超スピード政略結婚の理由〜ミュリエルの場合〜
兄の経歴とミューの結婚事情の説明回です
あの時の怒りを思い出して睨みつけても、ヴィンスには一向に堪えない。
なぜかルシウス様が怯えてる。視線は向けてないのに。
「あんまり怒ると胎教に悪いんじゃないか?ミュー」
「だから、誰のせいだっつーの!」
「俺だな」
いけしゃあしゃあ、とはこういうことか。
お腹に回ったルシウス様の手が、宥めるように擦ってる。普通は背中だろうな。
「そう言えば、義兄上は式にいなかったね」
「ヴィンス、でいいさルシウス殿。年上だろ?」
「年下らしく振る舞いなさいよ……」
「……ヴィンス、殿」
「まぁいいか。日程が合わなかったのと、あっちを抑えてたからな。こちらに来るよりはあっちで止めてた方がまだマシだろと思って」
「あっち?」
「トラキオン王家」
シレッと隣国の王家の名を出すヴィンスに、ルシウス様が固まった。
「……王家を止めてたの?」
「式に乱入してぶち壊しにされたら堪らんだろう?幸いにもそんな馬鹿げたことするのは第三王子しかいないから、あの手この手で止めてた」
ヴィンスがそう言うからには、本当にありとあらゆる手段を駆使したんだろう。
一見感謝されるべき行動だが、その実原因は本人にある。
「……グリフィス家がミューの結婚を急いだのって、トラキオン王家の第三王子殿下から求婚されそうだったから、だよね?」
恐る恐る聞かれる。
「合ってますよ。知ってたんですね」
「意外そうな顔をしてる……それは、最初の顔合わせの後に父上から聞いたから。求婚されたら断れないから、書状が届く前に婚約するって」
「そうです。婚約が成立した二日後に来ましたからね。危なかった」
「それも俺が止めてたからだぞ?」
「握り潰しなさいよ」
「何通も潰したっての。それを上回る数送り付けてたんだよ」
「求婚の書状ってそんなに送るもの?」
「違うわよルシウス様」
実際、ひとつめのすぐ後に同じ内容の書状が届き、なんだろうこれ?と家族で首を傾げてたら、数日おきに同じ書状がいくつも届いたのだ。
呪いの手紙に近かった。
「婚約くらいじゃ諦めそうにない、って予測してスピード婚にしといて良かったわよね。国同士の地理的な距離を以てしても、あれだけ手紙が届くんだから」
マリーがグリフィス家に様子見に来た時、ちょうど何通……十何通めかの書状が来てた。
全部机に並べてやったら、鳥肌を立ててた。ついでに私も。
「会ったこともない相手からアレだけ書状が届くのって、恐怖よねー」
「会ったことある相手でも恐怖でしょ」
「そっか。単に物量の話」
「そうよ。書状だってタダじゃないのに、わざわざ王印まで捺して。海を渡ってグリフィス家まで届けるのよ?いくら消費されたか、考えるだけで恐ろしいわ」
「さすがグリフィス、観点が経費」
マリーと書状の思い出を語ってると、ルシウス様が驚いてた。
「また?ミュー」
「また、とは」
「また、会ったこともない相手なの?」
「婚約破棄のこと言ってます?アレとは別次元ですよ。多少なりとも顔合わせした元婚約者とは違い、本当に第三王子殿下とは会ったことがないんですー」
「来年来るけどな」
「遠慮するわ」
「遠慮したいわ」
「待って!待ってミュー!」
身内間のテンポの早い会話に、ルシウス様が頑張って
割ってきた。
「会ったこともない王家に、どうして求婚されることになるんだ?!」
理解出来なくてルシウス様が叫ぶ。
どうどう、と今度は私が背中を擦った。
「会ったことはないんですけど、相手のことは知ってるんです」
「訳わかんない……」
「だから、ヴィンスのせいなんです」
「ヴィンス殿の、せい……?」
ゆっくりルシウス様が顔を向けると、ヴィンスは美しいオッドアイを細めて笑った。
「トラキオンの第三王子殿下は俺に惚れてな。何回も求婚されたんだが、俺は男とは結婚しないと断り続けた。そうしたら、俺と同じ顔をしてるミューと結婚して、義兄弟になろうと計画しだしたんだ」
