王家の宴後日談:懺悔を聞くルシウス
ルイカ殿下が去った後、温度の冷めたお茶をハリーが淹れ直してくれた。
「あの兄弟も、昔はそこまで仲が悪くはなかったんだがな。長じるほどに評価が耳に入る。頭脳明晰な第一王子、容姿端麗な第三王子、なんの取り柄もない第二王子。また、そんな批評を事細かに吹き込む奴が必ずいる。ルイカだって、あの女づらで嫌な思いをしたことは10や20ではない。派閥が出来、取り巻きが出来、そうしてこんな結果になったんだな」
ヴィンス殿はティーカップの表面を眺めていた。
「クヨルだけが悪いわけじゃない。でも、ミューに害為す輩は許せない」
ポツリと呟いた言葉が、天幕内に響く。
「……義兄上。ミューを守ってくれてありがとう」
心のままに礼を言った。
ヴィンス殿は驚いて顔を上げーー泣きそうな笑顔になった。
「なあルシウス。ついでにもうひとつだけ話を聞いてくれないか?ミューには一生聞かれたくない話を」
「……いいよ、聞く。どんな話?」
「俺がトラキオンに渡った理由、その懺悔だ」
◇◇◇◇◇◇◇
話す、と言ってからヴィンス殿はしばらく黙っていた。
心が決まるまで待っていよう、そう思いお茶を飲んでいると、彼はおもむろに口を開いた。
「……昔、俺の妹を階段から突き落とそうとした奴がいた。未然に防いだが、かなりの高さの話だ。落ちていたら少なくとも無傷では済まされない」
「グリフィスで聞いたし、会ったよ」
「そうらしいな」
そこでヴィンス殿は、昏く嗤った。
「俺は、どうしてもソイツを殺したくてなぁ」
ーー口調はいつものヴィンス殿と変わらない。
でも、オッドアイは暗く濁っている。
「その場で殺ったらミューが気にするだろう?だから追放して、領外で殺そうとしたんだよ。だけど父上に気付かれてしまって、取り上げられた。それから何度も襲撃したんだが、父上とマシュルトや、時にはタスクやクラストに妨害されて、全く出来なかった」
なあハリー、とヴィンス殿が声を掛けると、ハリーは不服そうに頷く。
「一年くらい経っても殺せなかった。だから業を煮やして、父上に食って掛かったんだ。俺の妹を殺そうとした奴をなんで庇う、父上はミューが大事じゃないのか!ってな」
「それは」
「わかってる。思い通りに出来ない子どもの癇癪だ。だから二人してマシュルトに捻じ伏せられた。そこで父上に、現実を突き付けられた。『ミューが害を加えられるのは、お前が弱いせいだ』と」
「ヴィンス殿が?」
ヴィンス殿は目を伏せて言葉を紡ぐ。
いつだって相手の目を真正面から見据える彼にしては、とても気弱に見えた。
「俺にも分からなかったさ。なんで俺のせいなんだ、俺はこんなにミューを愛してるし大切にしてるのに!って腹が立った。でも父上は続けるんだ。お前が弱いから手に入れようとする輩が出てくる、お前が靡かないならミューを犠牲にしてでも願いを叶えようとする奴らはこの先何人も現れる。庭師の息子を屠れば解決する問題でもない。お前はこの後もずっと、そんな奴らにミューを傷付けさせてから報復をして、憂さ晴らしするのか?」
ーー義父上の言葉は、妹思いの息子に対して冷酷だと感じる。
だけど、真理でもあると思った。
ヴィンス殿を慕う人々がいつミューに牙を剥くかなんて、それこそ義父上の計算力を持ってしても分からない。
「グサッと刺さったね。報復も憂さ晴らしもどう言われようと構わないが、ミューにまた被害が及ぶかもしれないことは確かだ。そして俺はそれを止められない。それが悔しくて泣いた。ハリーも泣いてたな。マシュルトに『私を止められないなら、お前だって主を守れないだろう』と言われて」
「今なら相討ちにくらいは持ち込めます」
不服そうなハリーが不服そうに抗議した。
「はは、貴重な戦力が減るぞ、やめとけ。『じゃあどうすればいいんだ!』と叫んだら『強くなれ』と返された。俺に惹かれる者が、無理矢理俺を手に入れようと思えなくなるほどの威圧を。俺の周囲に手を出そうなんて考えを持てなくなるほどの脅威を。俺の大切にしている者達を敬うことこそ、俺の喜びであると慮るほどの心酔を。それらを手に入れてようやく、俺と俺の周囲に平和が訪れる。父上はそう言った」
