ミューは『女の敵』の話を聞きたい
【電子書籍化決定】『女の敵は女』だけとは限らない
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↑こちらから登場です
真一文字に結ばれた唇。
初回を思わせるような強張った体。
睨みつけるように見てくる釣り上がった目は、他の人からしたら喧嘩を売ってるように見えるだろうな、と思わず苦笑してしまう。
それが癇に障ったらしく、黙ったままだったエステルは、ハーッと深く息をついた。
「……ご説明、願います」
これで怒ってる対象が私じゃないんだから、つくづく面白い子ね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
朝のお見送りの後のこと。
今日も笑顔で「いちら!」と手を振ったのち、馬車が見えなくなったら「たしゃ〜」と甘えてきたシオンをよしよししていると、不意に「はり」と言われた。
……ハリーのことまでわかるようになったのかい、シオンくんや。
「……朝っぱらから何の用かしら?ハリー」
どこへともなく声を掛けると、背後に気配が現れる。
「おはようございます、ミュリエル様、シオン様。本日も輝きに満ちてること、感服いたしました。御父様とのお別れに涙を堪えて対応するシオン様のお姿に、僭越ながら「長い長い」」
お見送りのところから見てたらしい。暇か。
「一人?ヴィンスは?」
「私に所用がありましたので、主はグリフィス領で過ごしていただいております」
「所用?」
「ミュリエル様にお願いしたき案件がございます」
「ハリーが言い出すなんて珍しい」
自分からの要望なんてめったに言わないのに。求婚以外は。
ハリーは一礼したまま、用件を話し出した。
「本日、午後のひと時を頂戴致しまして、さる令嬢と歓談の場を設けていただけないでしょうか」
「さる令嬢?」
「エステル・ヨーウィー嬢です」
「えっ……」
意外な名前に絶句してしまった。
「……エステル、ってあの?」
「あの、は分かりませんが。王宮侍女です」
「あのエステルだわ。なんで?」
「昨夜、偽物の調査中に遭遇しました。偽物に食って掛かろうとされたので阻止したところ、今度はこちらに食って掛かりまして。ミュリエル様もご承知のこととお伝えしたのですが、納得いただけませんでした。大変面倒……いえ、このままでは支障を来たしますので、ミュリエル様ご自身からお伝えいただくのが良いかと」
「面倒言うな」
取り繕えてないのに気にしないところが兄妹。
ハーッ、とため息をつくが、ハリーの独断でここに来る訳がないので、ヴィンスの意向だ。
「……呼んでくるの?」
「ご了承いただけましたら、伝えて参ります」
「エステルの都合は?」
「ミュリエル様に合わせるとのことです」
来る気満々じゃん。
背後を振り返り、サリーの頷きを確認する。
腕の中のシオンを見て……あぁ可愛い。目が真紫で落ちそうなくらい大きい。ほっぺが薔薇色で丸い!
「ミュリエル様?」
「しまった、息子が可愛くて見惚れていたわ」
「しょん、かーい?」
「そりゃもう!お父様と同じくらい可愛い!」
「にゃ!」
喜び方が猫だった。
「シオン様の可愛らしさには完全同意いたしますが、お返事をいただきたく」
「はいはい。サリー、午後の空けられる時間を教えて」
「こちらです」
私とサリーがスケジュールを話し合っている間、ハリーはまたしてもキツネを取り出しシオンをあやしていた。いつでも持ち歩いてんのか。
「ハリー、これで伝えて」
声を掛けると、キツネを仕舞ってメモを恭しく受け取る。
「きちゅねしゃーん!」
「くっ……シオン様、大変お名残惜しいのですが、キツネのハリーはお母様のご用命を全うして参ります。本日もどうぞお健やかにお過ごしください」
一礼して普通に門から出て行った。
「……あんな奴だったっけ?」
「よく分かりません。」
無表情のサリーは、ハリーに欠片も興味がない顔をしてた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
キツネのハリーがきちんと伝えたらしく、エステルは時間通りにやってきた。
「ようこそエステル。お仕事は良いの?」
「……早退して参りました」
「あらあら」
まあ、王宮夜会も第二王子妃のお茶会も終わってるから大丈夫かな?
