王家の宴後日談:攫われたルシウス
トラキオンの第二王子殿下と連れの聖女、さらにその取り巻き達の企みを阻止し、完膚なきまでに叩きのめしたい。
そのためには、僕と言う格好の餌が必要だ。
囮として誘拐させ、言い訳の出来ない現場を押さえる。
ヴィンス殿はそういう計画を立て、王家は協力を了承した。
ただし、ことは公爵家の嫡男に災禍が降りかかる話なので、きちんとアイゼンバーグ家にも筋を通せ。
そう殿下達にキツく言われたので、ヴィンス殿とハリーは僕の帰宅する馬車に乗ってアイゼンバーグ家を訪れ、計画を家族に打ち明けた。
「おぉ、そうか。まあしっかりやれ」と父は言った。
「あら、家をあけるの?……あけないの?じゃあ料理長に変更は伝えなくていいかしら」と母は言った。
仮にも息子が誘拐されるってのに、この反応だ。
お遣いに行くのと同じテンションなのはどうなんだ?
一応、僕やヴィンス殿を信頼してるから、とも言えるけど。
あまりの冷淡さに、ヴィンス殿は苦笑してた。
一方、僕の妻は計画を聞きーー
「〜〜〜〜さすが!ルシウス様ってば、誘拐される目に遭うなんて!すごい!!」
ーー目をキラキラさせて喜んだ。
喜び方がおかしいとは言え、このミューは可愛い。
そう思ってると、膝の上にいたシオンが目をキラキラさせて見上げてきた。
「ぷあ、ちゅおいね!」
……これは、先日の宴の後で陛下に言ってた言葉だ。
意味はわからないけど、賞賛されてるのだろう。
「ねー、シオン、あなたのお父様はすごいね〜」
「たい!ぷあ、ちゅおいね!」
〜〜君たちは、一体どこまで可愛くなれば気が済むんだ?!いい加減にしろ!
八つ当たりのように二人を抱き込んでキャーキャー言ってると、ヴィンス殿が僕らを指差して父母に言った。
「計画の間、ミューとシオンが心配だってルシウスが主張するから。こいつら、王宮に預けるぞ」
「「え?!」」
それを聞いた途端、両親の顔色が変わる。
いやその反応、普通は僕が誘拐されるって話の時にしない?
「ルシウス、我が家だって安全だぞ?何もミューとシオンを王宮に連れて行かなくても」
「そうよ、淋しいじゃないの」
本当に、息子の心配はこれっぽっちもしてないな?
信頼があるからこその反応……だと信じたい……。
「父上、母上。アイゼンバーグ邸ももちろん安全ですが、さすがにトラキオンの王族がやってきたら断れないでしょう?その点、王宮なら陛下の権限で阻止できます。そして王宮は広い。どこにいるか、情報さえ漏れなければ所在を隠せます」
「……そうね」
「それに何より。事が解決し終えたら、僕は陛下方に報告するために王宮へ戻らねばなりません。下手したらそのまま滞在を余儀なくされるかもしれない。そんなに長くミューとシオンに会えないなんて、耐えられない!」
「結局それか」
父からは呆れた声がしたが、気にせずまたしても二人を抱き締める。
「きゃは!ぷあ、ぎうー」
「じゃあ私達は王宮でルシウス様の帰還を待っていたら良いのね?誰のところ?」
ミューがヴィンス殿に尋ねる。そういや僕も聞いてなかったな。
「厳正なくじ引きの結果、王妃陛下のところになった」
「くじ引き」
「赤ん坊もいるし、マリーのところでいいだろ?って言ったんだがな。王太子殿下が『シオンはエリカの婚約者候補だ!』とか主張し始めて、ユーリ様と喧嘩して。それを聞きつけた陛下まで『シオンはじっじである私に会いたいに決まってる!』と言うもんだから、収拾がつかなくなってな。結局、立候補者達を集めて宰相が作ったくじを引かせた」
「宰相様に何をやらせてんの」
「婚約者候補になった覚えはないが?」
「やはりじっじと呼ぶのはやめさせよう」
「じっじ?」
全員言いたいことはあるが、なんにせよ王妃様のところなら安全だ。
「あら。王妃陛下のところに滞在するなら、わたくしも遊びに行こうかしら」
呑気な母の言葉に耳を疑った。
「……王妃陛下のところへ、遊びに?正気ですか?」
「何を疑ってるのよ愚息。元々学園時代からお世話になってたし、陛下付きの侍女は長年のお友達なのよ?」
親子で険悪になってると、腕の中のミューが母に聞いた。
「王妃陛下の侍女と言うと、メルエル様でしょうか?」
「あら?ミューは知ってるの?」
「昔、マリーと一緒に王子妃教育を受けていた頃、お世話になりました。お話の面白い方ですよね」
「そうよ。メルエル様は学生の頃から一緒にいたの。好奇心の旺盛な方でね、ミューに通じるところがあるわ」
母上は楽しそうに笑うが、なんでか父上が「メルエル嬢か……」と遠い目をした。
「それにしてもミュー、ルシウスが誘拐されるのってそんなに興奮すること?」
今度は逆に母がミューへ質問した。
僕も気になる。そんなに目を輝かせる内容か?