◇◇◇◇◇◇
グリフィス伯爵家嫡男、ヴィンス・グリフィス。
稀なオッドアイを持つ身として、尋常じゃない好意を浴びせられてる。
本人が人の好意に乗っかったままなのを良しとしないのでどうにかなってるが、一歩間違えたらテンプレートな我儘箱入りお嬢様のようになってたと思う。
可愛いんだから許されるでしょ?みたいな。
ヴィンスの目に魅入られ、フラフラと吸い寄せられる人に男女の区別はない。ついでに老若も関係ない。
誘拐まがいに連れ去ろうとしたり、白昼堂々と求婚したり。
ぶっちゃけこの世界に「魅了」とかあったっけ?と疑うレベルだ。
かつ、ヴィンスが好意を受け取らなかった場合、なぜかその怒りの矛先は私に向いた。
のみならず、マリーや従兄弟達、それにサリーも漏れなく被害に遭ってる。
ヴィンスが悪い訳ではないけど、苦々しい気持ちになる所以。
こんな状態じゃ王都で暮らせるはずもなく、ヴィンスは長い間領地暮らしだった。
そして私は傍にいると被害に遭うので、しばしマリーのいる侯爵家に身を寄せたりした。
領地は平穏だけど、活発な少年には物足りない。
それに、13歳になったら学園に通うことになる。
領地でもこんだけ被害に遭うのに、学園になんか通ったらどんな恐慌を引き起こすのか。
家族会議を重ねた結果、海の向こうにあるトラキオン王国へ留学することになった。
トラキオンは大陸の真ん中に位置する国で、色んな人種が行き交いしている。
そこでならヴィンスのオッドアイも珍しくないかもしれないし!と言うのは全然期待してないけど、学園で騒ぎ立てられて婚約破棄とか引き起こすよりはマシだろう、と言うのが私の意見だった。
つか結局、ヴィンス全然関係ないところで婚約破棄されたけど。
心身を鍛え、領地に戻っても魅了される有象無象をあしらえるようになったら、爵位を継いだら良い。
親もヴィンスもそれで納得し、トラキオンへ渡る船に従者たちと共に乗り込むヴィンスを涙混じりに見送ったのだがーー。
二週間後、「王子に求婚された」と言う手紙が届いて、全員頽れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「船で一緒になった奴に、高位貴族の従者がいてな。三日後には俺の噂が王宮まで届いて、面白がって見に来た第三王子はあっという間に惚れてきた。王宮に拉致られるかと思ったわ。さすがに友好国の伯爵家嫡男を後宮に入れるとかハードな国際問題だから、どうにか解放されたけど。あの時ほど実家の爵位に感謝を捧げたことはなかったなー」
何も気負わず事件性の高い過去をペラペラ喋るヴィンスに対し、ルシウス様は固まったままだ。
拉致られるとか普通ないよねー。
と、思ったけど。
ルシウス様の美貌なら、一度や二度はあるのでは?
思わずジッと見詰めてしまう。
「……何?」
「拉致られたことあります?」
「ないよ、いくらなんでも」
「拉致られそうになったことは?」
「…………ある」
やっぱり。
ポンポン、と頭を撫でとく。
子どもがルシウス様似だったら、護衛とか考えなきゃかも。
「んで。そこから十年、ずーーーっと口説いてくるんだが。何度言われようと俺は男とは結婚しない。俺の妻になりたければ、殿下が女になれ!て言い渡したら、ものすごくショックを受けた顔されて」
「なんでよ」
「当たり前じゃないの」
「第三王子なんだろう?それこそ政略結婚の話、なかったの?」
「殿下の求愛が有名になってしまってなー。どこでも構わず言ってくるもんだから、王家も諦めてた」
「どこでも男口説く王子と結婚とか、どれだけ罰ゲームなのよ……」
「男性同士がどうのとは言わないけど、それに巻き込まれたくないわー」
「それな」
ヴィンスは私を指差した。
「諦めきれず俺の周囲を探ってた殿下が、ミューの存在を認識し直したんだ。外見の情報こそ少なかったが、双子と言うだけでも似てる要素はありそうだろう?義兄弟になれば俺の近しい位置をキープできる、俺に似た子が持てるかもしれない。殿下にとっての名案だった」
