やっちゃったーー!!
もう間もなく、私とルシウス様の二番目の子の出産予定日。
家の中は出産に向けて準備が整い、夫の心配性は最高潮に達し、何かと言えばアワアワするのをヴィンスに止められてる。
そう、ヴィンスがいる。ついでにサリーも。
いや、サリーのついでにヴィンスか。
結婚してからは王都のグリフィス邸に住み、サリーは通いの侍女をして、ヴィンスは跡継ぎ教育を受けつつちょくちょく遊びに来てたんだが。
そろそろ毎朝馬車に乗るのはやめた方が……とやんわり出仕を拒否ったら、サリーが涙目になった。
初めて見たわー。
皆で硬直していた時にシオンが「しゃり!よちよち!」とかやるもんだから、そりゃ盛大に泣くよね。
夫の役目としてヴィンスが慰めながら聞き取ったところ、やはり多少なりとも初めての出産で不安に思っているところに、私と離されると思った途端感情が決壊したそうだ。
うむ、困った。
途方に暮れていると、メリッサを従えたお義母様がバーン!と登場した。
「妊婦の心の安定が第一!よって!サリーもウチで産みなさい!グリフィス家にはお伝えします!ヴィンスくんもよ!身重の妻を支えなさい!」
ピシ!と扇を伸ばしてヴィンスに告げるお義母様、カッコいい!
はわわ〜としてると、同じくはわわ〜としたシオンが「ばちゃ、ちゅおいね〜」とウットリしたので、お義母様はすぐデレデレになったけど。
かくして、サリーとヴィンスもアイゼンバーグ邸に滞在することになった。
でもこれ、出産後はいつグリフィス邸に帰ることになるのだ……?タイミング難しくない??
そう思ってルシウス様に聞いてみたけど、「落ち着くまでいたらいいんじゃない?」と気にしてなかった。
義兄夫婦がいても問題はないらしい。
むしろ、適度にシオンの相手をしてくれたりするので助かってる様子。
そしてそのシオンは、すっかりウサギが相棒になった。
頭頂部にちょっとだけ金髪を載せ、目の色は濃い紫をしている。
ガラス……よね……?とタドリさんに聞いたが、笑っただけだった。
どこに行くにもウサギを連れて行くし、寝る時もウサギにしがみついてる。
おかげで、シオンを抱っこする人はどうにかウサギを落とさないよう工夫が必要になるのだ。
巷で激可愛!と評判になったらしく、適当な用を作って王宮に呼び出されたし、王族が見に来た。
「ごち、よぅ!しょんよ!れ、うしゃしゃんよ!」
会う人皆にウサギを紹介するシオンに、倒れる人続出である。
終いには、シオンとウサギのお揃いの衣装が贈られてくることになった。
これまた、アイゼンバーグの針子とグリフィスの針子も対抗してくるんだよな……なんならイブソ衣料店と、タドリさんのところもか。話が広まったら、各領もこぞって作り出すかも。
何着あっても着るのは一人だ!無駄になるからやめぃ!とお達しを出し、『受け取るのは二月に一回、ワンセットのみ』の取り決めが出来た。
◇◇◇◇◇◇◇
そんなこんなで妊婦生活も終盤に差し掛かった頃。
二人の検診をしていたおじいちゃん先生が、首を傾げた。
「大きさが、近付いてきてますな」
「は?」
「若奥様のお腹のお子と、サリー嬢のお腹のお子が、同じくらいの大きさになってきております」
同じ大きさ……?
「え、先生、シオンの時より大きいかもって言ってませんでした?」
「シオン坊っちゃまは、平均より小さめにお生まれでしたからな。今度のお子は平均の大きさかと」
「それで、サリーと同じ大きさ?月齢は一月違う筈ですよね?」
サリー達のスタートは間違えようがないので、月齢ははっきりしている。
あの時、私はたぶんまだ一ヶ月くらいだったのだ。
でも差はあるんだぞ?
