ミューは社交を楽しみたい
「まぁ……レティシア……なんて可愛らしいの。うちの子が男の子だったら、即婚約者にしたのに」
「カイリで我慢してください、お義姉様」
「いやカイリも決まってないから」
「それでこちらがサミュエル?まあ!そっくりじゃないの、本当に男の子?」
「男の子です。無闇に確かめないで下さい。オムツ換えの時に確認をお願いします」
サリーが淡々と注意事項を伝える。
つっても、彼らが寝てる時にどちらがどちらなのか確かめる必要があると、こっそり確認してるんだよね。目を無理に開けるよりは良いかと……。
早く本人達が主張してくれるといいわー、と遊びに来た母上に話したら、私とヴィンスも同じ目に遭ってたらしい。ひどい。
そして同じことをしてるわー。ごめんねれちさみゅ。
二人まとめて呼びたい時は、シオンの真似をするのが定番になってしまった。
「ではホノカ様、よろしくお願いします。そのうち夫が見に来ると思いますので、程々で帰るようにと伝えてくださいませ」
「引き受けましょう」
「レティシア、いい子にね……つっても寝てるだけかな。シオンお兄様、レティシアとサミュエルをよろしくね」
「たい!」
びし!とまっすぐに手が上がる。
本日も背中にウサギを背負い、ひたすら「可愛い〜」と褒められまくってるので、やる気満々だ。
うむ、この意気込みをお茶会の終わりまで持ち続けておくれ。
「王太子妃殿下、お手数をお掛けします。私の夫は来ない予定です。……たぶん。きっと。恐らくは」
「何も言い切れてないわよグリフィス夫人」
「……ヴィンス様が現れましたら、伝令を飛ばしてください。最速で駆けつけますので」
「子どもたちの前で捕物はやめてね」
「善処します」
サリーの礼がようやく使い分けられるようになった。
特訓の甲斐があったね!
◇◇◇◇◇◇◇
と言うことで、マリーのサロンでお茶会である。
同世代の婦人達を集めた、と聞いた通り、学園で見たことのある女性が多い。
少し緊張気味のサリーを宥めつつ、まずは主催者に挨拶しに行く。
「第二王子妃殿下、ご機嫌よう。お招きありがとうございます」
「本日はよろしくお願いいたします」
サリーと並んで公的な挨拶をすると、マリーも貴族スマイルを浮かべた。
「ご機嫌ようアイゼンバーグ小公爵夫人、グリフィス次期伯爵夫人。わたくしのお茶会へようこそ。お二人ともご出産されて社交は久しいでしょうから、今日はゆっくりなさって」
ニコ、と笑みを深めたところでお互いの猫かぶりは終わった。
「……やっぱり新鮮ね!サリーがミューの隣に並んでるなんて」
「ねー。この子、気を抜くとすぐ半歩下がるのよ」
「落ち着く位置なので」
「落ち着いたら駄目なんでしょ?ほら、サリーの社交デビューだもの、わたくしがリードしてあげるわ!ミューはお友達のところへ行ってらっしゃい」
マリーはサリーの手を取り、私にはしっしっと追い払う真似をする。
失敬な、とは思ったが、マリーが面倒を見てくれると言うのであればお任せしよう。
「じゃあサリー、頑張ってね〜」
「ミュっ……」
「さぁサリー、まずはわたくしのお友達から紹介するわよ!皆あなたのことに興味津々なのよ〜」
「は?」
「ヴィンスが注目されてるからね。その奥様だもの、色々聞きたいんですって」
「〜〜!ミュ「皆様〜、グリフィス次期伯爵夫人がいらっしゃいましたわ〜」」
戸惑いっぱなしのサリーは、マリーの押しに敵うことなく連れてかれる。
サリー……強く生きろ!
心の中でエールを送り、私はさっさと友人達のいる方へ向かって行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「んで、サリーを生贄にして自分は逃げてきた訳?」
席について早々、サラにそんなことを言われた。
「まぁ〜生贄だなんて。そんなどこかの怪しい宗教みたいな?」
「どこかってどこよ。皆様、ミューにだって聞きたいこと山ほどあるみたいよ?私達ですら、お茶会で何か知ってるか探りを入れられるんだもの」
なんだか不穏なことを言われたぞ?
