王家の宴後日談:ようやく平穏が訪れたルシウス
かろうじて日付が変わる前に聴取が終了し。
起きて待っていてくれたミューと、シオンを挟んで眠る。
二人ともいつもより少し寝坊したけど、疲れは取れていたので良かった。
ミューにサリーがつき(結局来た)、僕にノアがついて身支度を済ませる。
さて……シオンはどうかな?
「もうすぐ起きると思いますから、声掛けてもいいですよ」
ミューがそう言うので、いつかと同じように頭を撫でながら「シオン」と声を掛ける。
パチリと紫の目が開き、僕を見付けーー号泣した。
「ぷあ!ふぇ、ぷあ、ぷあーーーー!」
僕に抱き着き泣き出すシオンに、抱き留めつつも困惑してしまう。
「あらあら、寝起きに泣くなんて珍しい」
「シオン、朝だよ泣かないで。ほら、お母様におはようしよう?」
「たしゃ〜〜〜、はよ〜〜〜!」
「おはよう。そんな泣きながら言わんでも」
ミューが苦笑するが、シオンはなかなか泣き止まない。
これまたいつかのように僕の襟首をガシッと掴んでいるのを確認し、ミューは「ふむ」と頷いた。
「ルシウス様、お仕事って例えばここに持ち込んで処理出来たりします?」
まさかの提案だ。
「……可能、だけど。意外だね、今日は引き離さないの?」
力の入ってるシオンの小さな握りこぶしを優しく撫で、ミューは教えてくれた。
「昨日、ご飯を食べる時になってもルシウス様がいなくて、一回泣いたんです。ご飯を食べてお風呂に入ったら、お父様を待ちましょう?と誘って寝る態勢に持ち込んだんですけど、いつもの入眠時間よりかなり粘ってました。目を閉じそうなのに慌てて見開いたりして。結局睡魔に負けちゃったんですけど、私が絆されるくらいにはいじらしかったから」
ねー、とシオンに話し掛けると、少し落ち着いたシオンは涙目で見上げてきた。
〜〜〜〜、君達は本当に、無限に可愛いな!
「シオン、今日はお父様と一緒にいようか」
「ぷあ?」
「お父様のお仕事、お隣で見ていいよって。良かったわねシオン」
「たい」
「じゃあ、お父様とご飯食べる人〜?」
「たい!」
いつも通りに右手を上げ、それから慌ててまた襟首に掴まった。
前回のことを覚えているらしい。お利口。
「大丈夫だよシオン、今日は置いてかないから」
「よく覚えてますね〜。意外と執念深い?」
「その表現はちょっと」
「さあシオン、お着替えしますよ。寝間着のままじゃ恥ずかしい〜」
「おきやえ?」
「お父様と同じ、リボンタイ着ける人〜?」
「たい!」
今度こそ笑顔で返事をした。
今日も息子は眩しい。
◇◇◇◇◇◇◇◇
親子三人で朝食と思いきや、王族方とも一緒に食べる羽目に。
昨夜、ユーリウス様が陛下や兄君に自慢したりするからだ。
残念ながら、今日のシオンは僕にベッタリなので他の人の給餌を受け付けない。
なので、シオンの好きな葡萄と苺を用意してもらって、笑顔で頬張る姿を堪能してもらうことにした。
……はずだった、のだが。
「ほれシオン、苺だぞ。大きいか?」
「あー」
「行くつもりだわ……半分に切ってよヴィンス」
「ちょっと待てなー」
「……ヴィンス殿は、席、そこ?」
ミュー、僕+シオン、その隣になぜかヴィンス殿。
せっせと給餌してくれるのはありがたいが、王族の前で良いのか?
そう思い正面を見ると、皆デレデレしていた。いいらしい。
「びー、ぶじょ!どじょ!」
「ぶじょ?」
「葡萄どうぞ、ですって。くれるらしいわよ」
「おおありがとう。シオンは優しいなー」
「たい!ぷあ、どじょ!」
「ありがとう。でもシオンの分がなくならない?」
「まだまだあるからたくさんお食べなさい」
ニコニコ仰る王妃陛下、大変優雅ですが食べ終わってだいぶ経つのでは?
