ミューは思い出話に花を咲かせたい
かつて学園で見掛けていた噂の令嬢、コリエット嬢が戻っているーー。
そのことを聞き、友人達はバッ!と一斉に私を見て、ババッ!とミノリに向き直った。
うむ、揃った動きが美しい。
「ダメよ!なんで連れてきちゃったの、返してらっしゃい!」
「返すも何も、ジークハイドの国の方です〜!」
「何も火種を持ち込むことはないでしょう!戦争を起こしたいの?!アマツクニは!」
「アマツクニの判断じゃないです!法律上の決定なので、変えられず!」
「でも!コリエット嬢ならアマツクニでもやっていけたのでは?!ジークハイドに戻られたら、絶対何かが起きます!」
「アマツクニで上手くやれなかったから、本人も帰国の意思を決めたんですよ〜!」
三人の抗議にもミノリは涙目ながら反論する。
うん、まあミノリは悪くないしね。
頷いてると、サラに睨まれた。
「他人事のように!絡まれるのも喧嘩を買うのも三倍にしてやり返すのも、全部全部ミューの所業でしょう?!」
おっと聞き捨てならないぞ?
「絡まれるのは私のせいじゃないでしょう?元はといえば、ミノリのポンコツ幼馴染が悪いんじゃない」
そう指摘すると、ミノリは項垂れた。
「そうです……あのポンコツ……節穴……大間抜け……ろくでなしが、ミュー様にご迷惑を」
単語の羅列が段々殺意を帯びてくる。
ちょっと冷ましてやろう。
「そのポンコツに昔惚れてた人がいたわね〜」
「うぐ!」
撃沈したミノリが胸を押さえた。
「ミュー様、それは言わない約束……」
「そうだったかしら?」
「お願いします……!」
また涙目で懇願されたので、言わないでおこう。しばらくは。
トレイシー達も、ミノリの幼馴染を思い出してちょっとスンとしたらしい。
お茶を飲んで一息ついたり、ミノリの肩を叩いて慰めたりしてる。
まぁね、あのポンコツ振りは中々強烈なものがあったわ。
◇◇◇◇◇◇◇
裏庭でのやり取りを目撃してから、私達は会って話をするようになった。
学年が違うので昼休みや放課後といった授業外の時間のみだけど、他国の話を聞いたりこちらの文化の話をしたりと、異文化交流は大変面白い。
加えて、ミノリ本人も面白い。
サラやシャーリーも加わり、時にはミノリと同学年のマリーとも会わせたりもした。
そうこうしてるうちに、ミノリの中の幼馴染への気持ちは徐々に小さくなっていったらしい。
噂を聞いても寄り添う姿を見ても、段々と悲しげな顔はしなくなり、一ヶ月が過ぎる頃には気にも止めなくなった。
私達はこれ幸いとばかりにミノリに異性の知り合いも紹介した。
もちろん、アマツクニの風習を理解し、無闇に距離を詰めたりしない紳士だ。
そのうちの一人、叔父がアマツクニに移住しており、自分も卒業したらかの国へ渡る予定だと言う男子生徒と、なんだかいい感じになってない〜?と我々がニマニマし出した頃。
ポンコツがやってきた。
「ミュリエル!」
突然聞き覚えのない声に呼ばれ、振り向くと見たことある男が立っていた。
「なんでミノリなんかと一緒にいるんだ!早くこちらへ!」
「「は?」」
ミノリと私の声が重なる。
腕を取られそうになったところを、件の男子生徒に阻んでもらった。助かった。
「!おい、邪魔をするな!」
「邪魔もなにも、君は一体何をしようとしてるんだ?ミュリエル様に無断で触ろうと?」
「ミュリエル様?!なんでそんな呼び方を許してるんだ、ミュリエル!」
「なんでと言われても……」
進路を阻みつつ、困った顔を向ける男子生徒。
いや本当になんで?
首を傾げてると、シャーリーが「あ」と呟いた。
私の耳元に口を寄せ、こっそり打ち明けてくる。
「……これは、コリエット嬢とミュー様をお間違えなのでは?」
「……あぁ、そうかも。いえホントに?私、顔晒してんのに間違えるとかあり?」
男子生徒と言い争ってる幼馴染をジッと見詰める。
……これは、本気で間違えてるかも。
いくら同じ色合いで同じ名前だって、こうまで気付かないとか……?
信じられない気持ちで見つめるが、一向に訂正する気配がない。
はぁ、とため息をつき、貴族スマイルで話し掛けた。
「ご令息。どなたかとお間違えでは?」
「は?何を」
「ミュリエル・グリフィスと申します。初めまして」
カーテシーまでつけて、丁寧に挨拶してやる。
まあ本当は初めてじゃないのだが、言葉を交わしたのは初だからね。
相手はポカンとしていたがようやく間違いに気付き、赤面した。
「あ、いや、なんだ……紛らわしいな」
紛らわしいな、じゃねえわ。
謝れ。
コリエット嬢は、ミュリエル・コリエット。
そう珍しい名前ではないとは言え、黒髪・青目まで同じとなれば中々いない。
ただ学年も爵位も違うし、もちろん顔も似てないので間違えるような奴はいなかったんだけど……。
ここにいたね!
