をし直ったところで、扉脇に控えていた僕が後ろからミュー達を招き入れた。
「お初にお目に掛かります。シオン・フォン・アイゼンバーグです。よろしくお願いします」
にっこり笑うミューが、シオンの顔を来客達に向ける。
ちょうどお昼寝が終わり、授乳も済んだのでシオンのご機嫌は最良だ。
濃い紫の瞳で客たちを見詰めている。
「「「ルシウス……!」」」
声が重なった。違う。
父母もミューも使用人も、一斉に吹き出した。
「ルー兄そっくりだな!双子か?」
能天気なヒムロ様の声が響いた。それも違う。
「いや驚いた……すまない、カトリーヌもローズと似た顔をしているが、シオンくんは色合いまでルシウスと同じだからつい」
「ルシウスだわー。ルシウスのちっさい頃だわー」
「凄いな、ここまでそっくりだと血統を疑う余地がない」
「ミュリエルってば、どうやってこんなに旦那様そっくりな赤ちゃんを産めたの?びっくりよ」
「ルシウス卿の赤ん坊バージョンか……一言でいって天使だな」
大人たちがわらわらシオンを囲むが、シオンは泣きもせず見詰めている。うちの子、強い。
「はいはい、とにかくミューとシオンを座らせてちょうだいな。ローズ、カトリーヌを持ったまま近寄らないのよ座ってなさい」
母の仕切りで全員ソファに座る。
ミューとシオンの左隣が僕、反対側に姉とカトリーヌが座った。
「……ローズとルシウスの小さい頃みたいね」
「そうだな。大きさと色合いは少々異なるが、こんなんだった」
「二人並べるとより可愛いわね……眼福……」
「うん、セットで王宮へ持ち帰りたい」
「「「「お断りします」」」」
なんてこと言うんだ陛下。堂々と人攫い宣言しないでほしい。
ミューは楽しそうに笑ってるし、シオンは聞いてないみたいだけど。
少しカトリーヌの方を見た後、なぜか視線はヒムロ様に固定された。
「……?」
「たぶん、色合いが私と同じだからでは?シオンー、あの人はお母様じゃなくてよー、ヒムロよー」
ミューがシオンに話し掛けると、少しミューの方を見て、またヒムロ様に戻った。
ヒムロ様が笑顔になり、シオンの前で跪いた。
「シオン、俺はヒムロ・フォン・ジークハイドだ。お前の良き兄となり、騎士としてお前を守ることをここに誓おう」
ええぇぇぇ。
いい話っぽいけど、誓ったら駄目じゃないか??
いいのかこれ、と陛下夫妻を見るとなんだか諦めた顔をしていた。
ミューも苦笑している。
「シオンの騎士になるの?ヒムロ」
「そうだな。シオンは天使なのだ、しっかり守れる騎士が必要だろう?カトリーヌも守ってやるぞ。俺の妹と弟なのだから!」
色々突っ込みたいところがあるけど、善意なことだけはわかる。
嵐のような王家に、どう対応すべきか途方に暮れてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇
「ミュリエル夫人。実は長らくお会いしたかったのだ」
「閣下が、私に、ですか?」
「私の離職後に面白い婚約破棄をしたと聞いたのでな」
「「あー」」
「私の後任は妻の弟が就いたのだが、一年の終わり掛けに愚痴を言いに来てな。『最後の最後にあんな騒動起こされるとは……!』とくだを巻いてた。私も私で『なんで私のいる時に起きなかったのだ!』と愚痴ってたんだ」
「……叔父上の次は順番からして私が就くんだ。叔父上の愚痴を聞いて、私の就任時にはそのような事態が起きないことを切に祈った……」
「ミューの婚約破棄?破棄をした経歴は知ってるが、閣下が悔しがるほどのことが?」
「お義父様はご存じないんですか?ルシウス様も知りませんでしたよね」
「ミューのあの話は、主に茶会で広まるのよ。殿方には伝わらないわ。なにせ破棄を言い渡した男性がコテンパンだもの、同性の口からは話しにくいのではなくて?」
「「確かに」」
「その節はご迷惑お掛けしました、と学園長にお伝えください」
「それが、その後また愚痴りに来てな。『結局破棄しないらしいんですよ!なんなんですか!』と怒ってた。アイツは柔軟な思考が足りないな」
「学園長、お気の毒に」
「振り回されて放り投げられた感があるな」
「まあそれで面白い令嬢もいるもんだ、と感心していたんだ。それが一昨年、トラキオンからの異例の婚約申込の噂だろう?私は外交の情報を専門に扱っているから、話が回されて来てな。あの令嬢か!と失礼ながら大笑いさせてもらった」
「叔父上がエラく楽しそうに報告して来たのを今でも覚えてますよ……。何が面白いんだかこの悪魔、と恨みがましく思ったものです」
「陛下、心の声がダダ漏れですよ」
「ルシウス君の騒動と合わせて、思いっ切り楽しませてもらったよ。今日会えて良かった」
「光栄ですわ閣下」
「お世話になりました?」
「シオンくんも可愛いしな。カトリーヌと並べるとさらに良い。いっそうちで一緒に育てようか?」
「「駄目です」」
「なんの発想ですかそれ……」
「なんだ、シオンはテオ兄様の家に行くのか?それなら俺も警護に行くぞ」
「なんでだ!」
「ヒムロ、駄目です!」
「閣下、余計なものまで釣れてますよ」
「ヒムロも来るのか?部屋数はあるから良いが」
「そもそもシオンはレスター家に行きません!」
「ヒムロも正式な騎士じゃないんだからダメ」
「そうかー。なら騎士になるところからだな。父上、母上、明日から騎士科に移っていいでしょうか?」
「「いい訳ないだろう/でしょう……!」」




