王家の宴後日談:狙われるルシウス
翌朝、今まで通りの行ってらっしゃいのキスをして、馬車に乗り込む。
心なしか、見送る使用人達の目がいつにも増して生温かい気がした。
「毎度毎度よくイチャつくよ、と思ってたけど、いざ治まったらなんだか落ち着かない気分になるもんなんだな。若奥様が元に戻られて良かったなぁルシウス様!」
「うるさいよ」
馬車の中でノアが言ったのが、使用人達の本音なんだろう。
職場に着くと、ワルローもなんだか嬉しそうだった。
「おはようございます」
「おはよう。……何か言いたいならどうぞ?」
「言いたいといいますか。良かった!と」
「……そんなに心配すること?」
「不機嫌そうな先輩を見てると、自分が何かやらかした気がして落ち着きません」
ワルローの言葉に、周りの同僚が頷く。室長までも。
「……聞いたらいいのに」
「私が原因なら、先輩ちゃんと仰いますよね?私じゃなくても、職場が原因なら。そうじゃないならご家庭の事情でしょう。踏み込めません」
またしても頷かれた。
そんなもんか、と話を終え仕事を始めると、一段落付いた時にヴィンセント様に呼ばれた。
◇◇◇◇◇◇◇
「ルシウス、やっと機嫌が直ったか!良かった、私が何かしてしまったのかと気が気でなかったんだ」
「仲直り出来て良かったなールシウス。熱い夜を過ごしたか?」
「…………王族の前で寝そべるのはいかがなもんでしょうか義兄上」
ヴィンセント様に呼ばれた。それはいい。
赴いたらヴィンス殿がいた。それもいい
応接室のソファを独占し、寝っ転がっている!王太子殿下の前で!
なんでそんなに度胸があるんだ?!
「ルシウスが来るまで寝かせてもらってたんだ。いいソファだな」
「ヴィンセント様??」
「だって眠いと主張されるし、他のところで寝ていたら貞操の危機だと言うし!」
「王太子殿下の執務室は陥落し終わってるから、安全なんだよ」
「よりにもよってここか!」
咄嗟にリニを振り向くと、同じ早さで目を逸らされた。
何やってんだ……。
「大丈夫だ、ここしかやってないから」
「ここが駄目なんです!」
「陛下や王妃陛下の執務室よりはいいだろう?」
「どこも駄目なんです!」
「ははは、ルシウスは厳しいなぁ。こんなに怒られることは身内以外中々ないぞ。なぁ?ハリー」
上機嫌なヴィンス殿が背後のハリーに声を掛けると、ハリーは頷いた。
「さすがはシオン様の御父様。我が主にも臆せずお話されること、度量の大きさに感服いたしました」
「……なぁ、ハリー殿はこんなだったか?」
「シオンに心酔したので」
「シオンは最強か……」
ヴィンセント様が嘆息する。
そうだな、可愛さ最強シオン様は魅了が使えるみたいだ。
ノックがしてユーリウス様がいらっしゃった。
「兄上、お呼びと聞き……ヴィンス殿?!」
「おぉユーリ様。顔見るだけでそんなに赤くならんでも」
「いやだって、なんで寝そべってるんだ!」
「寝てた。」
王族が二人に増えても、ヴィンス殿は動じない。
ホント、ミューと兄妹だな。
よっこらせ、と座り直したヴィンス殿は伸びをし、乱れた髪をハリーが整える。
気持ち良さそうに目を細めたまま、僕に話し掛けた。
「ミューと仲直りしたんだろう?機嫌が良い。だから俺も気分が良い。ミューの機嫌が悪いと、俺の眠りが浅くなるのでな。今朝は快眠だったが、これまでの寝不足が溜まってたんだ」
あふ、と欠伸をするヴィンス殿を見て、ユーリウス様とリニがさらに赤くなった。
ヴィンセント様は咄嗟に目を逸らしたらしい。
「……ヴィンス殿、色香をもう少し抑えられないか?うちの弟が道を誤りそうなんだが」
「兄上!」
「増やすことは出来るが、減らすことはしたことないな。そんなリクエスト、今まであったか?」
「たんまりあります」
「あったか」
「主が聞いてないだけかと」
「そうか」
その気なし!残念!