憮然としたままのエステルに席を勧め、しばらくはお互いに黙々とお茶を飲んでいた。
ここのところ、出産やらなんやらで立て込んでたので、侍女達を集めたお茶会が開けてなかった。
だいぶ久しぶり、とエステルを観察していると睨まれた。
「ミュリエル様?」
「はいはい。昨夜、ハリーに遭遇したんですって?あの男、概要しか話して行かなかったから詳細を知らないのだけど」
「……名前は知りません。ただ、サリーさんに似ていたので身内の方かと」
「合ってるけど、そこは名乗れって感じよね。ハリーのペナルティにしておくわ。あ、ハリーと言うのよ。私の兄の侍従」
そこからかい!と呆れていると、エステルの顔がちょっと緩んだ。
「……ミュリエル様のお兄様、噂で聞きました。ものすごい色男だとか」
「そうよ」
「……否定とか謙遜とかなしですか?」
「しても仕方ないもの。ルシウス様の美貌を控えめに表現するのと同じ」
「そこまでですか……」
少し引かれた気がする。まあ関わらない方がいいとは思うけど。
「それで?昨日はどこにいたの?」
「……王都の北の酒場です。最近忙しかったのがようやく落ち着いたので、美味しいものが食べたくて。牛肉料理が得意な店主がいて」
「いいわね!どこ?」
「これ、教えたら行く気ですよね?」
「別にエステルに聞かなくても、ハリーに聞けばいいわ。ね、サリー」
「確認しておきます」
「行く気じゃないですか!やめてください、公爵家の方がいらっしゃるような店じゃないですよ!」
何をそんなに慌てるんだか。
「公爵家の人間だって、牛肉は食べます〜。身分差別はやめてください〜」
「家で食べてください!」
「料理長の牛肉料理も美味しいけどね。あの雑多な雰囲気で味わうのがいいんじゃない」
「雑多な雰囲気に!公爵家の方はお入りにならないでください!」
「変装するわよ?」
「ならいい、と言う訳ないでしょう?!」
エステルをヒートアップさせてしまった。こりゃいかん。
「言ってみただけよ。私とサリーだけで出掛けたりしたら、後で旦那様が泣いちゃうわ」
「んな大袈裟な……」
「泣くわよ?ねぇサリー」
「若旦那様は泣きます。一週間はミュリエル様に泣きながら付きまといます」
「ほら」
「そんな次期公爵の話、聞きたくなかった!」
よりヒートアップさせてしまったわ。
「公爵家の話をする会になっちゃったわ。エステルの話を聞くんだった」
「……聞く気あります?」
ジト目で見られた。心外だ。
「あるある。それで?牛肉の美味しいお店で、何を見たの?」
軽い返事に眉を顰められたが、このペースでは終わらないと判断したらしく、渋々話し出した。
「……ミュリエル様の名を騙る、偽物です」
◆◆◆◆◆◆◆
久々に訪れた店は、客の入りも上々のようだった。
常連客と挨拶を交わし、料理とお酒を注文したところで、特に騒がしい一行が目についた。
中心にいるのは私と同い年くらいの令嬢。
黒髪青目で『誰かを思わせる』彼女は、何人もの男を侍らしていた。
時にワッと盛り上がり騒がしいな、とは思うが、楽しそうな雰囲気だったので特に嫌な気持ちにはならなかったのだが。
常連客と話した途端、気分が急下降した。
「彼女、なんでも、公爵家の若奥様らしいんだよねー。いいのかね、こんな酒場で騒いでて」
「……公爵家?」
耳を疑った。
公爵家なんて片手の指で数えるほどもない。
その若奥様?黒髪青目で?
「……いや、そんなことないでしょ?公爵家ってものすごく偉い家よ?王家ともやり取りできる程の」
「ん?あぁ、エステルちゃんは王宮で働いてるもんな。そっか、そんなに偉い家のお嫁さんならさすがにないよなー?なんか聞き間違えたかな」
常連客は自分の聞き間違い、ということにしたようだった。
彼との話はそこで終わったけど、私は一行のことが気になり出した。
もし本当に、公爵家を名乗っていたら?
黒髪で青目の若奥様を、騙ってる?
気を向けていると、彼らの会話をどうしても拾ってしまう。
「やっぱ、いい家の若奥様は景気がいいよね〜。でもいいの?旦那さん放り出してきて」
「気にしなくていいわー。忙しい人だもの、私のことなんて見向きもしないのよ」
「えー、こんな可愛い嫁さんがいるのに?酷いなぁ」
「公爵家の人って、やっぱり愛のない結婚するんだなー」
公爵家。
確かにそう言った。
「愛はないけど、お金はたっぷりあるから!私も好きなように遊ぶのよ〜」
「その調子!ほら、もっと飲もう?」
「料理追加しようぜ、これ美味かったー」
「私にも食べさせて〜」
「あは、いいよー。甘えん坊なんだね、ミュリエルちゃんは」
ミュリエル。
そう名乗った?
