グリフィスへの里帰り 〜騎士たちのあんちょこ〜
街歩き後の次の日は一日「中休み」としてダラダラゴロゴロし、翌日また街歩きをする。
一昨日とは別方面で、港町へ足を伸ばせるかとサリーと話し合った。
二回目ともなれば支度もスムーズに終え、出発まで少々お待ちを、と言われたので玄関ホールのソファで待機だ。
もちろん隣にはベッタリモードの旦那様、ソファ横にはサリーが控えている。
「……」
「……?」
「……っ、ぐっ!」
「おい、それ……ぐふっ」
「おい!」
なんだか護衛たちの動きが怪しい。
隣のルシウス様も不思議そうだった。
「何あれ。サリー知ってる?」
サリーに聞くも、首を振られる。
アイゼンバーグから連れてきた護衛騎士たちが、何やらメモ?を読みながらたまに吹き出してるのだ。
「……あんな怪しい動きの護衛、信用ならなくない?」
「精鋭だよ……一応」
「精鋭でもです」
宥めるようにお腹を撫でても、何も信用できませんよ旦那様。
ジト目で見ると情けない顔をされる。
くそぅ、可愛いな私の夫は。
「とりあえず、何してるのか確認しましょうよ」
「そうだね……ノアは知ってると思うけど」
「……いなくないですか?」
「ええぇぇ」
肝心な時にいやしない侍従。ついに職場放棄か?
そう思ってると、「お嬢様お待たせしました」とグリフィス家護衛騎士団長のクラストがやってきた。
胸板の厚いイケオジだ。
その後ろからフラフラなノアもやってきた。
「……ノア……」
「っ、すみません、ルシウス様……」
「クラスト?」
「昨夜、アイゼンバーグ家の者たちと親睦会をしましてな!ノア殿も健闘されましたが、さすがに騎士相手では敵わなかったということです」
要は飲み比べだ。グリフィスには地酒もあるので、大体の人が酒豪である。
斯く言う私も、人に潰されたことはない。
中でもクラストは酒屋の息子なので、酒量がえげつない。
「ノア、無理しなくていいよ?」
「いえ……吐くものがなくなってだいぶ楽になりました……」
「……後ろの馬車で寝てなさい」
「ありがとうございます若奥様……」
「それにしても、親睦会とは楽しそうなことしてるね。夜会とは違うんだろう?」
「……若旦那様にもお声掛けしようとは思ったのですが、アイゼンバーグ家の者たちにこぞって反対されました」
「あぁ、うん。いいよ、気にしないで。親族の集まりとかで、あぁいう所は危ないって学んでるし」
気まずそうなクラストに対して、ルシウス様は平気な顔で手を振る。
無礼講な宴にルシウス様を放り込む危険性は、本人も重々承知の上のようだ。
ヴィンスもよく絡まれてたっけなぁー。それで、ヴィンスの取り合いになって一部大乱闘……その間私達は、これぞ高みの見物!って感じで、一段高いところに避難させられてた。
避難誘導をしていたクラストも思い出したらしく、合点していた。
「それはいいとして。クラスト、あれ知ってる?」
まだこそこそしてるアイゼンバーグの騎士たちを指差すと、クラストは「あぁ」と頷いた。
「お嬢様たちの警護をするための心得です」
「心得?」
「昨日の親睦会時に、グリフィス領で警護をする際の注意点を確認されたので、我々が常に携帯しているあんちょこを配りました」
「は?」
当然、と言う顔をされた。
サリーを振り返ると首を振ってる。知らなかったみたい。
「あんちょこなんて作ってるの?」
「必要ですから。ご覧になります?」
そう言って胸ポケットからメモを渡された。
メモ、と言うかきちんと綴じてあって小冊子のようだ。
「「グリフィス領・サエル〜リクリス街の警護の仕方:ミュリエル様とサリー編」」
え、なにこの限定的な警護。
後ろから覗き込んでたサリーも、隣で一緒に読み上げたルシウス様も、それぞれ微妙な顔をした。
「……色々突っ込みたいんだけど、これ街ごとにあるの?」
