王家の宴後日談:誘われたルシウス
朝、せっかくご機嫌で送り出したのに、また不機嫌で帰ってきた。
屋敷の一同がそう思ったことだろう。
それはわかるのだが、どうにも気持ちが収まらない。
こんなにグルグルするような気持ちは……デリル王国の王女殿下に、顔目当てで求婚されて以来かな。
そして今も状況は大差なかった。
色々言われてたけど、結局は顔ということだろう?
……わざと傷でも付けてやろうかな……目立つところはどこだ?額じゃ前髪をあげないとわからないな。
そんなことを考えていたら、妻がポテ、と頭を凭れ掛けてきた。
「なぁーんか、不穏なこと考えてません?」
「……凄いね。わかるの?」
「ルゥって、意外と表情とオーラに出てますよ」
「そう?」
無表情とはよく言われるけどな?
ミューは呆れたように言った。
「内容まではわからないですけど。その不穏な何かを、最愛の息子が同じこと考えてたら?どう思います?」
ビシッ!と固まってしまった。
シオンが……自分で自分の顔を、傷付ける?
「駄目だ!」
想像だけで泣きそうになり、慌てて大きな声で止めた。
「シオン、お父様がなんとかしてあげるから、それだけはやめて!」
「ここにそのシオンはいませんけどね。ならルゥも駄目ですよー」
うっ、と詰まり、ミューに抱き着く。
「……しない」
「そうして」
ミューのぬくもりに安心する。
そうだな、ミューのためならともかく、他の女のために傷を負うなんて馬鹿らしい。
納得してると、ミューも安心したようだった。
「なんだか話せない葛藤を抱えてるみたいですけど。話せるところまででいいですから、言ってみて?」
見上げてくるミューに、しばし考える。
「……僕が、急にトラキオンヘ行ったとしたら、ミューはどう思う……?」
ミューは目をパチクリさせた。
「トラキオン?」
「そう」
「ルゥが?」
「そう」
「一人で?」
「ん?」
「私も行けます?」
「うん??え、ミュー……は、シオンとお留守番かな?」
「出張みたいなもんですか?」
「……そんなところ」
王命に近いし、これも仕事だろう。
そう思わなければやってらんない。
質問を終えたミューはうぅむ、と考える。
「一番切実なのは」
「はい」
「私がいなくて、ルゥ眠れる?」
「……あぁ……」
大事なことだった。
「さすがにトラキオンは船だし、船中泊もあるでしょう?寝ないで活動出来るとは思えないけど」
「出来ないね……」
「薬を使えばなんとか?でもそれって気絶したのと同じよね。睡眠に数えるのはどうかと」
「うん、トラキオンには行かない」
真剣に悩んでくれるミューに感謝しつつ、僕はトラキオン行きを絶対阻止することを心に誓った。
ミューとシオンに会えない日が続くとか!耐えられない!
「そう?回避出来るならその方がいいですよね。どうせ行くなら、海老祭りで!」
明るく笑顔になったミューが先日の話題を出す。
「楽しみだね」
「まだ何も決まってないですけどね!盛り上げるなら海老の着ぐるみとかあった方がいいかなぁ?あんまりリアルな海老だと引くし、可愛いくらいの海老キャラ作ります?」
「?着ぐるみ??」
なんだかわからないけど、大好きな海老のお祭りとあっては商売人魂が燃え上がるようだ。
ミューの語る海老祭りは、だいぶ具体的だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
トラキオンご一行が滞在して一週間。
そろそろ他の来賓は皆帰ったので、計画を決行することになった。
名目は『度重なる聖女の要望に根負けした』ということにして、ユーリウス様が聖女と第二王子殿下が開くお茶会に出席する。
同伴者は、僕だ。
これが終わったら休暇、これが終わったら……。
そう念じていると、ユーリウス様から心配する言葉を頂いた。
「ルシウス、その、大丈夫か?いくらお前が強いとは言え、連中の真っ只中に放り込むのもどうかと……」
「お気遣いありがとうございます。一応相手が騎士でも渡り合えますし、一日くらいなら山で生き延びる自信もありますから」
「……逞しいな」
「どうも」
そんなことを言いつつサロンに入ると、殿下と聖女が立ち上がって待っていた。
僕らしかいないテーブル、周りはトラキオンの使用人で固められている。
王宮の使用人はさらにその輪の外側だ。
あ、シャーロット嬢がいる。ミューへの配慮かな?