「探り?うち、何か秘密あったっけ?」
「秘密と言うか、ほぼミュー様の旦那様のお話です」
シャーリーに教えられ、予想通りの回答に肩を竦める。
「ま、そうでしょうね。でもあんまり話題にしても盛り上がらないわよ?」
「そう?アイゼンバーグ卿の日常なんて、皆興味津々じゃない?」
「外面と家の中が違い過ぎて、イメージが湧かない」
「「「……あぁ……」」」
多少はわかってるせいか、三人とも納得したようだった。
泣き虫で女々しくて妻に抱き着くのが大好きなルシウス・フォン・アイゼンバーグとか、世間の皆様はどうやったら脳裏に描けると言うのか。
今ではオマケに子煩悩で親バカの称号まで付いてるし。
「……難しい、かもね」
「でしょ?本人を見せるのが一番だけど、生憎まったく社交を望まない人だから」
「男性同士でも、お付き合いとかあるのでは?」
シャーリーが首を傾げる。きっとアサトがそういうのに行くんだろうな。
だが、うちのルシウス様をその辺の旦那と同じ扱いにしてはいけない。
「シャーリー、うちの旦那様、ルシウス様なの」
「?はい、そうですね?」
「大変見目麗しいの」
「ええ、存じ上げてます」
「男性同士の交流の場に放り込んだら、どうなると思う?」
「……すみません、考えが浅はかでした」
シャーリーは頬を赤らめて頭を下げた。
うむ、わかればよろしい。
あの美貌には男性だってフラフラしちゃうんだぞ?
まあ、うちの旦那様は外見にそぐわない野蛮さと脳筋思考と腕力をお持ちなので、不埒な輩は一撃だろうけど。
「大体、全然社交してなくてもルシウス様が一声掛ければ、役に立ちたいって人はわんさか現れるでしょうよ。顔見知りだろうと全然知らない人だろうと、関係なく。顔繋ぎだって、あの顔知らない人ってこの国にいるの?」
「説得力が違うわー」
「美貌がそのまま社交力なのね……」
「そゆこと」
ルシウス様は社交を望まない、すなわち素の部分を見せる相手が極端に少ない、故に素のままの夫を語っても誰もよく分からない話になる。
「ああ、でも今ならお兄様の話でもいいんじゃなくて?新王族のお披露目で華々しく顔が知れ渡ったんですもの、妹目線の話も皆様聞きたがるわよ」
トレイシーにルシウス様の話よりもエグい難題をふっ掛けられた。
「なんでそんなに眉間に皺を……」
「ルシウス様とは別の意味で、イメージが湧かないと思う」
「そうなんですか?」
またもやシャーリーが首を傾げる。
なんて話題にしづらい男たちだ!
「んー、例えば……話せる範囲……イメージの出来る範囲の話と言うと……あ、子どもの交流会に行った時の話なら想像しやすい?」
かろうじて話題に出来る範囲の誰もが知ってそうな舞台の話を思い出した。
「子どもの交流会と言うと、何家か集まって子どもたち同士で遊ぶ集まりの?」
サラも何回か行ったらしい。領地が離れてるとなかなかやらないらしいからね。
ちなみにルシウス様は経験ゼロだそうで。そうでしょうとも!収拾つかなくなるよ。
「じゃあ想像してみて。昔、うちの近隣の領地で子どもの交流会が開かれるって話を聞いて、行ってみることにしたの。ハリーとサリーを連れて、大人の騎士も連れて。で、いざ行ってみたら使用人が誰も案内してくれないの。遠くからボーッと見惚れるだけで、近寄りすらしない。埒が明かないから、一番近くにいた使用人を捕まえて『案内、して?』ってヴィンスが微笑み掛けた途端、一転して案内しようとする使用人が殺到して。見る見るうちに老若男女入り交じって大乱闘開始よ。まだ門を潜ったばかりだと言うのに」
「「「…………」」」
「屋敷の主人が喝を入れて使用人はどうにか収めたけど、今度は当の主人がメロメロになっちゃって。子どもの交流会そっちのけでヴィンスを接待しようとするから、『いや子どもの交流会に来たんであって、大人の相手をする気はないから』って断ったら泣いちゃったのよ。屋敷の主を泣かせるなんてこりゃやべえってなって、皆で一目散に逃げ出したの。そういう話」
「「「いや、無理!」」」
三人が悲鳴をあげた。
周りの皆様から注目を浴びちゃった!てへ。
恥ずかしそうに周りに頭を下げながら、恨めしそうな顔で見られても。
「ヴィンスの話を聞きたがったりするからでしょ」
「まさかそんなにあり得ない話だとは思わないわよ!」
「これでもまだ軽ーい話よ?生き死に関わってないし行方不明者も夜逃げも出てないし、破産も爵位剥奪も平民落ちもしてないじゃないよ」
「怖過ぎる!やめて、それ以上は聞けない!」
今度は控えめながらも、トレイシーがまた悲鳴をあげた。
「そういう兄だから、変に関わろうとしない方が身のためよ。他の方にも言っといてね」
「「「わかりました……」」」
意気消沈してるけど、返事があったので良しとしよう。
これでこの先、ヴィンスにまつわる何かがあっても自己責任で!
