王家の宴後日談:真相を知るルシウス
ハリーの案内で危なげなく外に出ると、すでに辺りは暗くなり始めていた。
午後の茶会後に起きた出来事だったのだが、彼らが王宮を出る手続きなどに時間が掛かったらしい。
そりゃ来客が大きな荷物(人ひとり)抱えて外に出ようとするなら、それこそ帰国くらいしか言い訳が立たないだろう。
先程までお茶会を開いていたのに、急な帰国準備には理由がいる。
祖国で一大事とか、茶会の参加者と揉めて不快になったとか……。
彼らの準備不足感が否めない。
そこかしこで騎士の捕物の騒ぎが聞こえる。
ハリーはまったく気にも止めず、迷うことなく敷地外へと出た。
簡易な天幕が張られ、ハリーの姿を認めた騎士が中に呼び掛ける。
入り口を捲ると、優雅にお茶を飲むヴィンス殿と背後に佇むクラスト殿がいた。
「おールシウスお疲れ。貞操は無事か?」
「開口一番がそれ……」
「大事なことだろう?」
「ヴィンス様、ただいま戻りました。御父様は聖女に触れられる前に一撃で沈めておりましたので、穢されておりません」
……間違ってはいないけど、その表現はどうなんだハリー。
ジト目で見てもちっとも気にしてない。さすがサリーの兄。
「心身共に無事なら何より。ルシウスにこれ以上の被害があったら、俺が直々にとどめを刺してやらないといかんしな」
平然と物騒なことを言う義兄は笑い、「まぁ座れ。クラスト、ハリーと交代」と命じる。
クラスト殿は一礼し、僕の隣まで来た時に騎士の礼をした。
「若旦那様。ご無事で何よりです」
「……ありがとう」
いつになく真剣な様子に少し戸惑いつつも、彼が出ていく姿を見送った。
「クラストもやたらそわそわしていたな。ルシウスを迎えに行く役目も、ハリーを差し置いて行こうとしてたぞ。愛されてるなぁルシウス」
「……ヴィンス殿、そういうことは本人には言わないもんだよ」
「そうか?良いことだろ?」
「でも恥ずかしがるよきっと」
「それがいいんじゃないか」
確信犯だった。
やれやれ、と思っていると、不意にもう一脚ティーカップがあることに気付く。
「ヴィンス殿の他にも、誰か来てるの?」
まさか殿下方が?と思ったけど、わざわざ王子殿下が捕物の現場にいる必要性はない。
首を傾げていると、ヴィンス殿が「あぁ」と言った。
「今ちょうど引導を渡しに行ってる。そろそろ戻ってくるんじゃないか?」
「引導を?」
あれ、そう言えばヴィンス殿はここでお茶を飲んでいていいのか?
第二王子殿下と聖女に引導を渡すのでは?
僕が疑問に思ったタイミングでハリーに外から声が掛かり、「戻られました」と告げた。
入り口が捲られ、フードを被った人物が入ってくる。
再び入り口が降りるのを待ってフードを取り払った人物は、僕を見てニコリと笑い、ヴィンス殿に話し掛ける。
「ヴィンス、終わったよ」
「ご苦労。抵抗したか?」
「それが、なんだか大人しくなっちゃって。さすがに私が来た意味は分かったみたいだね」
「ふーん」
会話をしながら座ったその人に、ハリーがお茶を淹れる。ついでに僕の分も。
親しげにヴィンス殿に声を掛けたのは、ヴィンス殿と同じくらいの歳の美少女だった。
天幕の明かりでは正確な色はわからないけど、たぶん赤髪で琥珀色の目をしている。
ミューとサリー以外の女性とここまで気安く話すヴィンス殿は、初めて見たかも……ん?
んん?
「……もしかして、男の人??」
質問すると、驚いた顔をされた。
「凄いねアイゼンバーグ卿。こんなに早く気付かれたのは初めてだよ」
「ルシウスは女嫌いだからな。本能で分かるんじゃないか?」
またか!ホント最近、こんなんばっか!
脱力していると「自己紹介しないのか?ルイカ」とヴィンス殿が促した。
彼ーールイカ殿がまたニコリとする。
「初めましてアイゼンバーグ卿。ルイカ・ティル・トラキオンと申します。我が国の者共が大変失礼しました」
……トラキオン?
