ミューは悪女になりたい?
ミュリエル・フォン・アイゼンバーグは、稀代の悪女である。
悪女ーーーー!
皆が私に注目し、皆がため息をついた。
「ミュー……どうしてそんなに可愛い顔するの」
ルシウス様が耳元で囁く声がたいそう熱い。
「どんな顔してます?」
「デザート皿に葡萄を見つけた時のシオンの顔」
それはキラキラしてるなぁ。
うふふ、と笑うと深いため息をついた夫が頬にキスをしてきた。
ヴィンスも呆れた笑い顔だ。
「まぁな。ミューがその称号を気に入るだろうことは分かってたし、これで下手に凹まれでもしようもんなら、グリフィスの奴らが暴動を起こしかねない。お前はその反応でいいよ。ただ、俺達は誰一人として面白くないぞ?」
サリーもハリーも頷いてる。うん、それは私も分かってる。
「皆が怒ってくれると分かってるから、私は心置きなく楽しめるのよ。それで?具体的に教えて」
ヴィンスが手を振ると、ハリーが一礼して報告を始めた。
「噂が立ち始めたのは一月程前からです。発端は王都の酒場でした。その後、御父様のファンクラブ立ち上げが話題になり、それと同時に奥方であるミュリエル様の噂も一気に広まりました」
「うわお」
そことそれが繋がったかー。タイミング悪。
ルシウス様が少し機嫌を損ね、私の頭に顎を乗せてきた。もう少し斜めになるとグリグリされるやつ。
「内容は具体的に広まってるの?」
「いえ、そこは抽象的です。『らしい』と言うのが必ず付きますが、それ故大袈裟に語られます」
「大袈裟」
「毎晩違う男と遊んでいる、乱交パーティーをしている、商人を呼んで宝石を買い漁っているなどですね」
淡々と言われたことについて、考え込んでしまう。
「……毎晩同じ男となら遊んでますね。主にボール投げで」
「シオンだね」
「乱交パーティーって、どこでどうやって開かれるんですか?」
「知らない」
「商人を呼んで、宝石を買い漁る……?」
「むしろ、商人に宝石を買わせてる光景なら見たことあるよ」
あぁ、タスクにね。オリビア様の目の色にそっくりなのがあったから。
悪女とは、そんなに遊んでる暇があるのか。
言われてることに呆れてしまった。
「悪女と言えば男好きで贅沢好きと言うイメージはありますけど、そんなに時間と体力を持て余してるんですかね?ある意味羨ましい」
「羨ましい……?」
「時間と体力が余ってる、と言う点です!境遇が羨ましい訳じゃないです!男遊びだってしたくありません!!」
思いの外低い声が響いたので、急いで毛布から手を出して抱き着いた。
グリグリと頭を擦りつけてると、また深いため息がしてギュッとされる。
「想像だけでも嫌だ……変なこと言わないでよミュー」
「ごめんなさい」
素直に謝っておこう。
「と言うより、家にいれば極上の男がやってくると言うのに、わざわざ外で他の男を見繕う必要がないよな?」
ヴィンスののほほんとした声がする。それは本当にそう。
「有象無象の男を何十人も侍らすのと、ルシウス様が一人傅いているのと、どっちが女のステータスを誇れるかって話よね」
「ミュー、その表現もやめて」
「傅く方?」
「侍らす方」
「傅く気はあるんだな」
そこは抵抗ないのよね旦那様。
「ルシウス様の相手をするだけで、いつでも手一杯ですよ。他の男性なんて、話し掛けるのすら面倒です」
正直な気持ちを伝えると、ルシウス様は嬉しそうに笑って額にキスしてきた。
うむ、機嫌が直って良かった。
「……贅沢好きと言う点ですが、ミュリエル様は贅沢を『する』より『させる』方がお好きです」
サリーが憮然とした顔で言い切る。
「させる?貢ぐ?」
「いえ、買い物をするよりさせる方、売る方が好きということです」
「グリフィスだからな!」
「なんたる説得力……」
ルシウス様には呆れられたけど、グリフィス出身者からしたら当然だ。
自分の身代を減らすより相手の手持ちを減らしたい、商売人でなくても大概の人は何かを売り付ける機会を見逃さない。
儲けを重視しないとは言わないが、自分の示した品に高評価が付くことに生き甲斐を求める土地なのだ。
「グリフィスの人間が宝石を買い漁るとか……」
「想像が付きませんね。何が目的なのか全く不明です」
「投資?」
「そこから加工するんでしょうか」
「相手を油断させた後の計略があるのやも」
「……普通に身を飾ろうよ、ヴィンス殿だって装飾品付けてるでしょう?」
宝石を買い漁る目的を相談してると、ルシウス様がヴィンスを示す。
「これ?これは貢がれた分と、宣伝用だな。俺が着けてるシリーズは、トラキオンとグリフィスで先行販売することが決まってるんだ」
「商売目的だった……」
「私が着けるのは品位を保つためと体面と、他家への話題造りですね」
「義務だった……」
なんかガッカリしてる。
「男遊びも贅沢も向かないとなると、後は何をしたら悪女になるのかしら?身分が下の者をイビるとか?」
首を傾げながら言うと、皆微妙な顔をした。
使用人達も微妙そう。
「……ミュリエル様、イビるとは何をしようと?」
サリーに聞かれて、しばし考える。
「んー、理不尽な言い掛かりをつけるとか?」
「例えば」
「……この色のドレスは着たくないのよ!とか」
「着替えてください」
「お茶が美味しくないのよ!とか」
「淹れ直します」
「今日は働きたくないわ!とか」
「医師をお連れした後、奥様にご報告しますが」
「やめて嘘ですごめんなさい、ちゃんと働きますからお義母様まで巻き込まないで」
イビろうとして平謝りする羽目になった。
「ワガママ言うミュー、可愛い」
「ルシウスは性癖が特殊だなー」
ルシウス様がニコニコし、ヴィンスに揶揄われる。
「……特殊と言うか、ミューなら何でも可愛く見えるから。性癖とか言わないでよ」
「悪い悪い。と言うか、ミューのイビリってそんなもんか?」
「はぁ?じゃあヴィンスなら何をやるっつーのよ」
「ハリー、今から屋敷の外周り30周走って来い」
「………………承知「しなくていいから!分かった、ヴィンスのイビリはすごい!」」
恐るべしヴィンス、こんなに自然に従者をイビれるとは!
