ミューは偽物に物申したい
入国の手続きの最終段階のために訪れた王宮。
第二王子妃のお茶会をやっていると聞いた。
学園での同級生ではあったが、関わりがないため招待はされていない。
それどころか、忌々しいあの女の親戚だと聞いた。
そんなお茶会、こちらからお断りだ。
多分に強がりであることは承知の上で、必要な処理を終えて帰ろうとした時。
奇跡のような光景を見た。
眩い金髪と、美しい顔の美丈夫。
その腕に抱かれる、同じ金髪を持つ天使のような子ども。
「シオン、もうちょっとだけ待てるかな?お母様、あと少しで終わるみたい」
「ふえ、たしゃ〜〜」
「待てないよね、そうだよね……」
困ったように幼子を見る視線は、どこまでも愛しげだった。
「アイゼンバーグ卿。シオン様に我慢をさせるのはお可哀想です。どうぞミュリエル様の元へ」
「ありがとうございます侍女長。シオン、お母様のところへ行こうね」
「たい〜〜」
使用人の案内を受けて、親子は立ち去った。
私の足は全く動かなかった。
アイゼンバーグ卿……昔学園で遠目からそっと見詰めた、孤高の令息。
あの女と短期間で結婚したと聞いていたけど……本当にあんなに美しい方と?
あのそっくりな子どもを、あの女が産んだ?
あの女ーーミュリエル・グリフィスが?
そんなの、そんなのーーおかしい。
同じミュリエルなら、私の方が可愛いじゃない。
あんな頭でっかちな、年上を敬いもしない女に公爵夫人が務まるなら、私にだって出来る。
私だってーーミュリエル、なんだから。
◆◆◆◆◆◆◆
突如現れたもう一人のミュリエルに、取り巻きは硬直し名を騙っていた女は夢見心地から目が覚めた。
ミュリエル・フォン・アイゼンバーグはニコリと笑うと、「ルシウス様。こちらにいらして?」と当たり前のように夫を手招く。
アイゼンバーグ卿はふぅ、と息をつくと夫人の隣へ立った。
「……本当にやるの?」
情けない顔で尋ねているが、夫人は笑顔で肯定するのみ。
またハー……と深くため息をつき、卿は夫人を抱き寄せる。
その光景を見て、ミュリエルーーミュリエル・コリエットは、頭に血が登ったようだ。
「ミュリエル・グリフィス!何してんのよ、離れなさい!」
その言葉に怒りを覚えたのは夫人に寄り添うアイゼンバーグ卿の方で、冷ややかな目で睨みつけた。
夫人はまったく気にせず、楽しそうに笑う。
「まあ。今のわたくしはミュリエル・フォン・アイゼンバーグと申しますのよ?離縁されたあなたとは違いますわ、コリエット先輩」
「なんですって?!」
「ふふ、あの頃とまったく変わりませんのね。身分の差を考慮もせず、わたくしに怒鳴り散らして。きちんと教え込んだつもりだったのですけど」
意味ありげに笑う夫人に、ミュリエル・コリエットはさらに逆上した。
「そうよ!あれもあんたが原因ですって?!なんて卑怯な女なの!あなたなんか、アイゼンバーグ卿に相応しくないわ!」
「相応しくない……」
「まあルシウス様。お顔が険しくてよ?気にしてはいけないわ、負け犬令嬢の戯言よ」
眉間に皺をよせるアイゼンバーグ卿、その皺を手を伸ばして宥める夫人は、どう見ても仲睦まじい夫婦だ。
ミュリエル・コリエットの怒りは最高潮に達する。
「だから!アイゼンバーグ卿から離れなさいと、言ってるでしょう?!いつもいつも生意気なのよあんたって女は!」
向かって来ようとするところを取り巻きや周りの客に止められてる。
「参ったなぁ、あんまり会話が成り立たないかも」
「いいんじゃないかな?」
「まぁ、言われたことだけ遂行しようか」
夫婦の小さな会話は、喚き散らすミュリエルには届かない。
「この人は、わたくしの夫よ?なぜ離れなければならないの?」
「それが間違いなのよ!アイゼンバーグ卿の妻は、私の方が相応しいんだから!あなたは偽物の妻だわ!」
「……何を言ってるのか、本当にわからない……」
アイゼンバーグ卿の顔に『理解不能』と書いてある。
連れ立っていた女性ーーエステル嬢も頷いていた。
「間違い?わたくしが?」
「そうよ!同じミュリエルなら、私の方が可愛いでしょう?!あんたみたいな生意気な女より、私が妻になった方が絶対幸せになれるわ!」
「まあ、凄い自信」
夫人は目を丸くして、楽しそうに嗤った。
「アマツクニの次男の嫁すら全うできなかった女が、ジークハイドの公爵家嫡男の妻になれるとでも?」
言葉がミュリエルを突き刺した。
それまで散々暴れていたのに、ピタと動きを止めてしまう。
「……それは」
「それは?アマツクニの文化を学ばず、風習を学ばず、自分の容姿を鼻に掛けて威張り散らすような嫁、よく5年も我慢したわよね。あのポンコツ令息、根性だけはあったのかしら?」
