グリフィスへの里帰り 〜妻の幼馴染風庭師〜
グリフィス家滞在、三日目。
支度を整えて食堂へ向かうと、義父母が皿を並べながら「おはよう」「おはよう、ルゥくん」と挨拶してくる。
毎度の光景ながら、遅れたかと焦ってしまう。
「おはようございます。すみません、手伝いもせず」
駆け寄ると、二人して楽しそうに笑った。
「気にしないでいいと言ったのに。私達の食い意地が張ってるだけで、邪魔と言われないように手伝ってるんだから」
「そうよ、動いてないと落ち着かないだけ。ルゥくんは待っててくれればいいのよ?」
「ですが……」
商売人どもがジッとしてられないだけ、気にしなくていい、とはミューにも言われてる。
でも義父母が働いてるところに一人座って待ってる度胸もない。
途方に暮れてると、二人はホゥとため息をついた。
「いい子だなールゥくん。どこかの嫡男とは大違いだ」
「いい子ねぇルゥくん。どこかの嫁に行った娘とは全然違うわ」
そう、二人して頭を撫でてくる。
義母上なんて少し背伸びをしてるくらいだけど、小さな子ども扱いされることも慣れた。
「あ!何を勝手に頭を撫でてるの!父上、母上、減るからやめてっ」
食堂の庭に面したスペースに置かれたソファで、サリーを隣に置いたミューが声をあげた。
「何を言ってるんだミュー。可愛い義息子を撫でるのくらいいいだろう」
「減るからダメ!」
「何が減ると言うのよ……」
「可愛さです!ルゥ、こっち来て!」
呆れた二人から離れて、呼ばれたミューの方へとことこと向かう。
なんとなく頭を撫でたいのかな、と思いミューの前の絨毯に跪くと、昨日と同じく両手で頭をかき回さられた。
「よし!減ってない」
「減ってないの?なら良かったけど……。減ってたらどうなるのかな」
「え、それはルゥの私に対する愛情が減ったと見做し「減らないよ!それは減らないから!!」」
思いの外大切なものが測られてた!
必死でミューの足に縋りつく。
よしよし、と撫でられるが、朝から泣きそうになるのは勘弁してほしい。
「ミュー、それは夫に対する可愛がり方か?ペットと間違えてないか?」
「似たようなもんですよ、父上」
そうか?ちょっとは変えてほしいけど。
「ミュー、ルゥくんを揶揄うのも程々にしなさい」
「やめろとは言わないんですね、母上」
「やめろと言われてやめるような御しやすいあなた達だったら、お母様の人生の苦労は三分の一に減ってます」
「半分ではなく?」
「世の中には相乗効果と言うのがあるのよね……」
義母上が遠い目をしたのは、文字通り遠い異国にいる嫡男を思ってのことだろうか?
うんうん、と頷いてる義父も目を細めてる。
これは相当、苦労を掛けてるな……と思いミューを見ると、ニッコリして鼻にキスをくれる。
「ごはんにしましょう」「します」
誤魔化されてるのだろうけど、まったく不満はなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
ミューの実家には不思議に思うことが溢れているので、どんどん受け流していかないと追いつかないぞと感じる。
たとえば。
「ルゥが滞在するのはヴィンスの使ってた部屋です。掃除はしているので、清潔ですよ」
「うん、それはいいけど……あの、夜は……」
「ちょっと狭くても良いなら、私の部屋で寝ていいです」
「ありがとう……」
接触禁止期間のトラウマなのか、ミューがいないと寝付きが悪いことがバレてる。義実家ではさすがに恥ずかしい。
「それでですね。使っていいクローゼットや抽斗はノアに指示しますから。それ以外のものは決して触らないように」
「え、どういう指示?」
「あの部屋は魔窟なので、とんでもないものとご対面する羽目になりますよ」
「とんでもないもの?」
「淑女が口にするのは憚られる物が」
「ーーーー!僕、客室がいいんだけど!」
「残念ですが、娘婿を客室に滞在させるのは体面が良くないそうです。残念ですが」
「二回言った!え、とんでもないものは先に撤去してもらえないの?」
「嫡男の持ち物を撤去出来るのは身内だけですが、私も母上も憚られます。父上に勇気が湧くのを待ってるんですが……あ、ルゥやります?」
思いっ切り頭を振る。後ろのノアも振ってるみたい。
「残念です。あと、もし急にヴィンスが帰ってきたら、ルゥは私の部屋に移動してください」
「へ?!え、それ……いや、嬉しいけど。それこそ客室で良くない?」
「この機会に一緒の部屋で過ごすか!てヴィンスに連れ込まれますよ」
「ミューの部屋で!お願いします!」
魔窟、ダメ、絶対。
たとえば。
「ミューって、『父上』と『母上』って呼ぶんだね。女性ではあまり聞いたことがないよ」