「ええ、ですからサリー嬢のお子は少し大きめでございますね。とは言え、標準体重内の話ではありますから、ご心配はいりません」
おじいちゃん先生はニコニコしてるが、私は飄々としているサリーをジト目で見た。
「……サリー、妙なことをしてないでしょうね?」
「妙なこととは」
「子どもの成長促して、同時に産もうとか」
「ミュリエル様、やり方がわかりません」
わかってたらやる気か?
まあここで妙な嘘はつかんだろうから、本当に自然とこうなってるだけだろうけど。
なんだか変に疲れて、自室へ戻った後ソファで少し横になっていると、お昼寝から起きたシオンがジュリアとやってきた。
「たしゃ!ねんね?」
「ううん、少し疲れただけ。シオンは起きたのね」
シオンは少し考えたように眉を寄せると、ウサギを差し出してきた。
「ん?」
「うしゃしゃん、どじょ!」
「……貸してくれるの?」
「いよ!」
相棒を貸してくれるとは、優しいなシオン。
渡されたウサギをよしよししてると、まだ心配そうに見てくる。
「……ウサギさんも嬉しいけど、お母様はシオンにギューしてほしいなぁ」
「!いよ!」
パァッと明るくなると、ソファに苦労して登り、「たしゃ、しゅき〜」と抱き着いてきた。
「お母様も、シオンが大好きよ〜」
「うふふ!」
「ウサギさんもシオンが好きだって〜」
「!よちよち!」
「赤ちゃんもシオンお兄様大好きだって〜」
「きゃー!」
お互いくっつき合い、大好きのオンパレードである。
……ここに旦那様がいたら、もっと収拾つかなくなってたんだろうな。出仕中で良かった。
◇◇◇◇◇◇◇
出産予定日、を過ぎてしまった。
シオンの時は予定日よりも少しだけ早く生まれたので、心の準備が足りなくて焦った。
今回は遅くなるのか……と思っていたら、起きた時になんとなくお腹が張り、朝食後に破水してしまった。
急遽出産準備!となり、出仕する直前だったルシウス様も付き添うために休みの連絡を入れた。
「そんなにすぐ生まれませんよ?」
「でもほら、気が気じゃないし。こんなんで仕事になると思う?」
「そこは自慢気に言うとこではないです」
「たしゃ〜、だじょぶ?」
「大丈夫よー、ありがとうねシオン」
「シオンの面倒も見なきゃ」
「むしろシオンに面倒を見てもらってください。前回みたいに泣き通したら、シオンが心配しますよ?」
「ゔっ……気を付けるよ……」
サイズ違いの金髪をぐしゃぐしゃに撫でてると、サリーとその付添のヴィンスがやってきた。
「サリーが見学したいってんだけど、どうする?」
「見学?」
「自分ももうすぐだから、参考に?」
ちょっと考えたけど、却下した。
ヴィンスは「やっぱりな」と言い、サリーは断られたことにショックを受けている。
「全然知らない人の出産なら見学出来るでしょうけど、私が苦しんでるのサリーは見てられる?めっちゃ痛いしめっちゃ苦しいし、辛い間はずっと恨み言唱えまくってるよ?聞いてられる?」
現実を教えてやると、サリーとルシウス様が顔を青褪めてプルプルと首を振った。
うん、ルゥにも絶対向いてないって分かってるから。
「俺が見学してやろうか?」
「誰かに見てほしいとは全く思わないから。むしろ今回初のシオンと前回泣き通したルシウス様と、出産を控えたサリーの面倒を見といて」
「……荷が重すぎるんだが」
ヴィンスの口元が引き攣る。ご苦労様!
まあ、程なくグリフィスの両親も来ることになってるから、そんなに大変じゃないよたぶん。
出産する私よりはね!
◇◇◇◇◇◇◇
本格的に陣痛が始まった頃にふと思い出し、痛みと戦いながら途切れ途切れに呟いた言葉は「お義父様に……、男の子の名前……、確認しといて……!」だったらしい。これまた覚えてないけど。
シオンの時は14時間掛かったのだが、今回は二回目のおかげか半分以下の6時間でポン!と出せた。
元気良く泣く姿は、ちんまりとだけど黒髪の生えた女の子である。
お義父様、せっかくメモを差し入れて下さったのにごめんなさい!レティシア決定です!