「それは、だって」
「そもそも令息に声を掛けたのだって、面白半分だったのでしょう?ジークハイドのことをよく知らない令息なら、あなたの作法の成績が底辺を這っていることも普段のマナーがなってないことも気にならない。それが心地良くて一緒にいただけだものね?」
「そんなこと!」
「あとは、令息に想いを寄せるミノリ嬢の目の前で誘惑するのが楽しかったのかしら。根拠もなくマウントを取りたいあなたには、うってつけのシチュエーションよね?さぞかし楽しい学園生活だったのでしょう」
夫人は今度こそわかりやすく嘲笑った。
「ねえ。あなたのどこが、ルシウス様に相応しいの?」
ミュリエルは沈黙してる。
どこが。そう聞かれると、何か答えたいのに何も浮かばない。
自分だってミュリエルなのだから、きっとなれる。
さっきまでそう思っていたのに、今はどうしてもそう言い返せない。
「……ひとつ言っておくが、私は『ミュリエル』と言う名前だから妻を娶ったのではない。娶った妻が『ミュリエル』だっただけだ。同じ名前と言うだけで、彼女に替われると思うな」
アイゼンバーグ卿がダメ押しの一言を告げる。
夫人はペチ、と卿の頬を叩いた。
「……ミュリエル・コリエット。ミュリエル・フォン・アイゼンバーグの名を騙って行った所業の数々、きちんと白日のもとに晒させていただくわ。主な罪状は名誉毀損でしょうけど、次期公爵夫人の悪評を広めた罪は重いわよ」
夫人の言葉を合図に、背後に控えていた客ーーに扮した騎士が、ミュリエルと取り巻きを押さえ込む。
手荒な真似をされ、ミュリエルにまたもや反発心が沸いた。
「なによ!ちょっといい身分に生まれたからって、調子に乗って!第二王子妃殿下の威光を笠に着て、やりたい放題じゃないの!本当に嫌な女!」
おお、まだ言う元気あるのか、と夫婦は呆れ顔だ。
「私だって、伯爵令嬢だったらもっとちゃんとやれたもの!仕方ないじゃない、力のない男爵家に生まれたんだから!それなのに、あんたなんかと比べられるし劣化品みたいに扱われるし!私だって」
ミュリエルはそこで言ってしまった。
「私がミュリエル・グリフィスだったらーー」
彼女が発した言葉は、それが最後だった。
ドゴン!と重たい音がしたと思ったら、ミュリエルは床に沈んでいた。
もちろん自分で沈んだ訳じゃない。
夫婦の後ろに控えていたハリーが、誰にも見えない早さで彼女の頭を掴み、顔を床に叩き付けたのだ。
ミュリエルの顔の下から血が広がり、取り巻きや他の客たちが「ひっ」と恐怖の声をあげる。
「ハリー……」
「まだ聞いていたかったですか?」
アイゼンバーグ卿の呆れた声にも淡々と答える。
「いや……でも、なんと言うか手加減てものを」
「手加減してます。死んでません」
「うん……まあ、そう、か……」
「やれやれ」
夫人の声に、卿はハッとした。
「もういい?もう終わったよね?!」
バッと離れると、夫人の返事も聞かずーーこちらの席に駆け寄って来た。
「ミュー!!」
横から抱き着き、めちゃくちゃ頬擦りされてる。
「ルシウス様、ウイッグ外れますー」
「いいでしょもう!」
「ミュリエル様、お預かりします」
隣で一緒に牛肉料理をつついていたサリーが、外れ掛けたウイッグを取ってくれた。
「もうー、なんでミュー以外の人に密着しなきゃならないの!」
「ほぼミューでしたけどね」
「ほぼでもミューじゃないでしょ!」
「はは、酷いなぁルシウス。ミュー見たか?あの嫌そう〜な顔!」
ミュリエル・フォン・アイゼンバーグーーの姿をしたヴィンスが、楽しそうにやって来た。
「喜んで寄り添ってたら、離婚案件でしょ」
「ミュー!その単語禁止にしたでしょ?!」
「単語が禁止?」
「ミュリエル様から聞きたくないそうです」
「過敏だなぁルシウス」
「本当に涙目になってる……」
後からやってきたエステルも呆然としてる。
「エステル、ご苦労様。演技上手かったわ〜」
「ええ、まぁ、はい……ミュリエル様は、牛肉料理を堪能されました?」
「まだ半分よ!ちょっと休憩したら次を始めるの」
「ミュー、俺にも」
「ヴィンス様の分はこちらです」
先程の騒ぎもどこへやら、意識はすでに牛肉料理に向いている。
頭に顔を埋めてた旦那様も、ようやく落ち着いてきたらしい。
「ルシウス様、頑張ってくれたから食べさせてあげますよー」
「……もうちょっと」
「食べる気になったら言ってくださいー」
「ん」
椅子を極限まで近付け妻に擦り寄る次期公爵に、エステルはまた絶句してる。
「エステル、これは慣れよ慣れ。こういうものだと思いなさい」
「いや……色々驚き過ぎて、何がなんだか」
「驚く?例えば何に?」
興味本位で尋ねると、エステルはジト目になった。