「ユーリウス第二王子殿下、アイゼンバーグ卿。ようこそ」
「やっと会えたわ!もう、待ちくたびれたわよ」
聖女の不満気な声に、さっさと貴族スマイルを貼り付けた。
『事あるごとに体に触れようとしてくるからな、それは避けていい。焦らしてやれ』
ヴィンス殿のアドバイス通り、さりげなく伸ばされる手を躱し、聖女から一番遠い席に着く。
移動とかされたらどうしようと思っていたが、さすがにそれはなかった。良かった。
型通りの挨拶をして、お茶会が始まる。
第二王子殿下も聖女も大変饒舌で、僕らはほとんど聞いてるだけだった。
『アイツらがしゃべり倒すだろうし、二人は聞いてるだけでいいぞ。適当な相槌と、意見を求められたら正直に言えばいい。万が一沈黙が降りたとしても、気にして話題を振ってやる必要もない』
事前に言われた通りだ。
内容も大したことじゃない。
王宮での過ごし方、美味しかった食べ物のこと、最近あった腹立つ出来事……。
正直、仕事を休んでまで聞く内容ではない。
これで給料が発生するのだから少し申し訳ない気分に……いや、望んでもないお茶会に出席してるんだ。やはり相応の報酬は貰おう。
やがて話題は、彼らの故郷についてへと移っていく。
「……という風に、トラキオンでは流行っているのですよ。お二方、我が国へいらしたことは?」
第二王子殿下に聞かれた。
「……いや、私はないな」
「私もです。ですが、義理の兄が留学していましたので、話は彼から聞いています」
僕はヴィンス殿を匂わせる。
『トラキオンの話題が出たら、俺の事を話してもいいぞ。向こうも把握してる』
「アイゼンバーグ卿の、お義兄様、ですか……」
「ええ。妻の兄、ヴィンス・グリフィス伯爵令息です。ご存知でしょう?」
「ええ、まあ……」
第二王子殿下も聖女も、複雑そうな顔をした。
ヴィンス殿曰く、聖女はもちろんのこと、第二王子殿下も密かにヴィンス殿にフラレてるらしい。さすが。
「ヴィンスね。アイツもいい男なのに、性格が悪過ぎるわ。すぐハリーを嗾けてくるし」
聖女が憮然と言う。
ヴィンス殿の性格について思うことはあっても、この聖女には言われたくないんじゃないかな。
「その点、ルシウス様は穏やかそうで素敵!ねえ、一緒にトラキオンへ来ない?私のパートナーになるなら、いい思いが出来ること間違いなしよ!」
名前で呼ぶな。
口元が引き攣ったが、これを否定したら次は愛称になりそうなので、聞こえなかったことにする。
聖女の言葉に、第二王子殿下も頷いた。
「そうだな、優秀なアイゼンバーグ卿が来てくれると言うなら、高待遇を約束しよう。話を聞く限り、こちらではそれほど高い地位の役職に就いていないのだろう?勿体無いことだ」
高い地位、とは。また顔でどうこうしろと?
