やり遂げた……!
カトリーヌ様ご生誕から二ヶ月ちょっと。
その間、大きくなったお腹を抱えての外出はなかなか無理がある、と生まれたてカトリーヌ様を拝見するのは涙を飲んで諦めた。
私が出産したら、初外出として親子揃っていらっしゃるとのこと。
それなら仕方ないか、と諦めていたが、叔父になったルシウス様まで会いに行かないのはいかがなものか。
そう思って「行ってきていいですよ」と伝えたら、キョトンとされた。
「え、だってミューは行かないんでしょう?」
「行けないんですよ、お腹重いし」
「ミューだって会いたいんだよね?」
「そりゃ会いたいですよ……!色違いミニローズ様ですよ?!生まれたてポヤポヤの」
「ミューが我慢してるのに僕だけ会いに行ってもつまらない」
「つまらないとは……いいんですか?その表現」
「カトリーヌに会って可愛いって思っても、姉上にお疲れ様でしたって労っても、隣にミューがいないんじゃ気が散ってるよきっと」
「気が散る……そうですね、想像が出来ました」
「姉上も義兄上もうちの子が生まれてからでいいって言ってくれるし、両親がせっせと見に行ってるからミューは気にしないでいいよ」
そう言ってニッコリ笑うルシウス様、尊い……!
思わず擦り寄ると、ルシウス様も体を寄せて来た。
「大体、僕がカトリーヌのところに行ってたら、ミューは屋敷でサリーと過ごすんでしょ?ズルい」
「ズルいって言うんですかねそれ」
「だって僕はミューといたいんだし」
本当にうちの夫は可愛い。つか可愛さ増してない?
年々可愛くなる仕様なの?ちょっと怖いんだけど。
◇◇◇◇◇◇◇◇
そうこうしてるうちに。
ついに私達にも、その瞬間がやって来ました!
お義姉様と同じく、夜中のうちに陣痛が始まり、同じくらいに終わるかと思ったら昼過ぎまで掛かった。
その間、朦朧とする意識の中で私が叫んだことは、「ノア!ルシウス様にお水!お水飲ませといて!」だったらしい。覚えてない。
たぶんずっと泣いてるんだろうな、と思ったのだろう。たぶん。
言葉通りノアはせっせとルシウス様に水を与え、ルシウス様は泣きながらせっせと飲んでたそうだ。
夫が脱水症状になってなくて良かった。
計14時間の苦しみを超え。
待望の第一子をこの世に送り出しました!
やり遂げた……!
もちろん私も生きてる。疲労困憊だけども。
「若奥様、おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
手助けをしてくれた産婆さんが、おくるみに包まれた赤ちゃんを抱かせてくれた。
ポヨポヨのヒヨコのような、柔らかい金髪。
盛大に泣いた後の潤んだ紫の瞳。
天使のような、いやマジモン天使なお顔。
シオン・フォン・アイゼンバーグ、ここに誕生!
「……?」
「若奥様、どうされました?」
「いや……私、これ、ルシウス様産んだ??」
どこからどう見ても、ちっちゃい夫なんだが?
「若奥様、お気持ちはわかりますがルシウス様ではございません。別人です」
「そうよね、そうなんだけど……ルシウス様?」
呼ぶとちょっと反応してない?
え、本当に別人よね?扉の向こうに成人した夫、まだいるよね?
「心配になってきた……ルシウス様、外にいるわよね?こっちに転移とかしてないよね??」
「ルシウス様をお呼びしましょう。」
さっさとシオン(仮)を受け取り、私の支度も整えてくれる。
それからまた私の腕にシオン(仮)をセットして、侍女が外に声を掛けた。
ドキドキして待ってると、扉向こうが騒がしくなり勢い良く開けられる。
「ミュー!無事?!」
大泣きした後のお顔の夫が入ってきた。
良かった、ルシウス様産んだかと思った!
