ミューは旧友と昔話がしたい
方言変換ツールにて秋田弁に換えてもらいました。便利な世の中だ!
しばらく仲間内での話に興じたあと、別のテーブルへ向かう。
サラとシャーリーはそれぞれ知り合いを見つけたらしく、私はトレイシーとふらふら〜と色んな席で会話に加わった。
やはりルシウス様とヴィンスのことは皆様気になるのね。いっぱい聞かれた。
中にはルシ×ヴィンの話を始める人もいて……丁重にお断りすると同時に、義姉をオススメしといたわ。
あの子はまったく抵抗ないから、力いっぱい話し込むといい。
隣でトレイシーが呆れてたけど。
お茶会の中盤に差し掛かった頃、馬車が遅れたとかで慌ててやってきた婦人が登場する。
恐縮しっぱなしの彼女に、主催者のマリーは怪我の有無を確認し、無事だとわかると気にしなくていいと会に加わるよう促した。
いっぱしの王族っぽくなってきたわね〜と上から目線で感心してると、その遅刻した婦人と目が合う。
……見たこと、ある?
「あら?」と隣でトレイシーも声を上げた。
トレイシーも見覚えがあるということは……?
「「「あ」」」
三人で声がハモった。
驚愕の顔をした彼女は、満面の笑みを浮かべて突進してきた。
「お久しぶりだす!こんたどごろでお会い出来るなんて、思いもよらねがっただすわ!」
興奮して、訛が出てるよミノリ。
私とトレイシーは苦笑しつつ、旧友:ミノリ・サキミヤ嬢を人目のつかない辺りまで誘導した。
◇◇◇◇◇◇◇
言語の問題。
ジークハイド王国とその周辺諸国、海を渡ったトラキオンも含め、主要国は共通語を話す。
もちろん各国独自の言語も残ってはいるし、その国独特の言い回しや使い方もあるので少しの通訳は必要だが、基本は皆共通語で意思疎通を図るので、他国の者とも会話に不自由はない。
しかし、何事にも例外はあるもので。
ホノカ様の出身国であるアマツクニ連邦は、数多くの小国が手を組んで作り上げた形であり、それぞれの文化を尊重しているので共通語も使いやすい方向性で変化していったらしく。
ホノカ様も輿入れ前に、ジークハイドで使われる共通語を学んでいたと仰っていた。
タスクやミヤビ、オリビア様のお祖母様もたぶんアマツクニ出身。
普段話す言葉に違いはないが、時折妙な言い回しを使ってきたりする。
そう、時折ーー。
「〜〜〜〜あぁ、恥ずかしい!ここ何年も全然出てなかったのに!今日に限って!」
ミノリが顔を覆って呻くのを、私とトレイシーは「懐かしいわ〜」と思って眺める。
彼女、旧姓:ミノリ・サキミヤは交換留学生として学園に在籍していたアマツクニの貴族だ。
普段の会話は普通なのだが、興奮すると本人曰くの『アマツクニ訛り』が全開になる。
「まあまあ。おかげでミノリだってわかったしー」
「ええ、間違えようがないわ」
「そんな見分け方嫌ですぅ!」
落ち着け、また訛るよ?