「私の話はこんなんばっかよ。皆の話は何かないの?」
私が話を振ると、シャーリーが「はい」と手を挙げた。
「はいシャーリー、どうぞ?」
「アサト様、子爵になります」
「「「はい?」」」
突然の叙爵話。
「え、子爵?最近爵位認定式とかあったっけ?」
「いえ、まだなってません。なります、と」
「え、だってアサトって次男よね?お兄様は健在だった筈……まさか」
「いえ、お義兄様もお義父様も健在です。なんならアサト様よりも逞しいですし」
「ワルローはインテリ腹黒ひょろ眼鏡だものね!どう考えてもインドア派!あと運動神経悪い!」
「えぇまあ、そうですね……」
サラの言葉に、シャーリーは渋々同意する。
うん、表現に多少の悪意はあれど、言ってることは間違ってない。
「じゃあ、ワルロー家でもないならどうやって子爵になるの?褒章をいただく働きでもしてたかしら?」
「それが……見初められちゃって」
「「「は?」」」
「ダグリー子爵様と意気投合していたら、養子に来いと熱烈な誘いを受けました」
シャーリーも、なんだか納得のいってない表情をした。
ダグリー子爵とは、長年財務で辣腕を振るったある意味伝説の文官だった方だ。
使途不明金に大変厳しく、若かりし陛下が執務室で正座の説教を受けたらしい、と噂で聞いたことがある。
と言うより、今の各省のトップは皆一回は説教を受けてるとか。
奥さんを早くに亡くされ、お子さんはなし、他に係累もなし。領地はあるものの、自分の代でお終いになったら王家へ返還するーーそんな話も聞いた。
一昨年定年で退官し、領地でのんびりスローライフ中だったダグリー子爵……が?