「大まかな地域に分けてます。港町は海も船もありますからね、状況に即した対応が必要です」
「状況?」
「以前お嬢様は海に飛び込んでいきましたし、若様は無断で乗船して危うく他国に渡るところでした」
「えぇ?!」
ルシウス様が驚きの声をあげるが、あぁあったなそんなことくらいにしか思い出せない。
「ミュリエル様とサリー編、てのは?」
「お嬢様単独なのかサリーが付くのか、さらに若様とハリーも交えるかでは注意の範囲が変わりますね」
「ミューとサリーはいつも一緒では?」
「若旦那様、サリーは一応グリフィス家の使用人ですので、用がある時は別行動もしますよ」
「そっか」
「あと、お嬢様が画策してわざと別行動をさせる時もあります」
「何してんのミュー!」
何してる、といわれても。色々だ。
「私とヴィンスなんて大体同じ思考してるんだから、単に人数が倍になったくらいで済むんじゃないの?」
「お嬢様、世の中には相乗効果と言うものがあるのです……」
「義母上と同じこと言ってる……」
遠い目まで一緒か。
ペラペラ捲ってると、「ん?」とルシウス様が声をあげる。
「港町の屋台に注意、相手に構わず商品に口出しする恐れあり……これって」
「これはヴィンスの方じゃない?」
「いえ、ミュリエル様もありましたよ。ヴィンス様よりは柔らかく伝えてましたが、相手が激高するのは同じです」
「何してんの……」
呆れられた。てかそんな注意点書く?
「これ読んで、アイゼンバーグの騎士たちは吹き出してるの?」
「そうですね、読み物としては面白いかと」
「読み物扱いしてるし!」
「お嬢様、あなた方の警護は領ぐるみで行いますので、領民からも情報を吸い上げます」
「それで?」
「結果を書面に起こしてフィードバックしたところ、大変な人気となりまして。バックナンバーを読みたいがために騎士を志望する若者まで出ました」
「読み物じゃん!」
「グリフィス領の年間ベストセラーに必ずランクインしますからね。しかし不動の一位は何と言っても、王道の『領都中心街の警護の仕方:四人勢揃い編』です。若様が怒らせた店主から「逃げるぞ!」と声を掛けた途端、四人バラバラで別方向に走り出したところなど、読み耽る警護たちからは『何やってんだ!』と必ず悲鳴が上がりますよ」
「何やってんのミュー〜」
ひし、と抱き着いてくる旦那様。
そう言われても。記憶にございませんー。
「個人的一押しは『余計なもの拾ってくるな』編ですが。ハリーはナマコ、お嬢様は蛇、サリーは狸を拾ってきました」
「……ヴィンス殿は?」
「若様は拾いませんが、勝手に着いてきます。あ、ほらここにありますよ。特に他国との交流がさかんな港町や人通りの多い領都では、付き纏いとストーカーと侍従志願と求婚者が後を絶たないので、いかに振り払うかが警護の腕の見せ所です」
わざわざ別のあんちょこを上着のポケットから取り出して、開いてルシウス様に見せてるし。
「……今日、それいる?ヴィンスいないじゃないの」
「若様はいつ現れるかわかりません。」
キッパリ言い切られた。
おかしいな、留学中の兄の話なのに否定出来ないぞ?
「領都にも行かないんだけど?」
「お嬢様、港町に飽きて突如領都のケーキを食べに方向転換したことをお忘れで?」
お忘れです。はい。
あんちょこにまで書き記してる人たちと、記憶力で勝てる訳がない。
「お嬢様。馬車の支度が整いました」
家令の声掛けにより、騎士たちもあんちょこをそれぞれ仕舞う。……持ち歩くんだ本当に。
「さぁお嬢様、参りましょう。何、いくらサリーと出掛けるとは言え、若旦那様もいらっしゃいますし何よりお嬢様は身重のお体です。昔ほどの無茶はなさらんでしょう?」
鷹揚に笑うクラストにイラッとした。
なんだそれフラグか?ご期待に沿ってやろうか?
