王太子妃殿下のお茶会と第四王女殿下来訪前の下準備
結局、グリフィス領へはお茶会後に一週間ほど行くことにした。
何と言っても妊婦の移動だ。安定期とは言え、移動も滞在先も気にするだろう。
帰りの馬車移動が不安なら、そのままグリフィス家で出産したら良いのでは……?と提案したルシウス様に、お義母様はそれはそれは激怒した。
「これまで何も準備してこなかったであろうグリフィス家に、突然ミューの出産をするから用意しろ、と命じるの?夫のあなたが?思い付きで?それはまぁ、立派な旦那様だこと。それで?ミューの出産を心待ちにして準備と手配に心を配り捲ってる我が家はどうするのです?向こうで産むことにしたからキャンセルで!とあなた使用人たちに言えるの?どれだけ反感を買う気なの?正気?全ての世話を放棄されるわよ。ねえ、わたくしとリカルド様にも『初孫に会いたければグリフィス家まで来い』と言いたい訳?仕事を放り出して?レティシアの産着はどれにしよう、最初になんて声を掛けよう、久々に赤子を抱くのだから少し練習を、なんて出産に向けて余念のないわたくしたちに対して「すみませんお義母様。ちゃんと帰って来てアイゼンバーグ家で産みますので、さっきの提案は聞かなかったことにしてください」」
レティシア(仮)への熱い思いを遮ってしまった。
だってルシウス様が顔色悪くてプルプルしてるんだもの。
「ね、ルシウス様。ちゃんとアイゼンバーグ家で産みましょう?」
「…………ミュー、が」
「はい?」
「ミュー、が、初めての出産だから、グリフィス領で産んだ方が、安心できるかなって……」
そう、潤目で見られる。
ズキューン!としました。
抱き着いちゃいますよ、旦那様。
てっきり第四王女殿下から逃げるためだけの里帰りかと思ってたのに、私のためだったとは!
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ、グリフィス領はもちろん、アイゼンバーグ家でも私は安心して出産できます。あなたがいてくれるんだから」
「……うん」
「どこで産むことになっても、一番最初に子どもを抱っこするのはお父さんの役目ですからね」
「……頑張る」
ムギュ、と抱き締め合う私達にお義母様はため息をついた。
「……ミューのため、と言うなら聞かなかったことにしましょう。一番目の抱っこもルシウスに譲るわ。でも二番目はわたくしよ?レティシアの産着もわたくしが決めるわ」
「……母上、娘と決まった訳ではありませんが……」
「わかってるわよ。でも孫息子の名前をあなたが決めないんじゃないの」
「もうちょっと……」
「孫息子の産着はリカルド様が選んでるから、あなたは早く名前を決めなさいよ?」
「はい……」
この分だとまだまだ長考しそうだな。
生まれた時には名前を呼びたいから、それまでに決めてくれるといいけど。
そんなことを思いながら、私達はお義母様のサロンを後にした。
「使用人たちの反感を買わずに済んで良かったですねえルシウス様。お世話放棄されたら大惨事になるところでした」
「そうだね。さすがにこの家だと辛いかな。辺境でならどうにかなるんだけど」
「辺境でならどうにかなるんですか?」
「鍛錬で一日山に放り込まれたからね。あれぐらい自然に囲まれたところなら、多分なんとかなる」
「意外とワイルド!」
その後、「いつか役に立つかもしれない」と、山での食べ物の探し方をレクチャーされた。
いつかが来ないことを切に祈った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
さて。
あと一ヶ月後に開かれる王太子妃殿下のお茶会、並びにきっとあるであろうデリル王国第四王女殿下との邂逅に関して、私もそれなりに備えておこうと思う。
お茶会の備えとは?と考えても、せいぜい人と被らないお土産を選ぶ程度だけど。
旦那様が狙われてる(かもしれない)くせに、その肝心な旦那様が相手を認識してない状況。
……情報が何ひとつ得られない!
と言うことで、お茶会と王女殿下の両方に詳しいであろうお義姉様の元を訪ねることにした。
「と言うか、お義姉様は来月のお茶会に出席して大丈夫なんですか?けっこう臨月に近くないです?」
「まぁ近いっちゃ近いけど、だからと言って動かないでジッとしてるのもつまらないじゃない。さすがに飲食は控えるし万が一のために医師も傍にいてもらうけど。こんな面白そうなお茶会、特等席で参加しなきゃ後悔するわよ。ねー?カトリーヌ」
そう言ってお腹を撫でるお義姉様。
「娘確定ですか?」
「まさか。息子の名前が未定なだけよ」
「それはお義兄様が?」
「旦那様は『私には名付けのセンスがない』って丸投げだわ。色々名前の候補を考えたんだけど、どれもしっくり来なくて。出てきて顔を見たら決めるわ」
まさかの未定。ルシウス様、うちは許されませんからね。私が決めちゃいますよ?