黒髪に黒目、ホノカ様と同じルーツを思わせる楚々とした容姿に仕立てのいいアマツクニ特産のドレス。
見た目なんの問題もないのに、話すと「うわ」と言われる令嬢、それがミノリだ。
ーーミューと同じ属性ね、とかつてケタケタ笑ったサラはあちらにいるので、今は自分のことを棚に上げとく。
「いやでも、本当に。言葉がなかったらミノリとは言い切れない気がするわ。だいぶ変わったものね」
しみじみと言うと、ミノリは少しはにかんだ。
「……ミュー様だって、変わられましたよね?」
「それはそうよ。あのミューが、『王都一の愛妻家』を夫にしてるのよ?」
「あのミュー様が!」
「あの、は気に食わないけど。夫が『王都一の愛妻家』であることは否定しないわ」
「なんと……!」
そんなに目を見開いて驚かれるのもどうなんだ。
「逆にトレイシーは何も変わってないかも」
「そう?」
「ええ、トレイシー様はお変わりなく。すぐに分かりましたとも」
「……学生の頃と変わりないと言われるのは、褒められてるのか貶されてるのか微妙ね」
トレイシーが口を尖らせると、堪え切れなくなって三人とも笑った。
昔もよく、こうやって三人で笑い転げてたのだ。
◇◇◇◇◇◇◇
ミノリとの出会いは、学園の裏庭だった。
その時は何があったか、サラとシャーリーとは別行動でトレイシーと歩いていた。
確か、端の校舎への近道として抜けるつもりだったと思う。
「……だから、あんなに近付いて話すなんてはしたないわ!」
「ミノリには関係ないだろ、彼女はジークハイドの者なんだから、俺達の感覚とは違うんだよ」
男女の言い合いが聞こえたのは、向かう先だった。
トレイシーと顔を見合わせたが、気にせず突き進むことにした。だって公共の場だもの。
私達が姿を見せると、揉めていた二人はハッとこちらに気付き、気不味そうに俯く。
「……とにかく、これ以上俺達の仲に口を挟むなよな。嫉妬は見苦しいだろ」
「待って……!」
彼女が引き止めるのも聞かず、男の方は立ち去った。私達が立ち止まっていたのは、別に彼女に用がある訳ではなく、進行方向に立ち塞がっていたからなのだが。
彼女ーーミノリはキッ!とこちらを睨んだ。
「取り込み中なことくらい分かるでしょう?!気を遣いなさいよ!」
制服のリボンの色で後輩だと分かったらしく、居丈高に言うので、トレイシーが「まあ」と冷笑した。
「人が通る所で取り込むそちらが不注意なのではなくて?お嫌でしたら、二人きりになれる所でお話ししてくださいな。あの様子では無理でしょうけど」
「う、うるさいわね!後輩なら先輩に気を遣うべきでしょう?!」
「そんな一個や二個の年の差で、気を遣えとか威張られてもねー。気を遣う相手はこちらが選びますよ、センパイ」
呆れた体を隠さず言うと、ミノリはいよいよヒートアップした。
「なによ!どうせ私のことなんて幼馴染に相手にされない、痛い女だって思ってるんでしょ?!バカにして!あんたたちなんて、お父様に言えばすぐ抗議してもらえるんだから!外交問題にしてやるわ!」
「ほう。」
……あの時、フラレるし恥ずかしいところを見られるし散々過ぎて、自棄になっていた、と後のミノリは語る。
うん、そんなこと知らないし。
「外交問題に?それはそれは。令嬢がフラレた場に行きあっただけのわたくし達に、家からの抗議をしようと仰るの?まあ、ではわたくしも持てる限りの権力であなたの抗議に対抗いたしますわね」
「へ?」
「あなたとわたくし、どちらの権力が勝つのか。楽しみですわ〜」
「え、え?」
勢いをすっかり削がれ戸惑うミノリに、何故かトレイシーが寄り添いだした。
「先輩。アマツクニ連邦の方とお見受けしますが、王族に連なるお血筋ですか?」
「そんな訳ないでしょう?!」
「ならば、早いところ謝った方がいいです。彼女、従姉妹が第二王子殿下の婚約者で、本人も殿下と仲良しですから」
「ひっ?!」
一気に顔色が悪くなるミノリに、私は優雅に笑い掛けた。さすがに留学生にまでは、私の婚約破棄(未遂)やマリーとの関係が広まってないらしい。
「ふふ、授業が終わったら殿下とマリーお姉様のところへ泣き付きに行かなくちゃ。ミューは何もしてないのに怒られたの、道を歩くだけで抗議されるなんて、アマツクニ連邦ってとっても怖いところね、って。外交問題にされたら、王太子殿下にお願いしようかしら?」
「あ、あの、ごめんなさ、ちょっと大袈裟に言っただけで」
「まあ。センパイが大袈裟に言うのなら、わたくしも大袈裟に伝えても構わないわよね?家を没落させてやる、平民に落としてやるって言われたとか。学園を退学に追い込むとか。手出しをされた、も良いかもね?大袈裟にと言うなら、これくらいは膨らませなきゃ」
「ミュー……」
トレイシーが呆れた目で見てくる。
さあ、センパイはどうするかな?
