王家の宴後日談:拒否られるルシウス
トラキオンの聖女の想像を絶する暴挙と、牽制と言う名目で盛大に見せつけた僕らのいちゃつきを最後の見世物として、王家の宴は幕を閉じた。
正直、あれは王族のお子様方のお披露目と言うより、シオンとヴィンス殿のお披露目だった気がする。
宴から三日経った今、招待客は徐々に帰国・帰領しており、王都全体を覆っていた賑わいも落ち着き出した。
……と言うより、早く皆帰ってくれないかな。
来賓が帰国し終わったら、一週間の休暇を確約されてる。
ミューの体調も落ち着いてるし、シオンも連れて郊外にでも行こうかと相談しているところだ。
家にいる愛しい妻子を思い浮かべて少し浮かれたが、ここのところのミューの仕打ちを思い出して顔を顰めてしまった。
そりゃ僕が全面的に悪かったのは認めるけど、ミューだってひどい。
しかも三日も引き摺るなんて、ミューらしくない。
これはもしや……と嫌な方向に想像が行き掛けて、慌てて頭を振った。
「アイゼンバーグ卿?いかがされましたか?」
護衛の騎士に心配され、「何でもない」と取り繕う。
来賓が帰国し切るまでは王族扱いを継続する、とヴィンセント様に言われたので、部署回り以外の移動でも騎士が付いている。
それなりに立ち回りも出来るし、多少暴力を振るっても良いなら護衛はいらない、と申し出たら「多少の暴力が許される王宮があるか?!お前はどうしてそう発想が野蛮なんだ!」とまたしても説教を食らったので、大人しく守られることにしてる。
最近のヴィンセント様はカリカリしてるなぁ。行事疲れか?王族って大変だ。
埒もないことをつらつら考えているうちに職場に着いたので、騎士を労って持ち場に戻るように伝える。
扉前の騎士に挨拶すると、歯切れ悪い返事をされた。
「あの……アイゼンバーグ卿、お客様、が」
「客?通したのか?」
「……はい」
随分葛藤の末に頷いた騎士に、首を傾げてしまう。
長いことここの番をしている騎士なので、判断は信頼出来る。
なので彼が通したのなら客扱いで良いと思うのだが、そんなに微妙な表情をするのはなんでだ?
「……応接室に通したのかい?」
「はい。もてなしに抜かりはありません!」
「(……なんでそこを強調?)そう、ありがとう。それで誰が来たの?」
「……、………………、……、……言えません」
「なんで?」
物凄い葛藤した表情の末、拒否られた。
「それも!言えません!」
「…………そう」
それしか言いようがない。
彼を困らせたい訳でもないし、行けば分かるだろうと思ったので入室し、ひとまず執務室で自分の机に荷物を置く。
「…………アイゼンバーグ」
「おはようございます、室長」
「おはよう。……早く応接室へ行ってくれ、頼むから」
頼まれた。
「私の客?ですか?だれ「誰かは言えないんだ!頼む、向かってくれ!」」
室長までこんなんか。
周りを見渡すと、誰もが固唾を飲んで僕の挙動を追っている。……なぜ。
「あれ、ワルローは?休みですか?」
「接待と言う名の生贄中」
「なんて?」
総務室が謎に包まれてる。
首を傾げながら応接室に向かいーー途中で気付いた。
こんな不可思議な現象を引き起こせる知り合い、そう多くはない。と言うより一人しか知らない。
なかば確信しながら応接室の扉をノックし、入室する。
「そういや、アサトはルシウスに憧れてここに配属を希望したんだってな。なのに本人には『ミューの夫だから』とか誤魔化したんだろ?ツンデレ腹黒眼鏡役人、属性盛り過ぎじゃないか?」
「盛り合わせですね」
「それはっっ!なんでヴィンス様がご存知で?!」
「ルシウスとミューが筒抜けだからだな」
予想通りの人物が、想像以上に後輩に絡んでた。
「……ヴィンス殿、ハリー」
「おぉルシウスおはよう。随分ゆっくりだなぁ、昨夜は頑張ったのか?」
「ヴィンス様、最低の揶揄い方です。御父様、おはようございます。本日もシオン様と同じく眩いお姿を拝見でき、光栄でございます」
挨拶をしただけなのに、この内容の濃さ!
出勤したばかりなのにひどく疲れた。
◇◇◇◇◇◇◇
「……なんで、騎士に口止めを?」
「会う前に分かってたら面白くないだろう?」
「面白い必要ある?」
「枯れてんなールシウス」
あっけらかんと言われ、少し傷付いた。
他の人に言われても特に気にしないけど、ミューと同じ顔に言われると刺さるな……。
「……総務室のメンバーにも口止めを?」
「それはそうさ。そこでバレてもつまらないだろう」
「……ワルローが接待してるのはどうして?」
「先輩、あの、これは」
「俺の暇潰しだな」
「は?」
慌てて間に入ろうとするワルローを気にせず、ヴィンス殿は堂々と言った。
「暇潰し?」
「ルシウスの出勤が遅いから、暇になったんだよ。総務の仕事手伝う訳にも行かないしな、じゃあ総務室の人間を何人堕とせるか賭けるか?ってハリーに持ち掛けたら、アサトが『話し相手に!なりますんで!』って立候補してくれたんだ」
「何と言うサイアクな暇潰し……」
だったら仕事を手伝われた方がマシじゃないか。
「そうか?昔からよくやるけどな」
不思議そうな顔をされた。
「王宮ではやめてください」
「ごめんもうやった」
「やったの?!」
「ルシウスが言うならもうやらないさ。ちなみにハリー、何人残ると思った?」
「全滅です」
「だよな〜」
「あ、危なかった……」
ワルローが脱力する。
その肩をヴィンス殿がポンと叩いた。
「アサトのおかげで総務室は全滅を免れたぞ。お前の尊い犠牲は忘れない」
「……光栄、です」
「明かしてくれた学生時代の黒歴史も、忘れずにミューと共有するからな」
「忘れてください!今すぐっ!」
真っ赤な顔でワルローが叫んだが、ヴィンス殿がニコリと笑うとグッと喉を詰まらせている。
「やだ」
「ああぁぁぁぁ」
ワルローはしゃがみ込み、頭を抱える。
うん、なんか遅く出勤してごめん。
「それで?ヴィンス殿は何か用があって王宮に?」
僕に用なら、アイゼンバーグ家に来ていたはずだ。
ひょっとしてトラキオンの者達に何か?
