ミューはファンクラブを作りたい
空は晴天、風は爽やか。
テーブルセットは完璧、控えるメイド達も準備万端で微笑んでいる。
傍らの息子はおめかししてご機嫌良好、相棒のウサギは彼の隣に座ってる。
お呼び立てしたゲストはーー全員ガッチガチ。
「ようこそアイゼンバーグ家へ。歓迎いたしますわ」
「ごち、よぅ!しょんよ!」
「「「お、おまね、き、あずかり……」」」
「っ、お世話になるす!」
「なんて?」
アマツクニ調は、今日も絶好調だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ルシウス様の!ファンクラブ!
心躍る文面に、本当に踊り出しそうになった。
落ち着け〜落ち着け。突っ走ってはダメだ、こういう時はーー。
「ーーお義母様にアポイントメント!シオンと伺います!」
「承知しました」
ナンシーが一礼して退出するのを見届け、シオンに向き合う。
「たしゃ?」
「シオン、お母様はお祖母様のお部屋へお散歩に行きたいな〜」
「しゃんぽ?」
「シオンも一緒に行ってくれないかな〜?」
「いよ!」
満面の笑みで了承を得たので、ウサギを背負わせて歩かせる準備をする。
行けるところまでは歩いてもらって、疲れた素振りを見せ始めたら抱き上げる予定。
半分歩けたら上々かな。
お付きの者達がどの地点で誰が抱き上げるか打ち合わせを終えたら、準備OK。
返事が来る前だけど、シオンの歩幅に合わせてたら時間が掛かるしね。
いくらお義母様の予定が立て込んでようとも、トコトコ歩くシオンの来訪を拒める者など、私を含めこの屋敷には存在しないのである!
「出発〜!」
「ぱちゅー!」
あわよくば、程々に体力を使わせて昼寝に持ち込みたい下心もあった。
もちろんお義母様は大歓迎してくれた。
歩いてきたシオンを褒め、ソファに座らせ、果実水でもてなしてくれる。
満足げなシオンを隣に置き、こちらもご満悦なお義母様に手紙を見せた。
「……ルシウスの、ファンクラブ?」
大変不思議そうな顔をしてるのは、言葉に馴染みがないからだ。
「ファン、と言うのは舞台俳優や音楽家のパトロンというよりは、熱烈な観客の方が意味合いがあってるわよね?」
「そうですね。支援もしますが、後援者ほどには対象への発言力は強くないです。あくまで自分の楽しみの延長で応援してます」
「……クラブと言うことは、後援会みたいなもの?それを、うちの息子に??」
理解が追いつかないらしい。
それはそうだ。いくら舞台俳優を凌ぐ美貌だろうと、そこにいるだけで周りを蕩かす性質だろうと、ルシウス様は何かを売り物にしている訳ではないので、後援も支援も応援すら必要ない。
むしろ本人は嫌ってる類の話だろう。
私はニコリとお義母様に微笑みかける。
「発祥はアマツクニだと聞いています。お義母様の仰る通り、俳優や音楽家には支援を通して自身の気持ちを伝える手立てがあります。ですが、ルシウス様やヴィンスのように支援を必要としていない方にだって、焦がれる気持ちを向けたいという層はいるのです。何かをせずにはいられない、それがヴィンスには信奉者として存在します。あそこまでではないにせよ、好意を隠すことなく応援と言う形で表したい方々が集まり、活動をしているのだそうです」
そういう意味では、ヴィンスにはすでにトラキオンにファンクラブがあると言っても良いかも。
ちょっとメンバーがゴツいけど。
お義母様はヴィンスの例えで、なんとなく理解したようだった。
「ルシウスに恋心は向けないけど、好意があることを隠さず伝えたい、その為の会合?」
「そうですね。あとは、ファンクラブで複数のメンバーと公に好意を語ることで、罪悪感なく気持ちを発露できるのだと思います。一人で思い詰めてたら、それこそ横恋慕とか不倫とか言われるかもしれません。お手紙をくれた方達も、家庭を持っていたり婚約してたりしますから」
略奪する気はないのに、想いを持っているだけで邪推されるのは困るだろうとも思う。
皆で「ファンなんですぅ!」って言えば、一人で「好きです!」と伝えるより重みは減るだろう。
「ファンクラブの意義は分かったわ。それで?ミューがわざわざ夫のファンクラブ設立に関わる理由は?」
お義母様に聞かれるのを待ってました!
