やってくれたな……!
長女レティシアの誕生に、ひと混乱はあったものの皆浮かれてる。
なにせ、レティシアを愛でるシオンが可愛過ぎるのだ!
「れち?」と舌足らずな言葉で頻りに話し掛けては、こっちを見たと喜び、寝てるのが可愛いと喜び、そのうち隣で寝てしまう。
もちろん相棒ウサギもいるので、ウサギとシオンとレティシアのコラボ。
天使は……ここにいた……!
とごく小さな声で叫んだのは、お義母様が厳選に厳選を重ねて呼んだ画家・ルベン。
元子爵家の次男だが、絵に精魂を注ぎ過ぎて平民に落とされた筋金入りだ。
ある意味無害なのと腕を買われて、シオンのお誕生日会以来よく描きに来る。
ルシウス様もヴィンスも、シオンですら絵のモデルとしか見てないのは凄いよねー。
とか言ってると、傍らのサリーが呻き出した。
「サリー?」
「……ミュリエル様……お腹が……」
こっちもか!
大慌てで医者を呼び、その間手を握る。
部屋を移動しなければいけないが、私は付き添いできるか??と躊躇っていると、呼ばれてやって来たヴィンスが「ミュー。替わる」と言った。
「サリー」と呼び掛けると、痛みに眉を寄せていたサリーがヴィンスを見る。
「俺が付き添うよ。俺の子どもだろう?」
「……」
「ミューはレティシアとシオンと、仲良く待っててもらおう」
「…………はい」
私の手を握り締めていた手を離し、替わりにヴィンスの手を握る。
「おお、力強いな」とか軽口を言うのではたいておいた。
「よし、サリー。運ぶぞー」
右手を握られたまま、サリーの膝を掬って横抱きにした。
片手で妊婦を持ち上げられるなんて、そんなに逞しい兄だったっけ?
目を丸くしてると、ヴィンスは照れ臭そうにそっぽを向いた。
「……こんな時くらい、自分の妻を抱き上げられないようじゃ情けないだろう?」
そう早口で言うと、スタスタ連れて行ってしまう。
帰宅した夫に話すと、「あぁ、しばらく前からうちの騎士に混じって鍛錬してるよ。誰も攻撃出来ないから、体鍛えることだけだけど」となんでもないことのように教えてくれた。
「なんで教えてくれなかったんですか?」
「知りたかった?んー、でもなんか恥ずかしそうだったし。僕もアドバイスはしたけど、なんで鍛え出したのかは聞いてなかったな」
「……そうですか」
実際のところ、私とヴィンスは常に万全の体制で守られているので、自分達が鍛える必要はまったくない。
なので、それでもヴィンスが鍛えたくなったとしたら、夫や父親としての矜持なんだろうな。
「ふふ」
「?どうしたの?」
「ルシウス様は、いつでも私を抱っこできますもんね」
「出来るしするし、他の人には譲らないし。今ならシオンとレティシアも一緒に抱き上げるよ」
「……レティシアの首が座るまではやめてくださいね」
「わかった」
擦り寄る夫とまったりしつつ、サリーとヴィンスの戦いを心の中で応援することにした。
◇◇◇◇◇◇◇
サリーとヴィンスと子どもの、長い戦いが幕を開けた。
合間を見て水分補給や空腹を満たしに出てくるヴィンスも汗をかいていて、「……母親とは偉大だな……」と遠い目をしていた。
待機していたお義母様も母上も、使用人の女性達も皆ウンウンと頷く。
ルシウス様は尊敬の目でこちらを見つめ、よく分かってないシオンは一緒になってウンウンと頷いていた。
しばらく休憩すると、またサリーの元へ戻っていく。
「……あの子が、父親になるのねぇ」
母上が感慨深げに呟いた。
「母上?私の方が早く親になってるんですけど?」と主張すると、「ミューとは違うわよ」と言われた。