「えぇ、まぁ。外では『お父様』と呼びますが、家の中だと昔の名残ですね」
「ヴィンス殿に釣られて?」
「と言うより、強制されて?」
「強制?」
「昔はもっとそっくりだったので、入れ替わりをよくしてたんです。その時両親の呼び方でバレるから、揃えようと」
「それでヴィンス殿に合わせたの?」
「いえ。最初は『そう主張する方が合わせんかい』と言ってやったんです。そしたら『それもそうだな!』と素直に応じたんですけど、やること変わってないくせに呼び方だけ『お父様・お母様』にしたヴィンスへ、両親がなんとも言えない顔をするようになって」
「……そう」
「『お父様、お母様!山の方で熊狩りをするって聞いたから、行ってくるな!』とか言われると、確かに違和感がすごいんです」
「言ってる内容が凄いよ!」
「それで、それならもう『父上・母上』と呼んであげた方が精神的にも良いだろうと思い、私がヴィンスに合わせることに」
「ミューは優しいね」
「でしょう?なのにそう言ったら、『呼び方以外のところでもそれくらい気を遣ってくれたなら、褒めてあげられるんだけど』とか言われたんですよ。ひどくないですか?」
「ひど……ううん、どうかな……」
「ひどくないですよ、お嬢様」
「ひどくないです」
たまらず口を挟んだらしい使用人たちは、皆義父母の味方だった。
◇◇◇◇◇◇◇
一週間の休みとあって、心ゆくまでミューに張り付いていたいが、これからグリフィス家主治医の診察を受けるとなって少し離れた。
アイゼンバーグ家での診察は可能な限り同席してるのでここでも一緒に聞くつもりだったんだけど、義母上を筆頭に診察を聞きたい!と手を挙げた使用人たちがあまりに多かったため、辞退した。
女性ばかりの部屋にいるのも気が進まないし。
診察が終わったら呼んでくれると言うので、気晴らしにグリフィス邸の庭園を歩くことにした。
着いた初日、少しだけミューとサリーと歩いた時に聞いた色んな逸話を思い出す。
……うん、やんちゃなミューも可愛かっただろうけど、自分の子どもが同じことしてたらさすがに叱らないとな……出来るかな……。
幼い頃のミューを想像し、叱る自分を前にーーあぁダメだ、笑顔で首を傾げられたら怒る気が失せた。
いや、言わなきゃいけないことはきちんとーー目を潤ませるのは卑怯だミュー、わかっててやってるな?!
可愛い、抗えない自分がどうしようもない。
小さいミューにも勝てないことに凹んでいると、生け垣の向こうから不意に人が現れた。
「おっと、すまん人がいたか。気付かなかった」
作業服を着た若い男性だ。持ち物からして庭師なんだろうか。先日紹介された庭師は、初老の男性だったけど。
「お客人。もしかしてお嬢の旦那さんか?」
「……そうだけど」
「噂には聞いてたが、本当に美人と結婚したんだな!あのお嬢が。すげえな、大逆転だ」
カラカラと笑う彼はだいぶ豪快な質のようだ。
内容がなんとなく気に食わなくてムッとする。
「……君は?」
「あぁ、ここの第二庭師のエムルだ。お嬢とは幼馴染みたいなもんだな。よろしく、旦那さん」
作業服でゴシゴシ拭いた手を差し出された。
別に潔癖でもないし握手はするが、なんだか握られてる時間が長めだな、と感じた。
「それにしても、あんたみたいな美丈夫なら、何もお嬢じゃなくとも結婚相手なんて選び放題だったんじゃないか?なんでわざわざあんな気の強い女にしたんだ?」
悪気もなく、悪意もなく。
それでも僕からしたら、大変許し難いことを言われる。
幼馴染、と言うのはどこまで親しい仲なんだろう?
ここで僕が彼と険悪になったら、ミューにどんな影響があるのか。
対応を検討しつつ、それでも言うべきことは言わねば。
「僕は、ミューが妻でこの上なく幸せだけど」
そう告げると、なぜだか憐れんだ目をされた。
「そう言わされてんのか……可哀想にな。権力使って好き放題できるのは領地内だけかと思ってたが、王都でもそうなのか……」
「は?」
権力?公爵家相手に、伯爵家が?
言われたことに面食らってると、今度は両手を握られた。
??
「あんまり役に立たないかもしれないが、それでも何か辛いことがあったら言ってくれ!俺はあんたに味方するし、微力だが慰めるくらいは出来るから!」
何を言われているのかわからず、思考が停止した。
マジマジと彼を見詰めてしまう。
あ、しまった、ノアに「人を三秒以上見るのはやめろ」って言われてたのに。
注意を思い出して目を逸らそうとしたが、赤くなるエムルの顔にギョッとしていると。
横からサリーが飛び蹴りし、エムルが吹っ飛んだ。
とりあえず、手が外れてくれて助かった。