きっと次回名付けに使うことがある。と思う。
汗をひとまず拭き終えて、赤ん坊と抱っこのご対面である。
レティシアを連れてきてくれた産婆さんが、少し戸惑った顔をしている。
「ん?」
「若奥様……その、しっかりお抱えになってくださいましね」
なんか念を押された?
腕の中に渡された赤ん坊は、なるほど初回のシオンより少し重く感じる。だからか?
「レティシアー?お母様よー」
呼び掛けに反応し、レティシアが薄く目を開けた。
「?!」
やっちゃったーー!!
これは!至急夫と共有すべし!
「ルシウス様を!シオンも!」
「承知しました」
私の命に、控えていた使用人達が慌ただしく二人を呼ぶ手筈を整える。
バタバタとまたしても騒ぎが聞こえ始め、デジャヴのごとく夫が走り込んでくる。
「ミュー!無事?!」
「たしゃ〜」
今度はシオンの抱っこ付きで。
シオンは完全に泣き腫らした目、ルシウス様も涙目である。
力の抜ける親子だな!
「無事ですよー。ほらシオン、赤ちゃんよ。女の子だから、レティシア」
「れち?」
「レティシア……!」
感動するのが早いのよ旦那様。
いそいそと寄ってくる二人の目を見据え、重々しく告げる。
「いいですかルシウス様、シオン。驚いても大声を出しちゃダメですよ?赤ちゃんなんですから、優しくお願いします」
「?わかった」
「たい!」
二人が頷いたのを見届け、再び目を閉じたレティシアに呼び掛ける。
「レティシア、お父様とお兄様よ」
レティシアは薄く目を開けた。
左目が青、右目が紫のオッドアイを。
「ーーーー!」
「れち!かーいね!」
ルシウス様は息を飲んだ。
シオンは無邪気に喜んでる。
レティシアも今度は目を開けたまま、不思議そうにシオンを見ているようだ。
「……ミュー」
「はい」
「お疲れ様。レティシアを産んでくれてありがとう」
「どういたしまして」
「レティシアは……その、ミューに似てるね?」
「私と言うか、ハッキリ言ってヴィンスですよね?」
濁してどうする、旦那様。
ゔ、と言葉に詰まるルシウス様。
「……生まれてきてくれて本当に嬉しいし、すごく可愛いし愛しいんだけど、この先の苦労がものすごく思い浮かぶ……」
「わかります。私もレティシアの目を見て『やっちゃった!』て思いましたから」
「でも紫なの、嬉しい……」
改めてレティシアの目を覗き込み、ルシウス様ははにかんだ。
そゆもの?
「レティシア。お父様だよ。君のことを守るからね」
「しょんよ!」
「シオンは『お兄様』になったのよ?」
「おにちゃ?」
「兄様、でもいいかしら」
「にーちゃ!」
うふふ、と笑うシオンも嬉しそうだ。
この後、親族一同が会いに来て大騒ぎになり、使用人にも周知されて大混乱になった。
◇◇◇◇◇◇◇
「……俺の娘だっけ?」
「「「違います。」」」
「違うわよヴィンスくん」
「違うぞ」
「「やめなさいヴィンス」」
「びー!れちよ!」
「分かってるよシオン、レティシアだな。しかしこうも俺に似るとはな〜」
「……前、シオンが生まれる時にミューが『遺伝子に横入りしてくるヴィンス殿のオッドアイ』って言ってたんだよ……」
「俺のせいかー?どっちかって言うと……あ、分かった」
「「?」」
「ミューそっくりになるはずのレティシアに、執念で入り込んだルシウスの面影を表す目の色だ」
「「……」」
「それは否定出来ないわね」
「そうだなぁ。ルシウスの執念の色と言われたら納得だ」
「執念て……」
「ルゥくん、そこまでミューのことを……」
「愛されてるなぁミュー」
「……そう捉えますか……」
「レティシア本人には言えないですが、ピッタリ」
「ミューまで!」
「さすがは若旦那様です」
「決定事項?!」
「ふきゃ!」




