ミューは偽物を罠に嵌めたい
エステル、という確実に面の割れてない人材を確保したことで、計画は一気に整えられていく。
その間、はびこる噂は『より面白く』『より詳しい』内容に置き換えられていった。
酒場で、道端で、お店の前で。
友達との気楽なお茶会で、噂を少しずつすり替えていく。
「アイゼンバーグ公爵家の若奥様がーー」
「あ、それ違うって。同じ名前でも、男爵令嬢の方らしいわ」
「男爵令嬢?」
「そもそもさ、アイゼンバーグ家の次期公爵様と言えばあの美貌のお役人だろ?あんな旦那がいるのに、男遊びなんかするか?っつー話だよ」
「それに公爵家の財産ってすげえんだろ?贅沢って何するんだよ、両手に宝石付けまくるのか?重ってえだろ!あれぐらい高貴なお人の贅沢つったら、山買うとか?別荘建てるとか?とにかく、俺ら庶民の考える贅沢なんて贅沢のうちに入らねえよきっと」
ルシウス様の絵は、ファンクラブのグッズ製作の一環で極少数ながら一般販売されてる。
店に出した途端完売する勢いの絵、そのモデルとなる美貌の次期公爵。
この人の妻でありながら男遊び……?と絵を見ながら首を傾げる人が続出である。
アイゼンバーグ家の資産についても、王都のお屋敷の規模とアイゼンバーグ領の城を思えば一目瞭然だ。
「なんでも男爵令嬢って、学生時代にアマツクニの貴族令息を手玉に取って、まんまと玉の輿に乗ったそうよ」
「でも、アマツクニで羽目を外し過ぎて離縁されちゃったんですって!」
「そんな元令嬢がジークハイドに戻ってきたら、そりゃ男遊びもするよなぁ」
「元旦那から貰った慰謝料で、豪遊三昧だってよ!離縁の原因を旦那に擦り付けて、まんまと手に入れたらしい」
「可愛い顔して、女ってのは怖いねー。お前も気を付けろよ、黒髪青目のミュリエル嬢に」
真実に裏打ちされてる噂は、抽象的な噂を覆す。
あっという間に「アイゼンバーグ家の悪女」の噂は廃れ、代わりに「アマツクニから戻ってきた悪女な男爵令嬢」の話が台頭した。
ヴィンスが以前やってた『噂の広まり方の実験』が、大層役に立った。
あの時はネガティブ系の噂を仕込んでたから、領内でパニックが起きかけて、ヴィンスとハリーが木に吊るされてたっけなぁ〜。
木に吊るされた息子を見ながら、「噂が収束し切るまで吊るしたろか」とボソッと呟いた父上は、だいぶ本気だった。
ともかく。
噂の方はだいぶ勢力をなくし、反面、偽ミュリエルーー実際の『ミュリエル』としては本物だけどーーが悪評がなくなったことでより大胆に遊ぶようになった。
噂にある『慰謝料』を使い切る勢いで豪遊し、一体どこに行き着くのか?と不思議に思うくらい。
大方の意見は「もはやヤケになってる」との見方をしている。
それも理由のひとつだろうが、私はなんとなく思うところがある。
たぶん、彼女は可能性を捨て切れないのだろう。
ミュリエル・コリエットこそが、ルシウス・フォン・アイゼンバーグに選ばれる、『真のミュリエル』なのだと判明する未来の可能性を。
◇◇◇◇◇◇◇
エステル一押し、牛肉料理の美味しいお店。
本日も盛況である。
偽ミュリエル達もこの店の料理に一目置いてるらしく、割と頻度高く顔を出すとのこと。
ならばせっかくなので料理も堪能したい!と計画の舞台に選んだのは私だけじゃないぞ?
ヴィンスだってルシウス様だって、ハリーから話を聞いて「「そんなに……?」」とよだれを垂らしそうになってたんだから。
満場一致で可決。
「あら、今日はなんだか混んでるわね」
「この店美味いもんな〜。お、あの辺空いてる」
取り巻きの一人が空いているテーブルを見つけ、わらわらと座る。
料理を注文し、まずは乾杯〜と盛り上がっている中、ふと少し離れた席のカップルの話し声が聞こえてきた。
「ーーなんですって。だからね、アマツクニからの出戻り令嬢が、我が物顔で遊び歩くとか、何様〜?って感じよね!」
ピク、と目元が引き攣ってしまったようだ。
アマツクニという国名も、出戻りという単語も、今の彼女には耳に入れたくない話だろう。
カップルの話し声は続く。
「遊び歩くとか、そんな資金よく保つよね?」
「それがー、離縁の時に元夫に色々難癖つけて、慰謝料をせしめたんですって!あくどいわ〜」
怒鳴りつけたいのをどうにか堪えている様子が、震える手で持つジョッキでわかる。
「ミュリエルちゃん?どうしたの?」
「な、なんでもない」
平静を装っても、声が裏返ったので取り巻きは怪訝そうな顔をする。
カップルはいかにも楽しそうに話題を続けた。
「慰謝料で遊び歩いてるんだ。でもそれもいつまで保つかな?」
「さぁー?慰謝料使い切ったら、その辺の男を捕まえて玉の輿に乗る気じゃない?ただでさえ身分が低いってのに人のお古とか、身の程知らずにも程があるわよねー」
お古。
そんな表現、される謂れがない。
私は自分からあの男を、あの家を、あの国を捨ててやったのだ。
断じて捨てられた訳ではない!
