ミューは夫の安全を確保したい
ミューが僕のファンクラブを立ち上げてから一ヶ月。
やる気に満ちた会員達は精力的に活動し、グッズ製作やらファンミーティングやら会報発行やらが続々と出て来た。
第一回会報の表紙は、もちろん名誉会長の満面の笑み。当然僕の分も貰ったし、両親も使用人も義兄夫婦も義父母も持ってる。姉にも送った。後が怖いから。
正式に専属となった画家は、もはやどこで描いていても不思議ではないくらい、敷地内に出没してる。さすがに夫婦の寝室には来ないし、子供部屋への立ち入りは相変わらずローテーションだけど。
彼が腕を認めた他の画家達も、高待遇・高収入に満足している様子でせっせと絵を描いてる。
描きあげた絵は出来に応じて一般販売もするとか……なんだ一般販売て。僕は一般人なんだが?
アイゼンバーグ家の収入をひたすら増やしていくファンクラブは、思わぬ効果も齎すことにーー。
「アイゼンバーグ卿!ファンクラブの会員なんです、お話ししてください!」
「……会員番号は?」
「え?会員番号??」
捕縛。
「アイゼンバーグ卿!ファンクラブ会員です!16番です!」
「……名簿の記載と違う人だね」
「え?名簿?」
捕縛。
「アイゼンバーグ卿!ファンクラブ会員、番号28番です!お会い出来て光栄です!」
「……合言葉は?」
「え?合言葉??」
捕縛。
「あ、あい、アイゼンバーグ、卿!お疲れ様です!会員番号39番、合言葉は『シオン様の可愛いは正義!』です!ミュリエル様のご用命の物をお受け取り願います!」
「……はい、ご苦労様です」
本当に用がありミューの使命を全うした令嬢に、お礼を言う。
顔を真っ赤にして物凄く頭を下げまくっていたので、つい「……あまり頭は振らない方が」と声を掛けると、ふらつかれた。
付いてた騎士の一人が「ここはお任せください」と彼女を引き受けてくれたので、もう一人とワルローと一緒に目的地へ向かうことにした。
「ミュリエル様のお遣いをされる方もいらっしゃるんですね」
「これでまだ二回めだけどね。合言葉がシオン絡み」
「ちなみに捕縛人数は……?」
「30を超えたかな。浅はかな人が多くて困るよ」
ため息をつくと、今週既に5人捕縛している騎士がウンウンと頷いた。
……ルシウス・フォン・アイゼンバーグ卿のファンクラブが出来たらしい、と言う噂は瞬く間に社交界に広まった。
ところが、クラブへの入会方法は公になっていないのだ。
ミューは『会員による完全紹介制』を定めた。
現会員がこの人ならと認めた人を勧誘し、伝手のない人は参加できない。
そうなると現れるのは、「ファンクラブ会員を名乗ればアイゼンバーグ卿に話し掛けられる!」と考える令嬢で、無断で王宮の執務棟に入り込んでるのだから捕縛対象になる。
その噂を聞き、「会員番号があるらしい!」とチャレンジする令嬢が現れるも、僕や護衛騎士(またしばらく付けるとヴィンセント様に言われた)は会員名簿を持っているので、詐称が追加。
かつ、正式にファンクラブ会員になったので「これで話し掛けられる!」と思った令嬢も、『ファンクラブ会員として卿に話し掛けることを禁ず』という会員規則に反するので、捕縛かつ退会。
唯一の接触の機会が、『名誉会長補佐:ミュリエル様のご用命の品を卿に受け渡す』なので、その際は合言葉を決めると言われた。
以上のような仕組みを作った結果、一月の間に30を超える令嬢が捕縛され、騎士団から厳重注意を受けている。
一回目は厳重注意のみだが、注意を受けたことは生家や嫁ぎ先にも伝えられているので、さすがに再犯者は今の所いない。
再犯の場合は普通に王宮規則違反者として捕らえられるので、前科持ちにされるのだそうだ。
「先輩のファンクラブが出来たことによって、ここまで貴族家門に釘を刺す効果があるとは、思いもよらなかったですね」
「本当だよ。ミューから聞いた時は『そこまで厳重にする?』とは思ったけど、この仕組みがなかったら今頃どうなってたことか……」
ファンクラブ会員(自称を含む)が押し寄せる光景を思い浮かべ、思わず体が震えた。
騎士とワルローも顔色を悪くする。
「……さすがミュリエル様です」
「ね」
僕の妻は本当にかしこい。
「……ところで、先輩のファンクラブって男性会員はいるんですか?」
「……令嬢の集まりだからいないよ」
「なるほど」
ふむふむ、と頷くワルローに、胡乱な目を向ける。
「ーー入りたいの?」
「え?!いえ、そういう訳じゃないですけど!興味はあって!」
なんだか妙に慌ててるな?
