『女の戦いの前の栄養補給』と称した職場訪問
なんだかんだ、一ヶ月とはあっという間である。
運動不足にならないようにせっせと散歩をし、悪阻と戦いながらせっせと食事をし、初めての胎動に驚き泣く旦那様をせっせと慰めてたらもうお茶会だ。
夫に言い寄る王女殿下に対しても迎撃準備万端!
……とはいかない。
特に何をせずとも負けないだろうし。
そもそも、この場合の負けとはなんだろう?
・ルシウス様が殿下に靡く→あり得ない
・私がお茶会で恥をかく→なんの種類の恥をかくのかイメージが湧かない
・お茶会で敵だらけ、居た堪れない思いをする→敵だらけとか逆に燃えるし
ーー勝ち負けを考えてるのが私だけなら大いなる独り相撲だけど、お義姉様もマリーも「絶対絡んでくる」とは言い切ってるしなぁ。
お茶会に思いを馳せつつ、向かうは王宮内の総務室。
ルシウス様の職場訪問である。
送り迎えはするから!と言われているので、本来は門のところで待ち合わせなんだけど。
こっそり覗いてみたくなった訳だ。
『女の戦い』を始める前に、旦那様の働く姿を見て心の栄養補給としたい。
サリーとともに聞いていた道順を辿ると、目的の部屋の前に騎士が二人立っていた。
「ヴィっっ……、あぁ、ミュリエル様……」
「人の顔見てガッカリするとか失礼過ぎるでしょ」
騎士の片方が項垂れる。
これが話に聞いた「ヴィンスに泣きながら求婚して振られた騎士」か。たしかに見覚えがある。
「それ以上その名を口にすると、うちの侍女が鉄拳を繰り出すわよ」
彼の身を思って忠告してやると、コクコク頷いて口を抑えた。
さすがに王宮内で暴力沙汰は避けたい。
「ようこそ、アイゼンバーグ夫人。ご夫君はご在室です」
もう片方の騎士は愛想良く対応してくれる。
うん、前に同じ顔の訪問があったから、誰何されることはないよね。
「ご機嫌よう。門で待つ予定だったのだけど、旦那様の働いているところが見てみたくて。こっそり覗くことは可能かしら?」
ちょっと無茶言ってるかなー、とは思ったんだけど。
騎士たちは顔を見合わせ、頷き合った。
「どうぞ、こちらです」
「よろしいの?」
「アイゼンバーグ卿が働いている姿をご覧になりたいと」
「ええ」
「私達は逆に、あのアイゼンバーグ卿が奥様に表情を緩めてるところを見てみたく」
なるほど、求めるものが真逆だけど一致したのね。
まぁそれなら簡単だ。サリーも頷いてる。
四人で移動し、そっと執務室の扉の前に移る。
「……アイゼンバーグ卿のお机は、正面右奥です」
そう指示され了承すると、扉が細く開かれた。
騎士の指示した位置を確認し、まず眩い金髪が目に入る。
あぁ、やはり目立つのだな、と納得しているそこにルシウス様はいた。
傍にアサトを控えさせ、何やら同僚と話し合ってる様子。
……うわぁ、全っ然表情が動いてない!
普段見る姿からは想像もつかない。
笑ってないし泣いてないし恥じらってもないルシウス様だ!
いつも可愛いとしか表現してないけど、あそこまで表情を削ぎ落としたら確かに凛々しいのね。
サリーと顔を見合わせ、ふふっと笑い合ってしまう。
「あれ?何して……ご婦人??あれ、この方は」
ちょうど外へ出ようとした別の方が我々に気付き、スットンキョーな声をあげた。
その声を聞いたルシウス様とばっちり目が合いーー輝く笑顔になった。
「ミュー!!」
手にしてた書類を同僚の方に押し付け、ルシウス様が駆け寄る。
扉を全開にし、慣れた手付きで抱き寄せてから一度ハッ!と気付き、目の色を確認してからもう一度抱き締め直す。
「良かった……ヴィンス殿が手の込んだ女装をしてるかと思った」
「それは抱き付く前に確認してください」
「香りと背の高さと手触りでわかるけど、念の為」
そう言って頭に頬ずりしてくるけど、ルシウス様ここあなたの職場よ?