バッ!とヴィンス殿を振り向くと、ニヤリと笑われた。
「トラキオンの第三王子だ」
「〜〜〜〜〜?!」
彼が?!あの?!
言いたいことがたくさんあって言葉にならず、口がパクパク動くだけだった。
「はは、話せないほど驚いてるぞ。ルイカ、俺の義兄のルシウスだ。いい男だろう?」
「噂には聞いていたけど、眩しいね。ヴィンスと並んで見劣りしない人なんて初めて見たよ」
感心したように言われたが、ルイカ殿だって美少女に間違う程の美しさだ。
混乱する中でも、少し納得した。
「トラキオンの第三王子が我が国の伯爵令息に惚れている」なんて荒唐無稽な話、トラキオンでも広まってると聞いて不思議に思ってたのだ。
王族の者が同性に夢中になってると噂になるなど、どれほど革新的な考えの国民なのだろうと。
だが、今の姿を見れば頷ける。
二人とも中性的と言うか、ルイカ殿下にいたってはかなり女性よりの容姿なので、少なくとも画的には抵抗が少なかったのだろう。
ちょっと混乱が治まると、別の疑問が湧いてきた。
「……第三王子殿下は、国外へは来られないとお聞きしたのですが?」
二人に聞くと、ヴィンス殿があっさり「嘘だ」と言った。
「嘘ー?」
「嘘、と言うか口実だな。ルイカではなくクヨルが国外へ出て、精力的に活動するための。国王陛下直々にクヨルへそう説明したから、それが広まった」
「まあ実際には私は変装して入国してるから、対外的には第三王子は外へ出ていないことになってますが。ジークハイド王国へ来ていることは、父もそちらの陛下もご存知です」
「なんと……」
陛下ぐるみの嘘だった。
「では、殿下がこちらにいらっしゃることも計画のうちだと?」
「はい。私は兄である第一王子の補佐として動いています。それも陰ながら、ですが。ですので、今回の締めを任されてるのです」
「と言うかな。ジークハイド王国でやらかしたトラキオンの王子を、うちの国の者が断罪することは出来ないだろう?平民や低位貴族ならまだしも、罪を犯したからと言って取れる手段はせいぜい強制退去、トラキオンにチクって『それ相応の贖罪をさせろ』と迫るくらいしか出来ない。それは政治の話になるし、引導を渡すことではないんだ。だから、ジークハイドでの罪をもとに祖国で裁くことを明言出来るルイカが内密に呼ばれたんだよ」
ヴィンス殿は当然と言わんばかりに話す。
……確かに。ヴィンス殿の性質に惑わされてたけど、身分的には彼は伯爵令息でしかない。
他国の王族をどうにか出来る訳がないのだ。
「なるほど」
僕がそう呟くと、ルイカ殿下が伏目がちに「終わったね」と言った。
「そうだな」
ヴィンス殿も答える。
なんだか淋しげな殿下の様子に、僕は首を傾げる。
するとヴィンス殿が、笑みを消して僕を見た。
「ルシウス、ここからの話は一生ミューに言ってはいけない」
「え?」
「サリーにもだ。あの二人に話しても誰も幸せにならない、その話を今からする。約束出来るか?」
一生、ミューには話せない?
すぐには頷けなかった。
「……僕が聞かなければいけない話なの?」
遠回しに遠慮したのだが、ヴィンス殿は頷いてくれなかった。
「……俺は聞いてほしい。ルイカの献身を、他でもないミューの夫のお前に」
「殿下の、献身?」
驚いてそちらを見ると、殿下は悲しそうに微笑んでいた。
……何かわからないけど、ミューの夫に対して義兄が話したいと言うなら、聞こう。
「……誓うよ。ミューにもサリーにも話さない、一生」
右手を挙げて宣誓する。
それを見届けて、ヴィンス殿は殿下を促した。
「……あなたの妻、ミュリエル様に届いた求婚。あれを最初に発案したのは、兄のクヨルを推す第二妃の派閥だったんです」
「ーーえ?」
第二王子殿下がーーミューに求婚を?
