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テンプレートが立ちはだかる日常  作者: ひつじ


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106/111

王家の宴後日談:謝罪するルシウス

「……ミューに、拒否された?」


復唱するヴィンス殿に、僕は黙って頷く。

しばし考えたのち、ヴィンス殿はワルローにしたのと同じように、手を伸ばして僕の肩をポンと叩いた。


「ルシウス、いくら妻が好きとは言え、相手は妊婦だぞ?閨を強いるのは良くない、あとちょっと我慢してやれ」

「そんなこと迫ってないよ!!やめて!」


顔が真っ赤になったのがわかる。

なんてことを言い出すんだ!

ヴィンス殿の不思議そうな顔が憎たらしい!

「あれ、違ったか?てっきりお前も俺と同じように迫ったのかと」

「ひどい誤解!いや待って、ヴィンス殿と同じように?!」

「そりゃそこに好きな女がいたらそうなるだろう?相手が妊婦だとはわかってるんだから、ちゃんと手加減するとは言ってるのに、全然聞き入れてくれないんだ」

「聞きたくありません!」

目一杯拒否した。

他人の閨の話、ましてや義理の兄とミューの侍女のことなんて、一生知りたくない!

ヴィンス殿はまた楽しそうに笑う。

「悪い悪い。なら何を拒否されるんだ?」

改めて聞かれて、うっ、と言葉に詰まった。

しかし、そこを避けては話が続かないことも分かってる。

渋々、今の現状を打ち明ける。


「……あの宴の後以来、ミューにキスを拒否される……」


◇◇◇◇◇◇◇


僕らは、他の人から見るにどうもスキンシップの多い夫婦らしい。

事あるごとに体をくっつけるし、頬擦りもするし、頬や額にキスもする。

出勤時にも別れを惜しんで『行ってらっしゃいのキス』をしていたのだが、宴の翌日初めてミューに拒否された。

正確には、頬へのキスで済まされた。

「……昨日、いっぱいしましたよね?なので今日はなしです」

納得はいかなかったけど、伏し目がちに言われると無理強いは出来ない。

なのでそのまま馬車に乗り込んだ。

と言うのが、宴の後から三日続いた。

もちろん、帰宅してからも頬以上のキスは出来てない。

結婚式以来、接触禁止期間以外は一日も欠かさずにしてたのに……!


話を聞いて、ヴィンス殿が感想を言った。

「新婚ホヤホヤか?」

「違いますけど??」

二年目を過ぎ、二人目の子どもの誕生を待ってる夫婦ですが?

「と言うか、そんな理由でご機嫌がナナメって。平和だな」

呆れた様子で笑われた。

「切実な悩みなんだけど」

「まあ当人からしたらな」

ふむ、とヴィンス殿は顎に手をやる。


「ミューが拒否してる理由なんて、宴の時のキス以外ないだろうに。公衆の面前でしたこと、ちゃんと謝ったのか?」


う、とまた詰まってしまった。

確かに、原因はあのキスなんだろうけど……。

「謝ってないのか」

「……」

「謝りたくないのか?」

「……違う。謝りたいとは思ってる。だけど」

それ以上言葉が続かなかった。

色んな思いが自分の中を巡って、うまく思考がまとまらない。

そんな僕を見て、ヴィンス殿が「仕方ないな」とため息をついた。


「俺の頼みごとを聞いてもらうためだ。ルシウスの気持ちの整理から始めるとするか」

「……出来るの?」

「まあ聞け。あのキスだが、聖女への牽制と他の貴族への牽制の為にしたことだ。自分に興味を持ってる奴らだけじゃなく、もしかしたらミューに興味を持った奴もいるかもしれない、両方に手を出すなと言う意味を込めてる」

「……それはそう」

「だから、自分の身に降り掛かるかもしれない興味に全く気付いてない、もしくは気にしようとしないミューに、少し呆れてる」

「……」

指摘に少し心が動いた。

呆れてる。そう、言われてみるとそんな気持ちが確かにある。

自分に好意を持つ者など僕以外いない、そう信じているようなミューの振る舞いに、少し警戒心を持ってほしい。

そう思っていた、ずっと。


「だから素直に謝れない、それが理由その一」

「その一?」

「もうひとつあるだろう?」

「もうひとつ……」

「こっちの方が分かりやすいがな?」

ヴィンス殿は苦笑した。


「夫に好意を示す女がいたと言うのに、ミューは完全に面白がっていた。嫉妬を全くせずに。好きな女からそんな態度を取られたら、誰だって腹が立つさ」


◇◇◇◇◇◇◇◇


嫉妬深いと、宴でミューは僕に言った。

ミューが他の貴族に笑顔を振り撒くからだ。

全く笑うなとは言わないけど、可愛いと思ってる笑顔を他の人に向けられるのは気に食わない。


笑顔を振り撒け、とも言われた。

ミューと同じシチュエーションでだ。

ヴィンス殿程の威力があるかはわからないけど、トラブルが起こる可能性は大いにあるから、職場ですら表情を変えることはないと言うのに。

夫が他の女性に微笑みかけても、気にしないのか?