「八歳の息子には、酷だね」
「まぁそうだろうな。だがそうすれば俺のミューに笑顔が絶えない、そう考えたらやってやろうじゃないかと言う気になった。だからトラキオンに渡って、武者修行に出た訳だ。場所は別にトラキオンじゃなくても良かったが、とにかく『領主の息子』と言う肩書を外して渡り合えるようになりたかった」
「武者修行……」
「ミューには適当な理由をつけたけど、あまり疑われなかったな。まあ渡ってすぐルイカに惚れられるとは思ってもみなかったが。そこから10年、武者修行だ」
肩を竦めたヴィンス殿の目は、いつもの明るさを取り戻していた。
ちょっと落ち着かなかったので安心する。
「それが、懺悔?」
改めて聞くと、ヴィンス殿は悲しげに笑った。先程のルイカ殿下のように。
「いや、ここからが懺悔の時間。ミューには聞かせられない話だが、どちらかと言うとミューの夫としてのルシウスより、シオンの父親のルシウスに聞いてほしいかな」
「シオンの?」
首を傾げる。愛しの息子を脳内に置き、愛でながら話を聞く。
「トラキオンにいる間もグリフィスにはしょっちゅう帰ってたって言ったろう?アイツがグリフィス邸にいる事も知ってた。さすがにもう襲撃はしなかったが、いつでも警戒してたし見張ってたよ。と言うか、ハリーは機会を窺ってたな?」
「当然のことかと」
ハリーの返事に、ヴィンス殿も僕も苦笑する。
「だから父上はアイツを手元から離せなかった。それは分かっていたが、俺は不服だったんだよ。八つ当たりはしない、でも父上のミューに対する裏切りのように思えてな」
「……うん」
「だけどな。シオンに出会って分かったんだ。あのちっちゃい存在が俺に触れた時。あぁ父上が庇ってるのはアイツじゃない、息子の俺のことだったんだって」
ヴィンス殿は泣き笑いの顔で、懺悔する。
「父上だって、娘を害されて腹が立ったろう。子どものした事だなんて誤魔化したくない、きちんと処罰を与えて、二度と同じことを引き起こさないように領民に示したかった筈だ。でも出来なかった。息子の俺が執拗に命を狙ってたから、守るしかなかった。何故って、息子の手を汚させたくなかったからだ。それを知った娘も悲しませたくなかったからだ。……悔しかったろうな」
僕は、自分の顔を傷付けることは気にしない。
でも、シオンが同じことを考えたら、全力で止める。
父親の考えは皆同じなのだと思う。
「今更それを父上に言っても、きっと誤魔化されるだろうな。認めず、ただ『馬鹿息子』と呼ばれるだけだろう。それが父親の矜持なのだとしたら、俺は父上には謝らない。だから、ルシウスに懺悔させてくれ」
そう言って、深々と頭を下げた。
「父上。ミューが大事じゃないのか、なんて疑って悪かった。あなたは俺とミューを心から愛してくれている、ただ一人の父親だ。俺達は尊敬出来る父親を持つ、この世で一番の果報者だよ」
……息子からこんな風に言われたら。
この上なく嬉しくて、でも凄く恥ずかしいだろうな。
だから何となく、父親としての気持ちで答えた。
「謝らなくていいよ、馬鹿息子」
僕の返事を聞き、ヴィンス殿が頭を上げる。
「お前達が健やかに生きているだけで、父は満足するのだから。気にせず、楽しく暮らしなさい」
ヴィンス殿は驚いた顔をしてーー、笑いながら、ひと粒涙を溢した。
◇◇◇◇◇◇◇
王宮に帰り着いたのは、夜も遅い時間だった。
一日で終えたとは言え、これからアイゼンバーグ邸に帰る訳にはいかないし、今夜は泊めてもらうことになるだろう。
シオンはもう寝てるな……そう考えながら王族の住まいである棟を歩いていると、案内をしていた侍女がピタリと止まった。
「?」
「アイゼンバーグ卿は、しばらくこちらの部屋でご休憩を、とのことです。グリフィス卿はあちらへご案内いたします」
しばらく休憩?まあ少しは疲れてるけど、聴取に応じるくらいは平気なんだが。
だけど、ヴィンス殿が「じゃあルシウス!また後でな」と手を振るので、厚意を受けようと思いドアを開けた。
部屋の中には応接セットがあってーーソファに座る黒髪が見えた。
愛しの妻が振り返り、パッと笑顔になる。
「ルシウス様!」
駆け寄ってきたミューを受け止められて良かった!