「同じ名前なのに、公爵家のお嫁さんとは大違い!やっぱり、学園の頃から格が違ったのかしらね?かたや一介の男爵令嬢、かたや大商人の伯爵令嬢だもの」
伯爵令嬢。
それも聞きたくなかった。
同じ名前、同じ髪の色、同じ目の色。
ただそれだけなのに、あの子が注目を集めたせいで私が劣化品扱いされる。
私の方が可愛いのに!身分がそんなに偉いの?!
「そう言えば、学生の頃に男爵令嬢がお嫁さんに突っ掛かったことがあるんですって。アマツクニとの結婚が決まった頃に」
「それは、身分を弁えてないね」
「そうでしょう?しかも原因がお嫁さんにあるかのような言い方をしてきたから、そんなに言うなら原因になってやろうって、お嫁さんがめっちゃ圧力掛けたらしいよ。王家とか商会とか、使えるツテを全て使って!さすがよね〜」
そこまで聞いて、完全にキレた。
あれは!やっぱりあの女が原因だったのか!
「そこのあなた!さっきから五月蝿いのよ!いい加減な噂話も大概にしなさい!」
ダン!とジョッキをテーブルに置き、立ち上がってカップルの女の方に怒鳴りつけた。
カップルはキョトンとしてる。
「やだ、なにこの人。怖いー」
「黒髪に青目だよ。噂の人かな?」
「え、男爵令嬢?」
「な、ちが」
咄嗟に否定しかけ、それまで見ていなかった男の方に視線を向けーー惚けた。
重い前髪を目に掛けて、オマケに色の付いた眼鏡をしているので瞳はよく見えない。
でもそれ以外のパーツが芸術的に整っていてーー稀に見る美形なことは分かった。取り巻きなんて目じゃないほど。
激高していた気持ちが一気に落ち着き、身だしなみを整える程には冷静になった。
周囲は思った。『さすが』と。
「威力、マジすご……」
カップルの女性の方が呟く声も気にならない。
「……そこのあなた。そんな不躾な方と過ごすより、こちらにいらっしゃらない?ゆっくりお話したいわ」
最大限の魅了をもって微笑む。
男は少しこちらを見たようだった。
「……誘ってるの?私を?」
「ええ!あなたとっても魅力的なんですもの。楽しい夜が過ごせそう」
にこやかに告げたのだが、男は首を振った。
「悪いが、これでも身分のある身なんでね。身許の不確かな者とは交流できないんだ」
「まあ!それなら大丈夫よ、私は貴族ですもの。身許は確かよ」
「貴族と言えど色々だしな。こちらの彼女は男爵令嬢だが、王宮の侍女をしているので保証されてる。あなたにそんな保証はあるのか?」
男に聞かれ、黙ってしまった。
男爵令嬢+王宮侍女の職分、それが最低限。
今の自分は?
かろうじて男爵令嬢だが、以外は何もない。
アマツクニにいた時はそれでももう少し高い地位にいたのに……。
今それを言っても仕方ない。
どうにかしてこの男の気を引きたい……ならばもう、これしかない。
ミュリエルは顔をあげた。
「心配無用よ。私は公爵家の人間なの。身分はこの上なく確かでしょう?」
高らかに宣言するとーーなんだか周りの空気がピリッとした。
「公爵家の?それはまた、随分大きく出たな」
男が苦笑する。仕方無しに出た笑みですら麗しい。
「あら、嘘だと思ってるの?本当よ、私はこれでも次期公爵夫人なの。ミュリエル・フォン・アイゼンバーグ。それが私の名前よ。おわかり?」
男に言い含めるように囁く。
途端、背後と入り口近くの客が立ち上がった。
取り巻き達が「え、え?」と慌てふためく。
カップルが目を合わせ、ため息を吐いた。
「ミュリエル・フォン・アイゼンバーグ、ね……確かにそういう女性はいるが」
「そう、そうよ。それが私なの。だから良いでしょう?」
「それが君だとしたら、新しい問題が発生するな」
「問題?なにが?」
怪訝そうに見ると、男は徐ろに立ち上がった。
「ミュリエル・フォン・アイゼンバーグは、私の妻なんだよ」
重そうに見えた前髪を引っ張り、眼鏡を外す。
いつか見た眩い金髪と、見間違えようのない紫の瞳が顕になった。
「ルシウス・フォン・アイゼンバーグ。妻に忘れられるような顔貌はしてないつもりだが?」
冷ややかに彼が言うと、周りの客が皆頷いた。
突然現れたアイゼンバーグ卿の美しさに、ミュリエルを騙る女も取り巻きもボーッと見惚れた。
「……話が進まないな。ノア、呼んで」
背後の男に彼が声を掛けると、男は一礼して入り口に向かう。
「私の妻を騙る不届き者なんぞ、即処刑してやればいいと思うんだが。どうしても話をしたい、と言うのでね」
アイゼンバーグ卿がつい、と入り口を顎で示す。
ボーッとしたまま釣られて、一同は入り口を見た。
ノアが開けた扉から、一人の女性とお付きの者が入ってくる。
黒髪に青目、洗練された物腰。
彼女は楽しそうにふふと笑い、優雅にカーテシーをした。
「皆様、ご機嫌よう。ミュリエル・フォン・アイゼンバーグと申します」




