グリフィスへの里帰り 〜息子(仮)の名前〜
「ルシウス様、そろそろ起きます?」
妻の呼び掛けに意識が浮上する。
背中越しに抱き締めてたミューが、振り返って笑ってた。
「ふふ、寝ぼけまなこ」
「……おはよう、ミュー」
「おはようございます、旦那様」
ギュウ、と少し力を込めた後に腕を緩めると、起き上がったミューが頭を撫でてくれた。
「よく眠れた?」
「うん……」
「支度はどこでします?」
「……」
「ノアに持ってきてもらいましょう」
呆れるでもなく提案してくれた。
情けない気持ちを抱えつつ、それでもミューと離れがたい思いを抑えられない。
先日の港町での騒動で、執着のような焦りはいっそうひどくなり、「まあこれは仕方ないですね」とミューが受け入れてくれたので、前にも増して共に過ごすようになった。
「ルシウス様、今日は午後だけ外に行きますよ」
「ん……」
「手を繋いでます」
「うん」
「警護にも言い聞かせますから」
「わかった」
「いざとなったら、サリーが薙ぎ倒します」
「お嬢様、団長からはあの一度切りと言い含められてます」
支度の準備をしてる侍女から訂正が入った。
「サリー、凄かったね」
「久々にスッキリしたみたいですよ」
「スッキリ……」
「若奥様、それ、反省になってないじゃないですか」
今日の服装を持ってきたノアが呆れた顔でサリーを見るが、飄々としてた。
うん、二人ともまったく反省してないな。
「はいはい。ここにいますから、支度してきてくださいな」
「……そこにいてね」
「いますよ。アリアたちとお喋りしてます」
ミューと侍女たちの話し声を聞きながら、衝立の陰でせっせと着替えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
街歩き三回目。今日の目的地は前回・前々回よりも人の比較的少ない、職人たちの工房が多い地域。
それでもミューと繋ぐ手は離さないし、サリーには二人まとめて守るよう言い聞かせてるし、警護たちは家の垣根を超えて警戒体制全開だ。
元々結婚を機に交流が始まりかけていた両家使用人達だが、初回の街歩きでお互い歩み寄るようになり、親睦会を開いたことで遠慮がなくなり、港町の騒動で一気に連帯感が増したらしい。
僕の警護で苦労した話と、ミュー達の警護で苦労した話が噛み締めるようによく分かる……!と意気投合してた。
オマケに、密会事件のせいで評価が下がり気味だったノアが、僕の醜態にも動じず淡々と接する姿に「ハリーと同じものを感じる!」と賞賛が上がってる。
……やめてほしいんだけど。
「なんですかルシウス様。恨みがましい目はやめてくださいよ。なんでそれだけで変な色気を出せるんだ、意味わかんねえ」
ジト目を察して面倒くさそうに手を振られた。
……この間まで大人しくしてたのに。
「調子が戻ってきたわね、ノア」
ミューも楽しそうに笑う。
「お陰様で、遠慮とかしてたら窮地を切り抜けられないと悟りました」
「窮地て」
「窮地でしょうあれは!潰されるかと思いましたよ。グリフィス領の領民は皆あんなに物見高いんですか?!」
思い出したのか、少し顔を青くしてる。
うん、まあ注目されてるのは慣れてるけど、あんなに押し寄せられたことはなかったかな。
「物見高いのは確かね。加えて礼儀作法に厳しい貴族もいないから、総じて馴れ馴れしい」
「馴れ馴れしいであんなに集まります??」
「うちの領地で一番美形とされてたのがヴィンスで、その顔を見なくなって久しいところにルシウス様を投入したもんだから、テンション上がっちゃったのよ」
「投入……」
思い返すと、確かに餌を求める動物の群れに投げ入れられた気分ではあったな。
妙に納得してしまう。
「まあまあ。おかげでグリフィスとアイゼンバーグの騎士たちに一体感が出たじゃないの」
「出ましたけどね!あんな思いは二度とごめんです!ほら、ルシウス様だって同意してますよ」
「ミュー……」
「ルゥ、クッキー食べます?あーんしてあげますよ、ほら」
「……食べる」
「ルシウス様……良いように誤魔化されて……!」
ノアが「情けない」と言う表情で見てくるけど。
ノアだってミューには勝てないって分かり切ってるだろうに。
誤魔化しだろうとなんだろうと、ミューが構ってくれるのならそれだけで僕は満足してしまうのだ。