妊婦なのに走るとか……と一応言おうかと思ったが、涙目で見上げられたら無理。
「思ってたよりも遅いんだもの、心配したのよ?シオンも寝てしまったわ」
「うん、ごめん。待っててくれてありがとう、ただいま」
ただいまのキスをしようとしたら「あ、待って」と止められた。
「なんで」
「なんでって、約束でしょう?」
そう言って、ミューの方からキスしてくれる。
そうだった……忘れてた。
嬉しくてお返しもして堪能してたけど、深くしようとしたらやはり止められた。
「……なんで」
「ルシウス様、この後聴取だそうですよ?深くしたら、私から離れられます?」
「……」
「全部終わって戻ってきたら、いっぱいしましょ?」
「……うん」
不承不承頷くと、頬にキスしてくれた。
「シオンもいるの?」
「あちらの部屋が寝室で、今はサリーに付き添ってもらってます。ヴィンスが戻ったなら向かわせないと」
そう言って隣の間を示されたので、ミューに寄り添いながら寝室へ向かう。
大きなベッドの真ん中でシオンが大の字に寝ており、隣でサリーがガン見していた。のめり込み方が怖い。
「サリー、ヴィンス戻ったって」
ミューが声を掛けると立ち上がり、礼をする。
「若旦那様、お務めご苦労様でございます。ご無事ですか?」
「……その聞き方はアレだね、グリフィス邸の時と同じニュアンスだね??ご無事です!」
夫婦揃って何を聞くんだ!
シオンを起こさないよう声だけ強めて抗議を表したが、「それはようございました」と飄々と返されるだけだった。
「それではミュリエル様。御前失礼いたします。明朝起床のお世話に参りますので」
「ありがとう。でも無理しないでね?ヴィンスもいるんだから」
「……」
「どうしてそんなに嫌そうな顔になるのかしら?」
「夫だよね??」
「はぁ、まぁ……一応」
「不服そう!」
さっきのハリーにそっくりだ。言わないけど。
不服そうなまま立ち去るサリーを見送り、二人ですぴすぴ眠るシオンの寝顔を覗き込む。
「ふふ、本当に幸せそう」
「これは起こせないよね……長時間見詰めたくなる気持ちも分かる」
「今日の晩ご飯は、マリー夫婦とカイリ様と頂いたんですよ。ユーリ様がシオンにご飯を食べさせました」
「……なんでうちの子に餌付け」
「練習ですよ。将来のカイリ様のため。シオンはほら、食欲旺盛でなんでも食べるから、慣れないユーリ様でもどうにかなるんです」
「なるほど」
「あら?ルシウス様、晩ご飯は?」
「お茶会の後は大体寝てたからそんなに空いてなかったけど、そろそろ減ってきたかな」
「まあ。じゃあお食事しながら聴取するよう伝えないと」
「……それは落ち着かないんじゃないかな?」
「落ち着いて食べる機会を待ってたら、日付変わっちゃいますよ」
「なんならなしでも「ダメです」」
食事を抜くことには厳しい妻に諌められて、僕は陛下や王子殿下が見守る中、食事をしながら聞き取りをされると言う前代未聞のスタイルで、聴取に応じることになった。
聞き取りの合間に、僕が匙で掬った料理に対して「あ、それはシオンが好んで食べていたぞ」とユーリウス様から自慢気に言われ、ムッとしている間にも陛下とヴィンセント様が「「ずるいぞユーリ!」」と抗議を上げ、それをヴィンス殿が笑いながら眺めていた。カオス。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「そう言えばルシウス様、貞操はご無事でしょうか?もしなんだったら医師の診察でも「ご無事ですから!君達は本当にそっくりだな!?」」