「……ご覧になれた?」
「それはもうバッチリと」
肩越しに騎士へ尋ねると、ようやく我が身を振り返ったルシウス様がギシっと固まった。
◇◇◇◇◇◇◇
「いいもの見せてもらった、って皆様仰ってましたよ」
「見世物じゃない……」
「私も凛々しいルシウス様が見れて満足です」
「凛々しい……?」
「いつものお顔の方が好きですけど、年一くらいで見たいものです。家の執務室で一人お仕事してたら、あのお顔します?」
「……覗きにくるの?」
「ノアやセザールに協力してもらって。どうでしょうか?」
「でも僕、家の中ならミューがどの辺にいるかたぶん分かる」
「……なぜ?」
「気配」
気配かぁ。それは断てない。
在宅中は難しそうだ。
残念、と思っていると応接室の扉がノックされ、アサトが入ってきた。
「失礼します。お茶をお持ちしました。……先輩、それは凹んでいらっしゃるのですか?それともイチャついていらっしゃる?」
ソファに並んで座り、もちろん回した手はお腹を撫でつつ、ルシウス様は頭を私の肩に乗せてグチグチ言ってる。
「見たら分かるだろう、凹んでるんだよ」
「イチャついてるのは仕様だから、凹んでるわ」
「そうですか……」
納得行ってなさそうなトーンに、ルシウス様が恨みがましい目でアサトを睨んだ。
「……先輩。老婆心ながら忠告させていただきますが、職場でそのような可愛いお顔はされない方が。大変な目に遭いますよ」
「アサト。長い付き合いだから私も親切心で教えてあげるけど、ルシウス様はお顔に似合わず短気で腕力の強い方なの。揶揄ってくる相手には容赦なくて、王太子殿下くらいなら王宮内でも平気で殴るそうよ」
どこか楽し気なアサトにさらにムッとしていたので、間を取り持ってあげた。
私の言葉にギョッとした表情になる。
「……冗談ですよね?」
「試してやろうか?」
「冗談だと思うなら聞いて回ったらいいわ。ルシウス様の同世代男性は、皆さん大体一度は沈められてるそうよ?」
以上、ノアからの報告でした。
アサトが両手を挙げて降参の意を示す。
「ご遠慮いたします。私は先輩に忠誠を誓ってますので、違えることはいたしません」
「「胡散臭ぁ」」
夫婦で声が揃った。顔を見合わせて笑ってしまう。
「……恥ずかしいなら、職場に顔を出さないようにいたしましょうか?王宮に用があってもこちらには寄りません」
「嫌だ。ミューに会える機会をなくすなんて」
「拒否るか耐えるか吹っ切るかのどれかです」
「……もうちょっとしたら吹っ切る……」
またポスンと顔を埋めてしまった。
仕方ない、アサト相手に暇を潰そう。
「王女殿下へのおもてなしは順調?」
「大枠は。なにせ先輩が顔を出したがらず、上からも決して会わせるなとお達しがありますので、制限は掛かります」
「総務室に引きこもるのでは駄目なの?」
「所属がバレているので、総務室の出入りはチェックされてます。今日はお茶会なのでさすがに突撃してきませんが。基本は王女殿下の行動範囲の対角線上を移動していただいてます」
「苦労掛けるわねぇ」
「いえいえ」
「……だから休暇を取ろうって言ったのに……」
ボソッと抗議を呟かれる。
よしよし、とお腹を撫でる手をさらに撫でてあげた。
「いやもう、この姿お見せしたらそれで解決すると思いません?」
「会いたくないし」
「ですって」
「先輩……遠くから見てもらうとか」
「それ、突撃してきたら止められるの?」
私のツッコミにアサトが壁際のサリーをチラ見し、サリーは頷いた。さらに突っ込む。
「結婚するよりハードな国際問題にでもなったら、アサト・ワルロー子爵令息の示唆によるものですって言うから」