「我が国に新しい文化の兆しがある、その発端が私のルシウス様だと言うのなら、みすみす機会を逃す訳には参りません!情報料、内容の精査、関連グッズ販売、会合の取り回し!何より、私の夫の話が出回るのに私が関わっていなければ、ルシウス様に潰されます!」
最後は断言出来る。
私が関わっていないのなら、ルシウス様は眉を顰めてファンクラブを潰す。絶対。
お義母様も想像出来たらしく「そうね……」と呟いた。
「まあ良いわ。害になるようなら潰せば良いけれど、動向は把握しておいた方がいいものね?知らないところでファンクラブとやらが出来て、ルシウスの周りをうろつく令嬢が増えることを考えたら、ミューの指揮下にある方が良いでしょう。許可します」
「ありがとうございます!」
「ありゃーと!」
「……シオンのファンクラブも、そのうち出来そうね?」
「うちの使用人達は、すでに会合そのものですよ」
「そうね……」
お義母様はシオンを見詰めたあと、私に笑い掛けた。
「そしたら、ルシウスも『ミューのファンクラブを作る!』とか言い出しそうじゃない?」
「お義母様、それは作れません」
右手を挙げ、こちらも断言しよう。
「先程も言いました通り、ファンクラブは『複数のメンバーで集まる』が基本ですから。ルシウス様は私のことを誰かと分け合うことはしませんし、他の人の好意も許容しません。アマツクニ風で言えば、『同担拒否の猛火勢』ですよ」
「……最後はちょっとわからないけど、うちの息子の心が狭いことは伝わったわ」
「あ、一人ファンクラブとかは作るかも?」
「それはもはや狂気だから、言い出したら止めてちょうだい」
「わかりました」
ちょっと面白そうだけど、お義母様に言われたら仕方ない。
まあ、チョロ旦那様なんてちょちょいのちょい!だからね!
◇◇◇◇◇◇◇
というお義母様の承認をいただき、改めてファンクラブ設立の話をするために該当の令嬢・ご夫人方をお招きした。
ベッタリモード継続中の息子がいるけど、これを嫌がるような人はファンクラブに参加する資格がないだろう。
案の定、ガチガチだったお顔がシオンを見るたびに緩む。
「ミノリ、誓約書は持ってきた?」
「……先程、侍女の方にお渡ししましたが……。よくよく考えたら、ここはサリー様のお宅ではないのでは?」
「違うけど。突発的にやってくるから、鉢合わせする可能性は大なのよね。まあヴィンス発見機がここにいるから、5秒前くらいの心構えはできるわ」
「発見器?」
「シオンー、ヴィンスが来たら教えてね」
「びー!いよ!」
「「「可愛っ……」」」
得意げな顔に賞賛が溢れる。
うちの息子はいつもいつでも可愛さ満点だから、いちいち言葉にしてたら喉が嗄れるよ?
「さて。ファンクラブ設立の動機をお聞かせ願える?ファンクラブと言う概念はミノリから教わったのでしょうけど、そもそもなぜルシウス様なのかしら?」
お手紙をくれた代表格、ブレンダ・アドリール子爵夫人は、居住まいを正す。
「アイゼンバーグ小公爵夫人、まずは不躾なお願いを聞き入れてくださり、誠にありがとうございます」
彼女の礼に合わせて、他の方も頭を下げる。
「ミュリエル、で良いわ。堅苦しいのは好きではないのよ」
「……では、お言葉に甘えさせていただきます。わたくしのことはブレンダ、とお呼びください」
「わたくしはテトラと」
「コレットとお呼びくださいませ、ミュリエル様」
それぞれが名乗るので、鷹揚に頷いておく。
「……わたくしたちは皆、学園で同級生として知り合った者達です。その頃からよく行動を共にしていたのですが、学園での一番の癒やしが偶にお目に掛かれるアイゼンバーグ卿のお姿でございまして……」
三人が夢見る瞳になった。
おぉ……私、そんな目でルシウス様を見たことあったかな?ないな(即答)。
「卿とは二学年差がありましたので、偶然を装ったとしてもお近付きになれることなどなかったのですが、歩いてらっしゃるところに行き合っただけでも、その日一日が幸せに思えるほどでした。わたくしども以外の女生徒も皆同じだったと思います。アイゼンバーグ卿は、学園在籍当時から『孤高の人』でございましたので」
「孤高の人。」
思わず復唱してしまった。
孤高の人、家の中ではほとんど一緒にいるけどな?
妻を膝に乗せてるか息子を膝に乗せてるか娘を抱き上げるか、もしくは自分が膝枕をしてもらうか……。
あのベッタリは学園時代の反動だとでも?
アレか、スカしたルシウス様は好意を持つ人からしたら『孤高の人』なんだな?