ホッとして笑顔になる。なんだかんだ侍女や産婆さんも疑ってたらしく、安堵してる。だよねー。
「無事ですよルシウス様。ほら、お約束。抱っこしてくれるでしょ?」
「もちろん!」
パァッと笑顔を輝かせ、ベッドサイドの椅子に座るルシウス様に、そっとシオン(本決まり)を渡す。
「シオンー、お父様よー」
「シオン……!」
感激のあまりまた涙ぐんだルシウス様だが、シオンと目が合うと不思議そうな顔をした。
「なんだろう……なんか見たことあるって気がする」
いつも鏡で見てるでしょう、旦那様。
侍女たち肩を震わせてるよ。
「ルシウス様と同じ顔してます。可愛いでしょう?」
「そう聞かれると可愛いって言い辛いけど……うん、でもシオンは可愛いね」
どうやら別枠で捉えることにしたらしい。
まぁそれでもいいか。
「シオン、お父様だよ。会えるのをずっと待ってた……これからよろしくね」
ルシウス様がシオンに笑いかけてる……尊い!
心が洗われるような光景だった。思わず拝みそうになる。
「ミュー、お疲れ様。本当にありがとう」
「どういたしまして。これから子育て頑張りましょうね」
「うん、頑張る」
我々が一段落したことを見て、侍女が義父母を中に入れた。
「ミュー!大丈夫?」
「ミュー、無事か?」
二人とも真っ先に体を心配してくれる。
なんだかくすぐったかった。
「大丈夫ですよ、ありがとうございます。お義父様、お義母様、孫を見てやってください」
そう言って促すと、ルシウス様が「シオンです」とお義母様の腕に渡した。
「まあ可愛い!男の子なのね……シオン、おばあちゃまよ」
「お爺様だぞ、シオン」
「見事にアイゼンバーグの色をしてるわね」
「顔は君そっくりだな」
「わたくしと言うか……」
「うん……」
二人揃ってルシウス様とシオンを見比べる。
やっぱりそうなるよねー。
「私も最初、ルシウス様を産んだかと思って混乱しました」
「そうなの?」
「わかるわ」
「うん、本人がここにいなければルシウスが生まれたのかと勘違いするところだった」
母親と祖父母の言葉に抗議したいのか、シオンがか細く泣き出す。
あわあわとあやす義父母の姿に笑ってしまった。
◇◇◇◇◇◇◇
「ミュー、さっぱりした?」
ルシウス様が部屋を覗いてくる。
「ええ。汗を拭いてもらいましたし、シーツも替えてもらいましたから。隣にどうぞ」
そう言って、私は自分のベッドの隣を叩いた。
「……ありがとう」
もぞもぞと隣に潜り込んで、夫が抱き着いてくる。
清拭をしてもらっただけだからまだちょっと汗臭いかもしれないけど、弱ってる夫のケアが優先だ。
「ルシウス様もずっと起きてたでしょう?眠くないの?」
「まだ平気」
頭を撫でながら尋ねると、気持ち良さそうに目を細めるが眠る気はないようだ。
「シオンは?」
「乳母と侍女の待機してる部屋で、頭の上にサリーがいて両側に父上と母上が張り付いてる完璧な布陣で寝てた」
「ふふ、それは鉄壁ですね」
光景が目に浮かぶ。
さっき顔を出したサリーも、目が赤くなってたし。
「だからミューは、僕が独り占め」
「いつも独り占めしてるじゃないですか」
「これからはシオンもいるから……」
「それは仕方ないでしょうね」
「うん。シオンなら許してあげる」
「ふふっ、寛大なお父様ね」
「そうかな」
満更でもなさそう。
嫉妬するかと少し心配してたけど、この分なら平気そうだ。
「……あぁ、祝いの手紙がいっぱい届いてたよ」
思い出したようにルシウス様が告げる。
「もう?早くない?」
さっき産み終わったところなんだけど?