「麗しい光景だな……」
「エリカが離乳食を食べだすのは、いつ頃になるんだ?」
「まだ当分先ですわよ殿下」
「カイリも?」
「当たり前でしょう?5日しか違わないのですよ、ユーリ様」
マリアベル様が呆れたように言ったところで、誰かが王族の食堂に入ってきた。
誰かと言うか、父。
「陛下、皆様方、おはようございます。登城のついでに、私の可愛い孫がこちらにいると伺いましたので、様子を見に来ました」
一晩シオンに会えないだけで、我慢がきかなかったらしい。
僕の父だなと思った。
あとやっぱり孫目当てで、息子の心配はしてない。
「じちゃ!はよ、じゃましゅ!」
「おおシオン、そこにいたのか。おはよう。今日も可愛いな〜。リボンタイがまるで父上みたいだぞ」
「〜〜〜〜!」
父上が近付いてきて告げた言葉に、シオンが感極まったように膝の上で飛び跳ねる。頭突きを食らうかと思った、危なっ。
「シオン、父上にぶつかったら痛い痛いだぞ?」
ヴィンス殿がシオンの頭を押さえて止めると、シオンはハッとしたようだった。
「ぷあ!よちよち!」
「うん、ぶつかってないんだけど、ありがとうねシオン」
なぜか僕の頬を撫でてくれた。
よくわからないが、王家の皆様が悶絶してるから可愛いのだろう。
隣のミューが父上に告げる。
「お義父様!朝イチ褒めシオン選手権、堂々の一位!おめでとうございます!」
「ありがとうミュー。日々鍛えた甲斐があったな。君は体は平気か?」
「問題ありません!」
朝イチ褒めシオン選手権??
父とミュー以外がキョトンとする。僕も知らない。
「ミュー、そんなのあるの?」
「アイゼンバーグ家の使用人達の間で始まった戦いですけどね。最近はお義父様とお義母様も参加されてるので、今日は出張編です」
「褒めシオン?」
「要は、その日最初にシオンと出会った際にどれだけシオンを喜ばすことができるかですね。今月の暫定一位は今の所ノアですけど、セザールが猛追してます」
「ノアが!」
チラ、と見ると従者は平然としていた。
「ではお義父様、一位の賞品です。シオン、お祖父様に言って」
「じちゃ、だちゅき〜」
「「「!!」」」
だちゅき、とは大好きの意らしい。
一瞬で父はデレデレになるし、王家は騒然とした。
「ミュー!そんな賞品があるなら言ってくれ!」
「え、王家の方々は参加されるんですか?」
「そりゃするだろう?!」
「まぁ、したとしても一位はあげられませんでしたけどねー。今日のシオンはお父様ベッタリなので、他所様は難しいかと。お義父様はいらっしゃったタイミングがベストです」
「ミュー、俺は?」
「ヴィンスも圏外」
「ミュー、僕は?」
「ルシウス様は勝手に言わせたら良いじゃないですか。相思相愛なんだから」
妻に聞くと、どうぞと示された。
「……シオン、お父様のこと好き?」
「ぷあ!だちゅき〜!」
シオンは笑顔で抱き着いてきた。口元の葡萄の汁で服が汚れるが、息子の抱擁なのだから仕方ない!
「シオン、俺は?」
「びー、しゅきー」
「差があるな」
「安心して。私もそっちだから」
ミューが重々しく頷く。
シオンの中で明確なルールがあるらしい。
周りがギャイギャイ騒ぐ中、ふと気付く。
暫定一位ということは、ノアは何回か言ってもらってるんだな?