「理由は今回と同じ。第二妃派を巻き返したかった。初めはヴィンス自身を引き込もうとしてたんですが、彼からは盛大に拒否されました。ならばその妹君を手に入れよう、そう計画されたのです」
「ーー!!」
ガタ、と椅子が動いた。
今回の陰謀に元は妻が巻き込まれかけた、そのことに酷く動揺した。
「話は派閥のトップと第二妃の間で持ち上がっただけでしたので、兄自身は知りません。ですが、ヴィンスとよく似た妹君との結婚となったら、兄も受け入れたでしょう。そして、他国の王族から正式に求婚状が届いたとなれば、きっと妹君は断れなかった。そうですよね?」
琥珀の目に見詰められたが、頷けなかった。
頷くことを、体が拒否した。
全身が強張る。
今は違う、僕の妻だと頭では理解していても、ミューが王族の妻になっていたかもしれないと思うだけで震える。
「だが、計画の段階で俺達の配下の者が情報を入手した」
ヴィンス殿が静かに言う。
それを聞き、少し体の力が抜けた。
「……それで、殿下が代わりに求婚状を?」
恐る恐る聞くと、ルイカ殿下とヴィンス殿が頷く。
「ミューを政治の駒になんぞ、する訳には行かなかったからな。だがアイツは変に家を気遣う。王家に睨まれるくらいならいっそ、と腹を括られたらたまらない。なので、ルイカに頼んで第二王子よりも先に、絶対ミューが断りそうな理由の求婚をしてもらったんだ。効果は覿面、絶対嫌だ!と叫んだと聞いて安心したよ」
ふふ、とヴィンス殿は嬉しそうに笑う。
叫んでいるミューの姿を想像して、僕も少しだけ笑えた。
「……父である陛下には、全て報告しました。既に第二妃の所業は取り返しのつかないところまで来ている。ジークハイドの令嬢を迎えても、益になることは何一つないと。父も兄も受諾し、『その気のない求婚状』を作成し、頃合いを見計らってグリフィス家に届くようにしました」
「ああ、なんか大量に来たって……」
「ヴィンスが面白がって量産したんですよ。ここまでやればミュリエル様のお気持ちは頑なに拒むだろうって。経費も馬鹿にならないのに」
少し恨めしそうにルイカ殿下がヴィンス殿を睨む。
「やってみたかったんだよな〜、手紙の大量投函」
そんな理由か。
僕も呆れたが、そこで気付いてしまった。
嫌ではあるけど、聞かなければならない。
「……それは、本物の求婚状でも良かったのでは?ルイカ殿下がお相手なら、ミューだって嫌ではないだろうし。トラキオンに来ても、第二妃派からは守れたでしょう?」
嫌だけど。本当に嫌だけど。
でもここまで聞いたなら、全て知りたい。
ヴィンス殿もルイカ殿下も、困ったように笑った。
「……ルイカはな、それでもいいって言ってくれたんだ。王位を継ぐ予定もないし、それでミューが幸せで俺も幸せになるなら、正式な求婚をするって。でも俺が拒否した」
いつになく元気のない声に戸惑う。
「……どうして?」
ヴィンス殿の色違いの目が、僕をヒタと見据える。
「ミューの夫は、ミューを愛する者がなるべきだからだ」
……知らずしらず、頷いていた。
それならば、誰にも負けない自信がある。
「……アイゼンバーグ卿。私はこんななりですが、女装の趣味がある訳でもないし同性愛者でもなかった。でもヴィンスに出会ってから、恋に落ちてしまったんです。それから10年、想いが変わりません。ですから、ミュリエル様と夫婦になったとしても、彼女は『ヴィンスの妹君』でしかない」
「……それは」
「俺とミューが崖から落ちそうになってたら、迷わずミューを先に助ける。そういう男じゃないと、ミューを任せることは出来ない。俺はずっとそう思っていたし、今でもそうだ。だから、安全のためにはルイカと娶せるべきだと分かっていても、どうしても出来なかった」
自嘲気味に笑うヴィンス殿なんて、初めて見た。
でも、その表情は必要ない。
「……ミューは僕の妻だよ。ヴィンス殿とミューが崖から落ちそうになったら、ノアかハリーにヴィンス殿を助けるよう指示して、僕はミューを助ける。他の人には譲らない」
