幕間1 ルシウスの災難
ちょっと他から引っ張って来ました
それは、部署回りが終わり総務室へ帰る途中の廊下でのこと。
向かう先に、一組の男女が話しているのが見えた。
男の方は自分と同じ制服を着ている。
背丈や髪の色から判断するとーー後輩の、ワルローだ。
ワルローは相手の女性に対して、なんだか宥めているように見える。
こちらに背を向けているから、栗色の髪と侍女のお仕着せの後ろ姿しか分からない。
そう言えば、ワルローは王宮侍女に婚約者がいるんだったか……。
ミューの知り合いかもしれないな、と思いつつ進むと、二人はなんだかモメているように聞こえる。
こんな所で痴話喧嘩とは、ワルローにも抜けてる所があるんだな。
あまり騒ぐようなら場所を変えるよう進言しないと、噂になってしまうかもしれない。
でもなぁ、女性が騒いでる中で話し掛けるなんてやったことないし……ワルローにアイコンタクトでもするか?通じるか?
ミューとマリアベル様は、口にするのと同じくらい伝達できてるみたいだけど。
そんなことを考えていると、近付いたワルローとバッチリ目が合った。
ワルローの顔が引き攣る。
ん?
そのワルローの様子に気付いたのか、女性もこちらを振り返り……目を見開いた。
可愛らしい顔立ちの侍女は、みるみるうちに目を潤ませ、僕を睨んだ。
は?
戸惑って立ち止まると、彼女はツカツカと歩き、大きな声で僕を詰ったのだ。
「ひどいですアイゼンバーグ卿!私との約束がありながら、奥様を妊娠させるなんて!!」
あまりの暴言に、時が止まった。
「シャーロット!やめろ!」
ワルローが彼女の手を掴むが、振り払う勢いで詰め寄ろうとする。
「私を振り回して、そんなに楽しいですか?!甘い夢を見させてから取り上げるなんて、酷すぎる!」
長い間止まっていた時が、ようやく動き出した。
血の気が頭に上る。
「……はぁ?!何を言ってるんだ君は!僕は君なんか知らない、会ったこともないだろう?!なんの約束があるって言うんだ!」
「会ったこともなしにするんですか?!そんなに私のことを邪険にしたいんですか!」
「シャーロット!頼むからやめてくれ!」
ワルローの制止もまったく聞いてない。
涙を溢しながら、よりいっそう声を張り上げた。
「私だって!ミュー様とお茶会したかったのにーーー!」
……は。
◇◇◇◇◇◇◇
「……つまり?君は僕の妻とお茶会の約束をしていたが延期になった、ガッカリしているところへワルローが妻の妊娠を話した、自分より先にミューのことを知られたのが悔しかったあまり、僕に突っかかってきた。そういうこと?」
「……はい」
ソファに座り、尊大にも足を組んで侍女ーーシャーロット嬢を見下ろす。
対面のソファで縮こまって座るシャーロット嬢は、先程の勢いはどこへやら、と言った風情だ。
その隣には婚約者のワルローが座るが、「さすがにこれはフォローしない。反省しなさい」と最初に突き放してた。
「会ったことがある、と言うのも式の時に一度切り?」
「そうです……」
「ミューの友達、何人来るのってくらい入れ替わり立ち替わり挨拶に来てたよね。君、何か目立つパフォーマンスでもしてたっけ?」
「してないです……」
「先輩。たぶんシャーロットは友達の陰に隠れてたと思います。挨拶できてたかも怪しいです」
「アサト様っ!」
「サラ嬢が『シャーロットが号泣して大変だった』って教えてくれたんだ。大泣きした後の顔なんて見せなかっただろう?」
「うう……」
「じゃあ、なに?自分はきちんと顔見せしてなかったくせに、僕からは認識してただろうって判断したの?どれだけ自意識過剰なの君」
わざと冷たく言うと、シャーロット嬢は項垂れて傍らのワルローは苦笑した。
これくらいの意地悪は許してほしい。
何せ、シャーロット嬢があの場で叫んだ内容を繋ぎ合わせたら、僕が彼女を弄びつつ妻を妊娠させて、遊び相手を捨てようとする最低の浮気男になるのだ。
よくもまぁ、あんなに誤解されやすく言葉を省けるものだと、変な所で感心してしまう。
「……アイゼンバーグ卿、本当に失礼致しました。どのような罰でも受けます」
思い詰めた顔をしてこちらを見詰めてくる。
どのような罰、って言ってもねえ。
「ミューに会うことを、金輪際禁止にしようか?」
「そんな!」
「じゃあ一年」
「うぅっっ……」
「全然受けてないじゃないか」
もっとも、これは自分がミューから言い渡された時に同じ反応をしてたから、受け入れられないことはわかる。
シュン、としてしまったシャーロット嬢に、深いため息をつく。
「……もういいよ。ミューと君のお茶会は日延べして開くといい。変な噂が広まったら、責任を持って消してくれワルロー」
「あれ、私ですか?」
「君の婚約が潰れるよ?」
「お任せください」
ワルローが執事のような礼をし、シャーロット嬢は瞬きした。
「……よろしいんですか?」
「ミューの友達だしね。外出の制限があって退屈にさせてるのに、その上訪問者まで減らしたら可哀想だろう?」
なるべく妻の機嫌を取りたい身としては、不興を買いそうな行動を控えねば。
僕の言葉を聞き、シャーロット嬢は嬉しそうに笑った。
「アイゼンバーグ卿は、ミュー様をとても大事にしてらっしゃるんですね。安心しました」
「それは良かった」
「ミュー様がお話の端々に『旦那様を泣かせてる』と仰るので、少し不安だったんです。どんな結婚生活なんだろうって」
「待って!ミューは君にそんなことを話してるの?!」
「先輩……泣いてるんですか?ミュリエル様の前で?」
「ない……っ」
ワルローの不審そうな目つきに思わず否定しそうになったが、泣いてないとは言い切れない。
ミューと結婚してから、涙腺が殊の外緩んでるのは紛れもない事実だ。
言葉にならず口をパクパクさせてると、ノックもせずに扉が開いた。
「ルシウス!王宮で侍女を弄んで捨てたと言うのは本当か?!お前、ミューを愛してたんじゃないのか!」
ユーリウス様だった。
一番面倒な所が……!
「……ワルロー」
「お任せ……ください、と言い辛いですが、死力を尽くします」
ワルローにも言い切れないことがあるらしい。
まずは、第二王子妃殿下にして「羽口王子」と呼ばれるこの方へ、どのように誤解を解くかで頭を悩ますことになった。
噂が完全に消えるまで、一ヶ月掛かった。
その間、シャーロット嬢はこの事態の責任を取ってミューと会うことをせず、僕は傷付いた体で妻に思う存分甘えることにした。
「ルシウス様とシャーロットの組み合わせだなんて、可愛い可愛いで倍可愛いじゃないですか!潤目選手権でもやります?」
「何それ……」