◇◇◇◇◇◇◇
ミューの商会が取り扱う商品について、商談を交えながら説明を受ける。
ここぞとばかりに売り込まれるが、隣にいるミューが首を振れば終了。
良いと判断された物も、怒涛の値切りで商人達が項垂れていた。
「お嬢様……久しぶりにお会いしたのに、手加減てものはないんですか?」
「手加減したわよ、これでも」
「鬼過ぎる……」
半額以下で取引成立してしまったストールを包みながら、糸目の商人が愚痴ってる。
「普段、お義兄様からたくさん買っていただいてるんでしょう?そろそろお生まれになるから止めなさい」
「お義兄様……?」
「ルゥ、この人ポルカ商会の会頭」
ごく普通に紹介された。
「カタログの?」
「お初にお目に掛かります、アイゼンバーグ小公爵様。ポルカ商会会頭、タスク=ポルカと申します。常日頃よりレスター公爵様にはご愛顧いただきまして、恐悦至極に存じます」
一転、貴族に対する最敬礼を見せてニッコリ笑った。
「アイゼンバーグ小公爵様におかれましても、我が商会の商品をご贔屓いただき、誠に光栄の至りでございます。また、敬愛するミュリエルお嬢様とも仲睦まじいお姿を拝見できましたこと、この身に有り余る喜びでございます。小公爵様の麗しいお姿に加えてミュリエルお嬢様と並び立つ光景はまさしく一幅の絵画とも呼ぶべきお「煩いわよタスク」」
流れるような美辞麗句に面食らってしまったが、ミューがぶった切った。
「お嬢様、ひでえ」
「胡散臭いことこの上ないわ。ルシウス様に売り込んでも無駄よ」
「そんなぁ〜。これだけの美丈夫なお方にうちの商品を使ってもらえたら、売上ドカンと上がるのに!『アイゼンバーグ小公爵様、御用達!』って」
「ルゥ、使う?」
「……ミューがいいって言ったら?」
「ほらね」
「結局お嬢様の手の内かよぉぉぉ」
先程までとは打って変わって、粗野な振る舞いになった。ギャップが凄い。
「……若そうなのに、会頭なんだ?」
「若そうに見えるけど、40近いのよこの人」
「え?!」
「お嬢様!人の年齢を無闇にバラしちゃ駄目でしょ」
「だって私より20歳上だもの」
「えええぇぇ」
「若旦那様、それどうゆう反応?いい方?悪い方?」
「えー、えっと」
「ルゥ、遠慮なく言っていいわよ。若作り甚だしいとか糸目胡散臭いとかそろそろ生え際気にした方がいいとか」
「お嬢様!全部悪口!」
「それがねタスク、陛下が頭髪を気にされてるって聞いて献上した育毛剤があって」
「言い値で買いますお願いします!」
いつのまにかミューが売り付けてた。
しかもけっこうな高額。
「これ、陛下御用達なんですか?」
「内密の話だもの。誰かに漏らしたらポルカ商会も終わりよ」
「あっぶねえ!なんて話ぶっ込みやがるんですかお嬢様!」
「瓶の注意事項はよく読んだ方がいいわよ?」
「そんなに危ない薬剤を?」
「『陛下の現状をバラしたら死罪』って書いてあるから」
「なんてもんをぶっ込んで来やがるんですかお嬢様?!」
「ミュー、本当に書いてあるの?」
「遊び心よルシウス様」
「僕、職場でちょっと話しちゃったかも」
「あら。大丈夫よ、ルシウス様なら潤目でごめんなさいすれば許してくれるわ」
なんだそれ。したことないけど。
「泣き落としですか?色仕掛けですか?」
「ヴィンスも得意よ泣き落としの色仕掛け。掛かりすぎて後始末が大変だから封印させたけど!」
「ああ、あれね。商談一発で成立したのはいいけど、そのあと坊っちゃん置いてけとか言われて大乱闘になったな」
「……僕はどっちもやったことないけど」
「ルシウス様は無意識ですから」
「ルゥも置いてけないから封印ね」
「うん……」
置いていく、の単語に敏感になってしまう。
ミューがポンポン、と空いている手で背中を叩いてくれた。
「しっかし、あの小さかったお嬢様が妊婦とはな!俺も年を取るもんだ」
「取りなさいよちゃんと」
「取ってる……?」
「若旦那様、そこは疑問形おかしいでしょ。そうだ、生まれてくる跡継ぎ様のためにサービスするよ!非売品ならいいだろ?お嬢様」
「モノによるわ」
「ただでも吟味するんだもんなー!まぁいいや、ちょっとお待ちを」
会頭がバックヤードに物を取りに行ったので、僕らの商談も一時休止だ。
あれ?商談に来たんだったっけ……?