そのままジッと見てると、耳を赤くして項垂れた。
「……会報とか、気になるじゃないですか……」
「あぁ」
確かに。
僕は表紙目当てで貰ったけど、中身もけっこう充実してる!とヴィンス殿が笑ってたな。
「シャーロット嬢が良いなら、入会してもらったら?ミューとミノリ嬢の知り合いだから入れると思うよ」
「……聞いてみます」
しおしおとするワルローを眺め、感心した。
「ワルローって、私のことだいぶ好きだね?」
「〜〜〜〜!先輩、そういうところ、本当に質が悪いですよ?!」
「好意を寄せてくる人に『質が悪い』と言われるのは、納得いかないんだけど?」
言い草に不満を持ったが、よくよく考えてみたら僕もミューに質が悪いと感じる時はあるな。納得いった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
捕縛人数の余りの多さに、これは囮捜査の一環だったか?と首を傾げながら仕事を終え、帰宅すると。
愛しの息子に、ウサ耳が生えていた。
「ぷあ、おかり〜」
「シオン!ただいま会いたかった、ついにウサ耳が生えたの?!可愛いけど、そのままウサギになっちゃわない?!」
「ふきゃー!」
激可愛シオンを抱き上げると、本人は大喜びだがこちらのパニックは収まらない。
「どこかの王太子殿下と同じことを言ってますよ旦那様」
「ミュー!シオンに生えるなら、ミューにもそのうち生える?!」
「それで言ったら、私よりも先に貴方に生えると思いますが?」
呆れ口調の妻が近付いて、シオンの頭髪をかき分ける。
ウサ耳はヘアバンドに付いていた。
「…………良かった〜〜〜!」
「本気?尻尾も着けてますよ、ほら」
ミューが示すシオンのズボンには、可愛らしいウサギの尻尾が付いている。
「どうしたの?これ」
「来月のお誕生会の衣装ですよ」
そうだった、シオンくん(一歳十一ヶ月)の誕生会が迫っているのだった。
「今年はウサギになるんだ?」
「ウサギさん付シオンが流行りましたからね。生誕祭の方も同じくウサギにして、テイストを変えるそうです」
「しょん!うしゃしゃん!」
「本人、やる気が凄いんで」
うさ耳をツンツン引っ張るミューに、シオンがうふふと笑う。
「ちなみに、お父様にもウサ耳装備依頼がグリフィスから来てますが?」
「僕がウサ耳着けるなら、ミューとレティシアはクマ耳着けてよね」
「お断りしましょう。大人は希望者のみで!」
交換条件を出したら即却下された。
ミューが着けてくれるなら、ウサ耳ぐらい被るんだけど。
残念、と思ってるとミューが顔を顰めた。
「ミュー?」
「……」
ため息をつき、背後に控えてるサリーを向く。
「サリー。モヤモヤとイガイガがする」
「!すぐに」
サリーは厳しい顔をして一礼し、足早に立ち去った。
「……シオン、ちょっとジュリアのところにいてくれる?」
「たい」
ウサ耳シオンをジュリアに預け、今度はミューを横抱きに抱き上げた。
すごく驚いた顔をしてる。
「どこか調子悪いの?先生に診てもらう?」
「……体調不良じゃないですよ、ルシウス様」
「だってサリーが険しい顔してたし」
額を合わせても、熱はなさそうだけど。
「サリーが険しい顔をしてたのは、原因がヴィンスだからです。聞いたでしょう?何となく伝わるって。隠し事がモヤモヤ、何かに腹を立ててるのがイガイガです」
少し穏やかな顔になったミューに言われて、以前聞いたことを思い出した。
「うん、聞いた」
「想いが強くなるとより伝わりやすくなるので、だいぶ腹を立ててるみたいですね。何かあったのかな」
「ミューは病気じゃないんだね?」
「はい」
「てっきりまた妊娠したのかと」