「とても正しいイビリ方を見たよ」
「正しいイビリって言葉がおかしい気もしますが」
「ミュリエル様には無理です」
「だろうな」
ウンウン、と皆が頷いた。
まあ、そんな気はしてた。
「残念ながら、ミューは悪女にはなれないな」
優しげにヴィンスに言われる。
ルシウス様を見上げると、今度は目蓋にキスを落としてきた。
「向いてないね」
「はぁい」
「ではヴィンス様、この噂を消していく方針ということでよろしいでしょうか?」
サリーが聞くと、ヴィンスとハリーはまたちょっとしかめっ面になった。
「大体把握したが発生源の特定には至ってなくてな。突然ミューの噂を流されたと言うことは、何か恨みを買ったんだろう?今までミューと揉めた奴らは動向を監視されてるのがほとんどだから、新規と考えて探してたんだがな。今日、また新たな展開が起きた」
動向を監視、と言うのは公的私的合わせてのことだろう。
職場ごと移った人、家に厳重注意をされた人。
どれも皆、二度とアイゼンバーグ次期公爵夫人と関わらないよう、周囲から監視されている。
「新たな展開?」
ヴィンスはしかめっ面のまま、不承不承報告した。
「ミューの偽物が出没してる」
「ーーーー!!」
何それー!と思った途端、ルシウス様の腕の力が強まった。
「……ミューの、偽物?」
うわ、低い!声が低くて重っ!
「ミュリエル、とだけ名乗ってるんだがな。言葉の端々に公爵家との繋がりを仄めかしてる。酒場などに出現しては、男を侍らしてどんちゃん騒ぎを繰り広げてるんだと」
嫌っそうなヴィンスの言葉に、周りの空気もどんどん冷えてる。
ブルっと体を震わせると、気付いた旦那様が毛布で包み直してくれた。
「……処刑していいかな?」
「極端!」
「いいです」
「良くない!サリー、メッ!」
「では私が」
「ハリーならいい訳でもないから!」
なんで被害者である私が偽物を庇わねばならんのだ?
納得いかないが、今すぐ首を取ってきそうな奴らを諌めねば。
「と、これが今日の夕方に報告されて、俺が腹立てた話だ。ミュー、喉大丈夫か?」
ヴィンスの言葉にルシウス様がハッとし、喉を擦ってくれる。
「平気よ。モヤモヤもなくなった」
「良かった」
重い空気だった旦那様が笑ってくれたので、ひとまず冷えは軽減された。
「ミューを名乗ると言うことは、俺の妹を騙ると言うことだ。烏滸がましいにも程がある」
あー、それがヴィンスの地雷か。
ふふ、と笑ってしまったので目を引いたらしい。
「なんだよ」
「愛されてるなぁ私、と思って」
「……当たり前だろ。俺は俺の妹を愛してるぞ」
ちょっと開き直りっぽいけど、ヴィンスは認めた。
それに対抗してくるかと思ったが、ルシウス様は何も言わなかった。
「何?」
「対抗するかと思いました」
「僕はミューの夫であって、兄になりたい訳じゃないから」
「なるほど」
納得。
「……タイミング的にも、ミュリエル様の噂と偽物は無関係ではないですよね?噂を補強する為の偽物でしょうか?」
サリーが疑問を抱く。
大抵の場合、偽物は本物の評判を貶めるか、本物の恩恵に与ろうとする。
評判を落としておいてその対象を装っても、いい思いは出来ないだろう。
ヴィンスが片眉を動かす。
「それなんだよなぁ。男遊び、贅沢と言われてる評判の補強にしては、酒場で騒ぐだけだ。大暴れして店に迷惑を掛けた訳でもなく、周りの者と揉めたとも聞かない。ただ単に、そこにミューの偽物がいたと言う話だけだ。多少は評判が落ちるだろうが、噂だけの時と対して変わらない。なんの為に偽物が出てきたのか、いまいち掴めてないんだ」
「え?」
思わず声が出た。
皆に注目される。
「ミュリエル様、なにかご存知ですか?」
ハリーに聞かれ、首を傾げた。
「ご存知と言うか、たぶんそうなんだろうなって。私の偽物って、黒髪青目でしょう?」
「……はい、そのようで」
「髪の色はともかく、目の色なんて変えようがないからそれはご本人の色なんでしょう。青目の令嬢で、ミュリエル・フォン・アイゼンバーグーーいえ、ミュリエル・グリフィスの評判を落としたい、それでいてミュリエル・フォン・アイゼンバーグが現在持つ恩恵にあやかりたい。そんな欲張りなことを考えるご令嬢に、一人心当たりがあるもの」
アマツクニから戻ってきたひとつ上の『ミュリエル』。
期待した通り、やってくれたわね?