「そう言えば、お義兄様の購買欲は収まりました?」
「ポルカ商会は何歳までのカタログを持ってくる気かしらね……」
「すみません、下手したらデビュタントのドレスまでやりかねないです」
「今は幼児に持たせる模造剣について検討してるわ」
「部屋、何個目行きました?」
「四個目の半分」
「……部屋数が多くて良かった……?」
「あんまり良くないわ……」
遠い目をされてしまった。
これは実家経由で釘を刺しとくべきかも。
「まぁ、旦那様のことはいいわ。生まれてきたらそんなことしてられないんだし。それよりミューの話よ、第四王女殿下のことを聞きたいんでしょ?」
「そうなんです。あまりにも情報を持ってなくて、ルシウス様に聞いたら『顔も知らない』って言うし」
「……本気?」
「心の底から本気です。関わるべきではない相手として認識してますから。今はより拒絶反応が激しいので、ルシウス様からの情報収集は諦めてます」
「極端な男ね。でもミューは?商売の伝手とかで手に入れられないの?」
「あいにく、デリル王国は私の範疇外だったんです。王族の基本的な情報しか知らなくて。今から手配するなら、お義姉様にお聞きした方が詳しいかと」
「それはそうね。突出した特色のある方ならまだしも、王族としては普通に箱入りなお姫様よ」
「可愛いんですか?」
「そこから?」
「同じ女性として、夫に言い寄る女性の容姿は気になるじゃないですか」
「確かに」
お義姉様は深く頷いた。
これはもしや、お義兄様にもなにかあったのか?
気になるが今度の機会にしよう。
「顔立ちは確かに可愛い系よ。お年はルシウスの2つ下だったわ。ミューより少し年上ね」
「それで未婚となると、王族としては珍しい方なのでは?」
「そこが第四王女と言うところよ。あの国は側妃もいらっしゃるから、総じてお子の数が多いの。王子殿下も三人、王女としては四番目。本人が望まない限り、無理強いして結婚させる必要性もなかったのね」
「可愛がられ系末っ子ですか」
「箱入りで真綿を包むように育てられ、初めての外交で浮かれきったところでルシウスを見たのよ」
「それは運命!て盛り上がりますね」
「運命の相手は顔すら認識してくれてないけどね」
「相手が悪過ぎますね。初回で盛り上がったとこまではルシウス様から聞けましたけど、それだけじゃ性格が分からず。良いとは期待してませんが、どんな感じですか?」
「夢見がち」
「それはまぁ」
「ワガママ」
「末っ子あるあるですね」
「可愛いければ許されると思ってる」
「それは王女あるあるですかね」
「そんな21歳」
「一気にイタイ!!」
お義姉様のパワーワードに頭を抱えた。
そうだよね……人間、性格がすぐ変わる訳でもないから、10代なら許されてた性格のまま20代になってしまうのか……。
「お義姉様、自分の子どもはしっかり育てようと決めました。」
「奇遇ね、わたくしも今そう考えたわ」
私達はそれぞれのお腹を撫でながら誓った。
可愛い可愛いだけじゃ駄目だ、叱るべきところは叱る!矯正はせめて10代前半のうちに!
「……王女殿下の対策を検討したかったのですが。なんかどう考えても負ける気がしません」
「奇遇ね、わたくしもそう思うわ」
まあなんとかなるだろうたぶんきっと。
◇◇◇◇◇◇◇
「父上、一緒にお茶でも……、失礼しました、まだ仕事中ですか?」
「いやこれは仕事ではない……うん、仕事ではない」
「煮え切らないですね」
「仕事とは思えないが締切があってな……」
「なんです?」
「読むか?」
「読んでいいんですか?…………父上、これは」
「うん、母上の人生を綴った本の原稿だな」
「お祖母様の、人生を??」
「母上のファンたちがな、熱い想いを一冊の本にしたいと盛り上がったらしい。それで私にも、結婚後の様子を記してほしいと」
「お祖母様……え、お元気ですよね?」
「ものすごく元気だ。ただ私もそう思ったから、『そのような本は本人の死後に出すものでは?』と聞いたら、『縁起でもないこと言うな!』と怒鳴られた。公爵の私が、辺境の分家の使いに……」
「……熱意が溢れてるんですね」
「そうだな。これはもう早く書き終えてさっさと渡そうと思ってるのだが、なかなか難しい」
「難しいんですか?」
「途中途中でミモザに見てもらうんだが、『これは本に載せてはいけません』と禁止されてしまうんだ」
「何書いてるんですか父上」
「私から見た父母のことなんだがな。例えば、私は幼い頃父の座る場所は母の足元近くの絨毯が定位置だと思ってた」
「なんでですか!」
「いつもそこに座ってたからだ。ある日珍しくソファに座ってたから『父上は今日はそこに座っていいのですか?怒られませんか?』と聞いたら、泣いてしまった。母が父に謝ってるところは初めて見た」
「それは載せてはいけません……」
「あとは、父が母を驚かせようと背後からそっと近寄り掛けた途端に、不届き者と間違えられて振り向き様の右ストレートを食らってた光景とか」
「載せてはいけません!」
「微妙に喜んでる風だったとか」
「それを載せたら孫が読みます!」
「それはいけないな。うん、わかった」
(孫パワーは偉大……!)
感想で「ソフィア様英雄伝説の書籍化」といただいたので、お義父様に協力してもらいました