「ミューはなんとなく地に根を張っていく生き方をしそうだったけど、ヴィンスはそうじゃないでしょう?気の向くまま好きなところへ流れて行く子だもの。元気であれば良いとは言え、親としては心配するわ」
おお、母上はそんなことを考えていたのか。
感心していると、お義母様が母上に話し掛けた。
「それで言えば、我が家もルシウスが親になるとは想像できませんでしたわ。誰にも関心を向けないし、例え嫁をもらっても、義務として以上に接することはないかもしれないと、夫と心配してましたものの」
「まぁ……」
急に『うちの心配な息子』話で盛り上がってしまう。
心配される息子の一人は、たいそう居心地悪そうだった。
「……母上がそんなことを思ってたなんて」
「ねー。知らなかったわー」
「うちの息子は、心配しないね」
「そうですね」
揃って息子を見る。
ホヤホヤと笑い、ウサギと妹と居られてご満悦である。
「……うん、心配いらない」
「いらないですねー」
幸せになること、確定である。
◇◇◇◇◇◇◇◇
サリーの出産時間は、初回の私と同じくらい掛かった。
なので一晩は仕方なく休み、朝起きてもうちょっとで……と聞かされて待機である。
そう待つことなく、わっ!と空気が揺れたので、生まれたのだなと分かった。
新しい赤ちゃん!となり、シオンもそわそわし出した。
ルシウス様がシオンを抱き上げ、「赤ちゃん楽しみだねー」と話し掛ける。
「れち?」
「レティシアとは違う赤ちゃんだよ。お名前は何になるかなー?」
「んー?」
そうこうしてるうちに両親とマシュルトが呼ばれ、グリフィス家の厳選した使用人達も連れて、サリーの所へ入っていった。
我々はシオンもいるので、大人が終わってからになる。
さすがに何人もいては狭いから、愛で終わった者たちは出て来る。
父上も出て来て、私達を手招きした。
「見てくるといい。……さすがはサリーだ」
???
首を傾げつつ、ルシウス様がシオンを、私がレティシアを抱っこして会いに行った。
疲れたサリーは眠っていて、傍らでヴィンスと母上が赤ん坊を愛でている。
「ミュー、来たか。見ろ、サリーの奴やったぞ」
ヴィンスが楽しそうに笑った。
……出産は、そりゃやった!だろうけど。
なんか変な表現?
子どもたちを抱え、慎重に覗き込む。
………………これ、は。
「れち?」
シオンが目を丸くして赤ん坊を覗き、妹を見た。
「……レティシアじゃん」
「レティシアだね」
「な?凄いだろー?」
思わず腕の中の娘を確認した。
よし、いる。
サリーの胎内に戻って二回出てきた訳ではない。
サリーの産んだ長男、サミュエル・グリフィスは、三日前に生まれた従姉妹のレティシア・フォン・アイゼンバーグと、瓜ふたつの姿をしていた。
違いは性別と、目の色のみ。
サミュエルはここだけ母の色を継ぎ、焦げ茶色の目をしている。
なので、二人並べて寝かせておくと「どっち?」となるし、「双子だっけ?」と何回も確認してしまう。
唯一シオンだけは寝ていてもわかるらしく、「れち!さみゅ!」と指差して教えてくれる。
眠りから覚め、体を起こしたサリーに「サリー、お疲れ様。おめでとう!……やってくれたわね?」と告げると、ニヤリと笑われた。
◇◇◇◇◇◇◇
「……ミュー。あの、少し聞きにくいんだけどいい?」
「?はいなんでしょう?」
「その……サリーとハリーの、母上は……?」
「え、いましたよ」
「…………は?」
「さっきサミュエルを抱っこしてましたよ?」
「え?!」
「あれ、ルシウス様いなかったでしたっけ?母上について入ってましたよね?」
「え、いや、え?!いるの??」
「んん?いないと思ったんですか?」
「だって聞いたことないし言わないから、てっきり亡くなってたり離縁したのかと……!」