「マコト!ミュー様にきちんとお詫びなさい!勘違いでこんな騒ぎを起こして、恥ずかしくないの?!」
ミノリが叱責する。
正論なのだが、何故か彼は反発した。
「な!こんなに紛らわしいのが悪いんだろ?!」
「紛らわしい訳ないでしょうが」
「そもそも最初は後ろ姿だけじゃないよ」
「顔を見ても気付かないとか、どれだけ思い込みが強いんですか?」
友達からもツッコミが入るが、火に油を注いでる。
「うるさい!年下のくせに上級生に逆らうな!ミノリ、なんだってこんな奴らと一緒にいるんだ、付き合う相手は選べ!」
「はぁ?!あんたに言われたくないんですけど?!」
幼馴染のバトル、勃発か?!ミノリから呪文が飛び出ちゃう?!
とワクワクしてたが、一緒にいた男子生徒がまたしても止めてくれた。チッ。
「サキミヤ嬢、落ち着いて。同じレベルで争うのは、あなたを低く見せるだけだよ」
「メイフィールド様……えぇ、そうですわね失礼いたしました。お恥ずかしいところを……」
「ふふ、でもあなたの新しい面を見られるのは楽しいな。友達思いな所も」
「まぁ……!」
そのままいい雰囲気になっていたので、これはこれで良し!と思ってたら。
男が驚いた後、ワナワナ震えた。
「ミノリ!なんでそんな男と寄り添うんだ、はしたない!」
「いや、またしてもあんたに言われたくないんですけど」
「お前は俺のことが好きなんだろうが!」
「「「「「はぁ?」」」」」
令嬢たちから、ドスの効いた声が漏れる。
……なにか最低なこと言ったかな?
全員、貴族スマイルが浮かぶ。当然だ。
「……このようなところでご令嬢の思慕を無遠慮に叫ぶなど。正気ですの?」
「は?な、」
「〝俺のことが好き〟とはまた、随分と自己愛に富んだ発言ですこと。ご安心なさって、もし仮にそうだったとしても、今のあなたのお姿を拝見すれば必ず目が覚めますわ。絶対に」
「な?!そ、」
「ええ、しかも仮にもそのような恋情を向けてくださる希少な女性に対して、先程から居丈高に振る舞うなど。アマツクニを代表して留学している方ですわよね?それがアマツクニの作法なのかしら?」
「いや、ち」
「あぁ、こちらにいるミュリエル様を別の女性と間違えていらしたわね。慕われてると知っておきながら、他の女性を追い掛けるのもそちらの国の習わしかしら。おまけに、慕ってくれていた女性が見限って他の殿方に気を移したら、途端に責め立てるのですものね。応える気はなかったくせに、いざ離れられたら惜しくなったとでも?誠意の足りないこと」
「ちが……」
令嬢達からの畳み掛けに、男は段々と萎れていった。
メイフィールド様が気の毒そうな顔をしているとか、気のせい!
ジークハイド流貴族スマイルを習得したミノリが、優雅に微笑んだ。
「ご安心なさって、カケフノミヤ様。以前はどうあれ、今のわたくしにはあなたへの思慕などこれっっっっっぽっちも、ありませんわ。昔ながらの幼馴染として、一抹の情が残るのみですの」
「っ、ミノリ……」
「ですからね。最後に残ったその情で、カケフノミヤ家ご当主様にお手紙を送っておきましたわ。『ご令息がジークハイドで〝真実の愛〟を見つけたようだ、と」
「は?」
ミノリに縋るような目を向けた彼、マコト・カケフノミヤは、驚愕の顔をした。
「あれだけコリエット様と親しくなさってるんですもの、そう判断されてもおかしくないでしょう?きっとご当主様が、花嫁候補として認めてくださるわ。そうでなくても、あのような接し方をしてるご令嬢に対して、『学園にいる間だけ』と言う言い訳はアマツクニでは通用しません。事細かに詳細をお伝えしておきましたから、必ず『責任を取って連れて帰ってこい』との命が降りますわよ。おめでとうございます、マコト様。想い人と結ばれますわね」
ミノリは本当に祝福しているかのように、幼馴染に『結ばれ系ざまぁ』を遂行したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
カケフノミヤ家当主は、ミノリの予想通りに動いた。
すなわち、ミュリエル・コリエット嬢を嫁としてアマツクニに迎え入れる手筈を各方面に整えた。
留学していた令息は嫡男ではないし、ジークハイドの貴族令嬢なのだから爵位が低かろうと特に問題はない、そう判断したようだ。
本人達にとっては大問題。
まさしく『学園にいる間のお楽しみ』として付き合っていたのだし、むしろ令息は国に帰ったらミノリと寄りを戻すつもりでいたらしい。嘘ーぉ。
断じて結婚など考えていなかったのに、国を通しての申し込みに焦ったとか。
事の発端のミノリはやり切った!とばかりに清々しい笑顔で、残りの留学生生活を満喫していた。