ミューが脳内で宣言した。
ヴィンス殿がふふと笑う。その笑い方は、ミューと瓜ふたつだ。
「ユーリ様が道を踏み外したら、マリーがなんとかするだろうよ。それより殿下方、約束だ。ルシウスの機嫌を直したのだから、今度は俺の頼みごとを聞き入れろ」
……王族に命令形は、やめてほしい。
◇◇◇◇◇◇◇
寝乱れた服装も整えて、ヴィンス殿が爽やかに笑う。
王族兄弟はどちらも隣に座ることを拒否したので、僕がヴィンス殿の隣に座った。
「眩しっ……」
「この配置は失敗だったか?」
「隣を拒否されるなんて初めての経験だぞ?いつもは取り合いだ」
「……ヴィンス殿は、一人掛けの椅子に座った方が平和なのでは?」
「それじゃあ俺が淋しいだろ〜?」
楽しそうにしなだれ掛かってくる。
なんだかいい香りがするなぁと思ってると、ヴィンセント様もユーリウス様も、リニまでもが目頭を抑えていた。
「なんですかその反応」
「……男が二人戯れているだけだと言うのに、なぜか目眩がしそうだ……」
「お疲れなんですか?」
「そういうことじゃない」
「気にするなルシウス、こんなんいつものことだ。なぁハリー」
「主だけでなく御父様も輝かれていらっしゃいますので、いつもより3.75倍は威力が増してるかと」
「細かっ」
そんなことを言ってると時間が過ぎてしまう。
一応僕だって、仕事を抜けて来ているのだ。
「ヴィンス殿、頼みごとってなんのこと?」
リニの淹れたお茶を美味そうに飲んでいたヴィンス殿は、「そうそう」と笑った。
「トラキオンのアイツらにな、引導を渡したいんだ。手伝え」
……だから、命令形はやめて。
「トラキオンの」
「アイツら?と言うと……」
「もちろん、今この王宮に居座ってワガママ放題やってる、第二王子と聖女のことさ」
「「やっぱり」」
王族兄弟が声を揃えた。
「居座ってワガママ放題にしてるんですか?」
「ルシウス、知らないのか??」
「宝飾品とかドレスとかを買い漁っては商人と揉めてるし、我が国の使用人達に無理難題を言い付けてはこっちに問題があるかのように言い掛かりを付けてくるんだ」
「へぇ。」
「……ルシウス、宴の後からきちんと働いてましたよね??」
リニが呆れた顔で言うが、トラキオンの王族が何をしてようと、総務の役人には関係ないじゃないか。
「ルシウスはミューのことで頭がいっぱいだったんだよな〜」
ヴィンス殿が頬をつついてくる。ミューにされるより力が強い、やめて。
前の三人が額を抑えてしまってるぞ。
「そうですが何か?それに、私の職務には関係ない事態ですから」
キッパリ言い切ると、微妙な顔をされた。
ヴィンス殿がくくっと楽しそうに笑う。
「聖女の一番の無理難題はな、『あの金髪の人を連れてきて!』なんだとよ」
「……は?」
低い声が出た。殿下方はビク!と体を竦めたが、気にしてられない。
「……あんなに見せ付けたってのに、まだ言うんですか?」
「あんな見せ付け方されたから、『情熱的なのね!素敵!』となったんだろ」
「僕が情熱的なのは!ミューにだけだし!」
思わず素で叫んでしまう。
他の人になんてやるわけ無いだろ?!
「まあまあルシウス、分かっている。聖女以外の人間は皆『何言ってるんだこの人』と呆れてるぞ」
「誰もまともに取り合わないな」
「なので、ルシウスの耳にも入らなかったんだと思います。彼女に阿ったとしても、メリットは何もないですしね」
皆に言われて、ようやく少し落ち着いた。
「……それで?ヴィンス殿は、彼らに引導を渡したいと言うけど。それはこの国にいる間に出来ること?」
僕が聞くと、皆がヴィンス殿に注目した。
「帰国まで持つまいよ。最後の足掻きだ、この国で終わらせてやろう」
「最後の足掻き?」
「今回の奴らの登場、お前らはどう思った?」
王族に対して『お前ら』とか言ってるけど、もはや誰も気にしない。
「どうって」
「礼儀がなってないな、と」
「注目を浴びる目的であるなら果たされたとは思いますが、本当に浴びるだけですね。実になるとは思えません」
「来ないでほしかった」
「はは、酷評もいいとこだな!」
ヴィンス殿が楽しそうに笑う。
「だがそれが普通の感性だ。なんの目的であろうと、奴らの振る舞い方で良い方向に進める訳がない。それすらも気付かないーーいや、気付いていたとしても気を回していられない、奴らはそんな崖っぷちの状況下にいるんだ」
崖っぷちの状況。