私のオーラに気付いたのか、ルシウス様がプルプルと震えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「おい、そこ陣形乱すな!畜生、なんだこの人だかり!若様の時とは違うぞ?!」
「あ、クラスト殿右側!ルシウス様を触らせないでください、暴動が起きます!」
「だーっ!領主様の娘婿殿だぞ?!触ろうとすんな阿呆!」
「ルシウス様、駄目です!そっち見過ぎ、視線を変えてください!また人が吸い寄せられます!」
「すいませんグリフィス家の方々、ルシウス様の視線を遮るようにしてください!見詰められた、と勘違いされたら終わりです!」
「なんだそりゃ!若旦那様、ちょっと下見ててください!」
「……ミューは?」
「サリーが付いてるから無事です!」
「申し訳ありませんルシウス様、こうまで人の距離が近いとは思いも寄らず!アイゼンバーグ領方式にするべきでした!」
「おい!そんな注意点があるなら共有しとけ!」
「若奥様方の情報が多過ぎて、いっぱいいっぱいでしたっ!!」
「だよなぁ!」
「ルシウス様ー、私サリーと串焼きのとこに行ってますねー」
「こら、お嬢様!旦那放っぽって逃げんな!」
「あ、駄目ですルシウス様!ここで泣いたら最後ですよ?!」
「だって……ミューが……」
「ちゃんと若奥様のところに連れて行きますから!お願いですから、暴徒を煽らないでください!」
「本当どいてくれお前ら!頼むから!」
「ミュー……」
「若旦那様泣くな!周りの目の色がヤバイ!サリー、おいコラ!お嬢様連れてくな、そこにいろ!」
「ミュ〜〜」
「騎士団長。薙ぎ倒しましょうか?」
「〜〜〜〜〜っ、一度だけ、今回だけだ!若旦那様をお嬢様に会わせろ!」
「かしこまりました」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ミュー、わかっててやったんでしょう?港町が崩壊するところだったわよ。ルゥくんを連れて歩く注意事項を共有しないなんて、収まったから良いようなものの……」
「クラストだって悪気があって言ったんじゃないんだ、意地の悪いことを考えるのはよしなさい」
「知りません〜、グリフィス家の注意点しか考えないで警護をするとか、クラストの怠慢です〜」
「その点は重々反省いたします」
「だからってルゥくんを泣かせるのは良くないでしょう?可哀想じゃないの」
「妊婦の私があの人だかりに巻き込まれる方が可哀想じゃないの。……ルゥ、ちょっと顔拭こうか。サリー……は動けないから、ミヤビ」
「こちらですお嬢様」
「ありがとう。ルゥ、少しでいいから顔上げて?」
「……ルゥくん、お説教中はさすがにミューも動かないから、捕まえてる必要ないわよ?」
「……」
「これは捕まえてるんじゃなくて、掴まってるんですよ母上」
「ルゥくん……お説教受けてるミューを膝に乗せてたら、君も説教受けてないか?」
「……」
「これが今一番落ち着く姿勢なんですよ、父上」
「ミューが全然説教受けてるように見えないな……」
「そうですね、私もあんまりお説教中な気がしません。サリーは正座してるからそれっぽいけど」
「妊婦が正座はいけません、お嬢様」
「そうね、この子のおかげね。ほらルゥ、またしてもお母様を助けてくれた我が子を褒めてあげて?」
「……うん」
「我が子を褒めてくれたルゥを、私が褒めてあげます。いいお父さんになれますよ、ルシウス様」
「……うん、なる」
「……全然説教する雰囲気じゃなくなっちゃったわ」
「ルゥくんが笑ったからな……」
「おぉ、説教まで終わらせてくれるなんて素敵な旦那様ですよルシウス様!」
「……でもミュー、もう僕を置いてかないでね」
「しませんよ。次からはちゃんと対策して行きますから。思い出し泣きはしないでくださいね」
「うん……」
((ルゥくんが一番ミューのお説教に向いてる…))
「グリフィス領・サエル〜リクリス街の警護の仕方:ミュリエル様とサリー編」の続編として、「追加:若旦那様と街歩き編」が近々刊行されます。対策めっちゃ練ってます。とりあえずフードは被せます。