ちょっとワクワクして見てると、ワナワナ震えたセンパイはーーガバッ!と地に伏した。
「どうが許してたんせ!さっと調子さ乗った!なにどぞ、なにどぞおごしゃぎ納めでたんせーーーー!」
「「は?」」
令嬢の土下座の上に、呪文のような叫び。
完全に毒気を抜かれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
面白くなってしまったので、そのままカフェへ連行。
落ち着かせてから話を聞くと、ミノリにはアマツクニから一緒に留学してきた幼馴染の男性がいると言う。
さっき揉めてた男だが、こちらに来るまではいい雰囲気で、周りも家族も将来は一緒になって……と認めていたらしい。
正式な取り交わしは帰国してから、と思っていたのだが、ここに来て彼がジークハイドの令嬢に心を移した。
それも、文化の異なるアマツクニの令嬢からしたら、はしたないと思えるような接触の仕方で。
アマツクニって、男女の交流がジークハイドより厳しいのよね。
何度か注意していたが、本日とうとう「口を挟むな」と言われてシオシオになったとさ。
「あんな、礼節も弁えてない令嬢に彼を取られるなんて……!」
ハンカチを握りしめて泣くのを堪えるミノリに、トレイシーは肩を擦る。
私は『そのハンカチ、噛んでキーッ!てやってくんないかなぁ』と全く関係ないことを考えつつ、「取られるも何も、正式に婚約してる訳でも付き合ってる訳でもないなら、令嬢だけを恨むのはどうかと思う」と伝えた。
ミノリはショックを受けた顔になった。
「ミュリエル様は、あの令嬢を庇うんですか?!」
「いや、別に?」
またヒートアップしそうだったが、私の言葉に出鼻を挫かれたようだ。
「ミュー、今『恨むのはどうかと思う』って言ったわよ?」
トレイシーも怪訝そうな顔をした。
「令嬢だけを恨むのはどうかと思う、と言ったのよ。センパイが言ってるのは、三年のコリエット男爵令嬢でしょう?あの方は確かに異性との距離が狭いし、アマツクニの人じゃなくても『はしたない』と思うのは当然ね」
「なら」
「でも、センパイの言い方だと心を移した男に非がないみたいだから」
「……非?」
お茶を一口飲んでから、センパイにニコリと笑い掛けた。
「周囲も認めるほど気持ちを通わせたセンパイに対し、『嫉妬は見苦しい』と言い放ったわ。嫉妬される覚えはあるくせに、ケジメもつけず筋も通さず女性をその場に見捨てて立ち去る男なんて、どこか非じゃないところが逆にあるかしら?」
こっちも恨め、と暗に告げるとセンパイは沈黙し、トレイシーは「そうね」と言った。
「他学年の私達まで知ってるような令嬢よ。交換留学生として選ばれるほど見込まれた人なのでしょうけど、アレに引っ掛かるようじゃ、いくら成績が良くても中身は期待出来ないわね」
私よりも辛いなー。
センパイは少し驚いたようだが、そっと目を伏せた。
「……でも、私は好きだったの……」
うん、私もその気持ちを否定するつもりはない。
「もちろん、先程まで好きだった人を今すぐ思い直すことは出来ないでしょう。でもねセンパイ、センパイだって選ばれて留学するくらいですもの、故郷や家の期待は感じているのでしょう?その期待を一緒になって背負っていたはずの彼が、センパイに誠意を見せることなく去っていったのを見て、この先何に期待が出来るの?少し馴れ馴れしく接してきただけの女性に簡単に心を移す男に、将来の家門の行く末や自分の未来を任せられる?そういう事を考えてみる時間にしたらいいわ」
長々言ったけど、要は「ハニトラに簡単に引っ掛かるような男は、婚約者候補から外しとけ」って言う忠告です!