再度侍従を睨むと、今度はニコリと笑い返された。
◇◇◇◇◇◇◇
「おはようございます」
「あぁアイゼンバーグおはよう。今日は休むかとお……」
「はよ、じゃましゅ!」
顔を上げた室長は途中で固まり、シオンの挨拶を聞いた室内の同僚は皆一斉に注目した。
人の視線が向けられることに慣れてるシオンは、全く動じずニコニコしている。
「昨日はご迷惑お掛けしました。特に体調などに不調はないので出勤しようと思ったのですが、王宮で預かっていただいた息子の調子が良くないので。出来れば別室で作業したいのですが、良いでしょうか?」
「シオン様?!あ、いや、シオンくんの調子が悪い?帰った方がいいんじゃないか?」
室長までシオンに様付けするとは思わなかった。
「いえ、体調の問題ではなく精神的と言いますか。今日は離れようとしないのです。傍にいるならこの通りご機嫌です」
「ごち、よぅ!しょんよ!」
ご機嫌、の単語に反応していつもの挨拶をするシオン。
室長がデレデレになる。まあわかる。
着替えの際、せっかくだから僕の服装に近付けようと王宮の侍女達が工夫を凝らした結果、いっぱしの王宮役人のような格好になった。
紫のリボンタイが良いアクセントになっており、鏡の前で「ぷあ!ぷあのしょん!」と喜んでいたのだ。
ここに来るまでの間にも、すれ違う役人や使用人に「可愛い!」と言われれば、ニコリと笑うシオンに悩殺される人が続出だった。
「あぁ、まぁそういうことなら構わない。そっちの部屋でするか?」
「いえ、妻とシオンがお借りした部屋でやろうかと。まだお昼寝をする歳ですし」
「ぷあ、しょん、ねんね?」
「まだしないよシオン。ご飯食べたばかりで、お腹ポンポコだよ?」
抱き上げてるシオンの腹を擽ると、きゃー!と言いながらしがみついて来た。
目を覆って天を仰ぐ者、鼻を抑える者、反応は様々だが一様に仕事にならないな。
「あ、危ない、書類が汚れるところだった……。それなら資料をまとめて持って行くか?ワルロー、手伝ってやれ」
口元を抑えた室長がワルローを呼ぶ。
「おはようございます先輩、シオン様。棚の分はまとめますが、先輩の机はさすがに漁れないかと……」
「自分でやるよ。シオン、ちょっとだけお兄さんのところにいてくれる?お父様ちゃんとここにいるから」
シオンにワルローを見せると少し不安げな顔をしたが、彼の眼鏡に気付くと興味を示した。
「ははっ、シオン様は相変わらずの眼鏡好きですね」
「私も伊達眼鏡でも掛けようかな」
「まあ先輩ならお似合いでしょうが、シオン様が遊ぶための玩具にするのはちょっと」
「まあそうだね。よし、こんなものか」
話しながら机の中身を確認し、必要な書類をまとめる。
同僚が貸してくれた紙袋に入れてシオンを受け取ると、ワルローは「部屋まで荷物運びますよ?」と申し出てくれた。
ありがたいけど……。
「……部屋にミューの兄もいるけど、平気?」
敢えて名前を出さずに聞くと、やはり硬直する。
近くの同僚も一瞬肩を震わせたが、聞かなかったことにしたらしい。
「……っ、いえ、きっと大丈夫です!荷物を運ぶだけなので!」
自分を奮い立たせて志願してくれたので、ならお願いしようとワルローを伴ってミューの待つ部屋へ戻る。
案の定、ヴィンス殿とさらにミューにまで絡まれてる。
「おおアサト、こないだ聞いた話をミューにしたんだが、ちょっと端折ってると言ってるぞ?」
「ヴィンス様!仕事、仕事がありますので!」
「あら仕事は大事よね。ならルシウス様に共有しておくから、後で確認してね?」
「今ここで!聞きますミュリエル様!」
「無理しなくていいぞーアサト。俺やミューと話すよりも大切な仕事をお持ちなんだ、お忙しい役人殿を引き留める訳にはいかないよな?ミュー」
「そうね、雑談なんかには付き合ってられないわよね。ごめんなさいねワルロー様、くだらないお話でお手間を取らせて。さ、お早くお戻りになって?話は主人に、詳細にわたって事細かく情感豊かにひとつも漏らすことなく伝えておきますから」
「ミュリエル様!お願いですから話を聞かせてください!この通りです!」
グリフィス兄妹に弄られ、絨毯で土下座するワルロー。
さすがにこれは教育に悪いだろうと、シオンの目を隠す。
「ぷあ?」
「んー、いないいない?」
「ばあ!きゃは!」
こちらに興味を引きつつ横目で見ると、どうにか土下座から正座の姿勢に変わっていた。足が痺れる奴。
双子の性格の悪さに呆れつつ、これで一連の騒ぎがようやく終わったな、と密かに安堵した。