「本当に、牛肉料理を食べにいらしたんですね」
「そういう条件だったの。彼女に接触せずいい子にしてたら、牛肉料理を食べながら特等席で見物してていいって。言いたいことはヴィンスが代わりに言うから、絶対サリーと一緒に座ってること」
私がヴィンスを見ると、エステルもそちらに目を向けた。
「……そっくりですね」
ヴィンスは嬉しそうに笑う。
「俺の偽装ミューは年季が入ってるからな!その気になったらほとんどの奴には見分けがつかないぞ。ただ目の色は誤魔化せないから、夜だが念には念を入れてルシウスを左側に立たせた。『いつもみたいに寄り添え』とな」
そこでルシウス様を見るので、またしても視線が移動する。
「……本当に、泣くんですね……」
「泣くわよ?」
「ミュー、僕が泣くって話を人にしてるの?」
ルシウス様が少し顔を上げて、不服そうに聞く。
「私とサリーがこの店に二人だけで食事をしに来たら、ルシウス様泣きますよね?」
「……泣く」
「若旦那様は、一週間ほど泣きながらミュリエル様にまとわり付きます。二度と置いていかれないように」
「……」
「まあ、ルシウスは普段からまとわり付いてるようなもんだろ」
「言い方……」
あっけらかんとヴィンスに言われ、ルシウス様はまた顔を伏せる。
「……でも、一番驚いたのは」
エステルが、ヴィンスの背後に視線を向ける。
「……情け容赦が一切感じられなかったことです……」
「なー」
「ねー」
私達の同意に、ハリーは片眉を上げた。
「……先日、エステル嬢が『あの女を這いつくばらせる』と仰っていましたので、ご要望にお応えしたのですが」
「……は?!私のせいだと?!」
「エステル、どうどう。アレ適当に言ってるだけだから。主以外を考慮なんてする奴じゃないから」
またもや食って掛かろうとするエステルに対し、ハリーは飄々としてる。
「ハリー。あんまり適当なことばっか言うようなら、シオンに『ハリーキツネは嘘つきだから信じちゃダメ』って忠告「心を入れ替えますミュリエル様。何卒シオン様にはそのようなことは!」」
シオンを引き合いに出した途端焦り出すし。
やっぱりシオンが国内最強なのかも。
「あそこで『グリフィス』の名を出したら、そりゃ終わるよな〜。サリー、よく飛び出さなかったな?」
ヴィンスがサリーの頭を撫でる。
「私が抑えたんですけど?」
「やっぱそうか」
「ハリーが抑えつけるだけにしてたら、後から腕を折りに行ったのですが」
「腕じゃなくて鼻が折れてるなあれは」
「本当に容赦ない……」
エステルが気味悪げにハリーを見てる。
うん、その気持ちよく分かるわー。
「グリフィス家に取って替われるなどと、不敬にも程があります。死罪でもよろしかったのでは?」
ハリーが淡々と言うので、より場が冷える。
サリーは頷く。エステルはドン引き。
ヴィンスは「忠義だなー」と呆れる。
ルシウス様はーーノーコメントのようだ。
さっき「即処刑」とか言ってたもんね。
「死罪って、誰が裁くのよ」
「お命じいただければ、秘密裏に処理して参ります。今すぐにでも」
「やめぃ」
治療してもらってんのにトドメを刺しに行こうとするな。
「王国なのに王家への不敬より厳しい罰を与えないでよ。不敬罪で死罪とか、判決出ないわよ?」
「忠義が足りません」
「ミュリエル様!この人ヤバすぎでは?!」
「「だからヤバいんだってー」」
エステルの慌てた声に、ヴィンスと返事が揃った。
「俺はまあどちらでもいいぞ。ミューの噂は払拭されたし、あの女が偽物だってのも今日の話を拡散させる。可愛いのが自慢だったかもしれないが、鼻折れたしな。でもミューがやっぱり許せないと言うなら、ハリーに殺って来させるぞ」
楽しそうに笑うヴィンスに、「こっちもヤバい!」とエステルが慄いてる。
ユーリ様と同じ反応だな、と思いつつ「いらないわ」と手を振った。
「命取るほどのことをされてないわ。彼女が死んだって、私の噂や悪評がなくなる訳じゃないでしょ?ミュリエル・フォン・アイゼンバーグの名誉を重んじてくれるなら、世間の評価を戻す方に尽力して」
「……承知しました」
「了解ー」
不服そうにハリーが頷き、ヴィンスも受け入れた。
エステルは躊躇いつつも、血が流れないことに安堵したようだった。
残りは、口をへの字にするサリーと眉をへの字にしてるルシウス様。
「ただし。彼女にも、もう一点対処します」
「「対処?」」
不思議そうに覗いてくるルシウス様の頬を撫で、貴族スマイルを浮かべた。
「私のルシウス様に、『自分の方が相応しい』と言い張ったこと。二度とそんな馬鹿な考えを持たないよう、『ミュリエル・コリエット』は抹消します」