そう考えてヴィンス殿を見ると、先程とは違う笑みを浮かべた。
「アサト、ご苦労。仕事に戻っていいぞ」
「……はい。先輩、失礼します」
少し落ち着きを取り戻したワルローが礼をして応接室を出る。
閉じた扉の前にハリーが立った。
……しかし、同い年で上司でも何でもないヴィンス殿に対して、完全に謙ってるなワルロー。
全く違和感はないんだけど。
それこそ、ヴィンス殿の振る舞いが王族よりも王族らしいからかもしれない。
「頼みたいことがあってな、朝からこうやって出向いたんだ」
「僕に?」
「いや、王族に」
「……どこの王族?」
「この国のだよ。まずは王太子殿下かな、と思って行ってきたんだ」
「えと、約束は……?」
「先触れはしてないがな。『許可が下りないなら下ろすまで』と宴の後に伝えてあったから、顔パスで通してくれたぞ」
なんでもないことのように言わないでほしい。
それはアレだな、アイゼンバーグ領の城でやった方法だな?!
うちならまだしも、王家にやったらそれこそ謀反じゃないか!
非難めいた感情が伝わったらしく、ヴィンス殿はカラカラと笑って手を振った。
「大丈夫大丈夫!最終的には許可になるから」
「全然大丈夫じゃない!」
ヴィンス殿は、本気で王族を落とす気なのか?!
シオンは望んでないんだからやめてくれ。
「まあとりあえず。王太子殿下に会ってきたんだ。それで頼みごとを伝えたら、逆に頼まれてな。それを解決したら聞いてやる、と言われたんで、総務室まで来た」
「逆に?ヴィンセント様から?」
ニヤリ、とヴィンス殿は楽しそうに笑った。
「宴が終わって以来ご機嫌ナナメなルシウスを、どうにかしてほしいと。ミューと何を揉めてるんだ?」
◇◇◇◇◇◇◇
突然突き付けられて、言葉を失った。
「アサトも言ってたぞ。日を追うごとに機嫌が悪くなってる、出勤直後がピークだから家のこと、もっと言えばミュリエル様のことだろうって。読まれてるよな〜」
ワルローにも気付かれてたらしい。
普段、あんなに無表情って言われてるのに……!
居た堪れなくなって顔を覆う。
「まあ、ルシウスを見なくてもそのうちミューを訪ねようとは思ってたけどな。なんとなく不機嫌、が伝わってくる」
「ん?」
何気なく言われた言葉に引っ掛かった。
「伝わる?」
「双子だからなのかわからんが、ミューの調子は分かるんだよ。それこそトラキオンにいてもな。何かが混じってる気がする、と思ってたら妊娠してたし」
「うえ??」
「今回の妊娠は、俺自身の婚約のせいで浮かれてるから気付かなかったんだと思うが。俺達は昔から隠し事が出来ないんだよ。『隠してる』が伝わるから、険悪になる。一度それで派手に喧嘩したしな」
「ミューと、喧嘩?」
「あぁ。どっちが何を隠してたのかは忘れたが、お互いひどく憤慨してな。物を投げる大喧嘩だ。玄関ホールは水浸し、厨房の食器は全部割れる、庭の花は全部折れるところまでやって、父上から鉄拳が落ちた」
「うわぁ……」
「それで、二人とも木に吊るされたんだ。そうなったら喧嘩してる場合じゃないだろう?ハリーとサリーを懐柔して縄を解かせようとしてたのを今度はマシュルトに見付かって、結局4人揃って吊るされた」
「とばっちり!」
思わず叫んでしまった。
扉前のハリーは頭を下げるだけ。
「4人とも捕まったらどうにもならないことを痛感したから、吊るされたまま作戦会議をしたよ。生存率が高まる方法、誰を優先して逃がすか、逃した先でどんな対処をするか。話し合ってたらいつの間にか全員寝てて、気付いたら木から降ろされてたな」
「……色んな意味で、怖い子どもたち……」
次世代には引き継がれないでほしい。絶対。
「話が逸れた。そういう訳だから、ミューがなんだかおかしいのは伝わってたし、その上ルシウスの心配も聞かされたとなっては、解決してやらないとな。王太子殿下もアサトも知らないってんなら、他人には話してないんだろう?いいとこノアが限界だし、それでも解決してないなら俺が聞いてやる。どうした?」
……5つも年下の、妻によく似た義兄に話すのは、少し抵抗がある。
でもこのままでいたいとは到底思わないので、恥を晒すつもりで打ち明けた。
「……宴の後から、ミューに拒否されてるんだ……」
『領都中心街の警護の仕方:四人勢揃い編』の名場面は、この時の反省から生まれた作戦です。傍迷惑。