そう言い切ると、ヴィンス殿はキョトンとしてから嬉しそうに笑った。
「……だから、ルイカにはわざと嫌がらせのような求婚をしてもらったんだ。ルイカのおかげでミューと結婚出来たんだ、ルシウスもルイカの献身に感謝するだろう?」
浮かない顔のルイカ殿下を見る。
上目遣いにこちらを窺ってるので、ニコリと笑い掛けた。
「殿下、憎まれ役を感謝します。おかげで僕は最愛の妻に出会えた」
「……眩しいよアイゼンバーグ卿」
苦笑ではあるが、笑ってくれて良かった。
「……このことをミューに内緒なのは?」
改めて聞くと、今度はヴィンス殿が苦笑する。
「全てが計画であることは父上や陛下には打ち明けているが、ミューには伝えさせなかった。変に気を回して求婚を受け入れられても困るしな。結果こうしてルシウスとの縁が結ばれたのは良いとしても、ミューに嫌な思いをさせたのは事実だ。アイツが一番嫌がるような求婚を嗾けておいて、実はルイカが良い奴で〜と真実を伝えても、あの時『嫌な求婚でも受け入れるべきか』と悩んだ時間がなくなる訳ではない。それはサリーもだ。むしろルイカを恨んでいたことへの罪悪感を持つかもしれない。だからルイカには引き続き恨まれ役を買ってもらい、夫であるルシウスにだけは真実を告げることにしたんだ」
気持ちはわかる……けど。
「でもそれじゃあ、殿下が報われないのでは?」
そう聞くと、殿下は首を振った。
「いいんだ卿。これは私の望んだ『贖罪』でもある」
「贖罪?」
殿下の表情がまた暗くなる。
「ミュリエル様を妻として愛することが出来たのなら、ヴィンスだって彼女との結婚を許してくれた。でも私は、自分の恋を捨てられなかったんだ。10年一緒にいて、何度もフラレてると言うのに。ヴィンスのためなら命だって捨てられる。その気持ちに嘘は全くないのに、ヴィンスの大切な妹君のために恋心を捨てられない。彼が困って悩んでいると言うのに、友達としては力になれなかった。それがとても悔しい。だから、ミュリエル様に恨まれるくらいなんてことないんだ」
そう言って、ルイカ殿下は顔を上げた。
「ヴィンス。私は君が好きだよ。結婚して、子どもも生まれると知っているのに、まだ気持ちが変わらないよ」
「知ってる。俺がその気持ちに応えないことも知ってるだろう?」
「そうだね」
悲しげに微笑んだ殿下は立ち上がった。
「そろそろ奴らを乗せ終わっただろうから、私も帰らねば。国に着いたら父上と兄上に報告して、然るべき処罰を執行するので安心してほしい」
僕にそう告げると、殿下はまたヴィンス殿に笑い掛けた。
「ヴィンス。君の『友達』になれなくて、ごめんね」
ルイカ殿下を見詰めていたヴィンス殿は、ふいにニヤリと笑った。
「謝る必要はないさ。俺は勝手な男だからな。お前が『友達』になれなくても、勝手に『友達』扱いしてやるよ」
「……ヴィンス」
「だから『友達』のルイカ、結婚式には呼んでやるからきちんと参列しろよ?素性隠してミューたちに紹介するし。結婚祝いは俺の子の誕生祝いと一緒でいいから」
「……うん」
「それと、俺の島で海老祭りをやりたいとミューが楽しみにしてるんだ。手が空いた時でいいから、段取り整えといてくれ。あと予算を王太子からもぎ取っておけ」
「さりげなく仕事を増やさないでくれるかな?」
「贖罪の一環だよ。なぁルシウス?ミューは楽しみにしてただろう?」
急に話を振られたが、本当のことなので頷くとルイカ殿下は苦笑した。
「はいはい。セールナッドに伝えておいたらいい?」
「そうだな。商人どもにはタドリが話をつけるから、連絡を取るように言っておいてくれ」
セールナッド?
新しい名前に首を傾げると、「俺に惚れた首長だ」と教えてくれた。
あの人か!
僕の驚愕の表情を見て、殿下は楽しそうに笑った。
「海老祭りにはアイゼンバーグ卿も来るでしょう?島中が参加しますので、楽しみにしててください」
「……はい」
「じゃあ、またねヴィンス」
「あぁ、またな」
手を振り合うと、殿下は天幕を出て行った。
明日にもまた会うかのような、気軽な挨拶を残して。