……気にしない、んだろうな。


それが悔しくて悲しくて、意趣返しのようにキスした。

八つ当たりも含んでたな……自分の気持ちにようやく答えが出た。


「……ミューが楽しそうなのは、僕も嬉しいのは間違いないんだ」

「うん」

「でも、僕が思うほどにミューは思ってくれてないように感じてしまって……」

「そうか」

「……結局、ミューに恥ずかしい思いをさせただけだったかも」

「そうか?」


最後の相槌は疑問形だったので、ヴィンス殿を見詰める。

「まあそこは自分でミューに聞くといい。謝れそうか?」

「謝る。ミューは悪くない」

「自分の気持ちもちゃんと伝えてやれ。大事なことだ」

「うん……」

自分が謝ると決めた途端、今度は謝罪を受け入れてもらえるのか不安になってきた。

どうしよう、いつもの怒り方と違うし、愛想が尽きたとか言われたら……!

「眉が下がってるぞルシウス」

「……ミュー、聞いてくれるかな」

「そら聞くだろう?」

「でも、いつもと様子が違うんだ」

必死で食い下がると、ヴィンス殿は「やれやれ」と肩を竦めた。


「仕方ない。ここまで付き合ったのに解決しないとか嫌だしな。大サービス、ミューの心情を分析してやろう」

「分析?」


指をひとつずつ折り曲げて、『今のミューの心情』の内訳を教えてくれた。

「まずは大半が『恥ずかしい』だな。宴で人前でキスされたこと、加えて日々の振る舞いも使用人達の前だろう?今まで気にしてなかったことが、気になるようになってしまったんだな。これは謝って、ミューに抵抗が残るようならやり方を変えるしかない。人前に出る前に済ますか、使用人達に他所を向いてもらうか」

「なるほど」

「あとは『警戒』と『不安』だな。ルシウスの持ってる『ミューを責めたい気持ち』をなんとなく感じ取ってるみたいだが、それが何か分からない。まあこれは当の本人が分かってなかったようだから、ルシウスの気持ちを打ち明ければ緩めるだろう」

「わかった」

「それと少しの『怒り』。暴挙に対する反発心から来てる。自分も何か悪かったと思う『自責の念』。この辺りは、逆にミューの気持ちを聞いてやれ」

「ヴィンス殿、すごいね……」

すらすらと出てくる項目に感心した。

ヴィンス殿は苦笑する。

「相手がミューだから出来ることだ。最後にもうひとつ、これは俺にもなんだかわからないが『戸惑い』があるようだ」

「戸惑い?」

これも聞くしかない、と言われて素直に頷いた。

僕の態度に、義兄上は満足して笑う。


「ここまで手助けしてやったんだ、今夜中に仲直りしておけ。明日、成果を聞いたら今度は俺が助けてもらう番だからな」


艷やかな笑い方は、ミューからは決して見れない形をしていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇



解決の方向性が見えて、自分でも気持ちが上向いたのが分かる。

ヴィンス殿が帰ってから総務室はいつもの動きを再開し、犠牲になったワルローの肩を叩いてから各自部署回りや資料の調達に向かう。

「尊い犠牲だったんだね」

「ええ、まあ……確実に何かが削れたとは思ってます……」

「何が削れたんだろうね」

元気のないワルローに、僕も肩を叩いた。

「心配掛けてたみたいで、ごめんね?」

「…………!ヴィンス様、本人に言ったんですか?!普通それ言います?!」

真っ赤な顔して叫んでる。元気になった?