ミューは頷いて語り出した。
「物語って終盤になると、話を盛り上げるためか主人公が攫われることって結構な定番なんです。危機一髪で助けてもらって、仲を深めるとか悪を断罪するとかハッピーエンドに繋がる訳なんですが。いざ自分達の状況で、となると誰かしらが責任を問われる結果しか思い付かなくて」
「……それは、そうね」
「誘拐されるパターンも色々ありますが、まずは普通に襲われることですね。歩いてるところを攫われるとか、大掛かりな話だと馬車が襲撃されるとか。護衛の首が飛びますよねー」
「飛ぶな。うちだとムラト辺りか?」
父上がなんの気無しに言うが、だいぶ大事だ。
「それから、本人が一人で出掛けちゃうパターン。主に油断ですかね?ちょっと行ってくるだけ!とか、抜け出して!とか。これは侍従や侍女の責任が問われるかと」
途端にノアの目線が飛んできた。
やるなよ、と言ってる。やらないよ。
一方、ハリーはまったく気にしてない。
ついてくる、とヴィンス殿は言ってたし、たぶん誘拐される先にもついてくるんだろうな。
「後は、今回の計画でもありますけど一服盛られるパターンですね。睡眠薬とか。料理長が物理的に首を飛ばされることに」
「そりゃ料理長が犯人とか共犯だった場合だろ?」
ヴィンス殿が楽しそうにツッコミを入れた。
「料理長が無実なら、給仕をしたメイドよね。なんにせよ、犯人以外も誰かしらの責任が問われる訳です。だから、現実的には無理そうだなって。でも今回の計画を聞いて、囮!その手があったか!と喜んでしまった訳です」
うふふ、と笑うミューと、ミューを見て満足気に笑うヴィンス殿。
……さては、計画を聞いてミューが喜ぶことも予測してたな?
まだまだ実の兄ほどには、ミューの好みを把握しきれていない。
そう考えたが、さすがにこれは無理だな〜とも思い直した。
つんつん、とミューが頬をつつく。
「なに?」
「……怪我はしないでくださいね。私達のことを心配するなら、私達だって心配してることを忘れないで」
先程とは打って変わって真剣な目で言われた。
心配されてることが嬉しい。
耳元に顔を寄せて、「……無事に帰ったらキスしてくれる?」と強請ってみた。
ミューは少し驚いた顔をしたけど、はにかんで頷いてくれる。
俄然ヤル気になった!
と、思っていたのだが。
「願掛けを兼ねて、その日までお預けにしましょうか?」
と提案されてしまった。
「…………………無理!」
「まぁ」
「ぷあ!しょんもー!」
「はっはっは、本当に仲良しだなぁお前達は」
◇◇◇◇◇◇◇◇
暗い所に寝かされていたから、自然と瞼が重くなり寝ていたようだ。
お茶の効果はその後服用した錠剤で消されてる、と言われてたけど。
少しは残ってたのかもしれないな。
お茶と香を同時に摂取することで、急激に意識を失わせる効果が出る。
そんなお茶を飲ませるとか、あの茶会の場で取り押さえて良かったんじゃないか?
まあでも、香の仕掛けがないと無害とヴィンス殿も言ってたし。
引導を渡して二度と目の前に現れないようにしてほしいのは同じ気持ちなので、受け入れるしかないか。
ボーッとそんなことを考えていると、部屋の扉が開けられた。
「はぁ、もっといい部屋ないの?せっかくルシウス様をお連れしたのに、ムードが台無し」
聖女の声が響く。
「申し訳ございません。ジークハイド王国の追手を躱すとなると、この辺りが限界かと」
連れの声に聞き覚えがあった。
……タドリ殿、か。
ここにもヴィンス殿の計略は行き届いているらしい。
「はー。まぁいいわ、これから長くいられるんだもの。ね、薬は持ってきた?」
「ここに。適量はご存知ですか?」
「下町では珍しくなかったもの。でも残念ね。ルシウス様の意思が変わるまで待ちたかったのに、クヨルが『時間がない』なんて言うから」
僕の意思?時間がない?