ちょっと首を傾げたが、ミューが満足そうなので良しとしよう。
「そろそろアイゼンバーグに戻るし、お土産揃えなきゃね」
「あっという間だった……」
「なんで哀しげなの旦那様」
「もっとミューといたかった……」
擦り寄って本音を言うと、ミューは頭を撫でながら笑った。
「ずっと一緒にいるのに。夫婦ですよ?ルゥ」
「そうだけど……」
「戻ったらまたお仕事頑張ってくださいね。この子が無事に生まれたら、今度は子どものお披露目に里帰りしなきゃ。あんちょこを子連れ版にしてもらわないとね」
「ふふ……そうだね。クラスト団長に頑張ってもらおう」
「張り切りますよ。あれで子ども好きなの」
今度は子どもも一緒に街歩きをする。
そう思うと、また来るのが楽しみになった。
「お嬢様、若旦那様。こちらいかがですか?赤ん坊用のよだれ掛け、スタイです」
会頭が店奥から持ってきたのは、赤ん坊の首元に付けるよだれ掛け。
色んな色、形をしているのが五枚セットだ。
「あら、可愛い。タスクにしてはまともね」
「お祝いだってのに奇を衒ってどうするんですか。服も可愛いけど、季節とか大きさで着る時期が変わるでしょう?その点、スタイならいつでも気軽にお召し変えいただけるかな、と」
「ふふ、オシャレな赤ちゃんになりそう。ルゥ、どうですか?」
「……可愛いね。男の子でも女の子でも付けられそう」
「さすが小公爵様、お目が高い。ピンクと言えど甘さは抑え、ブルーと言えど軽やかになるように染め。どちらのお子様でもご使用いただけるようにデザインしました」
非売品、サービスと言っていたのに。
明らかにミューへの贈り物だ。
二人で顔を見合わせ、笑ってしまった。
「そうね、物が悪くないからいただこうかしら。サービスなのでしょう?」
「もちろんですとも。『アイゼンバーグ家跡継ぎ様の御用達!』と宣伝してくれていいですよ」
「赤ちゃんの宣伝?」
「せいぜい連れ回さないとね。あら、これ色形は様々だけどワンポイントだけ共通なのね。オシャレ」
「ええ、若旦那様の瞳の色が紫とお聞きしましたので。紫の花、紫苑を取り入れました」
シオン?
「そうね、うちの子もアイゼンバーグ家の色を受け継いだら紫の瞳になるわ。揃えたら可愛いかも」
「シオン……」
「?ルゥどうしたの?」
「シオン、がいいかも」
「ん?」
「男の子だったら、シオン。シオン・フォン・アイゼンバーグ。……どうかな?」
なんだか、ピタッと嵌った気がしたんだ。
シオン、と言う響きを聞いた途端。
僕が息子を「シオン」と呼んでみたくなった。
ミューを見ると……にこやかに笑ってた。
「いいお名前ね。綺麗なのに格好いいお花の名前、素敵だわ」
「ミューもいいと思ってくれる?」
「ルゥが考えたお名前だもの、いいに決まってます」
そう言って、首元に抱き着いてくれた。
「お義母様に報告しなきゃね」
「だいぶ待たせたからね……納得してくれるといいけど」
「大丈夫よ、素敵な名前だもの。あ、そうするとタスクのくれたスタイは、お名前入りのスタイになるわ」
「あぁそうかも。よりオシャレだ」
「いいのくれたわタスクーー……」
ふと会頭を見ると、顔を真っ赤にして口元を押さえていた。
「タスク?」
「ま、ちょっ、まっ、待って、嘘だろ俺のデザインで、お嬢様の子の名前が決まった……?!」
なんかブルブル震えてる。
「嫌だった?」
「そんな訳あるかよ!うれし、凄い嬉しい、ヤバイ泣きそう……」
大の大人が泣きそうになってるけど、あまり人のことは言えない。
ミューと顔を見合わせ、頷いた。
「よし、タスク泣かせてあげる。ありがとう、おかげでアイゼンバーグ家の跡継ぎの名前が決まったわ。シオンにスタイも毎日着けるわね」
「うん、息子が生まれてシオンになったら、会頭が君にスタイをくれたんだよ、そして名前まで教えてくれたんだって言い聞かせるよ」
「やめてくれよ〜〜〜〜!!泣くっつってんじゃんか〜〜〜!!」
机に突っ伏して大号泣された。
自分以外の人が泣いてる姿って新鮮だなぁ。
真っ赤な顔して真っ赤な目をした会頭が、泣きやんで恥ずかしそうに顔を上げるまで、僕らはいただいたスタイを手に取りコーディネートを検討していた。