「ミューが頑張ってる間に父上と母上が用意してて、僕が部屋に入った途端に遣いを出したんだって」
「無事生まれましたって?」
「そう。それで、その遣いをそのまま待たせて返事を書く人が多くて、持って帰ってきた」
「そういうものですか?」
「さあ。で、その手紙の中に大体訪問の打診があった」
「……シオンを見に行きたい、と?」
「そう」
しばし考えるが、公爵家へ来るとするなら対外的にはお義父様の客となるのだろう。
それなら是非はお任せしてしまえばいい。
「お義父様とお義母様の判断に委ねましょう。お義姉様夫婦からですか?」
「違うよ?姉上たちはもう日程が決まってる」
「……いつ産むかわからないのに?」
「出産から二週間後の休み、て言ってた」
「あぁそういう……。それならまあわかりますが、ではどなたがいらっしゃるの?」
「マリアベル様とユーリウス様」
「そこは来るでしょう勝手に」
「ヴィンセント様が妃殿下と一緒に来たいって」
「お忍びで?」
「そうみたい」
「まぁ、それは王宮の皆様と相談していただいて……」
「あと陛下ご夫妻」
「なんでですか!」
思いがけないビッグネームに大きな声が出てしまった。
ルシウス様の目が丸くなる。
「驚かせてごめんなさい、でも意外過ぎて」
「意外なの?ミューの産んだ子を見てみたい!て書いてあったから、てっきり仲良しなのかと」
「仲良し……まぁ、そんな時期もありましたけど。学園に上がる前とかですよ?」
「学園に入ってからは交流がなかったの?」
「えっと……、いやあったかな……?あ、でもシャーリーとアサトが王宮役人目指すってなったから、変な癒着を疑われたら困ると思って行かなくなったんです。それ以来かな」
「いつの話?」
「学園の四年生?」
「三年前じゃないか……」
呆れた顔をされた。
そう言われればそうだけど、十代の三年を甘く見られては困る。
「王妃陛下は、『出来れば第三王子も連れて行きたい』って書いてらしたよ」
ヒムロか。それは仕方ない。
ため息をついて渋々受け入れることにした。
「ヒムロに単独で来られても困りますしね……。そこは親御さんに責任を取ってもらいましょう」
「親御さんって、国王陛下夫妻に似合わないね」
「似合わなくても、親御さんです」
「そうだね。……ねえ、前から気になってたんだけど、第三王子殿下のことはお名前を呼び捨てなの?」
恐る恐る聞かれた。
まあ普通に考えて不敬よね。
「最初に出会った時に、彼一人で庭園にいたんです。脱走の常習犯で。私も一人で散策してたものだから、誰も彼が王子殿下だと教えてくれなくて。打ち解けた時にお互いの呼び名が『ヒムロ』と『ミュー』になったんです」
「あぁ、なるほど」
「もちろん、殿下だと知って変えようとしましたよ?だけどそこが彼の特性のひとつで」
「特性?」
「こうと決まった呼び名以外は、反応しないんです」
「……」
ルシウス様が固まってしまった。
変な王家よね。
「殿下、やヒムロ様、と呼んでも一切反応しないので、陛下の許可を得て呼び捨てになりました。今は一応公の場での呼び方は対応出来るようになってますが、私的な呼び方は変えられません」
「……そうなんだ」
「ちなみにマリーはその直後に巻き込んだので、『ひー君』で認識されました」
「あぁ……」
「ルシウス様はまだヒムロと会ってないんですよね?下手な呼び名で定着しないよう、気を付けてくださいね」
「わかった……」
艶々な金髪を撫でる。
シオンの綿毛のような髪も、いつかこの手触りに変わるんだろうな。
「シオンにはなんて呼ばれたいですか?」
「……最初は無難に『お父様』とかかな……」
「そのうち『父上』になるんですかね?」
「そうだね。ミューは?なんて呼ばれたい?」
「シオンの呼びやすいのでいいです。『母様』でも『母上』でも『ミュー』でも」
「……最後のはダメ」
「シオンでも駄目ですか?」
「想像したら嫌だった」
ギュ、と力を込められる。
嫉妬しないかと思ってたけど、やはり少しはするようだ。
「じゃあシオンが『ミュー』って呼びそうになったら、ルシウス様が止めてくださいね」
「……出来るかな……」
「きっと潤目対決になりますよ!」
「だから何それ……」