コメカミも引くついてきたところで、ユーリウス様が割って入る。
「クヨル殿下、聖女殿。我が国の貴族をそんなに簡単に引き抜こうとしないでほしいな」
控えめな牽制。これはヴィンス殿が指示した通りだ。
反発して話が拗れるのはなるべく避けたい。
「えー、でもルシウス様が望んだら、王子様も引き止められないでしょう?ね、ルシウス様!一緒にトラキオンへ行きましょう?」
聖女なりに精一杯媚びを売っているようだ。
何も響かないけど。
『誘われたら、まずは断っていい。あちらもすぐ頷かれるとは思ってないだろう』
「……お誘いいただき光栄ですが、やはりお断りさせていただきます」
怒りで震えないよう、声を整えて告げる。
「えー、どうしてー?トラキオン、楽しいですよ?」
『断り文句は建前と本音を混ぜていいぞ。あそこまで見せ付けたんだ、妻がいることは重々承知してるさ』
「私には、ジークハイド王国の貴族としての責務があります。何より、私は妻を愛しているので」
『ミューも一緒なら、と思われないよう、充分釘を刺しておけよ?』
「妻は今妊娠中です。息子も一歳になったばかりですし、トラキオンへの船旅は難しいかと」
……万が一、ミューとシオンに魔の手が伸びたら困る!と主張すると、「んー?アイゼンバーグ邸なら大丈夫だと思うけどな?まあでもルシウスの心の安寧の為だ、絶対安全な場所に移すか!」とヴィンス殿が提案した。
僕の妻子、現在王妃陛下の執務室にいます。
もちろんサリーとアイゼンバーグの騎士、ヴィンス殿とハリーも付いている。
安全を保障……とは言われたが、絶対楽しく過ごしてるぞ。
早く終わらせて、僕も混ざりたい。
「……アイゼンバーグ卿は、愛妻家でいらっしゃる」
「ええ、彼は王都一の愛妻家と呼ばれてます」
「素敵……」
聖女がうっとりするけど、僕が愛妻家なのは相手がミューだからだぞ?
誰が妻でもこうなる訳じゃないし、むしろミュー以外はほぼ無理だ。
スン、とした顔になりそうだったので慌ててお茶を飲んで誤魔化す。
濃い花の香がする、トラキオン独自のお茶らしい。
「トラキオンから持ってきたんです。個人で楽しむ用ですので、密輸ではありませんよ?」
第二王子殿下が楽しそうに言う。
「……香りが濃いですね」
「お気に召していただけたら光栄です」
聖女もニコリと笑った。
どこにでもいそうな、普通の女性に見える。
なのに、肩書を得た途端こんなに増長するのか……。
世の無常を思い、お茶を無心で飲み干した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
意外にも引き止められず、お茶会は解散した。
ユーリウス様と護衛達に礼をし、一人職場へと向かう。
『第二妃派が独占して卸している茶がある。それが茶会で出てきたのなら、陰謀は確定だ。企みにしか向いてない、そういうお茶だからな』
ヴィンス殿の予測はことごとく当たっている。
事前に渡された錠剤を口に含み、舐めて融かしながら渡り廊下を歩いていると、不意に強い花の香を感じた。
『お茶だけならまあ無害だ。飲みにくいな、て思うくらい?それが同じ植物から採った香と合わせると、途端に作用が生じる』
花の香を感じ取ったら、ふらついとけ。
そう言われたので、ふらーっとなるように動く。
あんまり経験ないけど。
『お茶を服用してから一時間しか効果がないからな。茶会の後は短期決戦で仕掛けてくるぞ』
彼らがやりやすいよう、敢えて単独で行動する。
場所の目星もつけ、その辺りには人が来ないよう手配もしてある。
その上で、遠くからあるいは部屋の中から、王家の影が監視中だ。
頃合いを見て、受け身を取って倒れ込んだ。
『ルシウスが堕ちたら、どちらかが姿を現すだろう。それだけでも罪状は確定だが、どうせなら全員捕縛した方が後腐れなくていいだろう?』
現れたのは聖女だった。
後ろに屈強な使用人達も控えている。
「ふふ、ルシウス様を手に入れちゃった!いよいよ私の物になるのね、楽しみー!」
……耐えなければいけないので、耐えてたが。
「僕はミューだけのものなんだが?!」と起き上がって抗議したかった。