幼馴染が食って掛かってきても、「自分には関係ないこと、撤回したくば己の力でなんとかせい」と突き放し、コリエット嬢がやってきても「ご縁が結ばれましてようございました」と相手にしない。
業を煮やしたコリエット嬢はーーなぜだか私のところへ怒鳴り込んできた。
学園内では「身分は問わない」となっているが、爵位を気にしていたら学習に差し障りがあるからだ。
伯爵令嬢に男爵令嬢が喚き散らしていいと言う訳ではない。
さらに言えば、この時点で私は学園内最高権力者の庇護の元にいた。
権力はナマモノである。使えるうちに使っとけ。
その信条を遠慮なく発揮し、男爵家は内密にではあるが王家から令嬢の振る舞いに対しての警告を受ける。
加えて、実家の力だって誇示しとかないとね!と各商会に通達を出す。
グリフィス家の令嬢に楯突いたらどうなるのか分かってんのか?あぁん?とコリエット家に分かりやすい方向性で、商売上の圧力を掛けた。
……念の為言っておくと、普段はやらんからね。
怒鳴り込んできた時の令嬢があまりに態度悪かったし、見当違いに責めてくるものだから、「そこまで言うなら本当に陥れてやろう」としただけ。
令嬢の自業自得です。
結果、令息の留学は途中で切り上げられ、コリエット嬢は卒業を待たずにアマツクニへ付いていくことになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「コリエット嬢、また突っ掛かってくるかな?」
回想しながらなんとなく口にすると、全員に頷かれた。
「でも、今回戻ってくるのは私関係なくない?何について言い掛かりつけてくる気?」
心当たりがなくて首を傾げると、トレイシーに呆れた顔をされた。
「ミノリの騒動の前から、コリエット嬢はミューに敵意を持ってたわよ?」
「そうなの?」
「後ろ盾が強過ぎるから本人には関わらないだけで、陰では色々言ってたって聞いたことあるわ」
「へー、そうなんだ」
「ミュー様……通りすがりに睨まれたりしてましたよ?本当にご存知ないのですか?」
シャーリーに言われたけど、そうだったか?
んー、たぶん気にしてないな。
睨まれるくらいじゃな……。
「今のコリエット嬢は、アマツクニからも見放されて何もない状態。言い換えれば、無くすものはない状況です。加えてミュー様がこれほどまでにお幸せそうであれば、絶対何かしらしてくると思います」
ミノリにも言われた。
幸せそうと言われたら、それは間違いないかな。
素敵な旦那様と可愛い子どもたちと、理解ある身内や周囲に囲まれてるのだ。
危害を加えてきそうな輩は近付けられることもなく、王家にも覚えがめでたく……あら。
「……私って、今、愛され系ヒロインやってる?」
そう聞くと、今度は全員に苦笑された。
「んー、まあ、状況だけ見たらそうなんだけど。ミューをそう呼ぶのはちょっと」
いや、呼んでほしい訳じゃないけどね?
「愛され系ヒロインと言うには、本人の素質が……」
なんで最後を濁すよ。
「ミュー様は愛されてます!それはもちろん!特に旦那様に!」
逆になんで最後を強調するよ??
「ミュー様は皆様に愛されてますが、それと同じくらい恨みを買ってますからね!あとヒロインと呼ぶにはちょっと当たりが強過ぎるのと向こう見ずが多いのと、攻撃力高めで闘争心が盛んなので、どちらかと言うとヒーローではないでしょうか?!」
「うふ、今仰ったこと全て、あなたの身体で証明してみせましょうか?ミノリ・メイフィールド外交官夫人」
なんだヒーローって。私がヒーローならヒロインはルシウス様じゃないか。嵌まり過ぎ。
内心呆れつつ笑顔で凄むと、ミノリはテーブルに頭を付けて「平さ容赦してたんせ!!」と叫んだ。
「相変わらずの考えなしねぇ。どうして一番言っちゃいけない人にこれでもか!と浴びせ掛けるのか、不思議でしょうがないわ」
「逆にそういう才能なんじゃない?使い道を考えれば活かせるかもよ」
「不穏な使い方しかないじゃないですか」
「うぅ、気が緩んだだけなんです……ミュー様に敵対する気なんて毛頭ないんですぅ〜〜」
三人に責められ、ミノリはしおっしおになった。
「そうね。学園にいた頃よりも私の後ろ盾は強化されてるから、敵対するなら少なくとも『一族諸共没落』くらいは覚悟した方がいいわよ、ミノリ」
「あれ以上?没落?!いえ、敵対なんて絶対しません!」
テーブルにめり込むくらいの頭の下げ方だった。
さて、戻ってきたと言うコリエット嬢は、どれくらいの覚悟を持って挑んでくるのかしら?
失う物はないって言ったって、最低限の生活と命は持ってるんだもの。それすら失うつもりはおあり?
もちろんただ受け止めるつもりはないし、それ相応の報いは受けてもらうけど、何が起きるのか今後の展開は楽しみである。