言っていることは中々の問題なのだが、ヴィンス殿の話し方は雑談の時と変わらない。
「トラキオンの王族の構成は知ってるか?」
「……第一王子から第三王子までが王位継承権の保有、他の王女達は女性のため元より数に入らない、と」
リニが答える。
ちなみにうちの国は女王も即位可能なので、エリカ様はゆくゆくは王太女になられる。
「その通り。だが、補足がある。三人の王子達はそれぞれ母親が違うんだ。王妃の息子が第一王子、第二妃の息子が第二王子。第三王子は愛妾の息子なので、権利はあっても選ばれることはない」
「……それで?」
「崖っぷちにいるのは第二妃の派閥だ。元々妃本人の性質に乗って享楽的な貴族が集まる傾向にあったのだが、ここに来て急激に汚点が目立つようになった。国民の評価も下がり、第二妃の下から離れる貴族が増えてきた。このままだと来年王太子になるのは第一王子で、その後に第二妃派の弾劾が決行される」
「そんな状況なのに、第二王子はやってきたのか?」
「そんな状況、だからだ。この国で一発逆転の奇跡を起こせれば、一気に国内外の支持を得られる。少なくともその思いで、第二王子はやってきてるんだ。耳障りの良い肩書を持つ『聖女』を連れて、な」
やれやれ、と言った様子でヴィンス殿は肩を竦める。
「……ヴィンス殿、内情に詳し過ぎないか……?」
ユーリウス様が恐る恐る聞くけど、ヴィンス殿は気にしてない。
「俺が誰の元にいたと思ってるんだ?そうでなくても、俺に有益な話は持ち込まれる。貴族だけじゃない、平民だって国を渡る旅人だって。この話を聞いたら俺が喜ぶ、俺の笑顔が見たい、俺に褒められたいと思うやつはそこら中にいるさ」
「、わかった、わかったから微笑まないでくれ!私が引き摺り込まれる!」
「ユーリ、しっかりしろ!」
「殿下、お気を確かに!機密漏洩は幽閉ですよ?!」
ヴィンセント様とリニが必死になって止めてる。
「……この場合、幽閉されるのはヴィンス殿なんじゃないの?」
疑問を口にすると、目を丸くしてる。
「俺を幽閉?するのか?んー、まあ入ってみてもいいけど。その場合、ハリーもついてくるぞ?」
「お付きを連れて幽閉は無理じゃないかな??」
「許可があろうとなかろうとコイツはついてくるし、俺が飽きたらさっさと出る」
「主が滞在されるのでしたら、事前に検分させていただきます」
「幽閉先を検分?!」
聞いたことない話だ。
「普通、抜け道がないかとかは管理者の方でやると思うよ?」
「いえ、主に合わない布などを用いられていては困りますので。最低限換気と採光と壁の色と絨毯、それから寝台の様子を確認した後、必要分を手配いたします」
「普通に住居だね?!」
「ルシウス、住めば都って言うだろ?」
「言うかな?!」
いや、ヴィンス殿の場合本当に住んでる場所が都になりそう。物理的に。
そんなことを言ってるうちに、ユーリウス様も落ち着いたらしい。
「……すまないヴィンス殿、話の腰を折ってしまった。それで?第二王子殿下は、この国で一発逆転の奇跡を起こすつもり……奇跡、とは?」
キリッとした顔でユーリウス様が聞く。
うん、まだ握りこぶしは震えてるけど見なかったことにしよう。
「奇跡を起こすのは聖女だな。第二王子ーー長くて面倒だな、クヨルはその聖女の後見として名を轟かせるつもりでいる。そこから聖女の所属する宗教を拡大させ、民衆に広まった頃には国教へとーー」
「そんなに上手く行くものか?」
「そういう夢を見てやってきたんだよ。何せ、夢を見るのが得意な派閥だからな。理想を語るだけの計画倒れ、とよく批判されてる」
「駄目だな?」
「駄目だね」
「駄目だなぁ。誰かが夢を語り出すと皆で盛り上がるし、別の誰かが現実を話した途端にソイツを野暮だと批判する連中だ」
「駄目過ぎます」
「そんな駄目駄目な連中が最後に見た夢を、この国で実現させようとしてるんだ。美味しい思いがしたい、民衆からの支持を得たい、そのためには一目でわかるほどの成果が欲しい」
つ、とヴィンス殿の指が僕の顎を上げる。
「一目でわかるほどに見目麗しい令息。ジークハイド王家の覚えもめでたく、裕福な公爵家の嫡男で、本人も優秀だと評判だ。これ程までに高評価な男を、聖女のパートナーとしてこれ見よがしにトラキオンヘ連れて帰ったら?さぞかしいい気分だろうなぁ」
ニコ、と微笑まれた。
笑えないーーそう思った。