よし、そう思って続きを聞こう。今の旦那様とのギャップは考えるまい。
「……アイゼンバーグ卿が卒業してしまわれ、わたくしたちは夢から覚める事になりました。現実を見、それぞれの道を歩む中で時折お姿を遠目から拝見し……もちろん、わたくしにも夫がおりますし皆様にも大切な人がおります。学園時代の恋い焦がれる気持ちではなく、こう言ってはなんですが『目の保養』と言いましょうか」
「わかります。」
そこでウンウン頷いたのはミノリだった。
「そう言えば、ミノリはルシウス様を学園で見なかったの?年齢差だったら在籍中だったでしょ?」
「留学したのが二年生の時だったんですよ!もう卒業してしまわれた後で……もう一年早く生まれてたら!」
「「「わかります!」」」
今度はブレンダ様達が同意した。
「もう一年だけでも早く生まれてたら、もっとアイゼンバーグ卿を見れたんですわよね。はぁ、同級生の方が羨ましい」
「いまだに自慢してくる方いらっしゃいますわよね。同じ教室で授業を受けてたとか……羨ましい」
「アイゼンバーグ卿は、騒ぎになるからと食堂にもいらっしゃいませんでしたわ。一年生の頃はそれでも使っていたらしく、わたくしの従兄が近くに座ったことがあると」
「まあ!なんて幸運な方!」
……なんだか盛り上がってるけど、近くに座るどころか膝の上が定位置になりそうな妻には、どうでもいいな!
「お話がずれてます。それで?目の保養にしてた私の夫に、ファンクラブを作りたいのは何がキッカケですかね?」
話し掛けると四人はハッ!と気付いたようだ。
「失礼しました。つい盛り上がりを……ただまあ、このようにアイゼンバーグ卿についてお友達と話をしたい、そのような気持ちになった時、アマツクニに存在するファンクラブのことを知りまして。先日のお茶会でミノリ様がアマツクニの方とお聞きしてましたので、お声掛けさせていただきました」
「アマツクニにはたくさんありますよー。私も男装の麗人が演劇をする『白薔薇歌劇団』と、推しの絵師のファンクラブに入ってます」
「ミノリ、詳しい話はあとでじっくり聞くから。では、ブレンダ様達の活動の目指すところは、同じようなファンの方々と語り合いたい、ということかしら?」
ミノリを止めて再度ブレンダ様に確認すると、彼女は頬に手を当てて「そうですわねぇ」と頷いた。
「語り合うことは活動の一環ではありますが、やはりファンクラブを考えたのは、アイゼンバーグ卿に何かしらの支援をしたいと強く思ったからですの。先日のお茶会で、ミュリエル様とシオン様とお三人でおられる光景を見ましたので」
「?私達?」
泣きシオンのことか?と傍らの息子を見ると、少し目を離した隙に頬に菓子を溜め込んでた。
「……お話の途中なのにちょっとごめんなさいね。シオン、お口の中はひとつだけっていつも言ってるでしょ?」
「もひゃ、にゃー」
「話せもしてないじゃないの……。ジュリア、布巾持ってきて」
「こちらに。……若奥様、申し訳ありません」
「仕方ないわよ、会話の際中に乳母が声掛けなんて出来ないでしょ?ほらシオン、ここに一回ペッてしなさい」
「やにゃー」
「ダメ。そんなに格好悪いことするようなら、シオンはもうお部屋に帰すよ?」
怒られる一歩手前を察したシオンは、言われた通りに頬袋の中の菓子を吐き出し、あー、と口の中を見せる。
よし、と合格を言い渡すと、涙目で膝によじ登ってきた。
ベッタリモードだからね……泣くくらいならやらなきゃいいのに。
ひし、と抱き着く息子の背中をポンポンとしながら、お茶会の際中だったことを思い出したぞ。
「……皆様、申し訳ありません。大変お見苦しいところを」
「いえ……眼福でございました」
「とてもカワユイですわ……」
「先日のお茶会では席が遠くて、ミュリエル様方のお姿がよく見えませんでしたの。間近で見られるなんて、今日はこちらに来た甲斐がありました!」
「そんなに?」
まあ、気を悪くしてないなら良しとしよう。
「……先日のお茶会のお三方のお姿が、大変眩しくて。あんなににこやかなアイゼンバーグ卿を見たのは初めてでしたの。見惚れると同時に、もっと笑っていていただきたい、そのために何かをしたい。それがファンクラブ設立の動機ですわ」
ブレンダ様の言葉に、テトラ様もコレット様も深く頷いた。
ふむ。ルシウス様の笑顔を維持させるためのファンクラブか。それならなんとか建前は保てるな。
「お気持ち、しかと理解しました。ファンクラブの設立について、アイゼンバーグ家として許可するには、こちらの条件を飲んでいただくことになります。その覚悟はおあり?」
念を押すように確認すると、三人は揃って頷いた。
「よろしい。では、条件を提示しますね。アイゼンバーグ家からの条件はーー」
クルッと座る向きを横にし、シオンの顔が皆に見えるようにした。
「このシオンを、ファンクラブの名誉会長の座に据えていただくことです!」
「ぷ?」
「「「……はい?」」」