「あー確かに。話題に出したことはないですね。どうも私達も、二人の母と言うよりメイド長としての扱いの方が強くて」
「メイド長?!」
「ミヤビが二人の母親です」
「?!!」
「そんなに驚くこと?」
「だっ……て!グリフィスにいた時も、全然親子らしいとこ見なかったよ?」
「あの家はそうなんですよ。ある程度成長したら、全員使用人同士って感じで。ハリーとサリーも、兄妹らしいとこないでしょう?」
「!確かに……」
「生まれる前なので聞いた話ですが、ミヤビとマシュルトは周囲曰く『協力婚』らしいです」
「きょうりょくこん?」
「マシュルトはあの通り父上に傅いてて。ミヤビは母上が実家にいた頃から仕えてたのが、嫁ぎ先についてきた人なので、謂わばノアとサリーみたいな二人です」
「うん」
「二人とも主人命!なので自分の結婚は考えてなかったらしいですが、いつまでも独り身でいるなとチクチク周りから言われ出した時に利害の一致で結婚することにしたそうで」
「あぁ……それで協力婚」
「です。主人達が婚約してる間にさっさと結婚して、周りを整えつつ頃合いを見計らって子どもを産んで。一族の跡取りになるハリーの誕生です。グリフィス家に仕える一族なので、跡取りはそのまま主家の跡継ぎに仕えます。兄妹がお生まれになった時のためにとサリーも誕生しました。男女で産み分けたのはさすがに偶然らしいんですけど」
「へぇ〜〜」
「子どもが二人とも私達に仕えるようになって、ミヤビとマシュルトも思う存分両親に仕えてます。ただここに来て、自分達の娘と主家の跡継ぎであるヴィンスが結婚したので、どう捉えていいか戸惑ってるようです」
「あぁ〜それは確かに、戸惑うかも。サミュエルは二人にとっても孫だもんね?」
「でも主家の跡継ぎですからね。祖父母の振る舞いをするのか使用人の礼儀を守るのか、それでサミュエルが傷付いちゃったら……と、態度も悩ましいですね」
「そうだねぇ。自分の祖父母に傅かれたら、サミュエルも困るよね」
「まあ、今はひとまず普通に抱っこ出来ただけで良いですかね。マシュルトが恐る恐る抱っこしてたの、貴重な瞬間でしたよ」
「慣れてないんだね。でもそっか、ちゃんといるなら良かった」
「ご心配をお掛けしました?」
「あぁ、ついでにもうひとつ聞いていい?」
「なんでしょう?」
「これは聞いたけど教えてもらえなかったんだ。サリー達の苗字ってなに?父上達も教えてくれないんだけど」
「…………」
「一族って言うくらいなら、あるよね?確か領地のない貴族でもあるって聞いたような??」
「……ありますし、爵位のみの貴族です。元は一代貴族だったのが何代も連なって、もういっかとばかりに爵位だけ戴いたそうで」
「そうなんだ。で、苗字は?」
「……これは聞いたら、絶対本人達には言ってはいけない名前なんですが。覚悟はいいですか?」
「……苗字で呼んじゃ駄目なの?」
「駄目です」
「ん〜、うん、わかった。雇い主として知らないではいられないからね。教えてください」
「分かりました。ではお教えしますが……グリフィンスと言います」
「……………ん?」
「初代が爵位を受けて苗字を決める時、主への愛だけで決めてしまったんです。グリフィンス、と言う主のパチモンみたいな苗字に」
「……えっと」
「だから、正式に呼ぶならマシュルト・グリフィ『ン』スにミヤビ・グリフィ『ン』ス、ハリー・グリフィ『ン』スとサリー・グリフィ『ン』スなんです。あ、サリーはサリー・グリフィスか」
「……紛らわしい!」
「普通に詐欺を働ける名前ですよねー。しかも本人達にとっては耐え難い不敬」
「一生呼べないよ……」
「そうしてください」