センパイは目を丸くしたあと、コクリと頷いた。
うん、ならこの話はもういいや。
婚約者でもない男なら、関係断つのに面倒な手続きもいらないだろう。
「じゃあ別の話!センパイ、さっきの呪文凄かったわ、もっかい言って!」
「呪文て!呪文じゃないです、アレは私の故郷の訛で、この国で披露するつもりはなかったのに……!」
「そうなの?もう一度お聞きしたいわ」
「トレイシー様まで!あれは興奮するとつい出てしまうんです!令嬢らしくないから絶対口にするな、と母からキツく言われてます!」
「令嬢らしくないって、だって土下座してたじゃない」
「あああぁぁ」
頭を抱えて凹むセンパイに、私達は令嬢らしくなく笑う。
いつしか名前で呼ぶようになり、ミノリが帰国するまでの二年間を笑いながら過ごしていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「あらー?ミノリじゃない?凄い久しぶりー」
「ミノリ様、ジークハイドへ戻られたんですか?」
三人で昔話に花を咲かせていると、サラとシャーリーも合流した。
「サラ様!シャーリー様!お久しぶりです」
ミノリが嬉しそうな声をあげる。
二人もそのまま席に着いた。
「ミノリ、今日は訛は?」
「毎日訛るわけじゃないですよサラ様!」
「残念、今日の分は聞いちゃったわ」
「ミュー様!」
「相変わらず、キレッキレのアマツクニ調だったわ」
「トレイシー様?褒めてるんですか?」
言い合いのようになっても、どこか皆楽しそうである。
「夫が正式に外交官に任命されましたの。ひとまず五年の任期で、ジークハイドへやって参りましたわ。皆様、また仲良くしてくださいませ」
「外交官……」
「なんで?なんでミュー様、そんなにお顔が険しくなるの??」
いやちょっと、夫に近付けたくない職業ナンバーワンなもので。
いや、旦那様なら関係ないか。
「なんでもないわミノリ。今度、うちにも呼ぶわね」
「うち、と仰いますと」
「アイゼンバーグ公爵家よ。ミューは次期公爵夫人なの」
「ひぇっ……」
ミノリはまた息を飲んだ。
「……アイゼンバーグ公爵家のご嫡男と仰ると、あの金髪紫目の麗しい……?」
「そう、知ってるの?他国にも知れ渡ってるのかなあの顔。とにかく、その容姿で合ってるわよ」
「うわぁ……」
「ついでに、そのアイゼンバーグ卿とそっっっくりなお坊っちゃまも、ミューが産んでるわ」
「はわぁ……」
「そしてその麗しのアイゼンバーグ卿が、王都一の愛妻家よ」
「ぐはぁ!」
「ミノリ様、本当にお変わりなく」
感嘆詞だけでこんなに面白いとか、なかなかよねミノリ。
まあどうせ迎えに来るから、その目で確かめたら良いよ。
ミノリの反応を楽しみつつお茶を飲んでいると、ミノリははたと動きを止めた。
「ミノリ?」
「あれ、これもしかしてマズい?か?」
「?どうしたの?」
「いやちょっと、あれ、ヤバい?」
「ミノリ様?どうされたんですか?」
「いえ、あの……赴任ついでにと言われて、もしかしたらマズい物を持ち込んでしまったかと」
「マズい物?武器?」
「薬物?」
「禁制品の持ち込みは犯罪ですよ」
「いやいやいや、それをこの場で思い出す訳なくないですか?!」
皆で思い思いに言ってみたけど、全否定された。
「なら何よ」
「コリエット嬢を」
「「「「は?」」」」
たははー、とミノリは笑った。
「私のかつての幼馴染が、不品行を指摘されて国に連れ帰ったあの令嬢です。結局仲が破綻して、今回赴任時のメンバーと連れ立って、この国に戻してしまいました」