「……さすがに早くないですか?」
「そうだけど、あり得ないことじゃないでしょ?」
「そうですね、心当たりがあるんで」
苦笑された。うん、僕も心当たりがある。
「なので、降ろしてくれていいんですよ?」
「降ろさなくてもいいでしょう?」
「……降ろさないんですか?」
「とりあえず、おかえりのキスしてほしいかな」
「この態勢で?」
また呆れた表情をされたけど、そのままいつものキスをしてくれる。
「とりあえず、着替えに行こうかー」
「降ろす気ゼロじゃないですか……」
モヤモヤでイガイガな妻を甘やかすのは、夫の特権だからね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらくして、「イガイガが薄くなった」とミューが言った。
サリーはヴィンス殿に伝言をしたらしく、ミューの体調に影響が出てるとわかったのだろう。
モヤモヤは残り、そちらは胃の辺りだと言うので擦っておく。
「前に私が泣いた時、ヴィンスが『お前に泣かれるのが一番辛い』と言ったの、覚えてます?あれ、本当に辛いんですよ。哀しみが自分の中にやってくるので、胃がシクシクします」
「そうなんだ」
「だから、ルゥが誘拐された時も何かあったな、とは思いました。その後はスッキリした気になったので、きっと解決した話だから追及しないですけど」
「……うん」
「ヴィンスってそんなに怒ることないから、今回はよっぽど腹に据えかねる事態なんでしょうね。それでも私の不調の為に少し抑えてくれるのだから、兄は私に甘いです」
「僕だって、ミューには甘いよ」
「対抗しないでください」
文句は言いつつ、嬉しそうに笑う妻にキスを送る。
ヴィンス殿はこちらに来るのが遅くなると言うことなので、ひとまず夕食は摂って子どもたちをそれぞれ寝かし付けた。
ミューを毛布に包み、膝に乗せてサロンで待っていると、慌ただしく扉が開いた。
「ミュー!大丈夫か?!」
珍しく焦ったような表情でヴィンス殿が入ってくる。
脇目も振らず僕らの足元に跪き、ミューの顔を覗き込んだ。
「顔色は悪くないな。吐くほどではない?」
「平気よ。モヤモヤはそんなに強くないわ、夕方にイガイガが出たから顔を顰めてしまったのよ」
「あぁ、報告を受けた時だな。悪い、感情が抑えられなかった」
ミューの頬を撫で、ホッとしたようだった。
「ルシウスも悪いな、心配掛けただろう?」
「……また身篭ったかと思ったよ」
「それは早いな!」
いつもの調子に戻ったヴィンス殿は、向かいのソファに腰を下ろした。
「ヴィンス様。軽食を召し上がってください」
サリーが合図をし、ワゴンが運ばれてくる。
「アイゼンバーグ次期公爵夫妻を前に、食べながら話すのか?行儀悪いだろー」
「「白々しい」」
二人で声が揃ってしまった。
「いいから食べなさいよ。食事を疎かにする人は嫌いよ」
「はいはい」
肩を竦めて食べ出すヴィンス殿の隣にサリーが座り、お茶を淹れたり食事の世話をしてる。
しばらく雑談等をしたあと、一通り食べ切ったのを見届けてから質問する。
「それで?ヴィンス殿は何を隠して、何に腹を立ててたの?」
ヴィンス殿は眉間に皺を寄せる。
それに反応してか、ミューも眉を顰めた。
「……良くない噂が流れていてな。曖昧なところがあったから、裏取りをしてたんだ。出来ればお前達に話す前に終わらせたかったんだが」
ハーッ、と息をついてから、ヴィンス殿はミューを見据えた。
「アイゼンバーグ家の嫁、ミュリエル・フォン・アイゼンバーグに関する噂が流れている。なんでも彼女は、男好きで、贅沢好きで、夫を蔑ろにする稀代の『悪女』なんだそうだ」
…………はぁぁ??