「トラキオンへ連れて行けば、後はゆっくりと陥落されたらよろしいかと。中々に強力な媚薬ですので、くれぐれも飲ませ過ぎないようになされませ」
「はいはい」
媚薬、のところだけ声が強くなった。
たぶん、僕に聞かせているんだろう。
強力な媚薬なんて公爵家の者に飲ませたら、それだけで重罪だ。
回収したら罪状を追加出来る、と見ていいだろう。
パタンと扉が閉まり、聖女と二人で取り残された。
「ルシウス様〜。そろそろ起きれます?」
聖女に軽く揺さぶられたので、たった今起きた振りをする。
「ん……聖女、様?」
「おはようルシウス様」
「ここは?私はどうして??」
「えっと、ルシウス様がお茶会の帰りに倒れてしまったので、信頼出来るお医者さんに見せたくて?お連れしたの」
言い訳すら適当か。
王宮の医師以上に信頼出来る医師が、余所にいるわけ無い。
ましてや、彼らはトラキオンの者だ。ジークハイド王国の医師について詳しいと?
内心呆れていたが、顔には出さず「そうですか、ありがとうございます」と礼を言う。
「いいのよ!それでね、お医者さんが薬を出してくれたの。これを飲んだら、すぐに元気になるよって。だから、飲んでほしいなぁ〜」
聖女が取り出したのは、小さな瓶に入った飲み薬のようだった。
元気になる……まあ、そうだろうな。
薬を飲む、と言うので寝かされていた寝台から上半身を起こす。
聖女は傍らに腰掛け、笑顔で小瓶を渡された。
……毒見もされていない、誰が調合したかどうやって入手したかもわからない。
そんな怪しげな薬を口にする高位貴族なんている訳ないのだが、彼女にはわからないのだろう。
小瓶を両手に持ち、聖女を見る。
さて。あんまり意識してやったことはないのだが、出来るかな?
「……」
「?」
「……」
「あの、ルシウス様?」
「…………」
「〜〜!」
ノアに禁じられた、人を三秒以上見つめること。
いつも意識して見ないようにしていたので結果を知らなかったが、どうやら相手を赤面させポーッとさせる効果があるようだ。
今まではこうなる前に目を逸らしていたが、今日はダメ押しで貴族スマイルを浮かべてみる。
聖女は目をトロンとさせ、顔を僕に近付けてきた。
……せーの。
ゴン!
目を瞑って口を尖らせている聖女に触れないよう、角度を計算して頭突きをかます。
相手が男なら容赦なく鼻を潰すところだが、この後皆の前に引き出す予定の聖女が鼻を陥没させていたら、「さすがにやり過ぎ」と非難されそうだ。
なので、振りかぶって威力を付けてからの額へ一撃にした。
聖女は声もなく気絶し、その場に倒れ込む。
さて。ここからどうやって脱出しようかな?と考えていると、背後に気配が生じた。
「御父様、お見事な一撃でした。ですが、御身に傷が付くような技はなるべくおやめください。頭突きでしたら、下から相手の顎を狙うのが妥当かと」
「……色々言いたいことが盛り沢山だけど、まずどこから入ってきたのハリー」
淡々と僕の技を評価し、さらに別のやり方を提案するハリーに尋ねると、黙って天井を指差した。
よく見ると切れ目があるので、天井裏から降りてきたらしい。なるほど。
「よくヴィンス殿を放ってここに来たね?」
「主の命です。ただいま屋敷の周りを包囲中ですので、騎士団長に警護を任せて御父様をお連れするようにと」
もう囲んでんのか……。まあ、タドリ殿が関わってるなら、いっそ聖女達が来る以前に準備は整ってるんだろうな。
「分かった。どこから出たらいい?」
「最速をお望みでしたら、不肖わたくしめがお運びします。でなければ、そちらの扉から経路をご案内しますが」
「どう考えても後者だろう?!」
思わず叫ぶと、ハリーはサリーとよく似た態度で短く舌打ちした。
何を考えてるんだ……。
「あ、聖女は置いといて良いの?」
「そのままにしておけ、との主の指示があります。ですが、もし御父様がご希望でしたらこの場でとどめを刺すことも許可いただいてます」
「ご希望しません!」
また叫んだら、今度はさらに盛大に舌打ちした。
「ハリー……、態度が悪過ぎるよ」
「申し訳ございません。偉大なるシオン様の御父様にこのような仕打ちを向ける者など、生かしておく意義がわかりかねます」
「もういいよ。偉大なるシオンが待ってるから、早く帰ろう?」
「御意」
こんな訳で、ミューが目をキラキラさせた囮大作戦は、あっという間に終了した。
正直、聖女との会話と同じくらい、ハリーの相手が疲れた……。
シリーズ内別作品の話ですが、ミモザ様が新婚初夜にリカルド様に提示した浮気ファイルは、メルエル様との共同製作です。二部作っていまだに二人とも持ってます。