「ヴィンス殿に普通を求めたら駄目だよ」

「駄目ですね、はい……」

一瞬で萎れたけど。



家に帰り、ミューとシオンのお出迎えを受ける。

ここでもキスは頬止まり。でも、昨日までは少し不服の気持ちを抱えていたけど、今日は「これだけでも受け入れてもらえてる」と前向きに捉えることが出来た。

僕の心情の変化は二人にも伝わったらしく、なんだかホッとしたように見えた。

夜、ミューと二人でソファに並んで座り、いつものようにお腹を撫でていると「ルシウス様、何かいいことあったんですか?」と聞かれた。

「……いいこと、かは分からないけど。出勤したらヴィンス殿がいたよ」

「なぜ」

「王宮に用があったんだって」

「何を?」

「それはまだ分からないけど」

「……もしかして、突撃訪問ですか?」

「んー、微妙なライン?」

ここのところ少しぎこちない接し方をしていたので、いつも通りのやり取りが出来て嬉しい。

そう思ったら、自然と頬にキスしていた。


「ルシウス様?」

「ミュー、この間の宴の時、皆の前でキスしたことを謝るよ。恥ずかしかったでしょう?ごめんね」


スルッと口から謝罪が出た。

聞いたミューは頬を赤らめる。可愛い。

「……はい、恥ずかしかった」

「もうやらないとは誓えないんだけど」

「誓えないんですか」

「でもなるべく、ミューの意向を汲むよ。使用人の前ではしない方がいい?」

前ではしないだけで、全くしない訳ではないけど。

「……いえ、大丈夫、です。そこで態度を変えた方が恥ずかしい気がするし」

「そういうもの?」

「そういうものですよ」

ふふ、と笑ってくれた。良かった!


「あのね、ちょっとだけ聞いてくれるかな」

「?はい」

「ミューが他の男性に警戒心を持ってないから、少し嫌だったんだと思うんだ」

「警戒心?」

「ミューはさ、自分に言い寄る男なんていないって思ってるよね?」

「……そう、ね」

「僕はミューが大好きで可愛いと思ってるんだから、全く同じ好みの人が現れないとも限らないでしょう?常に、じゃなくてもいいから少しだけ気を付けてほしい」

「…………はい」


さっきよりも顔が赤くなる。照れてる?可愛い!

もう話を終えてイチャイチャしたいけど、まだ続けないと。理性を保たねば。


「あとね、あの聖女の騒ぎの時、ミューは凄く面白がってたでしょう?ミューが楽しいのは僕も嬉しいんだけど、ヤキモチすら焼いてくれないのはちょっと悔しかった」


ふたつ目の理由を告げると、ミューはキョトンとした。

「え、だってルシウス様が靡くなんて絶対あり得ないし」

「そうだけど」

「私がいるからどうこう以前に、あの聖女は全くルシウス様が受け入れる要素を持ってなかったですよね?」

騒いでた聖女を思い浮かべる。

……うん、何一つ惹かれる要素はない。むしろ嫌悪しかない。

「そんな人が騒いでても、夫が言い寄られてる!と言うより言い掛かりを付けられてるなーとしか」

「……そうか」

つまり、ミューに取っては『夫が狙われた』と言うより、肩がぶつかって絡まれてるような印象しかなかったのか。

それでヤキモチはおかしいな……納得。


ミューがまたふふ、と笑う。

「私だって、全然ヤキモチを焼かない訳じゃないですよ?でもルシウス様は安心安全設計で、浮気判定の項目が極端に少ないんだもの」

「そうかも」

「なんならシオンに妬きましょうか?それが一番親しいかと」

「それは……嬉しい、けど、どっちの味方も出来なくて困る……」

「では、この子に期待ですかね?」

お腹を擦って楽しそうに見詰められたが、それも困る。

「……子どもたちには、妬かなくていいです」

「ルシウス様は妬きそう」

「ぐっ。……なるべく控えるよ」

「そうして」

今度はミューの方から頬にキスしてくれた。

あともうちょっと!


「ミューは?何か思うことがあれば話してほしい」


目を覗き込むと、考えるようにしてる。

「……恥ずかしいのはありましたし、ルシウス様が何を怒ってるのかわからなかったので、少しだけ不安もありましたけど。話してくれたからホッとしました。私が何かしてしまったのかと思って」

「ごめんねミュー」

「でもちゃんと説明してくれたから」

ニコと微笑んでくれる。可愛い!僕の妻は可愛い!

引き寄せようとしてーーあともうひとつ、聞いてない気持ちがあることに気付いた。

「ヴィンス殿が言ってたけど、何かに戸惑ってる?」

確認すると、ミューがうっ、と詰まった。

「ミュー?」

「ヴィンスには筒抜けなんだもんなー……」

「?」

呟きに首を傾げてると、ミューが首に抱き着いてきた。



「……あんなにねちっこくするから、公共の場なのに変な気分になっちゃったんですよ」

「…………!!」

「気持ちを落ち着けるのが大変でした……」

「本当にごめんなさい!」



耳まで赤くしてるミューが可愛いけど、あの時の顔を思い浮かべると自重しようと思う。

他の人に見せるのは、断じて良くない!


「……キスしていい?」

「……程々にしてね」

三日ぶりなので、リハビリも兼ねて軽いのをたくさんしよう。





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― 新着の感想 ―
しかし、ヴィンスがこの洞察力と観察力と分析力を常に発揮してたらまた、違う御仁になってるのだろうな って、発揮してるから今のヴィンスなのか。 そしてこの双子は似た者同士なんだろうな。 サリーが何だか…
おぉ、ヴィンスが妹夫婦の仲直りの手助けを…。頼りになる義兄っぽい!
このくだりは、どこかへの伏線?なんでしょうか?
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