「ごめんなさいすみません浅慮でした」
潔く頭を下げてる。
「え、ワルローって謝る時、ソファに座ったままで通じると思ってるんだ?」
追撃のルシウス様にガチリと固まる。
「……ルシウス様流の、意地悪よアサト」
なにせ肩の上で笑いを堪えてる。
「っ、先輩、勘弁してください!」
「たまには土下座でもしてみれば?」
「たまにするものですかそれ?!」
「……」
うん、ノーコメントね。
アサトを揶揄ったことで、ルシウス様のご機嫌も少し直ったみたい。良かったこと。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「子どもの名前、3つにまで絞ったんだ」
「あら良かった。生まれても決まってなかったら、適当に呼ぶとこでした」
「適当はやめて……ちゃんと決めるから」
「あともうちょっとですかね」
「うん、そうなんだけど。この間廊下でサリーに話し掛けられて。『ご子息のお名前は〝サミュエル〟様でいかがでしょう』って提案された」
「……キレイに混ぜましたね」
「ね。僕もうまいな、って感心してたんだけど。そこからサリーがジッと見つめたまま動かなくって」
「圧を掛けたらいけると思ったんでしょうね」
「いくら上手くても、妻と侍女の名前を混ぜたとか意味わかんないし」
「サリーが溺愛することは確実ですね」
「どんな名前でも僕だって溺愛するよ。それで、なんとか逃げようと思って『その名前はサリーの子どもに付けてあげたらどうかな』って逆提案したら、その手があったか!みたいな顔して去って行った」
「うちの子にサミュエルくんが付いてくれそうですね」
「でも無責任な提案だったかなって。サリーの結婚事情も知らないのに」
「結婚事情ですか。婚約者はいませんけど、求婚してくる相手ならいますよ」
「え、そうなの?!」
「ヴィンスが」
「………………は?」
「ヴィンスと、うちの親が」
「なんで?!!」
「ヴィンスと一緒になっても色々乗り越えられそうな女性が、サリーしかいないからです」
「そんな理由?!」
「とは言いますが、普通に考えて他国の王子に求婚されっぱなしの嫡男に、どんな婚約者を付けられます?」
「……確かに」
「王子以外にもしょっちゅう求婚されたり告白されたり、本人がまったく望んでもいないのに、人生が常に恋愛の修羅場ど真ん中な男ですよ。並大抵の女性じゃ縁付けません」
「そうだけど……」
「サリーなら気心知れてるし強いし、何よりヴィンスが『嫁にもらうならサリーがいいな!他はいらん』って公言してるんです」
「それ、サリーはなんて」
「無視してます」
「あぁ……」
「ヴィンスの性格と環境が変わる訳はないので、サリーがその気になったら、と言う条件で二人とも婚約者も作らずに自由に生きてますよ」
「最後だけすごく分かる。でもそれって、ヴィンス殿は求婚を避けられないのでは?」
「ヴィンスが嫌がることをする人は、他の信奉者から妨害されますよ。現にトラキオンの王家からは姫君との婚約が申し込まれましたが、兄である王子が却下しました」
「それは、嫉妬によるものなのか……?」
「嫉妬もあると思いますけどね。ヴィンスが拒否したのを聞いて嬉々として跳ね返したらしいです」
「ヴィンス殿が王子との結婚を断ったのは分かるけど、姫君も断ったんだ?」
「『興味ない女にも男にも、1ミリも勃たん!』と強く言い切って」
「ミュー!そうゆうの口にしちゃダメ!妹に何を言ってるのあの人は!」
「え、でも『ルシウスならきっとわかってくれるさ!同類だからな!』とも言ってましたよ?」
「巻き込まないでくれるかな?!」