「ふふ、ありがとう!ミュリエル、逞しい人が好きだわ〜」
嬌声があがった。
同時に、私の中で何かが切れた。
勢い良く立ち上がり、振り向いたところにーーあの男が立ち塞がったのだ。
◆◆◆◆◆◆◆
「……うわぁ」
気の抜けた感想しか出なかった。
なんつーか……それ、ルシウス様絶対怒るやつ。
サリーに目を向けると、諦めろ、と頷かれた。
「……ミュリエル、逞しい人はそんなに好きじゃない……」
「なんで今それを?」
今言っておかないと、後で旦那様が迫ってくるからです!
好みのタイプは細身の金髪紫目だと、念押ししておこう。
「なんですかアレ、明らかにミュリエル様を騙ってるじゃないですか!あんなのをのさばらせておいて良いのですか?!」
エステルが激高してる。
「その勢いでハリーに食って掛かったの?」
「だって!私があいつらに向かって行く邪魔をするから!」
「向かって行ってどうしようと?」
「そんなの!あの嘘つき女を這いつくばらせて、ミュリエル様を騙った悪行を謝罪させるに決まってるでしょう?!」
「どうどう、エステル落ち着いて〜」
ううむ、熱いぞ色んな意味で。
サリーが頷いてるのが視界に入るわー。
「気持ちは嬉しいけど、あの場で謝罪させても意味がないのよ。最も効果的に彼女の嘘を暴く場を準備中なので、ハリーもエステルの突撃は止めざるを得なかったの」
苦笑しつつ教えると、エステルも少し落ち着いた。
「……それなら、仕方ないですけど」
渋い顔で口を尖らせてる。
うん、今なら忠告も聞けそうかな?
「それとね、誰彼構わず食って掛かるのもやめた方がいいわ。今回はエステルが私のために怒ってたから穏便に済ませたけど、ハリーは激強で激ヤバな男だから。下手したら酷い目に遭ってたわよ?」
そこの被害は想定してなかったらしく、エステルは目を瞬かせた。
「激強で……激ヤバ?ですか?」
「グリフィスに仕える一族の跡継ぎだからね。グリフィス至上主義なの。主の前では、女も子どもも関係なし」
「えっと……?」
「んー、具体例としては、以前主人の命で、とある少女の頭を掴んで組み伏せることを繰り返してたらしいわ」
「ーーヤバくないですか?」
「だからそう言ってるでしょ?」
ほら、妹だって向こうで頷いてるわ。
少し顔色を悪くしたエステルだけど、またキッと目を釣り上げた。
「それでも。仲良くしていただいているミュリエル様の悪評を広める人間を見付けて、何もしないでいられるほど薄情にはなれませんから」
……やっぱり、喧嘩を売られてるように見えちゃうわね。
「ふふ」
「……なんですか」
「私、愛されてるなぁって。最近よく実感するの」
「……あんなに旦那様の惚気をしといて、今更ですか?」
「ルシウス様の愛はね、常にそこにあるのよ。あの人は愛情表現を惜しまないから、実感どころかたまにちょっと重苦しい」
「盛大に惚気ますね……」
「ルシウス様以外の人の愛も感じるなって思ったの。この騒動で、皆エステルみたいに怒ってくれてる。私の名誉のために動いてくれてるの、ありがたいわね」
ニッコリ笑うと、エステルは目を逸らした。
「……私は何も出来なかったです。頭に血が上ったまま掴みかかろうとしただけで、それもあの男に阻止されたんですから」
食って掛かろうとしてくれただけでも、気持ちは伝わるけどね。
なんだか悔しそう。
「なら、協力してくれる?」
「え?」
エステルが顔をあげた。
「罠を張りたかったのだけど、ちょうどいい人材がいなくて困ってたの。エステルなら学園出身じゃないし、面が割れてないからうってつけよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「僕は忙しくても、きちんとミューのことを見てるよ」
「ええはい、むしろ見てない時があります?」
「ない」
「ですよねー」
「公爵家の政略結婚だけど、ちゃんと愛してるから」
「すっごく知ってますよー」
「ミューは?愛してる?」
「すっごく愛してますよー。ルシウス様大好き〜」
「僕も好き」
「それで?後は?」
「お金はあるしいっぱい遊んでもいいけど、僕も交ぜて」
「なんの遊びですかね?」
「なんだろう。あと、ミューもたまには甘えてくれていいよ?甘えん坊のミューが見たい」
「えぇ……それは、気が向いた時に……」
「いつ気が向く?」
「わかりません!あとは?!」
「ミューは逞しい人の方が好き?」
「ミュリエル、細身で金髪紫目の人が大好き!」
「良かった」
「納得しました?!」
「うん」
「ほんっと、たまに重苦しい……!」
「何が?」