プツン、と何かがキレた音が聞こえた。
一年ぶりに感じる、暗さを煮詰めたようなドロドロの感情が蘇ってくる。
「……私だって貴族の娘だもの、家の為ならどんな年上だろうと外見的要素に魅力がなかろうと、それこそ婚約前に愛人がわんさかいようと、政略結婚を受け入れる度量はあるわよ。家の為ならね?それが何?『ヴィンスと同じ顔』?『ヴィンスとの縁繋ぎ』?ましてや『ヴィンスに似た子を産む』?どこまで虚仮にする気なの、全部お前の自己満足の為じゃないか。王家との繋ぎなんてこちとら望んでねえんだよ。グリフィス家に何の得も生み出せない分際で、『お前がヴィンスの妹だから我慢して娶ってやる』とかイカれた文書送り付けてくんな。そんなにヴィンスの顔と結婚したきゃ嫁にお面でも被せてろ。もしくは肖像画に誓いを立てろ。お前の純愛物語もどきに付き合うほど酔狂じゃねえんだ、私に関係ないところでやってろ。そういう趣味のオネエサンたちの集まりにでも参加して、好きなだけ釜掘って「ミュー!ミューっ!」」
必死なルシウス様の呼び掛けにハッとした。
泣きそうな顔で覗き込んでいる。
「ミュー、ミューはもう僕のお嫁さんなんだから、殿下のことなんて考えなくていいよ!むしろ一生考えないで!!」
ヒシッ!と抱き締められた。
……あー、ブラックな思考に染まってた?
「ミューは『ヴィンスに似てる』って言ってくる人が嫌いなのに、まさかそれで求婚されるとか悪夢よね」
「無理だ、とは止めたぞ?ミューも実家も受け入れないって。でも聞きやしないんだ。結婚を諦めてた殿下が、経緯はどうあれ隣国の伯爵令嬢に求婚するってんで、向こうの王家も応援し始めてな。これはヤバイってんで、最速で知らせた結果こうなった」
こう、のところで意味ありげに笑われた。
……まぁ、楽しい結婚生活を送れてますけど。
「……ルシウス様と結婚できたのは僥倖だし、その点だけはヴィンスに感謝してもいいけど。万が一第三王子殿下を避け切れなかったらと思うと、やっぱりムカつくのよね」
渋々言うと、ヴィンスはさらに笑う。
「万が一とかないさ。お前と殿下の結婚とかあり得ない、サイアク刺し違えてでも俺が阻止する。妹を蔑ろにする男なんざ、縁組させる訳ないだろう?」
俺はミューの兄なんだからな、とたまに出る兄振りたい顔をして、双子の兄は言い切った。
◇◇◇◇◇◇
「……サリーがヴィンス殿に過激なのは、やっぱり第三王子殿下とのことがあったから?」
「あー、確かにそれのせいでより激しくなったのは事実ですけど。元々サリーはヴィンスに容赦ないんですよ」
「そうなんだ?何で?」
「ヴィンスのとばっちりがよく私達に来たからです。もうちょっと考えて発言せい!と逃げながらよく怒鳴ったもんです」
「逃げたんだ……」
「強面お兄さんの屋台の前で、あっちの店の方がいくら安くてお得、味もいいとか平気で言うんです」
「それは……追っ掛けられるでしょう……」
「結果、逃げ込んだ先の小屋の扉が立て付け悪くて開かなくなって。お兄さんからは逃げたものの、今度は出られなくなりました。小屋に逃げ込むことを提案したのがヴィンスで、バタンと閉めたのもヴィンスで、『そういやこのドア開けにくいんだった』とかのたまったのもヴィンスです」
「それは、怒るね……」
「小さな窓を見て『サリーなら行ける!通れる!』と断言したのもヴィンスだし、途中で嵌ってにっちもさっちも行かなくなったサリーに対して『ごめんごめん。今度菓子奢るってー。あ、でももうちょっと痩せとく?』とか抜かしたのもヴィンスですね」
「それは怒られるだろう!」
「救出された後、事情をうちの父に話して許可をもらい、シゴキと称してボコボコにしてました。以来、兄を見るとシゴキたくなるとか」
「うん、もう二度とあの二人は会わせないようにしよう!」