「アサトを見初めた?」
「王宮での部署回りの帰りに、エラく怒ってる子爵に遭遇したそうなんです。なんでも、所用のために王宮へ来てついでに古巣へ寄ったら、三ヶ月近く前に締め切りだった未処理の決済書類を発見してしまったらしく。扉も開けっ放しで怒号が飛び、皆様が恐れをなして近寄れなかった財務室に、ヒョイッと入っていったアサト様です」
「相変わらずの怖い物知らずよね……」
「喧嘩弱いくせにね」
「避けるのだけは一流だからね!」
「サラ様、サンレイク様を嗾けないでくださいね?あの人、体力もないんですから。とにかく、問題の書類を手に取ってパパッと処理を終わらせ、あるべき形に収まるようにしてから一言、『怒鳴る前に処理でしょう。既に遅れてるんですから。終わらせてから好きなだけ怒鳴ってください』と」
「正論だけど、人の心がないわね!」
「間違ってはないけど、イヤミね」
「もうちょっとスマートに解決出来ないかしらね?」
「皆様、本当にアサト様に辛口ですね……。とにかく、それがキッカケで子爵様に気に入られて、私達夫婦が無爵位と知るやいなや養子縁組のご提案をいただきました。一応相談しましたが、アサト様が自力で取るより手っ取り早いと……」
「シャーリーが言ったの??」
「言ってません!本人が言ったんです!」
顔を赤くして怒られた。
うん、そうは思ったけどね。
「じゃあ、シャーリーもシャーロット・ダグリーに変わるのね?」
トレイシーがしげしげとシャーリーを見つめる。
この子が子爵夫人かー。
「……当主夫人の教育、受けてたっけ?」
思わず聞いてしまった。顔を顰めてる。
「……予定がありませんでしたし、侍女教育を優先させてしまったので……。ただ、ダグリー子爵様は元より奥様がいらっしゃいませんので、女主人不在でも回せるようにはなってるそうなんです。ですから、そう焦らなくてもいいと」
「出た!シャーリーの爺転がし!」
「サラ様!それやめてください、転がした覚えはありません!」
サラの冷やかしにムキになって否定しているが、残念ながらその異名は消えない。
「無自覚って怖いわね?ミュー」
「ホントね。でも、自覚してやってたら相当な悪女じゃない?」
「まあそうね」
「ミュー様まで……!」
なんだか絶望した顔になってるけど、そこまでの話か?
「まぁまぁ。当主夫人の教えなら、私達も色々教えてあげられるから。そこは頼ってよ、ね?」
話をそらしながらも笑い掛けると、シャーリーは渋々頷き、「あ」と思い出したようだった。
「ミュー様にお聞きしたかったんです。正確にはアイゼンバーグ卿に、ですけど」
「なぁに?」
促すと、シャーリーは無邪気に聞いてきた。
「話の書類のくだり、パパッと処理を終わらせたって言ってたんですが、総務の役人が財務の書類を見て処理出来るなんて、不思議じゃないですか?まったく仕事内容が違う筈なのに。それをアサト様にも尋ねたんですけど、『総務の人間だから、それくらいは出来るよ?』って普通に言われたんです。『先輩だって出来るし』とも言ってたんですが、総務の仕事ってそういうものですか?アイゼンバーグ卿もパパッとお出来になります?」
「…………」
シャーリーの話を聞いて、黙り込んでしまった。
本当にイヤミな男だな!
「……シャーリー。後の方の質問から答えると、ルシウス様はたぶん出来ます。公爵家の仕事の中には財務系も含まれているので。ただし、ルシウス様は人の争いごとには首を突っ込まないから、その財務の書類を片付けることはない」
「あ、本当に出来るんですね!さすがは総務の役人です」
シャーリーは無邪気に、嬉しそうに笑った。
「そして、前の質問にも答えましょう。財務の書類を片付けるのも総務の仕事?…………そんな訳あるかーー!!」
「ええ?!」
「それで片付くなら、財務いらんでしょ?!それはイヤミなの、イ・ヤ・ミ!自分の技能と知識を無自覚でひけらかす、アサトならではのイヤミ!です!」
周りの驚きも無視してシャーリーに怒鳴りつつ真実を告げる。
もちろん、サラもトレイシーも便乗してくる。
「そうね、どんな書類であろうとひと目見て処理を終わらせて解決するとか、ワルロー様に掛かったら五分もいらない仕事にこんなに時間掛けてたのかって言う、行動型イヤミだわ」
「えー!」
「そしてそれをイヤミと思わず『皆様出来るんですよねー?』とかシャーリーが総務室メンバーに話を振ったら、一瞬にして王宮一イヤミな夫婦が誕生するわね!シャーリーも腹黒の仲間入りよ!」
「そんな!嫌です!!」
先程よりも絶望した顔で、力いっぱい拒否してる。
愛する夫の属性でも、腹黒は嫌だったか……。
その後、アサトとシャーリーのイヤミ夫婦に対する揶揄いは続き、うるさ過ぎてマリーに叱られる羽目になった。
以降は平和な話を交えつつ情報交換に勤しむ。
遠目で見るサリーもなんとか会話を繋げてるみたいで、時折ほのかに笑っているのが見えた。
……子育ても大事だし楽しいけど、やっぱり女性同士の社交も時には楽しまないとね!




